第六章 「血と技」(128)
茅は、同級生たちに比べても小柄な方で……百四十センチ台、だろう。一方、シルヴィの身長は、荒野とほぼ同じ、百七十前後。
それだけの身長差があるので、シルヴぃが茅の胸倉を掴んで自分の目の高さにまで持ち上げると、茅の足は地に着かなくなる。
「……なんだなんだ……。
おにーさん、そっちでなんかあったか?」
目ざとく異変を見つけた飯島舞花が、こっちに近づいてくる。舞花の声でこちらの様子に気づいた樋口明日樹や柏あんな、佐久間沙織らも、こちらに寄ってくるし、他の一族の連中も、荒野たちに注目しはじめていた。
「いっ……いやっ……なんでもない。
単なる身内の……そう。兄弟喧嘩、みたいなものだ……」
荒野は、周囲の連中に聞かせるために、ことさらに声を大きくして舞花に返事をし、シルヴィに向かっては、
「……ここで、つっこんだ話しは、まずい……」
と囁く。
「……そう……ね」
シルヴィは、意外に冷静な声で茅の体を降ろし、
「送っていくわ……。
続きは、マンションで……」
言葉少なに、そういった。
人目のない所で……と、いいたいらしい。
「……わかった。
ちょっと、待っててくれ……」
荒野も、頷く。
それから、きびすを返して、学生連中には、「茅の具合が悪くなったから、自分たちは先に帰宅する……」と、告げ、他の一族の者には、「未成年には、あまり飲ませないように」と注意を与えて、帰る支度をする。テンとガクを泊めてくれる、という玉木には、念を入れて例の言葉を述べておくのも、忘れなかった。
茅は茅で、その間にティーポットを回収している。
「……ってか、お前たちも来ているし……」
シルヴィの車に乗った荒野は、バックミラー越しに、後部座席に、茅と一緒に乗り込んできた酒見姉妹を認めて、これ見よがしにため息をついた。
「……茅様の護衛をわたしたちに命じたのは……」
「……加納様ご自身なのです……」
双子はにこやかに答えたが……二人が単なるのぞき見趣味で同行したことは、その表情を見ればあまりにも明白だった。
詳しい事情を知らない者をみれば、先程の一件は痴話喧嘩に見えなくもないだろうし……実際、そういう下世話な一面も、あることはあるのだ。
「……好きにしろ……」
結局、荒野は、双子には憮然とした口調で、そう返答した。
双子との付き合いが今後も続くのだとしたら……やはり、茅のことも、それなりに知っておいてもらった方が、いい……と、思ったからだ。
「……いい?
出すわよ……」
運転席のシルヴィが短く伝え、車を出した。
「……いい、カヤ……」
マンションに通されると、シルヴィはキッチンの椅子にどっかりと腰を降ろし、いらいらとした声を出した。
「もし、いい加減な気持ちでいるのなら……。
コウは、渡さないから……」
「……それは、荒野が決めることなの……」
茅はというと、新しいお湯を沸かしはじめている。
荒野の居心地は……極めて、悪かった。
「……コウ!」
シルヴィが、今度は荒野に向き直った。
「……カヤは……なんなの?
コウにとって!」
シルヴィは単刀直入に、本質を突いてくる。
「今までは……ママゴトみたいなこの生活も、微笑ましいと思って見守ってきたけど……」
そういって、シルヴィは、ぐるりとマンションの内部を見渡した。
「でも……あなたたちが……本気ではないなら……。
軽い気持ちでやっているのなら……とんだ茶番だわ!
それにつきあわされるわたしたちは……道化じゃないの!」
そういわれた荒野は……二の句が継げなかった。
確かに……はじまりは、ごく些細な、荒野の「私情」だったはずが……今では、その「私情」を全うするために、多くの人が動き出している。
学校の連中、この町の人、それに、駆けつけてきた一族の人々……。
「いい加減な気持ちでやっているのなら……こんな茶番、即刻中止すべきだわ……」
もちろん、それぞれに欲得づくで動いている、という側面もあるのだが……根本に切っ掛けは、荒野がこの土地に居続ける、という決断を下したことにある。
だから……荒野は、シルヴィの言葉に、反論できなかった。
確かに……いい加減な気持ちなら……これだけ多くの人に影響を与えているのは……どう考えても……。
「でも……そういう人たち、みんな……」
茅が、お茶の葉を蒸らし、カップを暖めながら、シルヴィに反駁する。
「荒野が頼んで、動いてもらっているわけではないの。
荒野が何かを頼んだことがあるのは、楓だけ……。
その次が、そこの二人……」
そういって、茅は、酒見姉妹を示した。
「それ以外は……全員、荒野を口実にして、自分のやりたいことをやっているだけなの……」
それもまた……シルヴィがいっていることが正当であるのと同じくらい、正確な事実なのだ。
玉木や徳川の動きをコントロールすることは、とうの昔にあきらめている。三人娘も、突発的な非常時などの例外的な時を除けば、もともと荒野のいうことに耳を化すほど素直な連中ではない。孫子も、同様。続々と集まってきた一族の者も……荒野が「来てください」と懇願して誘致した訳ではない……。
「……御旗……あるいは、神輿なら……なんの責任もないってわけ?」
茅の言葉を受けたシルヴィが、目を細める。
「責任は……取れるかどうかは、わからないけど……。
少なくとも荒野は、投げ出そうとはしていないの」
「……それなら、いい加減な気持ちで、これだけ大勢の人を振り回していいっていうの!」
シルヴィが、大きな声を出した。
「……荒野には、問題はないの」
それまでお茶の準備をしていた、茅が、ポットを抱えて振り返る。
「問題があるとすれば……それは、茅に……なの……」
その場にいた全員が茅の顔をみて……そして、目を離せなくなった。
茅は、みんなの視線を集めていることを承知しながら、ポットをテーブルの上に置き、暖めたカップとソーサーを全員の前に配る。
「……茅……。
毎日、どんどん……変わって行くの……。
目が覚める度に……世界が、知覚範囲が広がって……。
過去の事物から、身の回りの人の行動パターンが予測できて……。
か、茅には……今では、あらゆることが……」
見え過ぎるの……と、茅は、いった。
平静な口調を保とうとしながら……茅は、涙を流し続けた。
「……こ、こんなになったら……こんなに、みんなと違ってしまったら……茅、荒野といられない……。
そう遠くない将来……荒野は、茅のことを怖がりはじめるの……。
か、茅だって……離れるのは、いやだけど……こ、荒野に嫌われるのは、もっと……もっと……」
茅は、立ちすくんだまま……静かに、泣き続けた。
「……カヤ……」
シルヴィが立ち上がり……。
「……ずっと一人で……抱えていたの……。
コウにも他の誰にも相談せず……」
そういって、茅を、抱き寄せた。
茅が、シルヴィの腕の中で頷き、静かに、すすり泣きはじめる。
「……はいはい。
よく、今まで……我慢してたね……」
そういって茅の肩を静かに叩きながら、シルヴィは、ポケットから香水瓶を素早くとりだす。
片手で器用に瓶の蓋をはずし、瓶の口を茅の鼻先に、いきなりつきつけた。
「……はい。
詳しい話し合いは、後ですることにして……」
シルヴィがそういう間にも、茅の体がぐらぐらと揺れはじめる。
「今は……お休みなさい……。
その間に、ヴィは、コウと……今後の事を、話し合って置くから……」
茅が気を失うように眠りにつくと、シルヴィは茅の体を抱え、荒野に、「……ベッドは、どこ?」と尋ねた。
「……あれが……」
「……姉崎の、薬物……」
隣の部屋に茅を運んで行く荒野とシルヴィの背中を見送りながら、酒見姉妹がそういって、顔を見合わせる。
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つづき]
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