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彼女はくノ一! 第五話 (205)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(205)

「……わぁ……」
「……楓おねーちゃんも、孫子おねーちゃんも……マジ切れモードだ……」
 テンとガクは、少し離れた場所で行われている狂態を見物しつつ、そんなことをいいあっている。
 目前では、なんだか、奇妙な事態が進行していた。
 最初は、楓と酒見姉妹の立ち会いだった筈が……楓が逆上し、荒野がそれを止めに入る。孫子が、楓をスタン弾で狙いはじめ、荒野は、この攻撃も、弾いていた。
 見物する一方で介入しない、というテンとガクの態度は、一見して無責任にも見える。
 が、二人は、特にテンは、楓と孫子の闘争に巻き込まれたらどういう目に会うのか、その身を持って学習済みなのである。その時の経験からいっても……迂闊に、手を出さない方がいい……ように、思えた。
「……それはいいけど……二人とも……」
「……うん……底が知れないよね、あれは……」
 我を忘れながらも、的確な動きで、六角を投じ続ける楓。
 とっさに飛び込んで、素手で、背中に酒見姉妹をかばいながら、近距離からの楓の攻撃と孫子の射撃を捌いてしまう荒野。
「あっ……今の、見た!」
「……うん……楓おねーちゃんの六角、蹴り上げて、それでスタン弾を弾いてた……。
 あっ。今、地面に落ちていた、くない、拾った……」
「あれだけ動いてて……まだ、周囲をみる余裕あるのか……。
 ……考えて、見ると……。
 ボクたち……かのうこうやが全力出したところ、今まで、見たことないし……」
「そもそも……武装して、戦うの、見たことないし……」
 テンとガクは、荒野が完全武装して全力で戦ったら、いったいどういうことになるのか……想像し、慄然とした。

「……っち。曲芸だな、あれは……」
 仁木田直人は、舌打ちをする。
「新種を見にきて……それ以上のものを見せつけられるとは、思わなかった……」
 押し殺したような、声だった。
 楓にしろ、荒野にしろ……あれほど自在に体が反応するまでには、どれほどの習練を積まなければならないのか、想像しただけで慄然とする。
 血筋とか、先天的な性能の良さ……だけでは、あの域までは届かない。それは、自分自身で習練を積んで来た者には、容易に理解できる。
 事実……仁木田同様、その様を目の当たりにした術者は、一様に圧倒されて、言葉を失っている。
 加納荒野と松島楓……この二人が、この場にいる者の中でも、突出した能力を持っていることは、これで、一目瞭然となった。この場にいる術者の大半は、二宮か野呂の流れを汲む者で、そのどちらにせよ、「実力」を人物評価の基準にしている。
 荒野の慌てぶりをみても、狙って行ったデモンストレーションではなく、どうやら、純粋に偶発的なアクシデントらしいが……それでも、結果としてもたらされる効果は、同じだ。
 この場にいる術者は……もはや、荒野と楓を、無視できない……。
「……流石は、最強の弟子たちっていうところですかね……」
 息を吹き返した駿河早瀬が、誰にともなく、そう言った。
「ああいう奴らだからこそ……最強も、認めたんだろう……」
 仁木田が、うっそりと答える。
 先天的な素質と、本人の並々ならぬ努力……最低でも、その二つが揃わないと、あそこまでは、届かない。
「……ったく、最近のガキどもは……」
 仁木田のその言葉は、苦笑いを含んでいた。

「……ライフル弾の初速は……銃の種類にもよってまちまちなのだが、時速八百キロを越えるものも少なくない。才賀のライフルに関していえば、この間計測したデータでは、スタン弾使用時の初速は、九百キロ近くだったのだ。実弾よりも重量が軽くなる分、いくらか早くなっていたのだ……」
 そんなことをいいながら、徳川は、撮影したばかりの映像データをノートパソコンに転送、スローで表示させていた。制服を着用した生徒たちが鈴なりになってノートパソコンの画面を覗きこんでいる。
「……くわえて、松島も、比較的近距離から何かを投げている……。ここでちょっと止めるのだ……」
 徳川が、画像を静止モードにした。
「……止めても、ぶれるか……。
 ここの所とか、ここにあるものだな……。形状かららして、奴らが六角と呼称している金属の固まりなのだ。鋳造した鉛を中心にいれ、硬い金属でコーティングしてあるだけシンプルな構造物だが、あの速度で投げ付けられると、相応の凶器となる。
 が……それも、加納が全部叩き落としているようなのだ……」
 徳川は、映像をスローにしたりコマ送りにしたりして、確認している。
「……ライフルと、くノ一ちゃんの攻撃……両方同時に、強制キャンセルしているってか……」
 玉木は、ノートパソコンの映像と、現在の荒野、その両方を見比べて、感心した声を出した。
「……それで、あの……タコ踊りかぁ……」
 孫子のスタン弾や楓の六角は、動きが早すぎて、一般人の目にはほとんど視認できない。銃声などがしたら、相応のパニックになったであろうことは容易に想像できたが、普通にみると、荒野が目茶苦茶に手足を振り回しているだけ……の、ように、見える。
「……ふむ……視認できる範囲でざっと計算すると……松島が六角を投げ付ける速度は、時速に直して、三百キロを軽く超える……。
 加納の奴、あれでよく無事でいられるものなのだ……」
 そういう徳川の声は、呆れているようにも感心しているようにも聞こえる。
「……無事は無事だけど……いい加減、余裕もなくなっているようですが……」
 玉木は、相変わらず踊っている荒野を指さしながら、冷静に指摘する。
「当然なのだ。
 あやつでなければ、とうの昔にボコボコにされてぶっ倒れている所なのだ。
 いい加減、誰かが止めに入らないと……」
「……あっ。
 今、茅ちゃんが乱入……絵描きの方の、香也君、連れてる……」

 メイド服姿の茅が、香也の背中を押すようにして楓、酒見姉妹、荒野が一塊になっている場所に近寄ると、孫子の銃撃がぴたりとやんだ。
 配置としては、酒見姉妹と楓の間に荒野が割り込んでいて、酒見姉妹と楓に向かって、孫子が銃撃を展開し、荒野が、楓の酒見姉妹への攻撃と、孫子の銃撃を忙しく弾いている……という構図の中の、少なくとも、「孫子の銃撃」の部分が、突如消えたことになる。
 楓は、子どものように泣き声を上げながら、六角を投擲し続けることに夢中になっていて、香也が近づいてきた事にも気づかない。
 茅に即されて、香也が、楓になにやら話しかけた。ここからでは、何をいっているのか、聞こえない。
「……音声、拾えない?」
 玉木が、声を上げる。
「無理っす。距離が、ありすぎ。危なくて、近寄れません……」
 放送部員の誰かが、そのあたりの地面を漠然と指さした。
 地面に……夥しい量のスタン弾や六角が、転がっている。それらは、荒野を中心とした半円状に、落ちていた。半円の中心……つまり、荒野に近づくにしたがって、密度が大きくなる。
『……あれ、全部……叩き落としたってか……』
 玉木は、慄然とした。
 スタン弾と六角を合わせて、数百というオーダーである。
 長いように感じたが、時間的には、せいぜい一分間程度……という短い間の出来事だろう。
『……カッコいいこーや君、機関銃の前にいても、生き残れるんじゃないのか……』
 玉木は、漠然とそんなことを思った。
 やがて、香也に声をかけられた楓が、その場に膝をついて泣きじゃくり、事態は収束した。
 荒野も、その場にへたり込んで、荒い息をついている。へたり込んだ荒野に、助けられた形の双子がかけよった。
『……あ。フラグ立ってる……』
 と、玉木は思った。




[つづき]
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