第六章 「血と技」(136)
「……ああ。あれ……」
買い物の最後に立ち寄ったマンドゴドラで、マスターは事無げにいってのけた。
「ま。玉木ちゃんがやることだしな。
今まで大きくコケたこともないし……」
商店街の人々は、静観している、ということだった。
確かに……と、ショーウィンドウ越しに目の前の光景を目でみながら、荒野は思う。
シャッターを閉じたままの店が多い眠ったような駅前が、それでもなんとか人を集めている……というのは事実であり、必要経費は別として、イベントを企画した側は、一切の手数料を徴収していないのだから……積極的に反対する理由はない……というのは、納得できる。
言わば、今まで商店街の売上に貢献して来たことに対する、見返りみたいなもの……ということで、ある程度、自由にさせて貰っているのだろう。
「……あの……銀ピカがこれからどういう風に役に立つのかは、わからないけど……最悪、たいした儲けが期待できないとしても……」
別に、構わない……。
どうせ、マスコットだから……ということらしい。
「……思うに、だな……。
ああいう無駄というのは、案外大事なんじゃないかな?
例えば、うちのケーキなんでのは、生活必需品というわけではない。
でも、工夫を凝らして長年作り続ければ、味のわかるお客さんはちゃんとついてくれる……そういうもんだろう?」
シルバーガールズが受けるか受けないかは、製作者たちの腕や気概次第だ……といっているようにも、聞こえた。
荒野としては……頷くより、他、ない。
多分……商店街の人達にとっては、直接自分の商売にかかわってこない玉木たちに動きには、あまり関心がなく……よくて、放任、といった感じなのだろう。
マンドゴドラでケーキを食べ終えた荒野は、買い物袋とケーキの入った箱をぶら下げてマンションに戻る。その途中で、後ろから声をかけられた。
「荒野」
「……加納様!」
振り返ると、制服姿の茅と姉妹が立っていた。
「……ああ、茅か……今日は早いな……」
と、一瞬、納得しかけ、それからふと違和感を感じなのだろう、酒見姉妹の姿をつくづくと眺める。
「……お前ら……。
なんでその制服、着ているんだ?」
まさか、転入してきた、ということもあるまい。
二人のネクタイは、実年齢に合わせてちゃんと三年生の色になっていた。三年生が、三学期の……卒業の差し迫ってきた時期に転入してくる……というのは、以下にも不自然だった。
「……転入は、してませんけど……」
「せっかく用意したものを、着ないで済ませるのももったいないですし……」
「それに、わたしたち、学校に通ったことがないから……」
「こうして雰囲気だけでも慣れておこうと……」
まったく区別のつかない双子は、交互にそう答えた。
「……あっ、そ……」
双子の返答を聞いた荒野は、軽い脱力感を感じた。
誰かに迷惑をかけている訳ではないから、咎める理由もないのだが……。
それから、あることを思いついて、マンドゴドラでゲットしたばかりのケーキの箱を差し出す。
「……これ、お前らにも食わそうと思って貰ってきたケーキなんだけど……」
「……わっ。はい! 持ちます持ちます!」
双子のうち片方が、慌てて荒野が差し出したケーキの箱を抱える。酒見姉妹は制服さえ着用していたものの、鞄もなにも持たない手ぶら状態だった。
「……今、ケーキを持った方が、妹の粋だな……」
荒野は、断定する。
「……え?」
相変わらず手ぶらの方の酒見が、目を丸くする。
「……妹の方が、ケーキに対する執着が強い……」
荒野が解説すると、酒見純は「なるほど……」と頷いた。
「ご慧眼、感服いたします……」
そういって酒見姉に頭を下げられたが……荒野は、ちっとも嬉しくなかった。
第一……こんな見分け方……いざという時、咄嗟の時に、まるで役に立たないのであった。
「……そーかそーか……」
荒野はそういって、食材の入ったビニール袋を姉の方に差し出す。
「それでは、酒見純には、これを持たせてやろう……」
「……ははっ……」
酒見純は、芝居がかった動作でそのビニール袋を受け取る。
酒見姉妹も出自が出自であるから、華奢な外見に似合わず、そこいらの成人男子などは及ばない程の身体能力を持つ。だから、荒野も荷物持ちをさせるのに遠慮はしない。
「そういや、茅は……今日は、久々に早かったな……」
四人揃ってマンションに向かって歩きながら、荒野は茅に話しかける。
通常なら茅は、何だかんだで下校時刻ギリギリまで学校にいる。
「……楓が、遠慮してなかなか自由に動こうとしないから……」
茅は、短めに答える。
「……そっか……」
荒野は納得した。
楓は……自分の都合と意志で動く、ということに慣れていない。今までの経験からいっても、「自分の好きに動け」というと、途端に動きが鈍くなる傾向があった。誰かの命令に従って動く、ということが、習性として骨の髄まで染み付いている。そして、その習性が、自分の能力を十全に発揮するための障害になっていることを、自覚していない……。
「……まあ、いきなり、は無理だろうけど……じきに、慣れるさ……」
荒野は、誰にともなくそう呟く。半ば、自分に言い聞かせるような口調だった。
「……同年配で、あんな術者がいるなんて……思いませんでした……」
「……昨日……一歩も、動けなかった……」
話題が楓のことになった、ということを察知した酒見姉妹は、顔を強ばらせてそう語る。
「……どこかに、使えない逸材がいるというのは聞いてましたが……」
「……そういう噂は、たいていおおげさに伝わるものですし……」
「……でも……実際には……」
「……あれは……何者なんですか?」
微かに、二人の声に震えが混じる。
「……松島楓。
出自は、知らない。少なくとも、一族がチェックしている家系の出ではない。
孤児。その素質を見いだされて、幼少時から一族の養成所で育てられ、現在に至る……」
荒野は、自分が知る限りの、楓のプロフィールを淡々と語る。
「……おれも、知っているのは、せいぜいその程度だな……」
酒見姉妹とて、性格に問題はあるものの、その能力に関していうのなら、決して凡庸な術者ではない。むしろ、同年配の中ではそれなりの実績を作り、かなり頭角を表しているグループに入る。
その酒見姉妹とて……楓には、一目を置いている。いや、畏怖している、といってもよい。
その感情は……昨夜、楓の能力を垣間見た、他の一族にしても同様に抱いたことだろう……。
『……でも……』
荒野は、心中でため息をついた。
『楓自身は……』
自分の卓越した能力を……そうとは、自覚していない。いや、うすうす気づいてはいるのだろうが……そのことを、直視しようとしない……。
おそらく……無意識裡に、自分が強大な力を持つ存在である……という自覚を持つことを……恐れているのだ。
その能力とは裏腹に……楓は、精神面では明らかに、術者には向いていない……。
楓は、荒野自身を除けば、現状で荒野が利用できる最大の戦力なのだが……。
『……あの、脆さ、は……』
使い方、使い所が、難しいな……と、荒野はそう思う。
[
つづき]
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