第六章 「血と技」(131)
ランニングに出掛けるにはまだ間があったので、荒野はいそいそと勉強道具を取り出して、宿題のプリントをやりはじめた。よき生徒を目指している荒野としては、そうした雑事も時間がある限りは怠る事なく自分の手でやるようにしている。最近、話題にあがることが多い受験のこともあったし、茅やテンとは違い、完璧な記憶力など持たない荒野は、自分の手で苦労して知識を身につけなければならない。
茅は、そんな荒野にはコーヒーを、自分用には紅茶をいれ、荒野の手元をみつめ、適宜助言をあたえていく。自主勉強会の関係で、茅は全学年、全教科の内容を丸暗記しており、試験対策に必要な捻った応用問題の解法なども熟知している。荒野の方も、下の学年に所属する茅に勉強を教えてもらう事に、特に抵抗はなかった。それまでのキャリアから、年齢や学年の上下、よりも、適所適材、という思考法にはなれている。
荒野がそれまで属してきた社会は、権威や年齢よりも実力がものをいう世界であり、荒野としては逆に、そうした上下関係が揺るぎないものとして存在する日本型の社会の方に違和感を感じる。例えば、知り合いの柏あんななどに「先輩」呼ばわりされると、妙な気恥ずかしさを感じる時があったりするのだが……これについては、「ここではそういう慣習なのだ」と、自分を納得させることにしている。
小一時間ほどかけて宿題のプリントを一枚片付けると、ちょうど目覚ましが鳴って、起床時間であることを告げた。
荒野と茅は手早くスポーツウェアに着替えて、マンションの前に出る。すでに目を覚ましていたので、いつもよりも五分ほど前にマンション前に着いたのだが、そこにはすでに酒見姉妹が待ち受けていた。
二人とも、同じメーカー、同じデザイン、同じグリーンのスポーツウェアを着ていた。この姉妹は、二人でいる時は、同じ服装をして、わざと周囲の者を混乱させているのかもしれない……と、荒野は推測する。
「……また、増えてるし……」
だが、挨拶をする前にそういう言葉が口をでていた。
「……わたしたちは……」
「……茅様の護衛ですから……」
双子がそういって胸を張る。
昨夜、荒野が思いつきで命じた役割を、二人はかなり重く受け止めているようだった。
「それ……放課後だけで、学校から帰る時だけで、いいんだけど……」
「……それでも……」
「……わたしたちが、自主的にすることですから……」
荒野に文句をつける筋合いはない、ということらしい。
『……歓迎すべきことなのか、どうか……』
荒野は一瞬、判断に迷ったが、すぐに、「問題児を目の届く範囲に置く」と、前向きに考えることにした。
「……げっ!」
「酒見だ! 酒見!」
「なんで、あんな危ないやつらが!」
いつものように合流して来た佐藤、田中、鈴木、高橋の四名が、双子に気づいて早速騒ぎはじめる。
四人とも、何か聞きたそうに荒野を見つめたので、荒野は肩を竦めて、いった。
「……茅の護衛を、してくれるそうだ……」
四人は肩を寄せ合ってしばらくごそごそ内緒話しをしていたが、やがて、佐藤君が代表で荒野の前に出て来て、
「……や! ども!
ぼくら、これから急用があったことを思い出したんで……」
などとうそぶく。
その佐藤君の肩に、背後から忍び寄った酒見姉妹が、左右から、手を置いた。
「……人の顔を見た途端に逃げ腰とは……」
「……上等な真似をしてくれるじゃないか……」
荒野に話しかける時とは、声の調子も表情も、まるで違う。
『……ようやく見つけた、自分より格下の人員を……』
みすみす、逃したくはないのだろうな……と、荒野は双子の心理を推測した。
思い返せば、この二、三日、双子は「負け」がこんでいる。
それに……。
『……四人にとっても、いい練習相手には、なるか……』
と、荒野は思う。
四人のレベルだと、楓やテン、ガクとは実力差がありすぎて、組み手の相手にならないのだった。楓たちは「他人に教える」ということを目的として適当に実力をセーブする、といった器用な真似は、できない。
その点、双子なら……。
『……まあ、順当といえば、順当か……』
しごきすぎないように見張っている必要はあったが、どうせ四人は、酒見姉妹とはあまり接触したがらないだろう……と、荒野は思う。
そこで、佐藤君の両脇を押さえて、ちくちくと言葉責めを行っている酒見姉妹に、荒野は声をかけた。
「……おい、双子!
お前ら、茅に体術、教えてみる気はないか? ついでに、その四人にも……」
楓の負担を軽減する、というのが、酒見姉妹に協力を要請したそもそもの動機である。だから、茅の訓練に関しても、任せてしまって構わない……というのが、荒野の思考だった。そもそもの基本からみっちりと教え込む、ということになると、相応に時間がかかるし、双子は、来春、学校に通いはじまるまでは、時間を持て余している身だ。
佐藤君、田中君、鈴木君、高橋君は荒野の言葉を耳にするとその場に立ちすくんで固まってしまったが、酒見姉妹には好評だった。
……やはり、酒見姉妹は、「自分たち以下の下っ端」が、よほど欲しかったとみえる。
そんなやり取りをしているうちに、マンションから飯島舞花が出て来て、酒見姉妹の顔をみるなり、二人の方を指さし、
「ああ。やっぱり来てる!」
と叫んだ。
酒見姉妹のうち、向かって右側の方が、舞花に指さされた途端、ビクリと震えた。
……どうやら、こっちの方が、昨日、舞花に散々プロレス技をかけられた、妹の粋らしい……と、荒野は悟った。が、どうせすぐに見分けが着かなくなるので、この場だけで区別がついたとしても、あまり意味がないのであった。
『……茅とかテンなら、楽勝で見分けられるのかな?』
ふとそんなことを、荒野は思った。
いつもより数分遅れて、狩野家から楓と孫子がでてくる。
楓に関しては、昨夜、あのような別れ方をしたので、荒野もそれなりに心配していたのだが……見た感じでは、かなり、元気そうに見えたので、かえって拍子抜けした。いつもより顔色がいいくらいで……と、そこまで観察し、荒野は、楓の隣にいる孫子の肌も、なんとなく色艶がいいことに気づいた。
「才賀……昨日、あれから楓に……」
「その件については、片付きましたわ……」
荒野の問いかけを途中で遮って、孫子がまくしたてる。
「あれから、全員総出で楓と話し合いをしまして……」
孫子は、実ににこやかで……その不自然な上機嫌さが、荒野は少し怖くなった。
「……ええ……。
もう、大丈夫です……」
楓の方も、昨夜とは打って変わって、晴れ晴れとした笑顔を見せ、荒野に頭を下げる。
「ご心配をおかけしました……」
「……い……いや……落ち着いたのなら、いいけど……」
荒野は、何故だか分からないけど決まりの悪さを感じて、楓から視線をそらせる。
なんで、こんなに……居心地の悪い思いをするのだろう……と、思い、少し考えて、「楓と孫子の二人が、揃って不自然に上機嫌であること」が原因だと、思い当たる。
そして、そのことに思い当たった時点で、荒野は、その場で追求することはきっぱりと断念した。
楓と孫子……の二人に共通すること、それも、二人を同時に上機嫌にさせることといえば……。
『……香也が係わっている……に、決まっている……』
だとすれば……早朝から、みんなの前で話題にしていいことではない……という予感が、ひしひしと、する。
幸い、楓にも孫子にも、いい影響さえあるものの、悪い影響はなさそうだし……。
『……しばらく、静観しておこう……』
と、荒野は考える。
香也に何かあれば、話しは別だが……この二人が何も言わない……ということは、おそらく香也も息災である筈なのだった。
「……テンとガクは途中で合流するだろうから……とりあえず、出発しよう……」
荒野は、全員にそう告げた。
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つづき]
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