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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(129)

第六章 「血と技」(129)

 茅は久方ぶりに「夢のない眠り」についていた。
 一般人とは違い、茅にとっての「夢」とは、あやふやな、突拍子もないイメージの氾濫ではない。何故なら、茅は、代謝系の活動が極端に抑制される睡眠時にこそ、覚醒時にはできないような複雑な思考を行うからだ。思考、計算、シュミレーション……場合によっては、イメージトレーニングを行うこともある。
 茅にとって睡眠に当てる時間とは、脳以外の身体各部を休ませる、という程度の意味しか持たない。
 つまり……茅の場合、通常の睡眠時にも、意識は完全に覚醒している。それどころか、起きている時よりも活発に稼動している。
 だから……シルヴィの薬により、強制的に意識を断たれた茅は、久方ぶりに「夢のない眠り」についていた。
 虚無であり、意識の空白……ではあるが、同時に、茅にとっては数ヶ月ぶりに得たことになる、「気の休まる」時間、でもあった。

「……今の茅の反応で、だいたいのことは推測できたけど……」
 茅の体をベッドの上に運んだシルヴィは、茅が用意したポットから自分のカップにとぼとぼと紅茶を注ぎ、一気に飲み干した。
「勝った負けたで解決する類の問題ではないだけに……って……。
 どうした? コウ。
 そんな呆けた顔をして?」
「……い、いや……」
 荒野はぶんぶんと顔を左右に振った。
「その……茅があんなことを悩んでいたなんて、夢にも思わなくってさ……」
「……それで、ショックだったのか……」
 シルヴィが、面白がっている表情で荒野の顔をしげしげとみる。
「一緒に住んでいても……どんなに仲が良くても、お互いの考えていることは、わからない。
 だから、面白いんじゃないかな?」
 以前そうだったように、シルヴィは簡潔な言葉遣いを続けている。もっとも、この国で再開する前は、シルヴィと荒野は日本語以外の、文法や修辞に男女の差が比較的少ない言語で会話をしていたわけだが。
 それにしても、過剰に女性的だったり外国人っぽい片言を混ぜたりすることがないだけ、現在の言葉遣いの方が、荒野にとっては違和感がないのであった。
 シルヴィだけではないが……姉崎の者には、研究者が多い。姉崎が出資している研究施設も世界中にあるし、人数が多く、頻繁に横の連絡を取っている姉崎の組織形態は、膨大なサンプルデータを集積し、それを分類・分析するような作業に向いていることもあって、昔から言語や語彙の比較、動植物の標本採取などの、いわゆる博物学的な作業は、姉崎のお家芸であるといってもいい。
 事実、それまでさして目だった集団でもなかった姉崎が大きく躍進し、巨大化し、現在のような組織的基盤を整備したのは、航海技術が大きく発展し、文物の移動速度が飛躍的に早くなった大航海時代から帝国主義上等! なノリの十九世紀にかけてからで……だから、姉崎は全世界に根を張っている同胞を持っているし、特殊な、一般にはまだ知られていないような薬物の製法も所持している。
 佐久間のように単独の個人が、極端に優秀な知性を有しているわけではないが、姉崎は、長い時間をかけて地道にこつこつやるタイプの研究者が、昔から多く、姉崎同士で話す際も、今のシルヴィがそうであるように、余計な形容を省いて単刀直入に効率よく情報を交換する。
 荒野もその姉崎の家庭に一時身を寄せていたわけで、そこで「姉と弟」という役割を演じていたシルヴィと荒野の会話も、ともするとぶった切りの単語の羅列になることもあった。
 例えば……こんな具合に、だ。
「完全なコミュニケーションは原理的に不可能、という前提は肯定。
 しかし、そういうことではなく……なんで、おれにではなく、ヴィになんだ?」
 荒野がいう。
「同性ゆえ。
 あるいは、自分の異質さをコウに知られたくはなかった。しかし、いずれは知れる、と踏んで、カミングアウトする機会を伺っていたんだ」
 シルヴィが答えて、うっすらと笑う。
「かわいいじゃないか、茅……」
「同意。
 疑問。何故、今?」
「推測。そろそろ隠しきれなくなる頃だと判断した?
 疑問。カヤに、最近、何か変化は?」
「回答。不明。
 学校でも家でも、さして変化らしい変化はなかったと思うけど……」
「要請。判断材料。
 どんな些細なことでも、いい……」
「回答。
 家では、相変わらず。料理のレパートリーが増え、おれに家事をやらせないようになってきた。
 学校では、予想以上に順調。特に放課後の活動では、他の生徒にかなり頼りにされる存在になっている。
 それ以外に、変化といえば……あっ!」
 荒野は、大きな変化を見落としたことに気づき、小さな叫び声をあげた。
「そういえば……茅……。
 少し前から体を鍛えはじめ……最近では、楓に一族の体術を習いたいとか、言い出すようになっていた……」
「……ふぅ……ん……」
 シルヴィが何か、考え込む表情になる。
「そういう動機は、推測可能。
 だけど……カヤ、そっちの方は、モノになりそうなの?」
「身体能力は、一般人並だけど……」
 荒野は、肩を竦める。
「でも、茅……とっさの際の判断力と行動力は、人一倍、あるから……。
 その辺の脅威については、そこの二人に聞くといいよ。
 いい実例だ……」
 荒野は苦笑いを浮かべながら、酒見姉妹を指差す。
「……そう……ね……」
 シルヴィは思案顔のまま、生返事をした。
「フィジカルな要因は、必ずしも優位を確定的にはしないから……」
 そういうシルヴィ自身、「最弱」と呼ばれる姉崎の一員だ。
 例え身体能力で劣っても、それをカバーする方法はいくらでもある、ということを、身を持って証明している側の人間だった。
「カヤのデータ……もう少し詳細に、検討したくなったわ……。
 それに、本人とも、じっくりと時間をかけて話し合いたくなってきたし……」
 どうやら、シルヴィは……「茅」という存在に、職務を越えた好奇心を抱きはじめたようだった。




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