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彼女はくノ一! 第五話 (220)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(220)

 翌朝、羽生がいつもの時間に起きて顔を洗い、朝食の支度をしていると、楓と孫子、テン、ガクの四人ががやがやと帰ってくる。四人は、ランニングから帰ってくると手早く順番にシャワーを浴び、着替えて朝食の支度を手伝うのが常だった。
 この日もいつものごとくそうした過程をたどり、四人が合流してくると、台所は手狭になるので羽生は居間の方に移動し、郵便受けから新聞を取り出してきてから炬燵に入り、四人のおしゃべりや包丁を使う音などを聞き流しつつ、テレビの電源を入れて煙草に火をつけた。
 なんだか……こうしていつもの日課をこなしていると……昨日の出来事が、まるっきり嘘だったように思えてくる……の、だが……。
『……現実……』
 なんだよなぁ……と、羽生は思う。
 羽生は炬燵の上に新聞を広げたまま、それには目を落とさず、ぼーっと煙草の火を見つめる。
 いつの間にか……どんどん凄いことになっていくなぁ、この家……とか、今更ながらに、思っていた。
 救いなのは……香也にしろ楓にしろ孫子にしろ、軽はずみな好奇心とかで昨日のような行いをするほど愚かな子たちではない……それぞれ、奇妙な歪みを抱えているものの、お互いに関する感情は、むしろ、真剣すぎるほとに真剣だということで……その、若さゆえの愚直さが、羽生にはむしろ怖かったりする……。
 羽生は咥えているだけでろくに吸わないまま大部分を灰にした煙草を灰皿に押しつけ、天井を仰いだ。
『……こーちゃんだって……不器用な分、結論を出すまでに時間がかかるかも知れないが……そのうち本気で考えて、自分なりの結論を出すだろうし……』
 羽生が知る限り、香也は、人付き合いを避ける傾向はあるが、それはむしろ真面目すぎる性格の反映で「適当に人に合わせる」ということを苦手とするだけで……だから、たまたま居合わせただけのクラスメイトなどと調子を合わせるのは苦手だが、自分に向かって本気で接してくる人物を粗略に扱ったりすることは、ない。
 例えば……樋口明日樹が、そうであったように。
 だから……香也が答えをだせば……選ばれなかった方は……かなり残念なことになる。
 それでも……そうとわかっていても、香也は、いずれ本気で選択をするだろう。
 現在の宙ぶらりんな状態は、誰も傷つかず、楽しいといえば楽しいのだが……昨夜、三島が指摘した通り……やはり、不自然で不安定な状態でも、ある……。
 羽生は「香也がその選択を行うのが、なるべく遅くなればいいな」と考えている自分に気づき、ひっそりと苦笑いを漏らした。
 なんか、すっかり……みんなのおねーさんになっているなぁ……気分的に。
 羽生は心中で、そう、自嘲した。
「……なに笑っているんですか?」
 食器を運んできた制服にエプロン姿の楓が、そう声をかけてきた。
「いや。別に、なんでもない」
 羽生は、反射的にそう答えている。
 この先どう決着がつくにせよ……これは、彼らが自分たちで解決しなければ意味のない問題だ、と、羽生は思う。
「それよりも、そろそろいい時間でしょ?
 こーちゃん起こしてきたら?」
「あっ。はい」
 楓が、ぴょこんと姿勢を正す。
「そうですね。行ってきます」
「わたしも、一緒に行きます」
 台所にいた孫子も、楓と競うようにして、香也の部屋に向かう。
「……にゅうたん、にゅうたん」
 楓と孫子の姿が消えると、すかさずガクが台所から出てきて、小声で羽生に囁く。
「……昨日、おねーちゃんたちとおにーちゃん……」
「……いろいろ、あったんだ……」
 羽生は、軽くため息をついてから、いった。
「……いや、それは、分かっているけど……孫子おねーちゃんにも、そのことは人前ではしゃべるなって真っ先に釘さされたし……」
「大人は……大人になりかけの人たちは、いろいろあるんだよ……」
「それ……ボクたちでは、まだ早い?」
 ガクは、澄んだ瞳でまっすぐ羽生を見つめる。
「……そういうのに、早いも遅いもないけど……」
 羽生は、ゆっくりと首を横に振った。
「でも……最低限、真剣になれる相手にしか、しちゃ駄目だぞ……」
「……おねーちゃんたち……真剣、なのか……」
「そうだな……。
 それで、おにーちゃんの方が……まだ、真剣になる準備ができていなかったんで……みんな、困っているところだ……。
 おねーちゃんたち、せっかちでな……」
 こんな説明で理解できるだろうか? とか疑問に思いつつ、それでも羽生は茶化したりせず、せいぜい誠実に、ガクに説明してみせる。
「……そっか……」
 それでも、ガクは頷いてみせた。
「今は徹夜明けで頭、まわらないけど……一眠りしてから、もう一度考えて見る……」
「……その前に、朝ごはんだね……」
 テンが、出来たての味噌汁が入った鍋を抱えて、居間に入ってきた。
「……んー……。
 おはよう……」
 前後して、制服姿の香也が、楓と孫子を従え、眠そうな顔をして入ってくる。

 普段通りの、朝食になった。

 香也と楓、孫子の三人を見送ってから、羽生とテン、ガクは、昨夜の出来事について手早く情報交換をする。
 ガクは、今朝、楓や孫子と顔を合わせた時に、体臭をかぐことで昨夜、なにがあったのか、大体のことは想像できた、といった。
『……そういうことで、嘘がつけない、というのも……』
 不便なのか便利なのか、良く分からないな……と、羽生は思う。
 それでも、下手な隠し立てをする必要がない、ということは、それなりにありがたくもあった。テンもガクも、子供といえば子供だが、少なくとも知識面ではそこいらの大人顔負け、なのである。
 羽生が、順を追って話していくと、時折質問を挟みながらも、テンとガクは大人しく聞いていた。
「……出遅れちゃったかぁ……」
 一通り、話しを聞いた後、テンは腕組をして、そんなことを呟く。
「いや……まだ、間に合う……か……」
「……な、な、な……」
 羽生は、理由も分からずに動揺した。
「テンちゃん!
 ……何を、考えている?」
「おにーちゃん争奪戦に、どうやってエントリーするか……ということを、考えている……」
 テンは、実際に思案顔をしてぶつくさと呟き続ける。
「この体では……どの道、不利だから……もう少し、成長しないことには、どうしようもないな……」
 半ば、独り言くさい。
「……あっ!」
 テンの呟きを聞いて、ガクも顔をあげ、ぱっと明るい表情になった。
「そっか……。
 別に、これからでも、間に合うことも……」
「あくまで、場合によっては……ということだけど」
 テンは、真面目な顔をして、ガクに頷いて見せた。
「おにーちゃんが、誰かに決定していないのなら……まだ、入り込む余地は、あるよ……」






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