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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(135)

第六章 「血と技」(135)

『……まいったなぁ……』
 と、荒野は思った。
 相手のチームだけではなく、荒野のチームもメンバーをチェンジした。
 こっちは、荒野と、野球部レギュラーの嘉島、それに、バスケ部員だという女生徒の三人。相手は、孫子と舞花、それにやはりバスケ部の男子、という組み合わせで……。
 どちらにも一人づつバスケ部が入っていて、かつ、誰もが、体を動かすことに慣れている構成だった。男女比も、完全に同じとはいえなかったが……それなりに、考慮されている。
『……図られたかな……』
 と、荒野は思った。
 この場の偶然、にしては、どうもマッチメイクの手際が良すぎる。
「……それじゃあ、基本的に、ボールを加納君に回すということで……」
 バスケ部の女子が当然のようにいう。
 行きがかり上、ゲームについてよくしっている者がリーダーシップを取るのは構わないのだが……。
「なんでおれが……」
 荒野としては、反駁して見たくもなる。
「……だって、向こう、飯島さんがいるし……」
 バスケ部女子の返答は明確だった。
「守りに入りはじめたら……かなり危ないと思う……。
 女子でダンク決められるの、この学校ではあの子くらいなもので……」
 荒野は、背後を振り返って飯島舞花の様子をみる。
 周囲にいるどの生徒よりも、背が高い。加えて、運動神経もいいし、バネもある……ということを、荒野は知っている。
 確かに……舞花は、バスケという競技には、有利な体格と能力を兼ね備えている。
『……それに、才賀とバスケ部か……』
 孫子の身体能力については、今更いまでもない。また、残の一人も、二年のバスケ部員である、ということで、競技の駆け引きには慣れている筈であり……。
『……確かに……』
 攻めていかないと、やばいかも知れない……と、荒野も納得する。
「……じゃあ、ボールは極力加納君に回すから……」
 嘉島がいった。
「おれはディフェンス重点で、なるべくゴールの近くにいるようにする……」
「それがいいと思う……」
 バスケ部女子が頷く。
 この三人の中では、嘉島が一番背が高い。野球部で普段、動いているだけあって、体の方も、生徒の中では動く方だった。
「じゃあ……行こうか……」
 荒野がそう告げると、嘉島とバスケ部女子が頷く。
 昼休みは短い。打ち合わせばかりに時間をかけていられないのだ。

 審判役の生徒がボールを真上に投げる。
 舞花と荒野が同時にジャンプし、上背のある舞花が、荒野よりも僅かに早くボールを叩いた。
 その動きをあらかじめ読んでいたように、ボールがくる位置に孫子が待ち構えている。
「……やべっ!」
 嘉島が慌てて孫子の前に体を滑り込ませた。
 同時に、孫子が足を止めてボールを男子生徒にパスする。
「……任せました!」
 孫子からボールを回された生徒は、慣れた手つきでドリブルをしながら荒野たちのゴール前までひた走る。
 荒野と嘉島がそれに追いすがろうとし、少し遅れてバスケ部女子も続いている。
「……飯島!」
 荒野と嘉島が追いついたところで、その男子はボールを、いつの間にかゴール前まで移動していた舞花に投げた。
「……はい……よっ! とっ!」
 すでに制服のスカートが翻るのにも構わず跳躍していた舞花は、空中で受け止めたボールをすぐにゴールに向かって投げる。
 舞花が着地する前に、ボールがゴールを潜った。
 ギャラリーが歓声をあげる。
「……セーブしている余裕はなくてよ!」
 孫子が、もうゴール下の移動している。
 落ちてきたボールを拾ってすぐにバスケ部男子にパスした。
 バスケ部男子はドリブルして……。
「……はい!」
 嘉島、そのボールを起用にカットし、荒野にパスをした。
「……ほい……」
 呟いて、荒野は、ドリブルしながら敵のゴールに向けて走る。
「……才賀さんが!」
 バスケ部女子の声が聞こえたのと同時に、荒野はその声のした方向にボールをパス。
 一瞬、荒野のボールをカットしそこねた孫子の横顔が、確認できた。
 それまで他人の位置関係をあまり意識していなかった荒野は、慌てて全員の配置を確認する。
 孫子は荒野をマークしており、嘉島は舞花をマークしている……らしい。敵味方に一人づついるバスケ部は、状況をみて自由に動いているようだ。
「……加納君!」
 男子バスケ部員に纏わり付かれていた女子が、荒野にボールをパスする。荒野は、慌てて孫子が邪魔をする前にボールをとり、その場で跳躍しながら、ボールをゴールに向かって放り投げた。
 山なりの放物線を描いて、ボールがゴールに突き刺さる。
「……すげぇ……」
「五メートル以上あったぞ、今の……」
 ギャラリーの中から、そんな声が上がる。

 結局、ゲームは予鈴が鳴るまで続いた。途中から勝敗はどうでもよくなったが、それなりにいい勝負だったと思う。
 予鈴が鳴ってぞろぞろとそれぞれの教室に帰る時、舞花が、
「面白かったな、おにーさん。またやろうな……」
 といって荒野の背中を叩き、孫子は、かすかに鼻に皺を寄せて、
「汗……拭いてから教室に入った方が、よろしくてよ……」
 といってきた。
 荒野は、あわててハンカチを取り出して、顔を適当に拭う。
 確かに……気づかないうちに、予想よりも大量の汗をかいていた。
「……悩んでもしょうがいないことを悩んでしまう時は、とりあえず、体を動かしてみるといいよ……」
 教室に入る間際に、嘉島がぽつりとそういった。

 荒野は、クラスメイトの厚意に心中で感謝した。
 しかし、おかげで……午後の授業は、眠気を堪えるのに苦労することになったが。

 放課後、部活も掃除当番でもなかった荒野は、そのまま真っすぐに帰宅するつもりで教室を出た。
「……旦那旦那……」
「誰が旦那だ……」
 だが、校門前で玉木に捕まった。
「それはともかく……聞きましたぜ、旦那。
 昼休みはご活躍だったとか……」
「……友達とバスケごっこで遊んだだけだ。
 それより今日は、これから徳川の所か?」
「へい。
 お陰様で、使えそうな素材がどっさりと撮れましたので……。
 校門前で徳川君と待ち合わせて、タクシーに便乗して行きます」
 どうやらそれが、ここ数日の玉木のパターンらしい。
「なにげに仲がいいよな、お前ら……」
「徳川君とは小学校からの付き合いですから……。
 あの子も友達少ないんで、おねーさんから仲良くするように頼まれておりますし……」
「……なるほど……」
 そういえば、どちらも昔からここに住んでいるのだった。
「……っと、待てよ。
 そういや、徳川って……どこに住んでいるんだ?」
 工場へは何度か行っているが、住居の場所は知らない。
「あっ。御存じない……」
 玉木は大仰に驚いて見せた。
「いや、なに……。
 町外れにある、なかなか立派なお屋敷ですぜ……」
 そういって玉木は、にやにやと意味ありげに笑って見せる。
「お屋敷、なのか……。
 そういや、あいつのじいさんは羽振りよかったとかいってたな……」
 この近辺の土地柄と「お屋敷」という語感に違和感を感じながらも、荒野はそういって頷く。
「まあ、機会があれば……お邪魔することもあるだろう……」
 荒野としては、わざわざ訪ねて行くほど好奇心を刺激される事物でもないのだった。
 徳川を待つ、という玉木と校門前で別れ、商店街に向かう。
 食材の買い出しに行くためだが、小腹が空いていたので、マンドゴドラに寄っていってもいいな……とも、思っていた。
 昨夜の様子では……酒見姉妹が茅を送ってくれば、ケーキをねだられる……のは、目にみえるように予測できる……。
 そんなことを思いながらぶらぶらと商店街に足を踏み入れた荒野は、その場で硬直した。
 商店街のあちこちに設置された液晶ディスプレイの中で、コスチュームをまとったテンとガクの勇姿がリピートされていた。
 シルバーガールズの予告編とやらの放映が、本格的にはじまっていた。




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