第六章 「血と技」(138)
「……それじゃあ、行ってくるから……」
玄関先で茅にそう告げて、荒野はマンションを出た。今夜は、シルヴィと一夜をともに過ごす約束をしている。茅のわざわざそう告げてから別の女と寝るために家を出る……というのも、おかしなシュチュエーションではあったが……茅も承知してのことだし、誰もが満足する結果をもたらす取引なのだから、しかたがない。
『……しかし、まぁ……』
あのヴィとね……という思いが、荒野にはある。
客観的にみれば、シルヴィ・姉崎の容姿は間違いなく整っている方だろう。女性として、シルヴィから誘われて靡かないような男は、インポかゲイだ……と、荒野も思う。
しかし……。
『……よりにもよって……ヴィ、だからなぁ……』
荒野の煩悶は、そこに起因する。
幼少時、家族同然、兄弟同然に育った相手だ。肝心な時に、荒野の男性が、うまく機能するかどうか……は、少々心配なところがある。
……汝、姦淫する事なかれ……などという文句を教えて、荒野には刷り込んでくれたのも、敬虔な信徒でもあるヴィなのだ。現在、荒野が持っている、比較的保守的な道徳観念も、その頃の「家庭教育」によって刷り込まれている。
シルヴィが、宗教的な戒律やモラルと一族の仕事との矛盾をどのように回避しているのか……荒野は、まだ確認する機会を持っていない。
『……ま、今夜は……』
たっぷり、時間がある。
寝物語に、ゆっくりと聞くことにしよう……と、荒野は思った。
「……ご飯は?」
あらかじめ教えられていたマンションに赴くと、荒野を出迎えたシルヴィは、開口一番にそう確認してきた。
「食べてきた」
荒野も、端的に答える。
この辺りの呼吸は昔のままで……今更、遠慮しあう間柄でもない。
「じゃあ、お酒の方がいいわね。
……飲めるんでしょ?」
「ま。人並みには」
荒野は、肩をすくめる。
隠し立てをする理由もない。それに、素面で対面するよりは、よほど気が楽になる。
それから、ふと気が付いて、
「……なんか変な薬、盛るなよ……」
と付け加える。
ヴィは……かつて、荒野の姉代りであるのと同時に、姉崎の一員でもある。
「盛らないわよ。
なんなら、姉崎の名に誓う?」
ヴィは、そういって婀娜っぽく笑った。
「……どちらかというと……洗脳とかそういうのを止めてほしい……」
ヴィのそうした「女性」を感じさせる表情に慣れていない荒野は、自分の鼓動が早くなるのを感じ、そのことをごまかすように、早口でしゃべりはじめる。
「……あら、失礼ね……」
ヴィ、拗ねたように口唇尖らせて見せる。
「……姉崎の手練手管は、殿方を喜ばせるためのものであって、人格の根底から書き換える佐久間の無粋な方法とは、まるで違うわ……」
その「姉崎の手練手管」に骨抜きにされた男たちが、いかに多いのかよく知っている荒野は、その件については慎重を期してコメントしなかった。
そんな会話をしながら、荒野は、ヴィに案内されて、マンションの奥へと進む。
駅前、という立地条件の外に、荒野たちが住むマンションよりは、部屋数が多い。これから、今以上にここでの事態が交錯することがあれば、もっと人員が増えて、ここが姉崎の支部みたいな形になるのだろうな……と、荒野は思った。
どうみても、女の一人暮らしには、広すぎる物件だった。
加えて、家具が少なく、全体にガランとしていて、生活感がない。
「……ヴィらしくない部屋だね……」
シルヴィに勧められたソファに腰掛けながら、荒野は、そう声に出す。
荒野に炊事洗濯、などの家事の手ほどきをしたのは、他ならぬシルヴィである。
そのシルヴィに対して、荒野は、「家庭的」というイメージを持っている。
「……んー……。
ここ、半分、仕事場だからね……」
ワインのボトルと、それにグラス、チーズとクラッカーを乗せた皿を持って、シルヴィがすぐに戻ってくる。
「……これでも、忙しいのよ……。
十分に自分のケアをする時間も、ないくらいに……」
シルヴィは、そんなことをいいながら、ボトルと盆をテーブルの上に置き、肩を竦める。
荒野は、少し考えて見る。
ここでの出来事を……できるだけ詳細にわたっって情報収集し、レポートして姉崎の中枢に伝える……という仕事を、シルヴィはほとんど一人でやっているらしい……。
「……ヴィだけしか派遣されていないの?」
念のため確認してみると、シルヴィは再度肩をすくめた。
「一応、応援は要請しているんだけどね……。シスターズもここまで急速に進展があるとは思っていなかったみたいで……。
それに、今の状況だと、ある程度腕が立つ人材でないと、悪ふざけで損耗するだけでしょ? 姉崎は、その手の仕事に使える人材は、常に不足しているのよ……」
……なるほど……。
と、荒野は納得する。
シルヴィのいう「Bad Kids」の件を除外しても、現在この土地に続々と集まってくる人材の性質を考えると……最低限、自分の身を守れる人材でなければ、あっという間に病院送りになるだろう。
最低限、昨日の六人とか酒見姉妹と対等以上に渡り合える人材でなければ……来るだけ、無駄かもしれない。
「……そっちも、いろいろ難しいんだな……」
短い時間でそこまで思考を巡らし、荒野は、結局当たり障りのないことをいった。
「……そっちほどややこしい訳でもないけどね……」
シルヴィはそういって、ちろりと舌を出す。
「でも……これだけ難しい局面で、コウは、かなり頑張っていると思うよ……」
そういいながら、シルヴィはワインの栓を開けて、グラスに注ぐ。
「……はい。
わたしたちの故郷のワインよ……」
そういって、シルヴィは荒野にグラスを差し出す。
ラベルをみると……確かに、荒野とシルヴィが一緒に暮らしていた国のワインだったが……二人が、その土地を「故郷」と認識しているかというと……これは、かなり、あやしい。
ただ……二人にとって、思い出深い土地であることだけは、確かだ。
シルヴィは荒野の隣に座り、「乾杯」といいあって、グラスを触れ合わせた。
荒野は、赤い液体を一口、口に含んでみる。
「……おいしい?」
「……ワイン……だな……」
荒野の言いようがおかしかったのか、シルヴィが静かに笑った。
「だって……良し悪しがわかるほど、飲み慣れてないし……」
荒野が、言い訳をする口調で、そんなことをいう。
「一応、かなり高級な品なんだけど……」
一転して子供じみた口調になった荒野がおかしかったのか、シルヴィはにやにやと笑って荒野にしなだれかかってきた。
「……コウ……。
そうしていると、昔と、そんなに変わってない……」
シルヴィが話すと、その吐息が、荒野の頬にかかるほど、密着している。
シルヴィの……息も、体も……熱い……と、荒野は感じた。
「……一緒に暮らしていたあの頃は……まさか、数年後にこんなことになるなんて……思ってもいなかったな……」
荒野は、自分の心を静めるためにも、意識して平静な声を出した。
「……そう……」
シルヴィは、荒野の首に回した腕に、やんわりと力を込める。
「……ヴィも、コウも……。
もう、子供ではない……」
そして、至近距離から、まともに荒野の目を覗き込んだ。
「コウ……キスして……」
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つづき]
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