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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(122)

第六章 「血と技」(122)

「……ほれ……」
 荒野がその場にへたりこんで息を整えていると、鼻先にぬっと魚を串焼きにしたものがつきだされた。実にうまそうな香りがした。
「食え」
 三島百合香の声だった。荒野は、振り返りもせず、目の前に差し出された串焼きにかぶりつく。
「……楓たちは……かなり取り乱しているし、もう連れ帰って落ち着かせた方が、いいな……。
 わたしが、車を出す……」
 三島が、そういった。
 振り返ると、香也が泣きじゃくる楓の肩に手をかけ、孫子がその二人に駆け寄っているところだった。
「……ああ。
 お願い、します……」
 荒野は、咥えた串焼きを手にもって一度口から外し、そう答える。
「……茅。
 この分だと、荒野は、まだ何が悪かったのか理解していないみたいだから……お前が、よく言い聞かせておけ……」
 そういいのこして、三島は三人の方に向かう。
「……わかったの……」
 いつの間にか近くに来ていたメイド服の茅が、頷く。
「その前に……。
 酒見純、それに、酒見粋……荒野から、離れるの……」
 茅が睨むと、どさぐさにまぎれて荒野の背中に取り付いていた酒見姉妹が、ぱっと退いた。

 息を整えてから、荒野が立ち上がると……。
「……はぁーい!」
 ……今度は、ヴィかよ! ヴィまで来るのかよ!
 と、荒野は思った。
 厄日かよ、今日は……と。
 いつものように元気よく挨拶したシルヴィ・姉崎は、茅にも目礼してから、用件を告げる。
「……今週末の予定を確認しようと思って、こっちに来たんだけど……」
「……見ての通り、取り込み中だ。
 それに、その程度のことなら、メールか電話でも、十分……」
「だって、こんな楽しいことやっているじゃない。こういう時は、ヴィにも知らせてくれなきゃ、駄目よ。ヴィだけ仲間外れは、なしよ。
 お陰で、出遅れたし、新しく来た皆さんにも、挨拶したいし……」
「……もう……好きに、してくれ……」
 荒野は、疲労の滲み出る声で、答えた。
「おれは……これから、茅からお説教だそうだ……。
 用件は、その後でな……。
 あー、仁木田さん。
 こちら、シルヴィ・姉崎。あの、姉崎の一員だ。
 みんなに挨拶をしたいそうだから、良かったら主要な連中に繋ぎをとってあげてくれ……」
 荒野は、そばにいた仁木田にシルヴィを紹介する。
 別に仁木田が、ここに集まった連中のリーダー格だ、というわけではない。そもそも、この場にいる一族の関係者は、あちこちから集まった烏合の衆で、組織化さえ、されていない。
 しかし、仁木田はここに集まっていた連中の中では比較的顔が広く、同時に、そこそこの知名度もあった。
 シルヴィを紹介する役として、それなりに的確な人選であると思う。
「……姉崎、か……。
 もはや、なんでもありだな、ここは……。
 まあ、わざわざ顔を見せたって事は、ここにいる連中と、事を構えるつもりもないって事だろう……。
 こっちに来な、姉さん……」
 仁木田は素直に荒野の言葉に従い、シルヴィを手招きする。

 荒野と茅が連れだって歩いていき、途中、徳川に「ちょっと込み入った話しをするから、奥の事務所、借りるぞ」というと、徳川は「わかったのだ」と頷き、何故か立ち上がった。
「……なんで……お前まで、ついてくるんだよ……」
「ここは、ぼくの工場なのだ……」
 徳川は、薄い胸を張った。
「……しゃーねーなー……。
 って、他のやつらまで!
 そんな、ぞろぞろと……」
「まーまー、おにいさん、硬いこと、いわない……」
 これは、飯島舞花。
「……だって……普段おとなしくて素直な楓ちゃんが、あそこまで取り乱すのも珍しいと思うし……」
 これは、樋口明日樹。
「……そう。もうわたしたち、友達だもん。
 知るべきことは、知ってた方が……絶対、いいよ……」
 これは、柏あんな。
「まさか、ここまで来て、こっちにだけ秘密ってことは……いわないわよね……。
 加納君」
 これは、佐久間沙織。
「……わたしたち……」
「……あやうく、瞬殺される所だったんですけどぉ……」
 これは、酒見姉妹。
「今更、もったいぶらないで……」
 これは、テン。
「秘密主義、いくない!」
 これは、ガク。
 他に、堺雅史と栗田精一も、当然のような顔をして、ついてくる。
「ま……いいけどな……」
 抵抗しても無駄らしい、と思った荒野は、串焼きの魚を口に咥えて、先に進んだ。

「……言われて見れば、楓のやつ……。
 確かに、そういうことに拘っていたなぁ……」
 茅から一通りの説明を受けた荒野は、そういって、ため息をついた。
「こっちは、楓の負担を軽くしてやろうと思っただけなんだが……」
「伝え方が、悪かったと思うの……」
 茅は、続ける。
「楓……わたしの護衛は、いらない……イコール、ここでの仕事は終わり……楓は、ここから、離れなくてはいけない……みたいに、短絡して……」
「……それで、あのヒステリーか……」
 荒野は、ゆっくりと首を横に振る。
「少し考えれば……今の状態で、おれたちが楓抜きでやっていけないってことくらい……分かりそうなもんなのに……」
「楓は……もともと、自己評価が、低すぎるの。
 それこそ、卑屈なくらいに……。
 荒野が内心でどれほど楓を頼りにしていても……普段から態度に現さなくては、伝わらないの……」
「……あれ……楓ちゃん……加納君たちの基準からいっても、凄いの?」
 話しが一段落した、と判断したのか、樋口明日樹が、口を挟んだ。
「あれは……凄いんだ……」
 荒野は、素直に頷く。
「何十年に一人の逸材だと、思う。
 おれたちの血筋でない所から、いきなり現れて……あそこまで仕上がる例は、珍しい……」
 酒見姉妹も、ぶんぶんと物凄い勢いで首を縦に振る。
「……あの人とは、もう二度と……」
「……立ち会いたくないです……」
「……この二人……酒見姉妹っていうんだけど、一族の中でも、なにかと荒っぽい手段に訴えることで有名なんだ……。
 そんな凶状持ちが、恐れるほどの実力者、っていうことだな……」
 荒野は、地元の一般人学生たちに、分かりやすく説明する。
「……ああ……それで、この二人……」
 舞花がにやりと笑った。
 凶暴な笑いに、見えないこともない。
「一年の方の香也君を、人質に取ろうとしていたのか……」
「……それ、才賀と楓には、まだいってないだろうな……できれば彼を人質に取ろうとしたことは、あいつらの耳にはいれない方が、いい……。
 ……あいつらが、それを知ったら……」
 荒野は、わずかに顔をしかめて、酒見姉妹を指さした。
「あいつら……こいつらを半殺しくらいには、しかねないし……」
 荒野がそういうと、酒見姉妹は、お互いの肩に腕を回して微かに震えはじめた。
 昨夜の件と今日の件で、楓と孫子……あの二人なら、それくらいのことをやっても、おかしくない……と、実感しているのだろう。
「教える、なんて……。
 ……誰にも、そんな暇は、なかったと思うの……」
 茅が、荒野の疑問に答える。
「みんな、忙しかったし……」
 茅の言葉に、周囲の者が、揃って首を縦に振る。
「それじゃあ……その人質の件については、この場にいる人だけの話し、ということで、口外無用な……。
 あー。治安維持のために……」
 荒野の提案に、誰も反対しなかった。荒野もそうだが……誰しもが、これ以上、ややこしい事態を招きたくはないのだ。
 次に、荒野は、酒見姉妹に向き直る。
「……香也君に目を付けたのは、それなりに鋭いと思うけど……見ての通り、彼は、楓と才賀の逆鱗だ。
 最大のウィーク・ポイントであるが、同時に……下手に刺激をすれば、あの二人を劇昂させる……」




[つづき]
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