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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(151)

第六章 「血と技」(151)

「……だから、な。ここに居着きたいというのなら止めはしない。なんなら、ここに住むことになった一族の関係者にお前、紹介して、手ほどきをして貰うように交渉してもいい。ぼちぼち、現場経験がある連中や現役の連中も、集まってきているし……。
 でも、おれはなぁ……。
 今いったような感じで、今後、どういうことが起こるのか予測できないし、そうでなくても様々な用事で手一杯だし……ってことで、とてもじゃないが、弟子なんてとる余裕はない……」
 太介が「今、ここで何が起こっているのか」ということを大方理解したようだ……と判断した荒野は、そういって太介を諭した。
「最低限、自分の面倒は、自分で見るように、努力くらいはしてくれ……」
「……いや、あに……荒野さんのお立場は、よくわかりました……」
 太介は、真面目な顔をして頷いた。
「そういうことなら……このおれも、何なりと用事、いいつけてください……」
「……お前が何にもしでかさないことが、おれにとっては一番、ありがたいんだけと……」
 荒野は、ため息をつく。それから、壁にかかっている時計に目をやり、
「って……もうこんな時間か……。
 今日は、これから学校に行かなくてはならないんだよな……」
 と、いった。
 思いの外、話しが長くなったため、気づくと、もう昼前といっていい時刻になっていた。
「そうだな。
 では、少し早いけど、メシにすっか? ん?」
 三島百合香が、そんなことをいいながら、立ち上がる。
「荒野、冷蔵庫の中の材料、使うぞ……」
「……いつもなら、それで問題ないんですが……」
 荒野は、肩を竦めた。
「……今日は、そこの大食らいが大方の食料を食い散らかした後でして……」
 冷蔵庫を開いた三島は、中を覗き込んでその場で硬直する。
 ……見事に、何もなかった。
「……ふーん……」
「……ほぉー……」
 テンとガクが、意味ありげな視線を太介に送り、まじまじとその顔をみつめた。
「……しょ、しょうがないだろっ!
 丸一日以上、飲まず食わずだったんだからっ!」
 太介は頬を赤らめ、捨て鉢に大声をだした。
「……ま……何もないんじゃあ、しかたがないな……」
 三島は、冷蔵庫の前から自分の座っていた椅子まで戻って座り直す。
「今から材料買ってきたら、荒野の用事が間に合わなくなるしな……」
「……あ。そうか。
 今日だったっけ? かのうこうやのアレ?」
 ガクが、突然、何かを思い出したような声をあげた。
「……その口ぶりだと……何か知っているようだけど……お前ら、部外者には関係ないから……」
 荒野は、うろんな目つきでガクを見返す。
「部外者は部外者だけど……」
 テンが、平静な声で横やりを入れた。
「玉木のおねーちゃんから話しきいて、ボクたちも行きたいっていったら、料理研の人たちに話しつけてくれて……ボクたちも参加することになったんだけど……かのうこうや、その話し、聞いてなかった?」
「……なに? いったい、何の話しをしているんだ? ん?」
 三島がみんなの顔をぐるりと見渡して、そう尋ねる。
「今日の午後、荒野……」
 茅が、即座に答えた。
「……荒野、料理研の部活の一環として、学校で、手作りチョコの作り方を教えるの……」
 三島は「……ほぉー……」と関心し、太介は「……えぇー!」と驚きの声をあげる。
「あに……荒野さん!
 菓子作りなんて、するんですか?」
「……お前……朝、おれと茅が料理している端から、平らげてたろ……。
 それに、今もケーキ、実にうまそうな顔をして食っていたし……」
 荒野はじと目で太介を見る。
「……それとも、おれがチョコ作りを教えるのが、そんなにおかしいか?」
「……いや……おいしそうな顔に関しては……おれなんかよりも荒野さんのが、全然、上だと思うけど……」
 荒野に睨まれた太介は、慌てて視線をそらす。
「……そ、そうですよね。
 別に、男がそういう菓子作りやっても、別に構わないですよね……。
 あは。あははははっ……」
 太介は乾いた声でうつろな笑い声を上げはじめる。
 自分の失言を誤魔化そうという意図が、見え見えだった。
「……茅、そのチョコ講習、何時からだ?」
 荒野たちがそんなやりとりをしている間にも、三島は、茅にそんなことを尋ねている。
「……メシが作れないのはしかたがないけど、せめても、車で送ってやる……」
「あ。
 準備もあるから、おれ、一足先に行ってます。ってか、もう着替えて出ます」
 そういって、荒野は立ち上がる。
「……他の人たちは、もう少し時間があるから、ゆっくりしていってください」
「じゃあ、おれも荒野さんと一緒に……。
 下宿先の人と約束した時間まで、まだ少しあるし、向こうでも、なんか手伝えることあったら手伝いますよ……」
「……そうか?」
 荒野がそういったのは、その性質上、料理研主催の今日の講習は、男女比が著しく偏る、ということを気にしているからだ。本音をいえば、何の役に立たなくとも、太介という男性がその場にいるだけで、荒野の精神的な負担は、少し、軽減される。
「んー……授業、やってない日だしな……部外者でも、別に構わないか……」
「別に、構わんだろ。おとなしく見学するだけなら……」
 立ち上がりながら、三島も、荒野の言葉を追認する。
「ゆっくり……といわれても、こんな半端な時間ではなぁ……。
 ついでだし、やっぱ、わたしが車で送っていくわ。
 ちょっと一旦、部屋に帰って、着替えてからまた来る……」
 そういって三島は、玄関から外に出て行く。
 すると、テンとガクも、
「ボクたちも、一旦、帰る。メールとか、チェックしたいし……」
「あ。かのうこうやたち、先に行っていていいよ……」
 と、三島の後を追うように、出て行った。
「……茅も、着替えるの」
 そういって立ち上がり、茅も、荒野が消えていった部屋に入っていった。
 一人、ぽつねんと残された甲府太介は、誰にともなく、
「おれも……着替えるか……」
 といって、床の上に放置されている、テンとガクが持ってきた、風呂敷包みを見下ろした。




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