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隣りの酔いどれおねぇさん (7)

隣りの酔いどれおねぇさん (7)

 淹れたばかりのコーヒーを嚥下する。室内の気温は、暖房を必要とするほどでもないが、少し肌寒い。そんな中、熱い液体が食道を徐々に降りていく感触を感じると、体の中心から安堵感が広がっていくような気がする。

 今ぼくの目の前にいる女性は、普段ならあまり公言しないような、自分の境遇を語り終え、笑みを作ろうとして、それに成功していない。なんとも奇妙な、アンバランスな表情を、蒼白な顔に浮かべている。
 ピンと伸ばした背筋と、その凍り付いたような表情とが……彼女の置かれている、否、彼女が自分自身を追い込んでいる場所の、居心地の悪さを、そのまま物語っているようだった。

 基本的に、真面目な、真面目すぎるくらいの、人なのだろう。
 なにもかもを、きっちりと、完璧に、それができなければ、無難にこなそうとして、たいていの場合、それができてしまう程の能力も、持ち合わせている。
 でも、表面的な事務処理を機械的にこなすのと、心理的なジレンマを内面的に整理するのとは全く別の話しで……例えば、「離婚」とかに必要な手続きを推進するための気力や能力と、自分自身が、そこにまで至った過程に対して納得しているのか、ということは、全くの別の問題で……。
 多分、彼女は、常に「よい子」であろうとし、「よい子」であり続ける能力もあり、……それゆえ、自分の内面の、消化不良の、鬱屈した心理と向き合うのが、後回しになり、どんどん鬱屈やストレスを溜めていくのだろう……。

 ……本当に、こんな時くらい、泣き喚いて、取り乱しでもすれば、多少は楽になるのに……。

 コーヒーを飲みながら、ぼくは、今目の前に居る女性に、いったいなにができるのか、ということを考えていた。彼女は、ほとんど面識のないぼくにかなり立ち入ったことを話す所まで追いつめられて/自分を追いつめているわけで……そもそも、記憶をなくすほど泥酔したり、ぶしつけに、ぼくのような他人に、そのような事柄を語ったりすること自体、彼女が無意識に、一種の安全弁を求めている、ということだろうし……。

「加々見さん」
 ぼくが声をかけると、もちろん、意識して柔らかい声を作ったわけだけど、それでも、硬直して何事か考え事をしていた加々見さんは、ぼくの声を聞くと、ビクリ、と、体全体を震わせて、反応した。
「よかったら、その、肩を揉ませてくれませんか?」
「え? あ。ああ」
 ぼくのその申し出が、唐突、かつ、よほど予想外だったのか、加々見さんは、数秒、目をぱちくりさせていた。
「ええと……その、別にかまいません、けど……」
 まあ、いきなりこんな事をいわれても、普通は驚くわな。でも、メンタルの前にフィジカル。体の方をほぐしたほうが、効率がいい。加々見さんは、加々見さんの体は、良いが覚めてから、緊張してガチガチだった。
「では、その前に、バスタブにお湯を張ってきます」
 ぼくはことさらゆっくりと立ち上がり、浴室のほうに向かう。といっても、狭いマンションの中、すぐにいって帰ってくるわけだけど。で、加々見さんの後ろに立って、肩に手をかける前に、いう。
「いや。前の同居人には、よくマッサージしていたんですけどね。ぼちぼち一月くらい、他人の体を揉んでいないので、できれば、練習台になってくださると、ありがたいです。ブランクが空きすぎると、腕が鈍りますから」
「ええ。ああ」
 加々見さんの声に、少し、柔らかさが戻ってきた。
「そういうことなら、どうぞ。ご自由に。泊めさせていただく身ですし」
「それでは、今から肩を揉ませていただきます。が、続けて熱いお湯にゆっくり浸かって暖まってから、全身のマッサージを行うと効果的ですので、是非、そうすることをお薦めします」
「……はい。おっしゃる通りに。でも、あの……」
 ぼくが加々見さんの肩に手をかけるのと、加々見さんがそう言葉を継ぐのとは、ほとんど同時だった。
「……その同居人だった方のこと、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「つい先頃、ぼくに愛想尽かして出て行きました」
 加々見さんほどドラマチックな展開があるわけでもないし、別に隠し立てするほどのことでもない。

[つづき]
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