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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(139)

第六章 「血と技」(139)

 口唇を重ねながら、シルヴィはゆっくりと荒野に体重を預けてきた。
 重ねた口唇も、そうだが……服越しに感じる体温も、ねっとりと荒野の口腔内に押し入ってきた硬い舌も……熱い……。
 シルヴィは、ゆっくりと時間をかけて荒野の口を蹂躙した後、ようやく顔を離す。
「……ワインが零れるよ、ヴィ……」
 シルヴィが荒野の中に大量の唾液を送り込んできていたので、声が掠れるということはなかったが……それでも荒野は、かなり動揺している。その動揺を見透かされないように、できるだけ平静な態度を保とうとしたつもりだが……シルヴィが相手だと、その手の芝居がどこまで通用するのか、甚だ心もとない。
「……コウ……」
 シルヴィは、肉食獣を連想させる笑みを浮かべる。
 荒野が良く知る……子供の、一緒に生活していた頃、シルヴィが、荒野をいたぶる時に、良く浮かべていた笑み……だった。
『……こういうところばかり変わらない、というのもな……』
 と、荒野は思った。
 いじめとか、そういう陰湿なものとは少し違うのだが……子供の頃、シルヴィは、体格的にも体力的にも劣る荒野を組み伏せ、呼吸困難になるまでくすぐる遊びが好きだった。
 過日のシルヴィ曰く、
「……コウの表情を変えるのが、楽しい……」
 とのことだったが……そういう「荒野いじり」をこの場で再現しなくてもいいだろう……と、専ら、いじられる側だった荒野は思う。
「ちゃんと……excitement?」
 突然、シルヴィにとって使い慣れた言語が交じる。
 そういうシルヴィは、今ので、かなり興奮してきているようだ。
 目が爛々と輝き、頬が紅潮している。
 もっとも……その興奮が性的なものなのか、それとも、他の……例えば、これから、荒野を一晩中いじることができる、という期待感からくるものなのかは、この時点では判別し難い。それ以外に、性交時に主導権を取って異性をいたぶる……という性癖を、シルヴィがもっている……という可能性も、あったが……その線については、荒野はあまり想像したくはなかった。
『……そんなんだったら……』
 どうあがいても、自分は、太刀打ち出来ないぞ……というかなり嫌な予感が、ある。
 相手は、かつて家族同然に暮らしたことがあるとはいえ……寝技を得意とする、姉崎の一員だ。たいして荒野の方は、性体験自体が、あまり豊富とはいえない。
 経験値も知識も、十分に蓄積してきたシルヴィとは、比較にならなかった。
『……もっと茅と励んでおけばよかったかな?』
 この期に及んで、そんなことを考えはじめる荒野である。
「……あっ……」
 その荒野の微細な表情の変化を、シルヴィは敏感に察知し、その場で指摘する。
「今……。
 他の女のこと、考えたででしょ?」
「……そ、そんなことは、ないぞ……」
 荒野は辛うじて声が上ずるのを、抑制した。
「……んっ」
 シルヴィはグラスに残っていたワインを一息に空け、荒野の膝の上に乗りはじめる。
「……んっふっふっふっぅ……。
 ほ、ん、と、う、か、なぁ……」
 シルヴィは一音節づつ区切りながら、再度荒野に顔を近づけてきた。
 ……子供の頃は、あれだけソバカスだらけだった顔が、今ではシミひとつない。
 これは、成長するにしたがって、自然に消えたのか、それとも、メイクのテクの賜物か……。
 などと埒のあかない考えを荒野が弄んでいるうちに、シルヴィは完全に、ソファに座る荒野の膝の上に馬乗りになった。
 荒野は中身がまだ半分ほど残っているワイングラスを高く掲げ、中身が零れないように注意する。
「……こんなもの……」
 シルヴィは荒野の手からグラスを取り上げ、自分で口をつけて一気に傾けた。
 そして、空になったグラスを床に放り、荒野の上に覆いかぶさる。
 とろり、と、荒野の口に、シルヴィの匂いが少し映った生暖かい液体が注がれた。無理に口移しになれたため、かなり大量に荒野の口からあふれて、荒野の首筋にいくつかの赤い筋を作る。
 口の中のワインをすべて荒野の口に注ぎ終わると、シルヴィは含み笑いをしながら、荒野の首に伝い落ちた赤い液体に口と舌を這わせはじめる。
 同時に、荒野の服に手をかけていた。
「……ヴィ……」
 ようやくのことで、荒野は呟く。
 別に、あの程度のワインで酔いがまわったわけでもなく……単純に、抵抗をするのが馬鹿らしくなってきている。
 シルヴィの手際の良さに、内心であきれている……というのが、実態に近い。
「……なに? やめないわよ。ここまできて……」
 慣れた手際で荒野の服を脱がしにかかりながら、シルヴィは、はだけた荒野の胸に手を這わせる。空調が効いているので、半裸にされても特に寒いとは感じない。下着越しに荒野の胸板をさすりながら、シルヴィはぴちゃぴちゃと音をたてて、荒野の肌に舌を這わせている。
 顔を下に向けているので表情の確認はできないが……体臭が、少し強くなっているような気がした。
「……んっ……。
 コウの……匂い……」
 シルヴィがそんなことをいって、荒野の脇の下に鼻を突っ込む。
「……やめろよ、ヴィ……。
 くすぐったい……」
 今しがたシルヴィの体臭について考えていたことを言い当てられたような気がして、どことなく照れくさくなった荒野は、身をよじって弱弱しい抵抗を試みる。
 しかし、もちろん、シルヴィは荒野を逃さない。
 それどころか、自分の服に皺がよるのもかかわらず、ますます体を荒野に密着させる。火照った弾力のある感触に、改めて、荒野はシルヴィの存在を感じた。
「……ほらぁ……」
 完全に荒野の首を抱きしめたシルヴィは、鼻にかかったような声をあげる。
「コウも……触っていいのよ……。
 どこでも……コウ、の……こんなになっている、癖に……」
 シルヴィは荒野の首をがっしりと抱きしめて、荒野の顔を自分の乳房にうずめながら、自分の膝頭で荒野の股間をまさぐる。
 確かめるまでもなく、荒野の男性は、ジーンズの中ですっかり怒張していた。




[つづき]
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