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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(149)

第六章 「血と技」(149)

「……さて、と……」
 食後、茅にお茶をいれてもらいながら、荒野は太介に切り出す。
「お前……何を、どこまで知っている?
 どういう噂を聞いて、ここまでやって来た?」
「……うっとぉ……」
 太介は思案顔になる。
「……長老が秘蔵していた使えない逸材が、ついに動いたとかいう噂は、年末当たりから流れていて……それとは別に、だいたい同じ時期に、加納の跡継ぎの、メチャクチャ強い人が帰国したらしい、って噂も聞いていて……少し前から、加納の跡継ぎに、何人かの若手がかかっていったけど、全然相手になんなくて、全員返り討ちにあったって話しが伝わって来て……」
 ……つまり、茅や新種のことについては……。
 そう思い、荒野はちょうどポットを抱えて紅茶を注ぎに来た茅に、素早く目配せをする。
「……嘘ではないの」
 茅は、荒野にだけ聞こえる小声で、素早く囁く。
「……それで……おれに会いに来たってわけか……」
 荒野は、椅子の背もたれに体重をかけて、天を仰ぐ。
「正直、こっちは……お前なんかの面倒をみているほど、暇じゃあないぞ……」
 裏はなさそうだ……ということは、理解できた。
 しかし……だからといって、安易に「押しかけ弟子」なんてものの存在を認めたら、それが悪い前例になって、今後、さらにややこしい事態になりかねない。
 荒野は立ち上がって、自分のノートパソコンを持って来て、テーブルの上に広げ、メールをチェックした。
「……ふむ……。
 嘘は、いっていないようだな……」
 ノートパソコンの画面をみて、荒野がつぶやく。
 養成所の職員から、返信が届いていた。
 もっとも、今までの情報の裏が取れた、というだけのことで、新たな情報が付加されたわけではない。
「……お前、おれの弟子になりたいとかいったな?」
 荒野は、太介に問いただす。
「はいっ!」
 太介は、椅子に座ったまま、背筋をピンと延ばした。
「……そのためには、なんでもできるか?」
 荒野は、重ねて尋ねる。
「やりますっ! やらせてくださいっ!」
 太介は勢い込んで答えた。
「……わかった……。
 では、お前がいた養成所に電話して、事の次第を報告。
 さらに、お前がこれからここで暮らして行けるだけの手配を、全てお前自身ですること……。
 実際問題として……これくらい自分でできなければ、お話しにならないし……。
 以上のことができたら、弟子の件も考えてはみる……」
 荒野は、「弟子に取る」とは、決して明言しない。
「……養成所に、説明……っすか……」
 太介は、背筋を延ばしたまま、硬直する。
 無断でここまで来た関係で、連絡しづらいのだろう。
「……ま……お前が話したくないのなら、この電話は、そのままお前を送り返すための相談になる……。
 このままおれに話させるか、それとも、お前自身で始末をつけるか……どっちでも好きにしろ……」
 荒野は、携帯を取り出して養成所の代表番号にかける。といっても、今朝、電話した時のメモリーを呼び出してリダイヤルするだけだ。
「……あ。
 先ほどは、どうも。加納荒野です。例の、甲府太介の件ですが……」
「……すいません。
 電話、代わってください……」
 悲愴な表情を浮かべ、太介が荒野に手を差し出す。
「……本人が、そう、甲府太介が、なにやらそちらに話したいことがあるそうです。
 今、代わります……」
 荒野が携帯を太介に手渡すと、太介は部屋の隅に移動してこちらに背をむけて、ぼそぼそとなにやら話しはじる。

 せっかく茅がいれてくれた紅茶が冷め切った頃、太介は、
「すいません。
 また、代わってください……」
 と、荒野に携帯を返した。
「……はい、代わりました。再び、加納です……」
 携帯を受け取った荒野は、養成所の職員と話しはじめる。
 茅は、冷え切ったカップを引き取って、中身をシンクにあけ、新しい紅茶をいれ直した。
「ええ。ええ。
 本人の希望は、今、聞いたとおりです。
 ああ。その件について、驚いたといえば驚きましたが……太介君も、まだまだですから、全然問題はなかったです。
 それよりも、本人がこれだけ強く希望しているとなると、一度送り返してもまた脱走してくると思うのですが……。
 ええ。ええ。
 ご存じかと思いますが、正直なところ、こちらもつきっきりで後続の指導をしているほど暇ではないのですが、とりあえず、暇を持てあましている連中には心当たりがありますので、そちらでよければ、みっちりとしごいて貰うことにします。
 いえいえ。どのみち、こっちの新種を鍛えるというついでもありますから。
 はい。はい。
 そうすると、後は書類上の手配とか……」
 しばらくして、荒野が通話を切ると、すぐさま、
「……どうなりましたか?」
 と、太介が尋ねてきた。
「……無理に送り返しても、また抜け出してくるだろうから、こっちで鍛えることにした」
 荒野は簡潔に結論を述べた。
「ただ……おれ、これで結構野暮用が多いから、お前の面倒まで見てやれない。
 こちらでの身分証明とか、必要な手続きとかまでは、向こうでしてくれるとさ……」
 ここで言葉を切り、荒野はため息をついた。
「……お前……向こうでさんざん、煙たがられてたんだなぁ……。
 向こうさん、これでようやくお前をやっかい払いできそうだと思ったのか、懸命におれのご機嫌を取ってたぞ……」
「……おっしっ!」
 そう聞いて太介は、握り拳を胸の前に置いて、気合いをいれた。
「……兄貴!
 これからよろしくお願いします!」
「だから、その兄貴は勘弁してくれって……。
 書類関係がまとまっても、住むところとか生活費の確保とか、お前の問題は山積みなんだから……。
 おれ、そっちまで面倒をみないからな……」
「……お金は……たしか、親の貯蓄がまるまる残っていたと思うけど……」
「だったら、それを自由に使えるように交渉しろ。
 なんなら、うちのじじいに口をきいてやってもいい……」
「じじいって……えっ!
 長老のこっとすかっ!」
 太介は、椅子から立ち上がって直立不動になった。
 太介の両親が残した資産は、通例なら、「太介が成人するまで」という条件で一族の資金源にプールされる。一族にはマネーロンダリングや財テク関係のエキスパートもいるので、そうして数年預けておけば、たいていは色をつけて帰ってくる筈だった。
「じじい、この辺に不動産もかなり持っているからな……。
 なんかいい物件があれば、世話してくれるかも知れない……」
 そういいながらも荒野は、すでに涼治の連絡先へ電話をかけている。




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