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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(144)

第六章 「血と技」(144)

 一族とは、つまるところ、その内部に利害を異にする小団体が寄り合ってつくっているゆるやかな集合体である。その中の有力勢力を「六主家」と称しているに過ぎず……一族全体を覆う統一的な意志など、ないに等しい。
『……今まで、かろうじてまとまってこれたのは……』
 そうしなければ、あっという間に一般人社会に飲み込まれて、霧散していたからだろう……と、荒野は考える。
 例えば、佐久間と加納が自分たちの存続を賭けて遂行していた計画を、何者かが力づくで潰した……という例は、一族の内情の複雑さを照明するいい事例だ。
「……当時……研究所を破壊したやつらは……実行犯はともかく、その作戦を立案した連中は……いったい、何を考えていたのかな……」
 荒野は、呟く。
 荒野の父、仁明の不在時に、島を襲った者たち……その背後に、いた者……。
「あの悪餓鬼どもを作ったのも……そいつらではないと、いいけど……」
 研究所の襲撃にせよ、この間のガス弾の件にせよ……何故、そんなことをするのか……荒野には、正直、よく理解できない。
 六主家の一角を弱体化したところで、正直な所、一族全体からみれば、さして影響はない。もっとぶっちゃけたことをいえば……仮に、あの襲撃がもとで、加納と佐久間の後継者が将来、完全に死に絶えたとしても……空いた場所に他のものが居座るだけの話しだ。
 一族全体の勢力は、そんなに減じないだろう。
 遺伝子操作の研究、云々も……確かに、当時としては革新的なことをやっていたのかも知れないが……もう少し待っていれば、一般人も、似たような実験を、はじめたのではないだろうか? 遺伝子地図の解析など、理論的な解明がこれだけ進んでいる以上、結果や成果がでるのか早くなるか遅なるかの違いだけで……あれほど、正面切った攻撃をしかけてくる理由が、荒野には、想像できないのだ。
 第一、あの場所を知っていて、仁明の留守中を狙って……ということは、襲撃を計画した連中は、こちらの内情をよく理解していた、ということになる。
 だったら……実験そのものに反対だったのなら、抜き打ちで武力に訴える前に、公然と実験を非難したり、圧力をかけるなりするほうが……攻撃する側にとっても、安上がりにすむ筈で……
 つまり……加納なり、佐久間なりが何者かを知っていた上で、その二つの勢力を敵に回しても、その研究を潰したかった連中、というのは……いったい、何を狙い、何を考えていたのだろうか……。
『分からない、といえば……あの悪餓鬼どもも……』
 荒野の理解の外にある。
 この間の襲撃も……佐久間現象という駒を、あっという間に手放したこと、その意志さえあれば、荒野たちをもっと手ひどく痛めつけることも可能であったろうに……あえて、あそこで逃げたこと、など……不自然……というか、荒野が不審に思える点が、いくつもある。
 そんな内容のことを、荒野はポツポツとシルヴィに話した。
「……なんというか……とても計算高い部分と……気まぐれな部分……これが、不自然にごっちゃになっている、というか……」
 話しながら、荒野は、自分の考えをまとめていく。
「……そう……。
 計画自体は、それなりに綿密なのに……動機の部分が、妙に不自然というか、何故そんなことをするのか、予測も理解もできない、というか……まるで……」
「……狂信者か、子供のように?」
 シルヴィが、荒野の言葉を引き取る。
「その喩えが適切なのかどうか、よく分からないけど……理性的な部分とそうでない部分が、ごっちゃになっている……というのは、手口からは、感じる」
 荒野は、シルヴィの言葉に頷く。
「そうか……。
 カルトと、子供か……。
 別に、動機が……整然と理解できる動機がない……という場合も、あるか……」
 荒野は、さらに考え込む。
「……判断材料が揃わない今の時点でどうこういってもしょうがないけど……。
 ただ、おれは……そいつらのやり口から、とてつもない悪意を、感じているよ……」

 翌朝の早朝、シルヴィのベッドで目を醒ました荒野は、一人で起き出して持参したスポーツウェアに着替えた。
「……もう、行くの?」
 声がしたので振り向くと、シルヴィがベッドに寝そべったまま、じっとこちらを見ている。
「……ああ。行く」
 荒野は頷く。
「日課だし……みんなが、待っているし」
「……そう……」
 シルヴィは気怠そうに呟いて、目を閉じた。
「コウには、もう……待っている人たちが、いるのね……」
「うん。
 ここに来てからできた、仲間たちが……」
 荒野は、そう返した。
「ん……。
 じゃあ、いってらっしゃい……。
 また、そのうち……」
 シルヴィは目を閉じたまま、眠そうな声を出す。
「ああ。
 そのうち、折りをみて……」
 そういうと荒野は、シルヴィに背を向けた。
「今日の所は、おいとまするから……」

「……仲間たち……か……」
 荒野が部屋を出てから、シルヴィはベッドの上で大きく延びをする。
「コウは……もう、子供ではない……か……」

 着替えの入ったバックを肩にかけてシルヴィのマンションを出た荒野は、すぐに異変に気づいてその場から五メートルほど後方に飛び退いた。
 それまで荒野が立っていた場所に……アスファルトに、いくつかの穴が穿たれている。
『……あっぶねぇ……』
 荒野は精神を緊張させ、周囲の気配を探りながら、心中で冷や汗をかいている。
 荒野が直前まで気づかなかった……と、いうことは……。
『本物の、手練れ……だな』
 それも、油断していれば、荒野でも危ないかも知れない……というレベルの術者だ……。
 内心で緊張しながらも……荒野の顔に微笑が浮かんでいることに……荒野自身は、気づいていない。




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