第五章 「友と敵」(100)
随分遅くまで睦み合っていたというのに、翌朝、茅はいつもの時刻に自分で起きた。血色もよく、体調も特に悪いように見えない。
そのことから荒野は、「茅の身体能力は、予想以上に向上しているのではないか?」という疑問を抱いた。昨日の検査のデータをこちらにも流してもらえないものか、後で三島にでも、相談してみることにしよう……。
荒野と茅は、いつものようにトレーニングウェアに着替えて外に出る。
と、マンション前の路上で三人が待ち構えていた。
三人の姿をみると、茅はいつも以上に荒野のそばに寄り添った。寄り添った、というより、荒野の腕をとって、その腕を抱きしめた。
「……お、おい……茅さん?」
突然のことに、困惑の声をあげる荒野。
「荒野、茅の」
そんな荒野の困惑をよそに、茅は、三人を威嚇するような声を出した。
「荒野、あげない……」
茅に尻尾があったとしたら、髪の毛とともにそれを逆立てていただろう。
今にも、「ふぅーっ!」といううなり声を上げそうな、剣呑な雰囲気だった。
荒野は、
『……いきなり、なにを……』
いいだすのか、という困惑と、
『昨夜のあれは……そういうことだったのか……』
というふに落ちる感覚とを、同時に味わっている。
そういえば、昨夜の茅は、「荒野、茅の」という言葉を、うわ言のように繰り返していた。
「……茅……おれ、こいつらとは、別……」
そんなんじゃないよ……と、続けようとした荒野の言葉は、
「荒野! わかってない!」
という、いつにない茅の言葉に遮られる。
「こいつら……自分たちの身の安全を保証してくれる、有力者を確保したいと思っているの。
涼治の保護下に入ったのも、そうすれば、しばらくは安全だから!
あわよければ、荒野も取り込もうとしているの。
荒野、涼治よりは扱いやすいと思われているの!」
荒野は唖然とする。
荒野にしても、三人組が見た目どおり無邪気なだけの存在ではない……とは、みていた所だが……具体的にそこまで細かい想像を巡らせていたわけではないのだが……その程度のことは十分ありえるだろう、とは、荒野も漠然と思っているのだが……。
それにしても、荒野が驚いたのは、茅が、珍しく感情をあらわにして、そうした予測を、よりによって三人の目の前で、ぶちまけたことだった……。
計算も駆け引きもあったもんじゃないし……それ以前に、どうひいき目にみても……茅の推測は、明確な根拠となりうる証拠がある、とは、思えなかった……。
『茅らしく、ないな……』
と、荒野は思う。
そもそも、いつも冷静で理知的な茅が、ここまで無防備に感情を露わにすることが、珍しい……。
(多分)見当はずれな非難の的になっている三人組は、呆然と茅の狂態を眺めている。
三人のうち、テンは、明らかにこの状況を面白がっている表情をしていた。
「……お、おい……茅、さん……」
荒野は、力無く茅を制止しようとする。
猛烈な脱力感を、荒野は感じていた。
「……荒野は、茅の! なの!
誰にも、あげないの!」
茅はそうまくし立てながら、荒野の首に腕をかけ、強引に下に引き下げ、荒野の口唇を奪う。
それどころか、両足まで荒野の胴体に巻き付け、ユーカリの木に抱き着くコアラのような体勢のまま、強引に荒野の口を開けさせ、舌を割り込ませる。
『また……よりにもよって……外で、こんな真似を……』
明らかに茅は、我を忘れている、と、荒野は思った。早朝の、通行人がほとんどいない時刻だからまだいいようなものだが……。
荒野は、ただひたすら、茅のご乱行が静まるまで、無関係なご近所さんが通りかからないことを祈った。
参院は、最初のうちは目を丸くして見ているだけだったが、ノリがぱちぱちと手をたたき始めると、ガクとテンまでもが拍手しはじめる。
三人組が拍手で見守る中、茅の抱擁と接吻は三分以上も続いた。早朝で、他の目撃者がいないことが、荒野にとってはまだしも救いだった。
「いや……二人がらぶらぶだっていうことは、十分に理解できたつもりだけど……」
荒野たちと併走しながら、テンはそういった。
口調も表情も、明らかに面白がっている。
「……ボクらがかのうこうやを狙っているっていう、特異な発想は……いったい、どこから出てくるの……」
「……だって……」
茅は、少しむくれ顔だった。
「昨日……ガク、荒野に色目、使ってた……」
「ボ、ボクが!」
いきなり名指しされたガクは、驚愕の声をあげる。
「……なんだってこのボクが、かのうこうやなんかに……」
「ガク、昨日、未樹と荒野のこと、妙に気にかけてた……」
相変わらずむすっとした声で、茅がいう。
「……そういえば……」
そういってノリが頷きだしたので、ガクは、さらに慌てた。
「しつこく、えっちなことしてなかったか……聞いてた……」
「……ノ、ノリ……」
ガクが、情けない声を出す。
「……ガクって、強い人が好きなんだよね……」
テンが、淡々とした口調で続ける。
「この辺で……ガクより強い男の人って、荒神さんとかのうこうやくらいだよねー……確かに……」
「……テ、テ、テ……テェー……ンー……」
ガクの声が、ますます情けなくなる。
「荒野、あげないの」
茅は、冷たい声でガクにそういうと、さらに荒野に近づいた。
「……冗談は、それくらいにしておけよ、お前ら……」
流石の荒野も、不機嫌を隠せず、先程から渋面になっている。
「聞き分けのないガキどもには、お仕置きだぞ……」
若干の殺気を放ちながら荒野がそういうと、三人がとたんに顔色を変えた。
三人は、本気になった時の荒野の実力が推し量れないほど、愚鈍ではない。
「……じょ、冗談だから、ほんの冗談!」
と、テン。
「そ、そうそう。
かのうこうやになんか、手を出すわけないジャン! うちのおにいちゃんならともかく!」
と、ノリ。
「……そ、そうだよ……。
か、かのうこうやなんて……」
ガクの声にだけ、妙に力がない……。
テンとノリの顔から血の気が引いているのに比べ、ガクの頬は、ほんのりと赤く染まっている。
テンは『こ、これは……や、やぶへびってやつ?』と、思い、ノリは『……ガク……趣味、悪い……』と、思った。
「……あやしい……」
茅は、ジト目で、ガクをみる。
「でも……荒野は、茅のなの。
……あげない……」
ガクは、それに答えず、顔を真っ赤にして、露骨に荒野から目をそらしている。
「い、い、い……いいよ……。
別に! ……そんなの!」
ガクは、俯きながらぼそぼそといった。
「そっちこそ……朝からえっちな匂い、いっぱいさせちゃって……いやらしぃ……。
いやらしぃいんだよ! お前ら!」
最後にそう叫ぶと、ガクは猛然とダッシュしはじめた。
慌てて、ノリとテンが、その後を追う。
茅は、荒野の腕をがっしりと掴んで、荒野がガクの後を追わないようにしている。もっとも、そんなことをしなくとも、荒野は、ガクを追うつもりなどなかったが……。
『おいおい……図星、なのかよ……』
荒野は他人事のようにそう考えた。
こういう悩みは、てっきりもう一人の狩野香也の専売特許かと思っていたが……。
どちらかといえば、そういうことにはうとい荒野にとっては、他人事のようにしか思えなかった。
どうやら……ガク自身も気づいていなかった漠然とした気持ちを指摘され……ガクも、初めて明確に荒野への気持ちを自覚した……と、いうことらしい……。
またまた、ややこしいことになりそうだな……と、荒野は思った。
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つづき]
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