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彼女はくノ一! 第五話 (228)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(228)

 いつものように、狩野家での夕食に誘われたが、明日樹は断った。別に遠慮したわけではなく、昨日も徳川の工場に寄って遅くなったから、二日続けて帰宅が遅れるのが、根が真面目な明日樹の気分的によろしくない。それに……明日樹がまっすぐ帰宅すると、香也も一緒に送ってくれる。
「……なんていうか……」
 狩野家の前で他のみんなと別れ、二人きりになると、明日樹はさっそく口を開いた。
「……いつの間にか、みんな……凄いことに、なっているね……」
 茅と楓は、事実上、放課後の自主勉強会とパソコン部で構築されているシステム開発の中枢要員。孫子は、着々と準備を進め、本当に会社を起こしてしまいそうだし、テンとガクも、徳川の工場でいろいろなことを企んでいるらしい……。
 これだけのことを成し遂げようとしている人材が、香也の周囲に集まっている……というか、茅以外は香也と同居している……というのは……やはり、物凄い、としか、形容のしようがない……。
「……んー……」
 香也の返事は、相変わらずだった。
「……でも、みんなは、みんなだし……」
 香也だけが……泰然として、いつまでも変わらないな……と、明日樹は思った。
 本当に……この半年にも満たない、わずかここ数カ月の期間で、あれだけの変化が起こったのに……この香也だけは、芒洋とすべてを受け入れて、以前と全く変わらないでいる。
 明日樹にとっては、香也のここ「変化のなさ」は好ましい資質に思えるのだが……反面、香也自身にとっては、どうなのだろうか? と、明日樹は思う。
 変わらない……ということは、言葉を変えれば、成長しない、ということではないのか?
「……ね、狩野君……」
 少し心配になってきた明日樹は、香也に尋ねてみる。
「彼女たちが来て……狩野君は、嬉しかった?」
 明日樹にそう問われた香也は、
「……んー……」
 といつもより長く呻吟していたが、やがて顔をあげ、
「嬉しいとかそういうことは……あんまり考えたこと、なかった……。
 だって、あの人たちは、あの人たちなりの理由で、今、ここにいる……居続けようとしているわけだし……その選択を、好き勝手にぼくがどうこういうのは……なんというか、よくいえないけど……なんか、違うと思う……」
 ……一所に住んでいて、あれだけあかるさまに好意を寄せられていても……香也の側から見れば、それだけの距離感があるのだな……と、明日樹は納得した。
 同時に……寂しくも、思ったが。
 香也は……まだ、「他人」を精神的視野に入れていない……いや、実際には入れて……入れはじめているのかもしれないが……そのこと自体に、まるで慣れておらず……。
 香也本人も……いまだ、戸惑っているのだろう……と、明日樹はそう納得した。

 明日樹を送って香也が帰宅すると、楓と孫子がいそいそとエプロンを外しながら台所からでてきて、コートも脱いでない香也の手を両側から引いて、居間に引っ張り込んだ。
「……昨日は、取り込んでいて勉強ができなかったから……」
 昨日の分の勉強も、今日やる……というのが二人の言い分で、香也は、いつものように特に逆らうこともせず、おとなしく制服のまま炬燵に入って、鞄から教科書やノートなどの勉強道具を取り出した。
 今では、二人が香也の勉強を見ることが日課になっているばかりではなく、香也がどこまで理解しているか、までも小テストでチェックし、進捗状況を把握しながら香也専用のカリキュラムを消化しているような具合になっている。
 今では、楓と孫子の二人が、実質上、香也専属の家庭教師である、といえた。
 もっとも……ただの家庭教師なら、左右から、香也の腕に縋り付くように、自分の胸をおしつけてくるようなことはないだろうが……。
『……昨日のことがあるからか……前よりも……』
 一層、密着度が高くなっている。
 楓と孫子の吐息が、香也の頬にかかるほど……二人は体を寄せて来ている。
「……あっ、あの……」
 これでは……香也も、勉強どころではない。
 香也とて若い男性であり、心頭滅却すれば立ったものが萎む、などという器用な真似は、できない。
「……そんなにくっつかれると、その……集中力が……」
 香也は小さくなって、もごもごと小声で呟くように、クレームらしきものを告げる。
「……え?
 あっ……本当……大きく……」
 炬燵の中で、楓の手が香也の股間を素早くまさぐり、そこが堅くなっているのを認めてた。
 楓としては、別に香也を挑発しようとかその気にさせよう、というつもりはさらさらない。
 素直に疑問を持ち、素直に確認しただけである。が……。
 いきなり指先で股間をまさぐられた香也は、びくんと体を震わせた。
 時折……香也は、楓の無邪気さが、怖くなる。
「……えっ……あっ……」
 楓に続いて、孫子の手も炬燵の下で香也の股間をまさぐる。指先をズボンの中心に沿って、下から上までゆっくりと撫であげる……ただたんに「触れた」楓とは、まるで意味が違う「触り方」だった。
「……殿方は……大変ですわね……」
 孫子は、香也の肩に自分の顎を乗せ、香也の耳に息を吹きかけるようにして、濡れた声で、囁く。
「この程度で……こんなになるなんて……いってくだされば……先に、こっちの方を処理しましのに……」
 そういって、孫子がますます体を擦り寄せてくるので、香也は、ますます身を堅くする。
「……ひゃっ!
 あの……ちょっと……」
 顔を赤くしながら、ピンと背筋を延ばす香也。
 耳にかかる孫子吐息は熱くて……こそばゆい。
「……わ、わたしも……」
 楓も、孫子に習って香也の体に、ぎゅうっと抱きついいてくる。
「い……いってくだされば……何でもしますからぁ……」
 ……押し付けられた楓の体は、とても柔らかくて、服越しにでもそうと分かるほど、熱くて……。
『……楓ちゃんの方が、大きくて、柔らかい……。
 才賀さんのは……楓ちゃんほどで大きいわけはないけど、ピンと張り詰めていて、適度に押し返してくる感触が……』
 思わず、押し付けられてくる二人の乳房の比較をしかけて……香也は、はっと我に返って身をよじった。
「……ちょっ……ちょっと待って!」

「……そこっー!」
「……食事前の淫行、禁止っー!」
 居間の異変をかぎつけたテンとガクが、エプロン姿のまま包丁片手に居間に入ってくる。

「……ただいまぁー!
 っと……あれ、なにやってんの?」
 その時、ちょうど帰宅した羽生は、三人で引っ付いている楓と孫子に香也、その三人にエプロン姿で包丁を突き付けているテンとガク……の様子をキョトンとし顔で見渡し、深々とため息をついた。
「……あー……。
 だいたい、何があったのか……想像つくけど……」
 羽生はぽりぽりと頭を掻きつつ、複雑な表情になる。
 なんで真理さんの留守中に……こういうややこしいことになるのか……
「……うーん……。
 昨日のアレもあるしなぁ……。
 一度、きちんと話し合わなけりゃ……余計なトラブルの元か……」
 羽生は、そんなことをぶつぶつと呟いた後、
「……今日は、晩ごはんをしながら、みんなでどうするのか、じっくりと相談することにしよう……」
 そう、宣言する。

 議題、「今後の、こーちゃんの処遇」。
 この提案に、逆らえる者は、いなかった。




[つづき]
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