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隣りの酔いどれおねぇさん (2)

隣りの酔いどれおねぇさん (2)

 その加々見透理さんを次に見かけたのは、その引っ越しの日から二週間くらいたった、週末の夜だった。ぼくにしては珍しく、職場の同僚と居酒屋で軽く飲んだためぎりぎり終電で帰ってきたぼくは、マンションの入り口をけっ飛ばしているスーツ姿の女性をみかけた。近づいて、よくよくみてみると、その女性が、加々見透理さんだった。
「あー。あんた、うちのお隣の、あー。ナントカさんでひょ」
 彼女のほうもぼくに気づいたようで、声をかけてきたが、顔が真っ赤で呂律も回っていない。
「こんなところでなにやっているんですか、加々見さん」
「あのね。開かないの。これが」
 といって、入り口の暗証番号キーを指す。
「故障ですか?」
「わかんないけどね、わたしがやるとね、開かないの。この、意地悪!」
 と、突然叫んで、つま先で入り口の支柱をけっ飛ばす。もちろん、金属製の支柱を蹴ったところで、ダメージを受けるのは人間のほうである。
 案の定、彼女は、「いててて」と、自分のつま先を手でもって、片足でぴょんぴょん飛び跳ねた。

条件一。彼女は相当きこしめしている。
条件二。彼女は運動には不向きなヒールにスーツ姿である。

 以上の条件が重なって、彼女はそのまま、すってん、という擬音が背後に見えないのが不思議なくらい、見事にすっころんだ。実際にしたのは「どさっ」という、なにか柔らかいものを落としたときにありがちな音だった。
「ああ。ああ。大丈夫ですか?」
 ぼくは三歩ほどの距離を詰めて、彼女に手をさしのべる。彼女は「いったーい」といいながら、自分のお尻をさすっていた。足を大きく開いているためスカートの中身が丸見えで目のやり場に困ったが、そのことに気づいてはいない様子だった。
「ありがとーおにーさん」
 彼女は、子供のように無防備な笑いを見せ、ぼくの手をとって、よっこらしょ、とかけ声をかけて立ち上がった。
「ごめんなさいねー。今夜はちょっと酔ってて」
 一目みればわかります。
 なにげに、普通にたっているだけでもフラフラしているし。

 フラフラしている彼女の肩を、近くの壁に預けて、ぼくはマンション共同入り口の暗証番号を素早く入力した。あっけなく、ガラス製の自動扉は開いた。
「あれ。あれれ」
 彼女は目を丸くした。
「なんでぇ? どうして? ずっるい。わたしがやると開かなかったのに」

考えられる原因一。酔っぱらった彼女が、間違った暗証番号を押していた。
考えられる原因二。酔っぱらった彼女は、手元がふらついて正確にボタンをプッシュできなかった。

 そのほかいくらでも原因を予測できたが、それらを列挙してもなんら益があるとは思えないので、とりあえず、「部屋まで自分でいけますか?」と、訊いた。
「いけない。あるけない。おんぶして」
 ……短い交渉の末、肩を貸す程度で、勘弁してもらった。それでも彼女はぐにゃぐにゃとするばかりで、いっこうに自分自身の体重を支えようとしないので、えらく難儀したが。

[つづき]
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