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隣りの酔いどれおねぇさん (6)

隣りの酔いどれおねぇさん (6)

 コーヒーの香りが満ちていく中、加々見さんは、
「……今日、別れた夫に会ってきたんです」
 と、語りはじめた。
 加々見さんとその人とは、職場で出会った。結婚してから、二人で共同経営という形で、小さいながらも事務所を構えた。何年かして、仕事の方が軌道に乗り始めた矢先、加々見さんの体調を崩し、念のため、病院にいってみると意外に大病で、そのまま何ヶ月か入院。退院したら、相手には新しい女ができていて、しかも、妊娠までしていた……。

 そんな顛末を、加々見さんは淡々と、ほとんど声の抑揚をつけずに語り続けた。
 よくある話し、といってしまえばそれまでなのだろうが、当事者にしてみれば、かなり大変なことだったのだろう。
 ほとんど面識のない、ぼくのような男に語ったのも、相談とか愚痴とかではなく、一通りのことを他人にしゃべるだけしゃべって、なにかしら踏ん切りをつけたいのではないか。
 加々見さんのしゃべりぶりは、はなしの内容を考えたら、むしろ怖いくらいに平静で、その平静さというのが、語られる内容が彼女にとって既に「過去のはなし」になっているからなのか、それとも、ことさら平静に振る舞わねば、話している内に自分がどうしようもないほど取り乱してしまう、ということを自覚しているからなのか……。そのどちらとも、判断しかねた。
 その、どちらとも、なのかも、知れないが。
「今日は、分社化の正式な手続きとか、彼とか会計士さんとかを交えて詳細を煮詰めてきたんです。その後、出資してくれることになっている古い知り合いと会って、飲んで……」
 淹れたばかりのコーヒーを、自分用のマグカップと来客用のカップとに注ぎ、来客用のカップを加々見さんの前に置いた以外、ぼくは、相槌もうたずに、黙って聞いていた。
 加々見さんはコーヒーには手を着けず、相変わらず背筋をシャンと伸ばし、視線を空中のどこか一点に擬っと据えたまま、はなしを続ける。

 一緒に飲みに行った加々見さんの古い知り合いも、比較的最近ご主人と死別したばかりで、ついこの間まではかなり沈み込んでいたこと。でも、今日久々にあったら、かなり元気になっていて、男と別れたばかりの女同士、にぎやかにおしゃべりしながらかなり飲み歩いたこと。久々に記憶をなくすほど飲み、気がついたらマンションの前でぼくに話しかけられていたこと……。
 そんなことをはなし続ける加々見さんの血の気のない、真っ白な横顔を眺めつつ、ときおり静かにコーヒーを飲みながら、ぼくは黙って聞き続けた。
「こんなとき、女ってダメですね」
 最後にそう締めくくったとき、それまで表情を消していた加々見さんは、笑おうとしているようだった。
「お酒に飲まれて、あなたにもこんなにご迷惑をおかけして……。
 わたしって……」
 ……弱いですね……。
 そう続ける加々見さんの横顔を眺めながら、ぼくは、
 ──……こんなときぐらい、素直に泣けばいいのに……。
 と、そう思った。

[つづき]
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