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彼女はくノ一! 第五話 (235)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(235)

「……これ、あの二人……」
「なんで、あんな派手な格好しているのかと思ったけど……」
 シルバーガールズ公式サイトとやらをみて、真っ先に反応したのは、酒見姉妹だった。
「「……こういうことだったんですかぁ……」」
「あの二人は、正義の味方になるといっているの。
 ガクは、おそらく本気で。テンは、多分に自嘲混じりに……」
 双子の感嘆に答えたのは、茅だ。
「……ただひとつ、確実にいえることは……あの二人……それに、ノリを含めた三人は、一族以上の自分の能力を、一族とはまったく違った方面に活用するだろう……と、いうことなの……」
 茅のその言葉に、双子は瓜二つの顔を見合わせる。
「では……その、茅様は?」
 その後、双子の一方が、言いにくそうに、茅にそう訊ねる。それが姉の純であるのか、妹の粋であるのか、この場にいる誰にも見分けがつかない。
「……茅様も、その……後の三人と同じ、新種ってやつなんでしょ?」
 いつの間にか、自習室は静まり返っている。この場にいるみんなが、双子と茅のやり取りを注視していることに、楓は気づいた。
「茅の居場所は……ここなの」
 茅は、周囲が静まり返ったことにも気づかぬ風で、ぐるりと腕を巡らし、実習室内を示す。
「荒野が用意して、茅が作った居場所。
 それが……ここなの。
 しばらくは、卒業するまでは……全力で、ここを守るの」
 茅の口調は静かで淡々としていたが……酒見姉妹は、気圧されたように固唾を呑んだ。
 酒見姉妹は、戸惑った顔をして、再び、顔を見合わせている。
 能力とか、そんな表面的なことではなく……もっと根本的な部分で、「新種」は、「一族」とは、別種の存在である……と、姉妹がはじめて悟ったのが……この瞬間、なのかも知れない。
 彼女たちは……自分たちとは、別の行動原理で動いている……と、そう、実感しないわけにはいかなかった。
「……ちょっと、いいかな?」
 少し離れた所に座っていたパソコン部の部員が、片手をあげて立ち上がった。
 二年の、男子生徒だった。
「おれ……そっちの事情とか、よくわからないけど……松島さんが転校してきて、この部に入って……かなり、変わったよ。それも、いい方に。
 少し後に、加納さんとか加納の兄の方とか出入りしはじめて、放送部のやつらと協同作業も増えて……それまで、週一とかせいぜい二回くらいしか、ここに来てなかったのが、毎日放課後になるとここに来て、こうして休日も返上して、作業やっている……。
 それは、パソコン部だけではなく、放送部だって似たようなもんだろうけど……」
 その生徒の言葉に、実習室内の生徒たちが、いっせいに頷く。
「……前とは比較にならないくらい、こっちに時間を取られるようになったけど……それが、全然、苦にならない。むしろ、楽しいんだ。
 だから……んー……うまくは、いえないんだけど……松島さんとか加納兄弟とかには、感謝している」
「……あとあと!」
 別の生徒が、片手をあげて立ち上がる。
 今度は、一年の女生徒だった。
「わたし、パソコン部員でも、放送部員でもないんだけど……これ……自主勉強会の関係で、すっごく助かってます!
 うち、今、事情があって経済的に苦しくて……塾どころか参考書も買えない状態で、進学も、半分は諦めかけていたんだけど……これのお陰で、なんとかなりそうなんです……。
 ここに来ると、いろいろな教材がタダで手にはいるし、分からない時、誰かしらに聞けるから……それに、暖房費も学校持ちだから、入り浸って、お手伝いしながら勉強しています……」
 そういって、パソコンの画面を指さす。
 その画面には、茅などがまとめた自主勉強会のサイトが表示されている。
「おれ、放送部の一年なんだけど……」
 今度は、一年生の男子が片手をあげて、立ち上がる。
「……賑やかなのが好きだから、ノリで放送部に入った。
 だから、有働先輩がいうような立派なことには、実の所、あんまり関心ない。それに、加納先輩たちの事情も……こういってはなんだけど、他人事だと思っている。
 ただ、こうしてみんなと、大勢で集まって、一つのことに取り組む雰囲気っていうのが好きだから、ここにいる。
 加納先輩たちが何者だろうと……そういう人たちが転校してこなかったら……この学校は、間違いなく、詰まらない場所……単なる、退屈で窮屈な箱だったろうと思う。
 玉木先輩あたりが時折、かき回しても……表面に多少、さざ波を起こすくらいで……その退屈さってのは、根本的な所では、変わらなかったんじゃないかな?
 だから、おれが卒業するまでは、そういう人たちには、ここにいて欲しいと思う。
 自分でも、勝手な理屈だとは思うけど……」

「……わかった! わかりましたから!」
「もう……十分ですぅっ!」
 その後も、手をあげる者が続出した。
 次々と、その場にいた生徒たちが手をあげて発言しようとするのを、酒見姉妹は手で制する。
「……茅たちは、触媒にはなったけど……後は、ここの生徒たち、一人一人の力なの……」
 そんな酒見姉妹に、茅が静かな声で説明をする。
「……彼らの一人一人が、主役なの。
 そのような意識の存り様は……恐らく、一族のものではないの……」
「「……確かに……」」
 酒見姉妹は、同時に呟いて、賛意を現した。
「「個々人の技量を誇り、その能力に応じて階位を定める一族のロジックと、ここのロジックとは…」」
 明確に、隔たりがある……と、双子も認めないわけにはいかなかった。
「……いや、能力に応じて……っていう区分は、実は、ここにもあるんだけど……」
 堺雅史は、飄然とした口ぶりでそういって、肩をすくめる。
「……ぼくらの誰も、楓ちゃんや茅さんみたいなスキル、ないわけだし……。
 でもそれは……あんなちゃんにペーパー・テストでいい点と取れといっても無理だし、逆に、ぼくに、あんなちゃん並みに喧嘩に強くなれっていっても無理なように……適所適材で分業すればいいだけだしさ……。
 実際、放送部とパソコン部は、そういう適所適材で共同作業、しているし……」
「……まぁくん……後で、おしおき……」
 堺の背後で柏あんながぼそっと呟くと、堺が全身を硬直させて、実習室内にいる生徒の間に、さざ波のような失笑が走った。
「……で、まあ……。
 わかりやすくいうと、ここにいる誰もが、主役なんだよね、ここでは。
 中には、友達に誘われてここに来ている人もいるだろうけど、強制されてまで、こうして週末に通学している人も、流石にいないだろうし……」
 気を取り直した堺がそう続けると、そこここでその言葉に頷く者が続出する。
「……そういう意味では……今、加納さんがいった、触媒、という言葉は……実に的確な比喩なのです……」
 有働勇作が、堺の言葉を引き取る。
「……加納さんたちは……それまでの状況を変えるための、いいきっかけには、なった。
 彼らがいなければ……現在のこの状況は、ありえなかった。
 しかし……全部が全部、彼らのためかというと……それは、違うのです。
 ここにいる一人一人がいなければ……自分の意志でここにいなければ……この状況は、ないのです……。
 ぼくたち、一人一人が、主役です……」
 有働は、穏やかな声でそう続ける。
 有働は、酒見姉妹の方に視線を向けた。
「……ぼくは……あなたがたが、どういういきさつでここにいるのか、知りません。
 だけど……あなた方は、ここで、何をなそうとしているのですか?」
 有働にそういわれて……酒見姉妹は、返答に詰まった。
「……あなたがたも、主役になれることを祈ります……」
 双子からの返答がないことを確認し、有働はそういって椅子に座る。
 それが合図になって、他の生徒たちも各自、それまでやっていた仕事を再開しはじめた。




[つづき]
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