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隣の酔いどれおねぇさん (5)
加々美さんをリビングに案内した後、先刻宣言した通り、ぼくはさっさと風呂場に向かう。
加々美さんにも当座の着替えにスウェットとポロシャツぐらい出しておくべきだったかな、とか思いつつも、どろどろになったスーツとワイシャツを手早く脱ぎ、ざっとシャワーを浴びる。なにぶん、不快な匂いと感触を一刻でも早くなんとかしたかったので、気が急いていた。
熱いシャワーが心地よい。
最低限の汚れを洗い流しただけで、風呂場から脱衣所に移動し、バスタオルでざっと体を拭い、部屋着として置きっぱなしにしてあるものを身につける。汚れたスーツとワイシャツは、しばらく思案した末、とりあえず、洗濯機に放り込んでおく。後で捨てるかも知れないが。不幸中の幸いか、スーツは何年か着古したものだったので、あまり惜しくもなかった。
バスタオルを首にかけてリビングに戻ると、ピンと背筋を伸ばし、緊張した面もちの加々見さんが座っていた。そして、ぼくの顔をみるなり、立ち上がり、
「ごめんなさい!」
と、深々と頭を下げた。顔色はまだ青白いけど、酔いはかなり醒めたらしい。ぼくがシャワーを浴びている間に、メイクも直しているようだった。
「いやいや。お気になさらず」
ぼくもなるべく鷹揚に構えて返したつもりだったが、そうした擬態が成功したていたかどうかは、いささか心許ない。
「それより、風呂、空きましたよ。良かったら、どうぞ。シャワーだけでも。
それとも、お茶でもいれましょうか?」
どんな経緯であれ、招きいれた以上はお客である。
「あ。わたしがやります。コーヒーでいいですね?」
加々美さんは跳ねるような動作で顔を上げると、こちらが制止する暇も与えず、緊張した、かくかくという動作で、コーヒーメーカーをセットしに向かう。
「あ。水と豆は冷蔵庫に」
仮にもお客さんなのだから、遠慮してもらおうかな、とも思わないでもなかったが、せっかく張り切っているわけだし、狭いキッチンであまり面識のない人ともみ合うことの滑稽さを考えて、結局やってもらうことにした。加々美さんは、割合に馴れた手つきでコーヒーメーカーをセットする。
ぽこぽこという、挽いたコーヒー豆にドリップする音を聞きながら、向き合って黙り込んでいるのもなんなので、
「それで、鍵のほうは見つかりましたか?」
と、訊ねてみる。
「いや、すいません。やっぱりなかったです。どこかに忘れてきっちゃったみたいでして……」
彼女は深々とため息をついた。
「……駄目ですねえ、わたし……普段はこんな、悪酔いするまで飲まないのに……」
「いや……まあ……。そういう気分になるときだってありますよ……」
年上の女性、それも、あまり面識のない、かなりきれい目な人と、二人っきりで正面向き合って、しみじみとそんな会話を交わすのも、滅多にできない経験ではある。まあ、なんといって慰めればいいのか、会話の糸口はなかなかつかめそうにはないのだが。
「お気になさらず。
こんなところでよければ、一晩くらいは泊まっていって構いませんので」
「……はい……そうさせていただけると、助かります」
うつむき加減の加々美さんは、消え入りそうな声でそう応えた。
この辺、結構なんにもない場所で、もよりの駅まで十キロ以上ある上、コンビニさえまばらである。かろうじて、少し離れたところにファミレスがあるくらいで、外泊場所となると、かなり離れたところにしかない。
不便な分、床面積に比べて、家賃も安いわけだが。車をもっているか、この近くに職場があるかしないと、あまり住む気になれないような立地条件だった。
二人とも言葉の接ぎ穂がみつからず、ポコポコとコーヒーのドリップする音だけが、部屋の中に響いた。
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つづき]
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