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彼女はくノ一! 第五話 (221)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(221)

「……ねー。
 楓ちゃん……」
 登校し、教室に入って自分の席についた途端、柏あんなが楓に話しかけてきた。
「あれから、大丈夫だった?」
 どうやら……いきなり取り乱して帰って行った楓を、彼女なりに心配していたらしい。
「……ええ……。
 一応……」
 楓は、恐縮しながら答える。
「……帰ると……なんとか、落ち着きました……」
「……よかった……」
 と、柏あんなは嘆息した。
 それは……虚飾のない、素直な、あんなの本心からでた言葉であり……それ故、楓はますます恐縮する。
「……あの、白髪の方の加納さんがまた偉そうに何かいったんだと思うけど……あまり、気にしない方がいいよ……」
 とか続けられると、楓としては苦笑いが漏れる。
 そうか。
 荒野と楓の関係は……柏あんなから見ると、そういう風に見えるのか……。
「加納様は……」
 楓は、ゆっくりと言葉を選んで、いった。
「あれで……他人に、気を使い過ぎるくらいの、人です……」
 少なくとも、後方にふんぞりかえって命令だけをするタイプではない。むしろ、逆に……自分自身ででていけばもっと手っ取り早く片付くことも……あえて、楓たちにやらせているような節もある。
 荒野と楓では、現場経験の量が雲泥の差であり……そのため、楓は咄嗟の時の状況判断が遅れたり、的確ではなかったりすることが多い。
「……わたしに何かさせようとする時も……その方が、わたしのためになると判断するからで……」
 事実……楓自身の評価よりも……荒野たちは、楓を過大に評価している……ように、楓には思えた。
「……加納先輩が、楓ちゃんを頼りにするのも当然だと思うけど……」
 柏あんなは、まじまじと楓をみつめた。
 どうやら……楓は、謙遜などではなく、本当に、自分を過小評価しているらしい……と、柏あんなは気づいた。
 昨夜の楓の動きを見ていたあんなには、信じられないことだったが……。
「……あの、楓ちゃん……」
 念のため、あんなは楓に確認してみた。
「昨日、徳川さんの工場に大勢いた、加納先輩の関係者の中で……楓ちゃんが、かなわないなぁ……とか思った人って……何人くらい、いる?」
「……えっとぉ……」
 楓は、真剣に考える。
「加納様は、論外にしても……後は、武装した才賀さんも強敵ですし……んー……それから、テンちゃんやガクちゃんが相手をしていた六人の方なんかも、本気でかかってこられたら、かなり危ないと思いますけど……」
「……つまり……」
 柏あんなは、かぶりをふって結論を下した。
「……あれだけ大勢の……何十人って人がいて、楓ちゃんが警戒する必要を感じるのって……数えるほどしかいなかったって……そういうことでしょ?」
「……えっ?
 ……ええ。
 そういうことに、なりますね……」
 楓は、何故ここであんなが苛ついた声を出すのか理解できないまま、あんなの気迫に押されながら、頷く。
 一向に、あんながいいたことを察しようとしない楓の態度を見て、あんなは確信した。
 楓の、自己認識の在り方は……やはり、どうみても不自然だ……。
『……だから、か……』
 と、柏あんなは、これまで不審に思っていた、楓に対する、才賀孫子と加納荒野の態度……その、不自然に感じていた部分に、はじめて納得する。
 この子は……楓は、自分の持つ力の大きさに関して……とことん、無自覚なのだ。
「……あれだけ大勢の人がいて……あの中には、すでに仕事をはじめているプロも大勢の混ざっているんでしょ?
 その中に入っても、決して引けをとらない楓ちゃんって……実は、凄いんじゃない?」
 あんなは、噛んで含めるように、楓に説明する。
 あんなは幼少時から空手の道場に通っている。だから、鍛え上げた人体が、時にか「凶器」として機能することも、実感として弁えている。事実、武道の有段者が傷害や喧嘩沙汰を起こした場合、刑法上は、素手でも「武器を所持していたのと同等」と判断されることが多い。
 ましてや……楓の場合、単純に破壊力だけを比較したら、「武道の有段者」どころの話しではない。
 しかも……。
『……そのことを……その、危険性について……』
 楓自身は……あまりにも、無自覚だった。
 無自覚……と、いうよりも……。
『わざと……目を逸らして、いる?』
「……凄い……ん、でしょうか?」
 楓は、いかにも自信が無さそうな様子で、おずおずと答える。
「わたしよりずっとずっと凄い人が……加納様とか師匠とかが、身近にいるので……そういう実感は、正直……持てないんですけど……」
 今現在の楓の反応をみて……あんなはそう判断する。
 自信が無さそう……というよりも、そのような事実を、わざわざ楓に指摘するあんなを、非難する目付きだった。
 これでは……孫子が、楓に一目置くのも、荒野が、楓の精神的自立を優先的に考えるのも……。
『……当然、か……』
 あんなは、そう思う。
「そ……。
 わかった……」
 柏あんなはそういいて、楓から離れた。
 何故だか、理由は分からないけど……楓は、自分の能力から、懸命に目を逸らそうとしている。
 あんなは、ごく最近になって、荒野たちの事情を知りはじめたばかりだが……。
『……加納先輩……』
 これは……苦労するわ……と、思わず納得してしまう。
 楓だけではなく……茅や、テン、ガク、ノリの三人もいるし……それ以外に、新たに大勢の人達も……。
『……昨日、あれだけ工場にいて……』
 さらに、まだまだ人数が増える……とかいうことも、いっていた……。
 そのすべての面倒を荒野がみなければならない訳ではないだろうが……関係者がなにか問題を起こせば、その累は、荒野にも確実に及んでくるわけで……。
『そりゃぁ……心配性にも……』
 なるわけだよな……と、あんなは納得する。
 荒野がやろうとしていることは……とんでもなくあぶなっかしい……綱渡りだ。
 そういえば、昨夜も……工場で、荒野は、「問題だけは起こすな」と何度も力説していた。
 しかも、続々と集まってくる人達も、全部が全部、おとなしく言うことを聞く人ばかりではなくて……。
『……昨日、双子みたいなのも混じっているわけだし……』
 柏あんなは、気づくと、茅の顔をみていた。
 あんなは、つかつかと、茅のそばに近づく。
「……茅ちゃん……」
 あんなは、茅にそう言葉をかけた。
「たいしたことができるとも思わないけど……。
 なにか手伝えることがあったら、遠慮なくいってね……」
 あんなとしては……そういう程度のことしか、できない。
「……わかったの」
 茅は、頷いた。
「だけど……もう……お世話になっているし……」
 確かに、昨日……美術室での一件で、茅はあんなや飯島舞花の存在を「利用」している。
 たとえ策を弄し、罠を張っていたとしても、一人であの二人を取り押さえることは不可能……と判断し、手近にいて確実に利用できる自分たちを呼び寄せた……ということ、なのだろう。
「……昨日の、みたいな、急な時はしょうがないといえばしょうがないけど……」
 あんなは、茅に、そういう。
「できれば、事前に説明とかしてもらった方が、こっちも動きやすいんだけど……」
 あんながそういうと、茅はしばらく瞬きを繰り返す。
「でも……それだと、今度は、あんなたちが……」
 しばらく間を置いて、茅が答える。
 事情をしらないまま、茅に利用されているだけなら、まだいい。
 しかし、事情を弁えた上で、自発的に協力しているとなると……昨日、香也が人質になりかかったように、今後、どのような累が及ぶのか、予測できなくなる。
 おそらく……茅は、自分たちを深入りさせたくはないのだろう……と、あんなは茅の態度から、察した。
「……それでも……」
 あんなは、ゆっくりと茅に語りかける。
「何にも知らされないでいるよりは、はるかにまし……。
 それに……加納先輩の関係者はともかく……ガス弾の人達は……無関係だからって、遠慮してくれるような人達ではないんでしょ?」
 茅は、無言で頷く。
 学校ごと、町ごと、人質になっているようなものなのだ。
「……わけもわからず、利用されるの、好きではないの……」
 あんながそういうと、茅は、
「……わかったの」
 と、声に出して、頷いた。
「これからは、あんなも……あてにさせて貰うの」
「……そう。
 あてにして貰って、いいよ……」
 あんなは答えた。
「……わたしたち、友達じゃない……」




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