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2007-06

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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(335)

第六章 「血と技」(335)

「……気になりますか?」
 荒野は、静流の掌に自分の手を重ねて、尋ねてみる。
「き、気になるというか……珍しいのです……」
 静流は、うっすらと頬を染めながら、答えた。
「だ、男性のを……さ、わわるのが……。
 こ、こんなに硬いものなのですね……」
「いつもは、硬くはないんですが……」
 荒野は、苦笑いをしながら答える。
 茅もそうだったが、男性経験のない女性にとって、男性器というものは、かなり好奇心をそそられるものであるらしい。
「……そういう気分になった時、こういう状態になります」
 静流は、布地を持ち上げている荒野の分身を、指先でたどり、感嘆混じりに、こういう。
「……お、おかしな形……しています……」
 荒野は、視覚に障害のある静流にとっては、健常者の女性以上に、そういう情報に触れる機会が少ないのだろうな……と、そんなことを思う。
「直に、触ってみますか?」
 反射的に、荒野は、そんなことを尋ねてみる。
「……え?」
 静流が、顔をあげる。
「こ……これを、ですか?」
 不意をつかれた表情だった。
「ええ」
 荒野は、静流の耳元に口を寄せ、囁く。
「どうせ……これから、もっと過激なこともするつもりですから。
 その、静流さんさえ、よければ……ですけど……」
 首尾よくいけば、荒野のその部分は、これから静流の内部に侵入する筈だった。
 静流は、しばらく顔を伏せたまま黙り込んでいたが、意を決したように顔をあげ、手探りで、荒野のジッパーを降ろした。開けたジッパーの中に指を入れ、下着ごしに指を這わせると、
「……あ、熱く……なってます……。
 それに……こんなに、脈うって……」
 と、呟く。
 そういった時の静流の頬は、明らかに上気していた。
「……静流さん……」
 荒野は、静流の耳元で、再度囁いた。
「サングラス……とっていいですか……」
 その後、「静流さんの素顔がみたい」……といいかけて、荒野は危うく言葉を飲み込む。
 静流の前で、「見える」とか「見たい」みたいな単語は、不用意に使うべきではないだろう。本人は、あまり障害のことを意識していないようだが……。
 静流は、無言のまま、顎を上げて顔を荒野に向ける。
 荒野は、静流のサングラスを外して畳の上に置き、至近距離で静流の顔をまじまじと見つめた後、そのまま口唇を塞ぐ。
 荒野が静流の口唇を割って口の中に舌を入れると、静も不器用な動きで、荒野の舌に舌を絡めて来た。
 荒野は、静流の背中と腰に腕を回し、静流と舌を絡めあったまま、ゆっくりと静流の身体を畳の押し倒す。
 しばらく、荒野は、静流の上に覆いかぶさって、静流と口づけを交わし合っていた。

「……はぁ……」
 ようやく、荒野が口を離すと、静流は、切なそうな、拗ねたような、複雑な表情をしながら、直前にある荒野の顔を、焦点のあっていない目で見据える。
 いや。
 荒野の顔があるあたりに見当をつけて、視線を据えている。
「こ……こんなこと、されたら……。
 か、加納様を、触れないのです……」
 若干上ずった声で、そんなことをいった。
「静流さんは……おれを、触りたいんですか?」
 荒野が落ち着いた口調でいうと、静流は、顔を背ける。
「し、知りません……」
「おれは……静流さんのこと、触りたいです。
 それ以上のことも、したいです……」
 そういって、荒野は静流に脇に寝転ぶ。ちょうど、添い寝をするような格好だ。
「……ほら、さっきの続き……どうぞ……」
 荒野は、静流の手首を持ち、再び、自分の股間に導く。
 そういい終わるや否や、荒野は再び、静流の口唇を奪った。
「……んんっ!」
 と小さなうめき声を上げて、静流は荒野を振りほどこうと身もだえたが、本気で抵抗をするつもりはないらしく、すぐにおとなしくなる。
 しばらく、荒野が静流の口の中を舌でかき回していると、静流は、おずおずと荒野の股間に添えていた自分の指を動かし、荒野の性器の形を指先で確認しはじめた。
「……直に触ってもいいんですよ。
 なんなら、下、脱ぎますか?」
 荒野は、口を離して聞いた見たが、静流は、いやいやをするようにゆっくりと首を左右に振る。
「おれは……遠慮なく、静流さんを見たり触ったり、させてもらいますが……」
 荒野は笑いを含んだ声でそういうと、今度は、静流の首筋に口を這わせる。
「……はぁっ!」
 と、静流が、顔をのけぞらせた。
 荒野は、静流の腹部に手を回し、静流のシャツをずりあげ、パンツから出した裾を捲り上げ、剥き出しにした腹部に掌をあてて、撫でさすった。
「……んふっ!」
 と、静流が、また鼻息を荒くする。
「……ゃあぁ……。
 はぁ……や、優しくしてくれないと……いやですぅ……」
 静流は、かすれた声で、そんなことをいう。
「優しくして、ます」
 荒野の方が経験ある分、余裕があった。
 静流は……この間の荒野の途中までやった時以外、男性とこういう接触をしたことがないらしく、荒野の目には、何をしても過敏に反応しているように見える。また、女性のそういう反応は、荒野にしてみても、新鮮だった。反応が過敏、というのは、茅にも共通する点だったが、最近の茅は快楽に貪欲な印象が強く、静流が示すような羞じらいや躊躇いは、荒野の性欲を昂進させた。
「……静流さんは……おれに、こういうことされるの……嫌いですか?」
 だから、荒野としては、静流が答えづらいことを、あえて聞きたくなってしまう。
「…………そんなこと……聞かないでください……」
 案の定、静流は、かなり長い間黙り込んだ後、蚊が泣くような小さな声で答えた。




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彼女はくノ一! 第六話(76)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(76)

「……香也様ぁ……」
 小声でいいながら、楓は、香也の部屋の襖をそろそろと、開ける。
「入りますよぉ……」
 しかし、襖を開けて中に一歩踏み入れた楓は、そこで動きをとめた。
「……んー……」
 すでに香也は、パジャマも着替えて蒲団を片づけているところだった。
「……おはよぉ……」
 眠そうな顔をした香也が、楓に朝の挨拶をする。
「お……おはようございます……」
 楓は、複雑な心境で、挨拶を返す。
「毎朝、みんなに起こされるから……目覚まし、早めにセットして、できるだけ、自分で起きるようにした……」
 ぽやぽやーっとした口調で、香也はそんなことをいう。
 毎朝のようにあれこれされていたら、流石に身が保たない……ということを、ようやく悟った香也だった。
「そ、そうですか……」
 できるだけ残念そうな口調にならないように、気をつけながら、楓はそう答える。

 テン、ガク、ノリの三人は、今日は精密検査があるとかで、朝食が終わっていくらもしないうちに、茅と一緒に三島の車に乗り込んで出かけていった。
 孫子と羽生も、早々に出勤していき、香也は例によって、プレハブに籠もる。
 楓は、真理を手伝って食器の片づけや掃除、洗濯などをした後、珍しく手が空いてしまった。というか、真理が、
「……楓ちゃん、明日から試験でしょ?
 そんなに一生懸命、こっちの手伝い、しなくてもいいのよ……」
 といってくれたので、適当なところで家事を切り上げて、自分の部屋に籠もることになった。

「……勉強……か……」
 がらんとした部屋に自室に戻ると、楓は座布団の上にぺたりと座る。
 考えてみると、こうして一人きりになる時間を楓が持つことは、実に珍しい。この家に来てからも、なにかと賑やかなわけだが……それ以前に、一族の養成所にいた時も、あそこは楓と同じような境遇の子供たちが共同生活をしている場所だったから、一人になれる時間というのは、かなり、限られていた。個室を与えられたのだって、ようやく、この家に来てからのことで……。
 故に、楓は、自分一人だけで、周囲に他人がいない状況というのに、慣れていなかった。
「……勉強、しよう……」
 独り言をいって、楓は、折り畳み式の小さなテーブルを組立て、その上に、教科書やノート、筆記具などの勉強道具を広げる。
 英語や数学、物理関係は、ここに来る以前にある程度知識を仕込まれていたので、特に苦労するということもなかった。
 が、歴史や現代国語、古典、化学、生物などの知識は、学校に通いはじめてからはじめて触れたことになり楓にとっては、未知の分野であった。それだって、一日数時間、机に向かい続ければ、それなりに頭には入ってくる。それ以前の生活で、もっと厳しい修練に明け暮れた楓にとって、学校の勉強程度のことは、苦痛のうちに入らない。だから、それら、まるで予備知識がなかった教科についても、楓は、三学期に入ってからの短い期間で、一年間に学ぶべき内容のほぼすべてを、頭にいれることが出来た。茅ほど極端な記憶力はないものの、楓は努力家であり、同時に、きわめて真面目な性格でもある。また、香也の勉強を見るようになってからは、自分が学んだ知識を使って香也の手助けを出来る、ということも、楓のモチベーションを高める要因になった。
 だから楓は、学校内でのみ通用する基準に照らしあわせれば、かなりよい成績を取り、生活態度も真面目な規範的な生徒でもあった。ごく身近に、茅という、もっと完璧な優等生がいるおかげで、あまり目立たないのだが……楓自身は、あまり自分が注目されることを好まなかったから、それくらいでちょうどよかったわけだが。

 真理が、昼の用意ができたと告げに来るまで、楓は勉強を続ける。もともと、楓は、集中力がある方であり、一度集中してはじめると、時間の経過を忘れる。
「うちのこーちゃんも、呼んで来てちょうだい……」
 と真理にいわれて、楓は庭のプレハブに向かった。

「……香也様ぁ……」
 楓が、声をかけながらプレハブの中に入ると、キャンバスの上に身を乗り出して中腰になっていた香也は、入り口の楓の方に顔を向け、
「……んー……」
 と、生返事を返す。
 ……ああ。また、絵に入り込んでいたな……と思いながら、楓は、
「お昼、出来ましたよ。
 真理さんが、呼んでます」
 と、一区切りづつ、力を込めて発音する。
 このような時の香也は、心、ここにあらず、といった態で、思考能力が半ば以上、麻痺している……ということを、楓は、これまでの経験から学んでいた。
「……んー……。
 お昼……」
 香也は、のろのろと返事をし、目を瞬いた。
「……んー……。
 わかった……。
 行く……」
「駄目です」
 楓はそういって、ずかずかと大股で香也に近づき、香也の腕を取る。
 生返事をした香也を放置して一人で帰ると、かなり高い確率で、香也はまた絵に戻ってしまう……ということも、これまた経験上、楓は学んでいた。絵に向かった時の香也の集中力は、先ほどの楓の比ではない。
 真理も、結構鷹揚なところがあるので、声をかけても香也が動かなければ、一食や二食、香也が食事を抜かしても平然としている。だから、このような場は、多少、強引なことをしてでも、楓が香也に食事を摂らせなければならない。
「さ。
 早く片づけて、お昼にしてくださいぃ……」
 楓は、香也の腕を抱きしめ、珍しく甘えたような声を出して、ぐいぐいと引っ張る。
 香也は、
「……んー……」
 とか、うなりながら、
「今、少し、片づけるから……」
 と、もごもごと不明瞭な声でいう。
 端から見ていると、二人でいちゃついているようにしか見えないのだが、当事者である香也と楓には、そういう自覚はない。
 香也は、自分の腕に押しつけられる楓の胸の感触と体臭とに困惑した。あらぬ方向に目を反らし、楓の腕から逃れようとする香也の様子に、何を勘違いしたのか楓は、さらに身体を密着させる。
 しばらく、軽く揉み合っていたが、この手のことで香也が楓の相手になるわけもなく、そのままずるずると母屋に連れて行かれた。

 楓に腕を引かれて母屋に入った香也は、真理を含めた三人で昼食を摂る。
 食べ終わると、真理が何気ない口調で、
「……明日から、期末試験ね。
 楓ちゃんは午前中も勉強してたけど、こーちゃんは大丈夫なの?」
 といい出し、その言葉に応える形で、香也と楓は、居間の炬燵で一緒に勉強をすることになる。香也は一度プレハブに戻り、放り出してきた画材をきれいに整理してから、自室に教材を取りにいくことになった。
 何だかんだで、毎日のように教科書を開く習慣ができていた香也は、以前より、習う内容を理解していることもあり、こうして勉強することも、あまり苦にならないようになっていた。
 困るのは、こうして二人で勉強していると、隣に座っている楓が、ことさらに身体を密着させてくることだった。
 真理もいる手前、楓も誘惑とかそういう計算でやっているのではないと思うのだが……太股や脇に楓の柔らかい身体が押しつけれると、まだ若い香也は、身体がそれなり反応してしまうし、だからといって、真理もいるこの場でナニかをして発散するわけにも、不自然に席を立つわけにもいかず……。
 香也は、出来る限り熱心に、机の上に広げた教科書に目を凝らした。




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「髪長姫は最後に笑う。」  第六章(334)

第六章 「血と技」(334)

 テン、ガク、ノリの三人とともに、三島の車に乗り込む茅を見送った後、荒野はマンションに戻ってシャワーを浴び、下着からすべて新しいものに着替え、静流の家に向かう。
 静流には、今日中なら、時間帯はいつでも……と、いわれていた。来週に入ると、今度は店の開店準備に追われ、しばらく落ち着くまでは、静流の方が思うように時間がとれない……とも、いわれている。
 つまり、今日の機会を逃すと、またしばらくお預けになる可能性が高く……。
『……あれ?』
 と、そこまで考えて、荒野はふと疑問に感じる。
 なんだかんだいって……おれ、静流さんとのこと、楽しみにしているのではないか……と、思った。なんだかんだいって、荒野は、静流のことを、異性として意識している……と。
 例えば、シルヴィや酒見姉妹が相手なら、茅もあそこまではむっとはしないのではないか……と、荒野は思う。
 シルヴィとは、たとえ、実際に身体の関係があったとしても……荒野が兄弟同然に育ったシルヴィに抱く感情は、やはり、「肉親への愛情」以上のもにはならない。酒見姉妹に対する荒野の感情は、もっとビジネスライクなものだ。
 そうした「茅以外の、荒野と関係する女性たち」の中で、静流のことを考えると……やはり、茅の次ぐらいに、荒野は「女性」を感じてしまう。
 現に、荒野が、静流との逢瀬を楽しみにしているのは確かなことであり、茅も、そのことを感じていたから、あそこまで不機嫌になったのだろう。
『……そうか、そうか』
 荒野は内心で頷きつつ、静流の家に向かう。荒野は、自分の心が浮き立っているのを感じ、茅への後ろめたさと同時にこの前目撃した静流の白い裸体も、思い浮かべ……歩きながら、目立たない軽く勃起をしてしまっている。
 まだ午前中の、朝といっても時間であり、こんな早くから性交を前提に女性の家に出掛けるのも、荒野には、はじめての経験だった。茅との関係は大事に思っているわけだが、荒野にしみみれば、ああなるより他に選択肢がないような状態からはじまっている。その分、あまり、「恋愛感情」という意識はなく、どちらかというと、「家族」とか「一番近い身内」という意識になってしまう。
 もちろん、荒野にとって、茅は、なによりも大切な存在なわけだが……。
『おれも……』
 男だったんだな……と、荒野は思った。
 性欲はあるし、たまには茅以外の異性を抱きたい、とも、思う。生物の牡としては健全な欲求だが、一部の女性には、嫌われる性向だろう……と、他人事のように、自己評価した。

 カーテンの閉まった店の引き戸を軽く叩くと、引き戸のガラスが耳障りな音をたてた。
 すぐに、引き戸がすっと開く。
 カーテンを空けて中に入り、挨拶の言葉をかけようとして、そこには誰もいないことに気づいた。
 いや。
 正確には、足元に白い毛並みの犬が蹲っている。
「……お前が、戸を開けてくれたのか?」
 荒野は、言葉をかけて見たが、呼嵐はピクリと耳を動かすだけで、蹲ったまま、その場から動こうとはしなかった。
「か、加納様、ですか?」
 店の奥から、静流の声が聞こえる。
「……そ、そのまま、上までお上がりください……」
 どうやら、静流は、階上で荒野のことを待ち構えているようだ。
「じゃあな、呼嵐……」
 荒野は、まだ何もない店の中に蹲ったままの白い犬に小声で呼びかけ、店の奥に向かう。
 以前、来たことがあるので、階段から二階に上がる道程は記憶していた。
「……お邪魔します」
 と声をかけ、荒野は靴を脱いで台所と兼用になっている狭い板の間にあがり、その角にある、階段へと進む。
 とん、とん、とん……と軽い音をたてて階段を上がるうちに、軽く硬くなっていた股間が持ち上がってきて、歩きにくくなった。
 どうやら……おれは、自分で自覚していた以上に、静流のことを求めているらしい……と、荒野は他人事のように、そう思う。

「……お、お待ちしておりました……」
 階段を上がりきったところで、静流がいきなり三つ指をついていたので、荒野は激しく動揺した。
「で、出迎えもせず、し、失礼しました……」
「い、いや……戸は、呼嵐が、開けてくれたし……」
 珍しくどもりながら、荒野は答える。
「あ、あの子……気に入らない人は、吠えかかるのです……」
 加納様は、気に入いられましたね……と、静流にいわれ、荒野は複雑な気持ちになった。
 先程、呼嵐は、戸は開けてくれたものの、荒野の存在など知らぬ気に、悠然と蹲っていたものだが……。
「そ、そうですかね……」
 荒野は、またもや、どもってしまう。
 どう考えても、あの犬が荒野のことを「気に入った」ようには、考えられなかった。
「そ、それ……わ、わたしの、真似ですか?」
 静流が、顔をあげて膨れてみせる。
「いえ、そういうことでは、なくて……ですね……」
 荒野は、静流の前に膝をついて、静流と顔の高さを同じにした。
「静流さんにお呼ばれして、これでも、緊張しているのです」
 そういって、荒野は、静流の頬に指をあてる。
 ぴくり、と、一瞬、静流は身体を震わせたが……すぐに、緊張を緩めた。
「……わ、わたしの方が……も、もっと、緊張してます……。
 この間、あんなことがあったのに……か、加納様を、自分で呼び付けたりして……」
「……嬉しいですよ、そういうの……」
 荒野は、静流に顔を近づける。
 吐息や体温で荒野の接近を感じたのか、一度緩みかけた静流の身体に、また緊張が走った。
 それを確認した荒野は、このまま静流を押し倒し、強引に服を剥いでしまいたい衝動に駆られる。
「お、お世辞は、いいのです……」
 静流は、緊張した面持ちで、荒野に告げる。
「か、加納様は……あくまで、野呂との取引として、わ、わたしにお逢いになってくださるわけで……」
 荒野は、暴力的に静流と交わりたい衝動を抑えながら、静流の手首をそっと掴んで、自分の股間に導いた。
「……あっ」
 指先に荒野の硬い感触を得、それが何か悟った静流が、小さな声をあげる。
「静流さんに、二人っきりで会えると思っただけで……こんなになっているんですけど……」
 荒野は、静かな声で、静流に告げた。
「……これも、お世辞だと思いますか……」
「し、知らないのです。
 だ、男性のことは……ちっとも……」
 静流は、荒野の視線から逃れるように、顔を伏せる。
 その頬が、早くも紅潮しはじめていた。
「好きな……抱きたいと感じる女性のことを考えると、男は、こうなるんです……」
 荒野は、静流の耳に口を近づけ、そこに息を吹きかけるようにして、囁く。
「……ここに来るまで、随分、歩きにくかったです……」
「し、知りません……」
 静流は、身体を小さくして、小さな声で呟く。
 荒野は、そんな静流の肩に手をかけ、抱きすくめた。
「……きゃっ!」
 と、静流が、小さい悲鳴をあげる。
「さっきから、静流さんを押し倒して、乱暴に服を剥いで……思う様、犯してやりたいという欲望と戦っています……」
 荒野は、静流の肩を抱き寄せて密着しながら、静流に囁いた。
 静流は、荒野の腕の中で身を硬くしながら……しかし、荒野の股間にあてた手を離そうとしなかった。




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彼女はくノ一! 第六話 (75)

第六話 春、到来! 乱戦! 出会いと別れは、嵐の如く!!(75)

「ええっと……ここ、もっと、腰を落として、重心を下腹部に持ってきた上で、こう、腕を振り抜くと……」
 楓が目の前に掌底を突き出すと、さして速い動きにも見えなかったが、ぶっおんっ、と、音をたてて周囲の空気が鳴った。
「……体幹部が安定しているのと、していないのとでは……力の伝わり方が違ってきますから……動かすのは腕だけでも、身体全体の力が掌に集まるような感覚を目指して、ですね……」
 楓の周囲に輪を作って解説を聞いていたテン、ガク、ノリ、それに、高橋君に甲府太介は、楓の解説よりも、目の前で見た楓の掌底の威力と迫力に圧倒されている。
 楓の近くにいた若年組の外で輪を作っていた年長の一族たちもほぼ同様の反応、つまり、腕を前に突き出す……という単純な動作が、これほどの威力と迫力を生み出す……ということを体感し、みな、一様に圧倒され、瞠目し……棒立ちになっていた。
 ただ一人、三人娘と肩を並べてみていた茅だけが、表情を変えずにじっと楓の挙動を見守っている。

 それから、楓は、テン、ガク、ノリ、茅、高橋君、太介にも同じ動作をやらせて見て、一人一人のフォームをみて、微妙な修正を加えていく。
 周囲でみていた、楓よりも年嵩の一族の者たちも、各自、掌の底を突き出して、お互いのフォームをチェックしだした。
「……お前は、やらねぇのか……」
 舎人が、若年組のフォームを直して回る楓を指さしながら、傍らの現象に尋ねる。
「今、見て、憶えた」
 現象は、不機嫌な顔をして答える。
 こいつ……と、舎人は、思う。
 今、正面から楓とやりあったら、まともな勝負にならない、と自覚して……不機嫌になっていやがる……。
 舎人にいわせれば、「最強の弟子」を仮想敵に想定すること、自体、かなり不遜なのだが……若くて自尊心が強い現象には、同年配の者に、自分が遅れを取っている……ということを自覚させられると、何かしら、傷つくところがあるらしい……。
 ナイーブなことだ……と、思いながら、舎人は、
「……いいから、今、ここでやってみろ……。
 頭で納得するのと、身体で憶えるのは、違うから……」
 と、現象を即し、半ば無理やり、現象には掌底の素振りをやらせ、フォームをチェックする。
 いつの間にか、梢も、舎人の隣にきて、舎人と一緒になって、
「ここ、違いますよ。
 もっと腰を落として、素早く腕を延ばしきって……」
 などと、したり顔で現象のフォームにだめ出しをしていたりする。
「……お嬢ちゃんはやらねーのか?」
 舎人は、梢に尋ねて見た。
「まともな佐久間は、直接、荒事に手を染めることはありません」
 梢は、澄した顔で答える。
 つまり、「まともでない佐久間」である現象は、荒事の修行に励んでもいい……という認識であるようだった。
 舎人は肩を竦めて、梢へに対してコメントすることを避けた。

「……なんだか、そっちはかなり仲がいいことになって……」
 少し離れていたところで、そうした光景をみていた荒野に、孫子が話しかける。
 もちろん、皮肉や揶揄を口調に滲ませているわけだが……。
「……逆に、しょっちゅういがみ合っているよりは、平和でいいだろ……」
 荒野は、孫子の揶揄に気づいた振りも見せずに、冷静に返した。半分以上は、荒野の本音でもある。
「楓ちゃん……もうすっかり、みんなの先生だな……」
 そばに寄ってきた飯島舞花も、そんなことを呟く。
 部外者の舞花からみても、楓は、一挙動一挙動のキレが、ほかの一族の人たちと比較しても、段違いにいい。
 最初のうち、茅やテン、ガク、ノリだけを相手にしていた楓は、いつの間にか、その他の年長の一族からも一目置かれるようになっていた。
 茅たちに対する教え方が的確……というのは当然のこととして、見本としてやって見せる挙動のひとつひとつが、楓よりも年長の一族の者たちを感嘆させた結果……だった。
 毎朝、河原で行われる楓の指導を、その場にいる大半のものが盗み見て、身につけようとする……光景が、今では当然のものになっている。
「生まれ持った能力に頼っているやつらは……一族が伝えてきた体術を、軽視する傾向があるからな……」
 荒野は、ぽつりとそんなことを口にした。
 六主家に血縁者と楓とでは、筋力や反射神経など、先天的な能力だけ比較すれば、明らかに楓の方が劣る。
 しかし、楓は、基本的な技の一つ一つを丹念に極めることで、その不利を事実上無効にし、逆に、大半の一族の者を圧倒するだけの戦闘能力を獲得していた。
 楓が、「最強の弟子」として選ばれた理由を、この土地に流れてきた一族は、納得しはじめている。いや。間近で楓の挙動をみれば、納得しない訳にはいかない。
 いかに、自分たちが、怠惰な方向に流れていたのか……ということを。

 荒野は先日から、楓に茅や三人娘の指導を任せたきたわけだが……それは、予想もしていなかった副産物を生み出していた。
 すなわち……六主家の出ではない楓に対する敬意を抱く風潮が、この土地に流れてきた一族の者たちの間で広がりつつあった。
 こうした傾向は、荒野にしても予想外のことではあったが……二つの意味で、荒野はこうした風潮を歓迎している。
 ひとつは、怠惰な方向に流れて行きがちな、若い術者へに対する、いい刺激になった……ということ。
 もうひとつは、この土地に流れてきた一族に対して、楓が、いい「抑え」になる可能性が出てきた、ということ……。
 特に後者に関して、荒野はかなり重要視している。
 最近でこそ、かなり落ち着いてきたものの……この先、どんな事態が起こるのか、まるで予測の立たないのだ。
 荒野にしても現在のような平和な日々がいつまでも続けばいい……と、思ってはいるのだが、そうした希望的観測にすがるほど、荒野は能天気にはなれなかった。
『……何しろ……』
 最大の不確定要素であり、懸念事項でもある、「悪餓鬼ども」の情報が、依然としてまるで入ってこない。
 野呂と姉崎に手を回して、調査をして貰っているところだったが……荒野の元に知らせが入ってこない、ということは、まだそれらしい成果が上がっていない、ということなのだろう。
 場合によっては……春休みとかを利用して、荒野自身で、少し嗅ぎ回って見るかな……とかも、思いはじめている。
 進展がない悪餓鬼たちの件にしてもそうだが、荒野の中でも、日本のほかの土地を、この目で見てみたい……という気持ちが、強くなりはじめていた。

 朝のトレーニングから帰ってくると、みんなで風呂場に向かい、交代で素早くシャワーを使う。
 その時間になると、たいていは真理が朝食の準備をしているので、汗を流した後は、そっちの手伝いにいくか、それとも、香也を起しに行くか……。
 例の「当番制」を実施して以来、平日に関してはもめることがなかったが……今日のように、土日になると、必ずといっていほど、揉める。
 それぞれ、自分が当番になった日には、早めに香也の部屋に入って、そこで他の面子には話せないような行為を行っている者が大半だったので、なおさら、揉める。
 香也を起こしにいく時間が早すぎる者が大半だったから、朝、香也の部屋で何事かが起こっていることは、お互いに気づいていた。気づいてはいたが、お互いに追求されるとやばい部分を持っている者が大半であり、その辺は、あまり深く追求しない……という不文律ができはじめている。
「「「「「……じゃん、けぇん……」」」」」
 それで、結局……実に古典的な方法で、「誰が香也を起に行くのか」を決定することになるのであった。
 



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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(333)

第六章 「血と技」(333)

 二月も三学期も、あと数日を残すところとなり、荒野の身辺は、諸々の事柄が一気に加速しはじめたような気がして……荒野は、週末を迎えた。
 もはや、三学期の授業は全て終わり、来週には期末試験を残すだけ。
 その後、終業式と卒業式などの行事を消化すれば、荒野の二年生として経歴はまっとうしたことになる。
 気候も、だいたいは、相変わらず肌を刺すような冷たい空気だったが、時折ぽっかりと、生暖かい風が吹いたりも、するようになっていた。寒暖の激しい日々があと何日か続き、あといくらもしないうちに、本格的な春が訪れるのだろう。荒野は、これまでにも何度か短期間、日本に滞在したことはあったが、季節の移ろいを感じられるほど長い期間、ひとつの場所に留まり続けたのは、記憶にある限り、これが最初だった。
 玉木と有働たちは、試験休みと春休みを使って、今までの推進してきたボランティアとかシルバーガールズとかを、本格的に推し進めるつもりのようだった。二人の主導でそれらの活動につき合っている放送部員たちへの、学業面でのフォローも、休み中にするということだったが。
 当初、様々なことを懸念していた現象も、それなりにうまくやっているようだった。とはいっても、これは現象自身のおかげ、というより、大半は、舎人とかこの土地に流入してきた一族たちが、いいように現象を扱っているおかげなのだが。「佐久間の実物」という珍しい存在、と、現象自身の言動の奇矯さ、という組み合わせから、現象は、今や、この近辺にいる一族の者たちの間で、いい「いじられ役」になっている。
「多少、どついても滅多なことでは深刻な負傷に至らない」という現象の頑丈さと回復力、それに、時折、意味もなく高圧的な言辞を弄する、現象の性格が知れ渡ると、一族の者たちは、競うようにして、現象を構いはじめた。
 二宮舎人にいわせると、
「そのおかげで、現象がどこにいっても一族の誰かしらが見ているという状態になっているし、現象のやつにとっても、体術を実地に学ぶ機会になっているわけだから……ちょうど、いいんじゃないのか?」
 ということで、もちろん、荒野にしてみても、異論はない。荒野にしてみても、現象が問題を起こす確率が少しでも減るのなら、歓迎すべきところだった。
 続々と流入してくる一族の者に関しては、野呂に連なる者に関しては静流が、二宮に連なる者に関しては舎人が、六主家の出身でない者に関しては仁木田直人が、それぞれに統括して荒野に情報を流してくれる……という体勢が、自然にできはじめていた。
 野呂の者は、本家直系である静流にまず挨拶に出向くし、二宮の縁者は、舎人が監視している「佐久間の新種」の顔を、一目、見に行く。それ以外の者は、仁木田を頼る……というコースが、この土地に流入してくる一族の者の間に、定着しつつあった。
 また、最近の傾向として、定住する意志がない、短期間だけこの土地に滞在し、すぐに帰って行く一族の者も、徐々に増えはじめている。
 というのは、この土地は今や、野呂と二宮、という六主家のうち、二つの流派と、それに、非主流派の仁木田たちマイノリティが、じっくりと腰を据えて技術情報を交換するための、ちょうどいい舞台となっているのであった。
 この土地に流れてくる一族の者は、どちらかというと若年者が多く、そうした若い者たちは、年齢が近いこともあって、出自にかかわらず積極的に交わることが多かった。
 荒野や茅が行っている毎朝のトレーニングも、今ではそうした技術交流の場にも、なっている。
 数日前から、楓が指南役となって、茅やテン、ガク、ノリの三人に基本的な技を教えてはじめているのだが、それを横目でみていた一族の若い者たちも、一緒になってその講習を受けているような格好となった。一族、といっても、その出自によって、複数の流派、体術大系が存在する。もちろん、ごく基本的なレベルでは、共通する部分が多いのだが、ごく基本的な部分はともかく、高度な術になるにしたがって、各自体系の独自色が濃くなる。
 野呂も二宮も関係なく入り混じって修練を繰り返していれば、自然と、お互いに学びあい、教えあう……という流れが、発生しはじめた。
 また、最近では徳川の工場を根城としている、仁木田の一派も、六主家の技ほど広くは知られていない技術を数多く保持していており、礼儀正しく教えを請う者に関しては、快く伝授している……という話しだった。
 若い世代との間にコネクションを多く繋ぐ、とか、仁木田にしても、それなりのメリットはあるのだろう……と、荒野は思っている。
 刀根畝傍老人が、現象たちの住む家で、故障した一族の治療所を立ち上げる……という話しも、荒野は、酒見姉妹経由で聞いた。いくら心得がある、といっても、あの老人が医師免許を持っているとも思えないので、正式な医院ではなく、対外的には、民間治療……ということになるのだろうが……舎人も指摘した通り、荒野も、あの家に、日常的に一族の者が出入りする環境が整うことは、どちらかというと賛成だった。
 孫子が立ち上げた会社は、それなりに順調に仕事を増やしているようだった。その会社の制服を着た人間を、町中で見る機会が、ここ数日でめっきり増えいた。つまり、商店街の商品を周辺の個人住宅に配送する業務が、本格化していた。それ以外にも、孫子は、あの三人が開発したソフトを売ったり、徳川と提携して監視カメラを売ったり……など、いろいろと考えたり、もう実際に業績をあげたりしているらしい。
 こちらも、玉木や有働の活動と同様、学校が長期休暇に入るこれから、また新しい動きを起こすような気も、する。

 ……と、まあ、こんな具合に、荒野の「周辺」はそれなりに慌ただしい様子になりはじめているのであった。
「……で、そっちは、今日は、例の検査か……」
 土曜日の朝、食卓を囲みながら、荒野は茅にいった。
「おそらく、一日中、かかると思うの」
 茅は、頷く。
「荒野。
 お昼は、一人で食べて……」
「それなんだが……実は、静流さんに、呼ばれている」
 荒野は、茅に告げた。他の女のところにいく……と、茅に、面と向かって告げる……とうのは、荒野にしてみても、悪趣味だ……とは、思うのだが……。
 下手に隠し立てをするのも、かえって気が引けた。
「おそらく……静流さんを、抱くことになると思う」
「……わかったの」
 一見して、茅は、表情を変えていないように見えた。
 しかし、荒野は、今では一見ポーカーフェイスにみえる茅の感情を読むのが、かなりうまくなっている……。
「ごめん」
 だから、荒野はそういわずにはいられなかった。
「いいの。
 そういう約束だから……」
 茅は……表面にこそ出さなかったが……やはり、荒野の目には、むっとしているようにみえた。




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彼女はくノ一! 第六話(74)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(47)

 テン、ガク、ノリの三人は、三島の車から降り、狩野家に向かう。
 庭のプレハブは、窓から灯が漏れていなかったので、香也はもう、母屋に帰ったようだ。かなり高い確率で、もう寝ているのだろう。三人がこの家に寝泊まりするようになった時には、すでに、香也は楓孫子の影響もあってかなり規則正しい生活を送っていたし、香也が早めに就寝することも珍しくはない。
「……おにーちゃん、もう、寝ちゃったかな……」
 などと話し合いながら、玄関から家の中に入った三人は戸締まりをして居間でテレビをみていた真理と羽生に声をかけ、風呂場に向かった。
「先生、明日は検査とかいってたね」
「今度も、かなり詳しく調べるらしいよ」
「現象も、加わったからね。今のうちに、詳しいデータ、取っておきたいんでしょ……」
 そんなことを話し合いながら、三人は服を脱いでいく。荒野が頻繁に、自分の憶測も交えて、「一族的な思考」というものを三人にも語るので、当事者であるこの三人も、自分たちのことを、ある程度客観的に眺める視線を持ちはじめている。
 三人の身体は、ここ最近、短期間に著しく成長してきている。
 真っ先に背が伸びはじめたノリは、今では楓や孫子と肩を並べるほどになった。背が伸びたほどには、体重が増えていない。つまり、ほっそりと縦に伸びた。
 ガクも、ノリほどではないが、背が伸びつつある。しかし、それ以上に印象的なのは、体型の変化の方で、凹凸の少ないお子様体形から、全体に丸みを帯び、ウエストがきゅっと締まって、腰と腿を中心として、脂肪がつきはじめている。小柄ながらもメリハリのある、実に女性的な体型に体形しつつあった。
 三人の中で一番、変化の少ないテンでさえ、ノリやガクほどには顕著ではなかったが、それなりに背が伸び、身体全体に、うっすらと脂肪がつきはじめている。
 この家に来た時は、外見からは性別も判別できなかった三人は、今では、成熟の度合いに違いはあっても、見間違いようがなく、「女の子」になっていた。

 一緒に湯船に浸かりながら、三人は饒舌に、早口でおしゃべりをしはじめた。テンは、自分たちを取り巻く状況の変化について、あるいは、学校に入学してからの行動指針などについて、自分の考えていることを他の二人に話し、ノリやガクも、それらの情報に自分たちが見聞した情報を補足したり、活発に自分の考えを述べたりする。もともと、島にいた当時から、経験したこと、考えたこと、発見したことを出来るだけ話し合い、把握した情報を共有する、というスタンスが三人の間には出来ており、だからこそ、現在の「一般人社会」という新しい環境への順応も、比較的短期間に完了した、という側面もあった。
「……明確な悪意がないけど……違和感が積もり積もって、排除される可能性、か……」
 テンの話しを聞いたガクが、ぽつりと呟く。
「なんか、ピンと来ないな……」
「ガク、鈍いからね。
 他人の悪意とかには、特に……」
 ノリは、テンの話しには、むしろ、頷いた。
「ボクは、わかるな、テンのいうこと。
 ボクが見てきた範囲でも、確かに、一般人社会は、見慣れない人を排除するような圧力をもっているし……」
 島にいたときは、「他人の目」など気にする必要はなかった。しかし、ここでは違う。
 思慮深く、物事の深い部分まで突き詰めて考える癖を持つテンや、真理とともに何日間か、ここよりも人が多い都市部を回ってきたノリは、自ずと気づいていることも、よくいえば純朴、悪くいえば鈍感で我が道を行くガクは、なかなか気づけなかったりする。
「ガクのそういう、他人を疑わないところは、長所でもあると思うんだけど……」
 テンは、内心では「……だから、ボクたちが余計に警戒してやらないと駄目だんだ」と思いながら、そういった。テンは、口にした通りに、そうしたガクの鷹揚さを好ましくも思っている面もある。
「……調べたら、そういう心理、同調圧っていうらしいね。
 みんな横並びでなければいけない、って心理……」
「……そんなこといったって……」
 ガクは、口唇を尖らせる。
「ボクたち……実際に、一般人の人たちとは違うんだから、しょうがないじゃないか……」
「その、しょうがないって言葉は好きじゃないな」
 ノリが、即座に反応した。
「なんか、現状を無条件に認めるみたいで。
 整理するよ。
 一般人が……一人一人はともかく、集団になると、その、いわゆる同調圧っていうのが発生しはじめる。特に学校のような教育機関の内部に入れば、その圧力は、かなり強くなる。
 これは、どうしようもない事実。ボクたちがいくら気にくわない、っていっても、そこの部分は変わりはしないから……」
 ノリが、さきほどのテンが告げた内容を要約すると、テンとガクは同時に頷いた。
「そこで、ボクらは、今後どういう方針をとるべきか……っていうことを、テンは問題にしたいんだよね?」
「そう、そう」
 テンは、また、頷いた。
「選択肢としては、いくつかあるけど……。
 まず第一が、出来るだけみんなと同じ振りをして、自分を小さくして、足並みを揃えて生きる。従来の一族がやってきた方法が、これ。
 次に……現在、かのうこうやがやっている方法だけど……出来るだけ、一般人並みに見えるよう、大人しくした上で、しかし、自分たちの正体は、隠さない。誇示するわけでもないけど……周囲の人たちの役にやつことをいっぱいして、出来るだけ、反感を買わないようにする……っていう方針。
 かのうこうやの場合、自分の意志で選択したっていうよりも、外部からの圧力によって、そういう方向にシフトせざるを得なかった、っていう感じだけど……目下のところ、ボクたちも、こっちの路線に従って動いている……」
「一般人でもないのに、一般人の振りをして、縮こまっているより……そっちの方が、ずっといいよ……」
 ガクが、口を挟んだ。
「だって……ボクたちは、ボクたちだよ?
 違う振りをすることは、できても……そんな、上っ面なウソ、長続きするもんじゃないよ。
 だから、自分たちの力を隠すよりは、それを他の人たちのために使って、ボクたちの存在を堂々と認めて貰う方が、絶対、いいって……」
 テンは、ため息をついた。
「……ガクの素直さは、やっぱり長所だなぁ……」
 ノリも、その後に続ける。
「ガク、本気で正義の味方になるつもりなんだもんね……」




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「髪長姫は最後に笑う。」  第六章(332)

第六章 「血と技」(332)

「……あんなんだとは、思わなかったわぁ……」
 三島が、現象の家に同行して、茅たちが佐久間の技を学んでいる時、シルヴィ・姉崎は、マンションに荒野を訪ねてきた。おそらく、荒野が一人きりになるのを見計らって……ということなのだろう。
 荒野がコーヒーをいれると、シルヴィは先日見学した内容を、荒野に語りはじめる。だいたいの概要は茅の口から聞かされているので、荒野にとって目新しい情報、というものはなかった。
 が、たとえ、わかりきったことでも、シルヴィが握っている情報を荒野にも提示し、荒野が警戒心を抱く余地を与えないのが、シルヴィの目的なのだろう……と、荒野は推測する。
「どんな技も、初歩とか基本を作るときは、地味な反復練習がほとんどだろ?」
 荒野は、熱いコーヒーを一口、飲みこんでから、そう応じる。
「それは、そうなんだけどね……」
 シルヴィは、物憂げな口調で答えた。
「佐久間って、外に漏れている情報が、極端に少ないから……もっとこう、ミステリアスなレッスンを想像していたのが……実際にみてみると、みんなでLet's a Songでしょー……。
 イメージ的なギャップに、気が抜けたっていうか……」
「……その歌の果てに、他人の意識を書き換えたり操ったりする方法があるとするなら……そうそう、馬鹿にしたもんじゃあないだろう……」
 荒野は、素っ気なく応じる。
 実のところ……操った本人にも、そうとは自覚せずに、特定の行動を起こさせる……という佐久間の「傀儡繰り」は、効果的に使用すれば、かなり巨大な組織だって意のままに動かせる。
 例えば……巨大な影響力を持つ企業とか、国家とかの中枢を、そうと気づかせないままに乗っ取ることさえ、原理的には可能であり……術者本人が前面に出てこない、こうした術者に対抗するのは……実際に相手をするとなると、きわめてやっかいな相手になるだろう。
 だから、荒野は、佐久間の一党を「術の修得場面が地味だから」というくだらない理由で、軽視するつもりはない。
 また、荒野たちが「悪餓鬼ども」と呼んでいる未知の仮想敵も、佐久間の長により、封印されていた現象の記憶を現に解きはなっている。少なくとも、悪餓鬼どものうち、何人かは、佐久間の技を使える……と、想定すべきだろう。
 茅たちの手前、決して、取り乱したり、焦った様子を見せたりはしないのだが……実のところ、荒野は……茅たちが佐久間の技を修得する前に、悪餓鬼どもが攻めてきて、こちらを壊滅するのではないか……という予測に、戦々恐々としている。
「……ふーん……」
 シルヴィは、意味ありげに吐息をつく。
「……そう。
 コウ……怖いんだ?」
「ああ。怖いね」
 荒野は、素直に頷く。
「以前ならともかく……今となっては、守るべきものが、多すぎる……」
 わずか、半年前には、自分一人のことさえ考慮していればよかった。
 しかし……今では、まるで違う。
 荒野は、荒野単独で存在しているわけではなく……周囲のみんなとの関係も含めて、「現在の荒野」というものが、存在する……と、荒野は自認している。
「守るべきもの……」
 シルヴィは、一瞬、目を丸くし、すぐに、ふ……と、微笑む。
「コウ……。
 成長したね……」
「どうだか」
 即座に、荒野は返答した。
「いろいろな意味で、欲張りにはなったと思うけど……」
 ほんの数ヶ月前までは、自分のことさえ、考えていれば、それでよかった。しかし、今では違う。
 過酷な……荒野自身にとって、ではなく、荒野を差し向けられた側にとって、過酷な、ということだが……任務に対しても、別に、疑問に思うことも、反抗することもなく、命じられたままに、どんな残忍な真似でも、躊躇せずに、行ってきた。ほんの半年前まで、荒野は、冷徹な兵隊であり、命令を遂行する駒になりきることに、抵抗を感じなかった。
 しかし……今では、違う。
 そんな荒野の表情を観察して、シルヴィが、ふ、と微笑む。
「コウ……。
 自分が弱くなったと、思っている?」
「うん。
 正直……」
 荒野は、これにも、素直に頷く。
「……半年前の自分とやりあったら……おそらく、勝負にならないよ……」
 ここに来て、荒野は、平穏を知った。
 それは、個人としては、幸福なことなのだろうが……一面、荒野の精神が、以前のような冷徹さを持ち得ないものに変質した……という、ことでもある。
 一言でいえば……荒野の精神は、以前より、よっぽど柔になった。
 少なくとも、荒野自身は、そのように自覚している。
「それはね、間違い」
 シルヴィは、柔らかく微笑みながら、諭すような口調で、荒野に囁く。
「守るものが増えたコウは……それだけ、器が大きくなったの」

 それからシルヴィは、露骨に話題を逸らして、一族とも荒野とも関係のない、四方山話しを繰り広げた。茅の留守中に関係を迫られるかな……と、思っていた荒野は、若干、拍子抜けした気持ちを抱きながらも、シルヴィとの、あまり意味のないおしゃべりに興じる。もともと、幼い頃、兄弟同然に育っているだけあって、お互いが興味持ちそうな話題を把握しあっている。こうした裏を読む必要のない、目的もないおしゃべりは、荒野にとっても気が楽で、それなりに、楽しい。
「……そろそろ、カヤが帰る頃ね」
 シルヴィはそういって、自分の腕時計を確認した。実際には、茅がいつも帰宅してくる時刻までには、十五分ほどあったが。
「そろそろ、だな」
 荒野は、そう頷く。
 夕食後のこの時刻、シルヴィがアポなしで訪ねてきた時は、また何か面倒事かと警戒してかかったものだが……どうやらそれは、杞憂だったらしい……。
「……ヴィは、もう、帰るけど……最後に、コウにニュースを……」
 椅子から立ち上がりながら、シルヴィは、荒野に告げた。
「……My sisters come here soon……」

 茅が帰宅すると、荒野はキッチンの椅子に座ってぼんやりとしていた。
 テーブルの上には冷えきったコーヒーが入ったマグカップが、二客。使い終わった食器類はすぐに洗って片づける荒野にしては、珍しく、使ったままで放置されている。
「誰か、来ていたの?」
 茅は、椅子に座ってなにやら考え込んでいる荒野に、尋ねる。
「ああ。
 シルヴィが、来ていた。たった今まで、いた……」
 張りのない声で、荒野が答える。
「……もうすぐ、若い姉崎が、何人か来日するそうだ……」
 ……それで、か……。
 と、茅は納得する。
 現在のキッチンの状態と荒野の様子とを考慮して、茅は、「シルヴィは、しばらく荒野とにこやかに世間話しでもして安心させた後、去り際にその情報を荒野にもたらし、荒野の不安をあえてかき立てた」のではないか、と、推測する。
 それも、「姉崎が来る」ということだけを告げて、何の目的で、とか、何人来るとか、そういう詳細な情報を故意に伏せて、荒野を不安に陥れたに違いない。シルヴィは、荒野に対して、時折、そういうからかい方をする。
 シルヴィのそうした傾向を、荒野に対する屈折した愛情表現なのだろう……と、茅は理解していた。
 そして、荒野はといえば、ただせさえ錯綜している現状を、さらに混乱させる要因が増える……ということで、シルヴィの思惑通り、少し憂鬱になっている……といったところだろう。
「今週の土曜日、また、詳しい検査を行うって、先生にいわれたの」
 それはともかく、茅の方にも、荒野に伝えなければならない情報が、あるのだった。
「今度は、現象も一緒……」




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彼女はくノ一! 第六話 (73)

第六話 春、到来! 乱戦! 出会いと別れは、嵐の如く!!(73)

 茅に同乗を拒否された酒見姉妹は、特に残念がる、ということもなく、スクーターを手で押して、香也たちについてくる。
 茅と楓は、学校が管理しているサーバ内に構築された教材をどのように強化していくのか、ということを、話し合っている。
 そんな様子をみて、樋口明日樹は、
『……期末試験直前、なのに……』
 余裕が、あるなあ……と、思う。
 今更、ではあるが……茅や楓たちと自分とでは、素養に根本的な差があるのではないか……とすら、思った。
 どうやら、先天的に、見聞したものを忘れない体質であるらしい茅はともかく、楓の方は、普通の人々とまるで変わらない、地道な「学習」によって、現在の知識を構築しているらしいが……過去の血のにじむような努力は、想像できるにせよ、数種類の言語を不自由なく読み書き、話せて、ソフトウェアの開発についても、プロ級のスキルを持つ現在の楓と、同じ学校に通う「普通の学生」を比較してしまえば……どうしたって、後者の方が、断然、見劣りする。見劣りする……というより、同列に比較するのも、何かの間違いのような気がしてくる……。
 そして、明日樹は、明らかに後者の、「普通の学生」の範疇に属する人間、だった。
 これだけ格差があれば、そもそも、劣等感を抱くことさえ、馬鹿馬鹿しいくらいなのだが……。
 そんな明日樹を、香也が、不思議そうな顔をしてみていた。表情とか挙動から、自分の漠然とした不安が香也に伝わったのだろうか……と、明日樹は思い、明日樹は軽く首を振って、そうした思考を振り払う。もとより、考えこんでも、何ら解決はしないたぐいの不安でもある。

 香也たちに同行して学校を往復することが珍しいテンは、同行者たちをそれとなく観察する。
 香也はいつもの通りだし、酒見姉妹は、完全に「茅の従者」という立場を演じきっていて、特に茅がいるこの場では、余計な口を挟むこともなく、黙々とスクーターを手押ししている。楓と茅は、二人でシステム的なことを話し合っている。内容的には、プログラム的なことであったり、勉強の、カリキュラム的なことであったりして、複合的な要素が入り交じっている。楓の方は、茅の言葉を理解しようとするだけで、精一杯といった風だった。
 やはり、この中で一番、テンの興味を引くのは、樋口明日樹だった。明日樹は、性格的人格的には、おそらくこの中で一番、「同年輩の平均的な一般人」に近いだろう。しかし、明日樹の置かれた立場によって、現在の明日樹の心境は、恒常的に揺らいでいる。
 大勢の、一族の関係者たちとごく身近に接しながら、明日樹は、香也や真理、それに飯島舞花ほど、鷹揚に構えていることが、できない。真面目な明日樹は、常識的な人間であろうと努めているので、ごくごく至近距離にいる、常識の範疇に収まりきれない人と接することは、明日樹の神経を逆なでし、本人が自覚している以上の消耗を強いている……ように、テンには、見受けられた。
 明日樹自身は、決して楓や茅、荒野など、「身近な非常識人」たちの存在を敵視しているわけではなく、むしろ、仲良くしようとしている。だから、本音の部分で感じている、「常人以上の存在」に対する畏怖や違和感を、明日樹の表層意識は、明日樹に自覚させまいとして、覆い隠してしまう。
 さらに、明日樹は、香也を明確に異性として意識しており、楓や、孫子、テン、ガク、ノリ……などの、「常人以上の存在」に、香也を取られることも、過度に警戒……といより、病的に、恐れている。
 そもそも、生い立ちからして「普通ではない」テンは、明日樹のそうした「普通であろう」あるいは、「一般的な規範から、はみださないようにしよう」という意識の持ちよう自体が、実のところ、よく理解できない。
 そういう意味では、まだまだテン自身は、この社会に適応しきっていないのだろうな……と、そんなことも、思う。
 今、目の前にいる、特定の誰かとうまく対応できる、ということ……それと、「不特定多数で更正された社会」の中で、自分の位置を把握し、適切に振る舞う……ということの間には、やはり、それなりの溝がある。
「学校」という施設で学習する、「集団生活」とは、おそらく、後者について学習する、ということであり、明日樹の、「目立たない、はみ出さない」という姿勢は、社会生活の中で、うまくやり過ごすための、無難な方法なのだろう……と、テンは、予測する。そうした態度が最適な方法かどうかは、そもそも、学生生活を体験したことがないテンには、うまく判断できない。
 だけど……と、テンは、思う。
 だけど……自分たちのように、根本的に「普通ではない」人間は……普通であれ、という圧力が存在する社会の中では、どのように振る舞っても、どこかしらで、はみ出してしまうのではないか……。
 仮に、擬態して「普通である」振りをして、この一般人社会に適合して生活したとしても……自分の本性をひた隠しにし、故意に、ありあまる自分の資質を押し殺して生活しなければ、うまく生きられない……と、したら……それは、やはり、あまり幸福ではない生き方、なのではないか……。
 と、そこまで考えて、テンは、
「……大多数の一族の者は、そもそも、そうやって一般人に偽装して、生活しているんだよな……」
 ということに、ようやく思い当たる。
 確か、荒野は、そのことについて、
「そうしないと、一般人に、排除され、最悪の場合、粛正される」
 と、説明したことがあった。
 一族のような異物を、平然と隣人として容認できるのは、絶対的に少数の人だけであり、楓や孫子、テン、ガク、ノリなどを平然と同居させている真理や羽生のような存在は、きわめて少数派である、と……。
 例えば……と、ガクは、想像する……この、「普通からはみ出す」ととを恐れ、警戒する樋口明日樹だって……「香也」という存在が仲介しなければ、楓や荒野と、今までのように、普通につき合えていただろうか……。
『……かのうこうやの、いうとおりだな……』
 テンは、思う。
 誰かを叩きのめせばいい……というのと違って……こういう緩やかな差別意識は、一度に、わかりやすく根絶する方法が、ない。
 しかも、相手に明確な敵意や悪意があれば、まだいいのだが……そうではない場合は、じっくりと時間をかけてつき合って、周囲の警戒心を、解いていくしかない。
 それでも……何かの拍子に、自分たちの異質さを認識させてしまうようなことが起これば……よくて、最初からやり直し、最悪、根本的に、排除される……。
 そう。
 テンたち、異質なものを自分たちの周囲から排除しようとするのは、邪悪で強力な存在、などではなく、どちらかというと、樋口明日樹のように、平凡で無力な……周囲に埋没することで、精神の平衡を保っているような……無力な、群衆なのだ。
『……いやな……』
 構図だな……と、テンは、思う。
 誰も、悪意はないのに……それでも、一つ対応を間違えて、バランスを崩せば、真っ逆様に最悪の事態にまで、一気に墜落していってしまう……荒野と茅がはじめ、その後、楓や孫子、テン、ガク、ノリが合流してきた現在の生活は……つまるところ、常時、そういう危ない綱渡りをやっている……と、いうことなのだった。




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「髪長姫は最後に笑う。」  第六章(331)

第六章 「血と技」(331)

「わははははっ。ひっさびさの登場ぉっ!
 なんちて」
 いきなり、三島百合香は車の前で胸を張って哄笑し、意味不明のことをわめいた。茅も、他の三人も特に驚いた様子がないのは、この人物の奇矯な言動に慣れているからだった。
「送迎ぐらい、まかせろ。
 ってぇか、もっと早くにいえってーの。
 それでなくとも最近、出番が減る一方なんだから……」
 ぶつくさいいながら、三島は愛用の小型国産車のドアを空け、四人を中に招き入れる。
「……今まで、羽生さんに送って貰ったり、自分の足で歩いていったりしてたんだって?
 ひとこと、いってくれりゃあいいのに……。
 こっちだって、あの佐久間とかいうスタンド使いたちには興味あるんだから……」
 テン、ガク、ノリが後部座席に、茅が助手席に座ったことを確認して、三島は車を発進させる。三島の運転は無難なもので、とりたてて危なっかしいところもない、いわゆる「安全運転」だった。
「……先生、質問っ!」
 後部座席にいたガクが、しゅたっと片手を上げて質問する。
「スタンド使いって、なんですか?」
「うかつにそういう質問をすると……」
 茅が、ぽつりと忠告する。
「……ネット書店で全巻一括買いして送られてくるの。日本のマンガは、冊数が多いの……」
「……うーん……。
 具体的に説明してのもいいんだが……それじゃあ、面白くないからなぁ……。
 あっ。羽生さんなら、持っていそうだな、あれ……。
 でなければ、堺のうちにいくといいぞ。あいつ、おやじさんだかが結構なマンガ好きで、どっさり古いマンガがコレクションされているっていうし……」
「……ようするに、マンガの話しなんですね……」
 テンが、悟ったような顔をして、頷いた。
「おう。
 JOJOっていう大河マンガだ。これからシリーズ全作一気読みしようとしたら、確実に一日は潰せるぞ、あれは……」
 三島は、ハンドルを握りながら、そんなことをうそぶく。
「……それより、お前らは、今、なにやってんだ?
 茅は、この間の隠し芸以上のことも、できるようになったのか?
 食卓を丸ごと見えなくして隠し芸、なんちて」
「わずか数日では、そんなに変わらないの」
 助手席の茅は、静かな口調で答えた。
「ただ、観察した結果を推論で補っていたところに、系統だった理論の裏付けがとれて、補強された部分は、あるの」
「……そーか、そーか。
 見よう見真似と山勘に頼っていたのを、正統派のメソッドで辿りなおしている……ってところか……」
 三島は、軽い口調で相槌をうつ。
 ……態度は軽いけど、これで、理解力がないわけでもないんだよなあ……と、観察していたテンは、三島について、そう思う。
「……あれで現象も、説明するところはしっかりとせつめいするからね……」
 ガクがそう補足すれば、
「態度は、相変わらず偉そうなんだけどね……」
 ノリも、そういって頷く。
「まあ……百聞は、一見にしかずってやつだな」
 三島はそういって、うっすらと笑った。
「実際にみてみりゃ、どんなもんか、いやでもわかるだろう……」

「……ありゃ?」
 三島が車の窓を開け、顔を出すと、出迎えに来ていた二宮舎人は、間の抜けた声を上げた。
「……先生……。
 今夜は、あんたが見学か……」
「顔を出すなりあんた呼ばわりたぁ、ご挨拶だな」
 三島も、にやにやと笑いながら応じる。
「羽生さんの時には、ちゃんとお客さん扱いされたって聞いてるぞ……」
「先生。
 そもそも、あんたは長老に雇われて新種の面倒を見ている人で、無関係の一般人である羽生さんとは、立場が違うでしょう……」
 舎人と三島とは、以前、狩野家の台所で一緒に料理を作ったり、レピシを交換したりしていた。
 二人の性格的な相性もあり、軽口を応酬する程度には、打ち解けていた。

 舎人に誘導されて車を庭に入れると、玄関の前に酒見姉妹が肩を並べて待機しており、三島や茅たちが家の前の立つと、
「「……いらっしゃいませ」」
 と、声を揃えて頭を下げた。
「藁葺き屋根の田舎屋敷に、双子のメイド服……」
 ミスマッチというか、シュールというか……などと、三島はぶつくさいっている。

「で……何かと思えば……」
 三島は、現象と茅、テン、ガク、ノリたちに講習を目の当たりにして、勝手に想像していた光景とのギャップに、戸惑いを隠せなかった。
「……やっていることは、発声練習かよ……」
 現象が他の四人と向き合い、最初に声を出す。
 複雑な抑揚で、音の高低差も、激しい。
 歌……というには、とうてい、意味のある歌詞には聞こえない。唸り……というか、音。それが「歌」であるとすれば、明らかに呪歌であろう。
 その声を唱えている時、現象は、その音を発するための気管としてのみ、存在している。現象の体中が一つの音を絞り出すような「管」と化しているような、印象がある。
 むしろ、現象の身体を通して、別の世界からの風が、ごうごうと吹き抜けている……というような、印象が、ある。
 時折、現象が喉の奥から絞り出す音が、ヒトの家長音域を超えて聞こえなくなったりするが、肌は、周囲の空気がビリビリと振動していることを、三島に認識させる。
 そうした複雑怪奇な「音」を、現象を追うようにして、茅、テン、ガク、ノリの四人が、真似て、自分の喉から絞り出そうとしている。
 が、あの器用な茅からして、まだ完全に成功してはいないようだ……と、三島は、感じる。
 現象が出す「音」と、他の四人が出している「音」では……部外者の三島にとっても、明らかに、違ったものに思える……。
「でも……みなさん、飲み込みが早いですよ……」
 三島が不満そうにしているのを感じたのか、佐久間梢が、そう囁く。
「普通なら……ここまでたどり着けたとしても、多くの落伍者を出した上で、何ヶ月もかかります。
 みなさんは、未だ、一人の落伍者も出していないし、わずか数日でここまで来ているわけですから……新種って、本当にすごいんですね……」
「……落伍者?」
 三島は、梢に短く聞き返す。
「ええ。
 適性がない人は、どんどん落とされます。
 だから、真正の佐久間は、常に少数なんです」
 梢は、頷く。
「加納の姫様に牽引されているのが大きいのか……適性的には劣るガクさんやノリさんも、その分、努力して懸命に追いつこうとしています」
 三島は、再び特殊な「声」を発している茅たち四人に視線を戻す。
 その表情をみても……確かに、茅やテンに比べれば、ガクやノリは顔中に汗をびっしりと浮かべて、あまり余裕があるようには思えない。
「この歌……お聞きの通り、複雑で……記憶力に劣る人は、かなりの反復練習をしなければ、ここまではいかないんですが……」
「こいつらは……体力と根性は、人一倍、あるからな……」
 三島はそういって、頷いた。
 おそらく……まず、テンが修得したものを、昼間の間に時間をかけて、他の二人、テンとノリの練習させ、身体に染み込ませているのだろう。




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彼女はくノ一! 第六話 (72)

第五話 春、到来! 乱戦! 出会いと別れは、嵐の如く!!(72)

「……そう。
 狩野君……そんなこと、考えていたの……」
 部活が終わり、階下に降りる道すがら、香也と楓から先程の話しを聞いた樋口明日樹は、かなり複雑な表情をつくった。
 香也が明日樹のことを案じてくれたこと、それに、楓が、思いのほか明日樹の立場に理解を示してくれていること、事態は……確かに、嬉しい。
 だけど、楓と明日樹は、同時に香也のことを想ってもいるわけで……そんな、三人の立場も考慮すると、明日樹にしてみても、素直に喜べない部分も、多分にあり……。
「……楓ちゃんのいう通り、三年になっても、それなりに顔を出すつもりではいるけど……もちろん、今みたいに毎日放課後に寄って帰るってことは、できなけど……気分転換もかねて、週に一度くらい顔を出して、卒業までの一年、じっくり時間をかけて、もう一枚、残していきたいな……って、思っているし……」
 公立校の弱小部にすぎないわけだから、美術部には、伝統らしい伝統が存在するわけではない。受験を理由にして、卒業までの一年、なんの活動もせずに過ごすても、誰にも非難はされないだろう。また、明日樹は、香也ほど、「絵を描く」という行為に重きを置いているわけではない。
 だが、それでも明日樹は、この学校にいた記念に、きちんとした作品を描き上げたいと思っている。
「……そう、ですか……」
 楓も、少し複雑な表情になる。
 楓は楓で、明日樹を応援する気持ちと、香也と明日樹の距離がこれ以上、接近することへの軽い葛藤を、胸のうちに秘めている。
 香也は、例によって、
「……んー……」
 と生返事をするだけで、実のことろ、外側からは何を考えているのかよく分からない。

 そんなことを話し合いながら、階段を下っていると、踊り場で放送部員、二名を連れた有働とあった。
 有働たちは、掲示された香也の絵の隣に、刷り上がったばかりのポスターを貼っていた。
「あ。
 どうも」
 香也たちの姿に気づいた有働が、軽く頭をさげる。
「……これ、オリジナルとポスターを並べて貼ってみたら、面白いんじゃないかと思って……。
 ほら。
 印刷されると、どうしても色味に誤差が出てしまいますし……」
 そして、香也たちが説明を乞う前に、有働は詳しい説明をはじめる。有働は、普段はどちらかというと物静かなタイプだが、このような時は、能弁になる傾向があった。
「なにしろ、狩野君の、オリジナルの絵は、ここにしかありませんから……」
 有働は、ポスターの素材として使われた絵の隣に、一枚一枚、刷りあがったポスターを貼っていっている……と、説明を続けた。
「……ぼく、絵とか芸術関係のことはよくわからないんですが……それでも、この一連の狩野君の絵は、すごくいいと思います。
 描かれたモノは……ようするに、ゴミなわけですが……それが絵になると、どうしてこうも、存在感があるんでしょうね……」
 そもそも、有働たちが香也の絵を評価していなければ、こうして度々、自分たちの活動に香也を巻き込むこともないわけだが……正面からこうして賛辞を送ることは、実は珍しい。
 香也は、照れ臭いのか、困った顔をして、「……んー……」とうなっている。

 三人で校門まで出ると、テンと酒見姉妹が待ち構えていた。
 昨日と異なるのは、ノリがテンと交替していること、それに、酒見姉妹の傍らに、新品のスクーター二台が止めてあること、だ。
「どうしたんですか、それ?」
 楓が、真新しいスクーターを指さして、尋ねる。
「「通学用の足として、購入したのです」」
 酒見姉妹は、得意そうな顔をして、胸を張り、
「「原付きなら、免許も一日で取れるのです……」」
 と、交付されたばかりの免許証を、楓の目の前にかざして見せた。
 実は……スクーターと免許を、誰かに見せびらかしたかったのではないか……と、楓は思った。
「……め、免許を……取れる、年齢だったんだ……」
 明日樹が、小声でこっそりと呟き、免許証に記載されている、二人の生年月日を確認する。
 背も低く、童顔で、痩せ細っている酒見姉妹は、外見からいえば、香也や楓より年下……それこそ、テンやガクと同年配にしか見えないのだが……実は、明日樹よりひとつ上、四月から、佐久間沙織と同学年の生徒として、同じ学校に通う予定となっている。
 そう説明されて、明日樹はあんぐりとしばらく、口を明けてしまった。
 その学校は、県でも一、二を争う進学校で、当然、かなりの難関でもあった。明日樹自身の志望校は、そこよりも、入学に必要とされる偏差値が低い。
「お二人とも……頭が、いいんですね」
 明日樹は、微妙な言い回しで感想を述べた。
 何度か顔を合わせているが、明日樹がこの双子の姉妹とまともに会話を交わしたのは、数えるほどでしかない。機会そのものが少ない、ということもあったが、それ以上に、何かと奇怪な言動をとりがちなこの二人を、明日樹が意図的に敬して遠ざけている側面もあった。
「「学校で必要とされる勉強など……一族の習練と比べれば、なにほどのこともないのです……」」
 酒見姉妹はそういって、まったく同時に頷いてみせた。
「そういう……もんですか……」
 素っ気なくそういわれて、明日樹は言葉を濁す。
 明日樹たち、現役の受験生にとっては、巨大なプレッシャーでも、彼女たちににしてみれば、どうということもない……という事実を明言され、明日樹は、やはり動揺する。
「……待たせたの」
 校門前でそんなやり取りをしているうちに、校門から出てきた茅が、合流して来た。
 茅の講義に出席していた大勢の生徒たちが、口々に茅に別れの挨拶を告げながら手を振り、それぞれの自宅の方向に去っていく。
「「茅様は……人気者、なのですね……」」
 校内で、最近、茅がどういうことをしているのか、まだ知らされていなかった酒見姉妹は、そういって去っていく生徒たちをみながら、目を細める。酒見姉妹にしてみれば、それら、数十人という単位の生徒たちも、ひとくくりに「茅の友達」として認識してしまう。
 それから、姉妹は茅に向き直り、それぞれ、自分のスクーターを示しながら、
「「……茅様……後ろに、お乗りになりますか?」」
 と、明らかに期待の籠もった顔で尋ねる。
「二人乗りは違反だし、免許を取ったばかりで、二人の運転技術もよくわからないから、遠慮しておくの」
 しかし、茅の返答は、にべもないものだった。
「柏千鶴、という前例もあるし……」




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(330)

第六章 「血と技」(330)

「……あっ。
 そろそろ、時間だ……」
 突如、ノリは説明を打ち切ると、席を立ち、ビニールシートの外に出て行く。
「……何だ?」
 現象が眉を顰め、疑問の声を上げる。
「もうすぐ、学校が終わる時間だから……」
 ガクが、現象の疑問に答えた。
「学校?
 お前ら、まだ通っていないって話しだろ……」
 現象は、さらにいい募る。
「ボクたちは通ってないけど、おにーちゃんは、通っている」
 ガクは、露骨に辟易した表情、すなわち、「分かり切ったことを聞くんだなあ……」と顔に大書きしながら、
「……おにーちゃんを、迎えに行くんだよ……」
「……おにーちゃん?
 あの……絵描きのことなのか?」
 予想外の回答に、現象は、狼狽した声を出す。
「迎えにって……やつも、一人で家に帰れない年齢でもないだろう……」
「馬鹿だなあ……」
 ガクは、現象の顔に、心持ち、見下した視線を送る。
「迎えに行く必要はないけど、ボクたちが行きたいから勝手に行くの。
 第一、ボクらが行かなくても、おにーちゃん、楓おねーちゃんかあすきーおねーちゃんあたりと、一緒に帰ってくるだけだし……」
「……鈍くて、すいません……」
 何故か、梢が深々と頭を下げる。
「うん。
 いいよ、べつに。現象、おにーちゃんとちがって、全然モテなさそうだし……」
 ガクは、鷹揚な態度で応じた。
 現象は、二人の顔を交互に見比べている。
 二人が暗黙の了解としていることを、自分一人が、まるで理解していない……という事実に、現象は、かなり不安になってきた。なまじっか、自分の知性に自信があるため、他人が理解できることが、自分にまるで理解できていない……という、現在の状況は、現象を狼狽させ、不安にもさせている。
「……まあ、お前にも、そのうち解るようになる日が来るさ……」
 みょーに、同情の籠もったまなざしを現象に向けながら、舎人が、ぽん、と現象の肩に掌を置いた。
「解らないってことは……今のお前には、まだちょっと早いってことだろう……。
 そのうち、解るようになる日も来るから……今はまだ、気にするな……」
 優しい言葉を投げるわりに、舎人は、現象のことを、「かわいそうな人物を見る目」で見つめているのであった。
「な、な、な……」
 現象は、震える声で絶叫した。
「いったい……なんなんだっー!」
「……それじゃあ、ガク、行ってくるから……」
 その時、ひょいと顔を出したノリの格好をみて、現象、梢、舎人の三人は、目を丸くして凍りついた。
「……な、な、な……」
 と、現象が声を振るわせ、
「その格好で……外に出るんですか?」
 梢も、呆気にとられた口調で尋ねる。
「うん。
 そうだけど……」
 ノリは、自分のメイド服を見下ろして点検する。
「これ……どこか、ヘンかな?」
「……いや……似合っているとは、思うけどよ……」
 舎人が、何ともいいようがない微妙な表情をして、答える。
「お嬢ちゃん。
 最近の日本では……年頃の娘が、そんな格好で男を迎えに行くのが流行なのか?」
「……え?」
 今度は、ノリが目をぱちくりさせる番だった。
「流行……とかには、あまり詳しくないけど……。
 ボク、そういう話しは、聞いたことがないなあ……」
 少し考え込んでから、真面目な顔をして、ノリが答える。
「……そんな流行……どうっやったら出来るっていうんですか……」
 梢が、低く唸るような声で、つっこみを入れた後、気を取り直して尋ね直した。
「それで……ノリさんは、何で、メイド服なんかに着替えているんです?」
 梢の認識によれば、その服装は、確かに「ごく局地的な流行」ではあるものの……普通の女の子の普段着や外出着としては、決して、適しているとはいえない。
「何でって……」
 今度はノリが、首を傾げる。
「男の人にご奉仕する時は、こういう服装をするもんだ……って、茅さんからいわれて、貸して貰ったんだけど……」
 そう聞いた途端、舎人が、「……はぁー……」と、臓腑の底から太い息を吐き出した。
「姫様の……かぁ……。
 あの子も、どこか浮世離れしているからなぁ……」
 感心しているのか呆れているのかよくわからない口調でそう続け、
「……え?」
「この格好って……そんなに、何かおかしいの?」
「だって……茅さんだって、双子だって、普通に着ているけど……」
「ボクだって、昨日、それ着て学校まで迎えにいったし……」
 ガクとノリは、現象、舎人、梢の三人の反応をみて、どうやら、この服装にそれなりの問題があるらしい……ということを、ようやく、認識する。
「いいや……。
 おかしくはないし、実によく似合いっているよ……」
 舎人は、しみじみとした口調でそう呟いて、しきりに頷いた。
「ここにはここの、規範というのがあるんだろう。
 そもそも、おれたちがこうして雁首並べてファッション談義している時点で、もう、異空間なわけだし……今さら、この程度のことで驚くのも、あれかあ……」
「……ああ……まあ……そう、ですね……」
 梢も、弱々しい声で、舎人の言葉に追従する。
「お似合いだということは、確かです……」
 口ではそういったものの、梢自身、まったく同じ服を着ろ、といわれたら……かなり高い確率で、即座に断ったことであろう。




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彼女はくノ一! 第六話(71)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(71)

 掃除当番を終えた香也は、楓とともに茅の講義を受け、部活へと向かう。そういえば、もうすぐ、今学期の部活も終わるのだな……という感慨に捕らわれる。
 それは同時に、本年度の部活が総括されるということであり、その程度のことは、自宅でも絵を描く香也にとっては大した区切りでもないわけだが、今度三年に進級し、今後は受験に専念する……常々公言している樋口明日樹にとっては、それなりに大きな区切りとなるのではないか……と、香也は、ようやく思い当たった。
 その大事な時期に、香也は、部外者である有働とともに、ここ数日、なにやら明日樹の集中力を、妨げることを、していたわけで……。
 自分の迂闊さにようやく気がついた香也は、その迂闊さを、心中で毒づき、後で、それとなく詫びておかなくてはな……などとも、思う。
 そんなことを考えながら、楓を背後に引き連れて、香也は美術室に入った。樋口明日樹はまだ来ておらず、どんな顔をして明日樹と向き合えばいいのか、かなり心配になってきていた香也は、実のところ、かなり、安心した。
「……どうかしましたか?」
 香也の変化に対しては、かなり敏感な楓が、香也の微妙な表情の変化について、問いただす。
「さっきから……顔色が、悪いようですけど……何か、心配なことでも、ありますか?」
「……んー……」
 そう指摘されて、香也は、少し考え込み……結局、楓に先ほどようやく気がついた心配について、相談してみることにした。
 もともと、対人関係の悩みについて、極端なまでに経験が乏しい香也が独力でうまい解決策を出せるとは思えない。
 それに、こうしたことの相談相手として見た場合、楓は、それなりに頼りになりそうな気もした。
 香也は、たった今気づいた心配について、一通り、楓に話して聞かせる。
「……そんな、ことですか……」
 香也の言葉を一通り聞き終えた楓は、ため息混じりに答えた。
「おそらく、樋口さんは……そんなこと、気にしてはいませんよ……。
 どうしても気になるなら、はっきりとそういうと思いますし……」
 明日樹だって、自分の意志や都合を明確に示せないほど、子供ではない。
 明日樹は、香也ほど、絵を描く、という行為を重要視していないし、それに、三年生になっても、今のように毎日は残りはしないだろうが、受験勉強の気分転換に、時折、美術室にも顔を出すのではないだろうか?
 第一、明日樹なら、自分自身の都合うんうぬんよりも、むしろ、香也の絵が認められた……ということの方を重要視するのではないだろうか……と、楓は、想像する。
 おそらく……香也は、自分を基準にして、「絵を描くのを邪魔する/される」ということを、過分に受け止めすぎている……と、楓は思った。
 そこで、ごく簡単に、
「……香也様の、考えすぎですよ……」
 といってみせる。
 こうした苦言に近い細々とした事柄を、いちいち口に出して伝える……というのは、楓の性格だと、苦行に近い。相手が香也なら、なおさら……で、故に、楓は、くだくだしい説明をせず、ごく簡単に……しか、いえなかった。
 そういいながらも……他人への配慮とか人付き合いを避けてきた香也が、不器用なりに、明日樹の立場や都合を想像してみせた……というのは、香也にとっては、それなりに前進なのではないか……と、楓は思う。
「……んー……」
 楓の言葉を聞くと、香也は少し、考え込んでみせた。
「そういう……もんなの?」
 香也は香也で、楓の舌足らずな言い方を頭の中で反芻し、なんとか理解してみよう……と、努力は、している。
 しかし、香也には、いまいち、その辺の微妙な機微が、ピンとこない。
「そうですよう……」
 楓は、いいたいことがあまりよく、香也に伝わりきれない感触を得て、もどかしい気持ちが口調ににじみ出てしまう。
 楓は、頭の中でいいたいことを整理しつつ、今度は、もう少し詳細に、順を追って話そうと試みる。
「ええっと……。
 まず、樋口さんが、香也様にとっていいことを、喜ばないわけがありません。
 香也様が、有働さんの依頼を受けて、ポスターの絵を描いたり、そのポスターがあちこちに張り出されたりすることは、絶対に香也様にとって、いいことですよぉ。
 ひとつは、香也様の特技が、もっと広い範囲に知れ渡るため。
 もうひとつは、他の人とあまりつき合いのない香也様が、有働さんと共同作業をしているということ。
 そういうのを、樋口さんが、喜ばないわけはありません。樋口さん、本当に、香也様のことを考えているんですから……」
 楓は、ここで言葉を切り、香也が考える時間を与えた。香也は、「……んー……」と唸りながら、何やら考え込んでいる。

 そこに、当の樋口明日樹が、美術室に入ってきた。
「……なにやってるの?」
 明日樹は、美術室の片隅で向き合って座り、なにやら難しい表情を作っている香也と楓を見て、首を傾げる。
 いつもの香也なら、美術室に入った途端、間髪を入れずに、絵を描くための準備を行う……筈だった。まず、香也が深刻な顔をして楓と話し込む……という状況自体が、かなり、おかしい。
 この組み合わせで、深刻に話し合う……という内容を、思いつかない……というのも、あるが、それ以上に、この二人が内密に話しをするのなら、いくらでも家で出来るわけで、わざわざ放課後の美術室を使用しなければならない必然性は、どこにもない。
 ようするに、明日樹の目からみて、現在の状況は、あまりにも不自然だったわけだが……。
「い、いえ……」
 楓は、露骨に狼狽した様子で、明日樹から目を逸らす。
「なんでも……ないのですよ……」
 それを機に、香也は立ち上がり、絵を描く準備をはじめた。
 明日樹は、二人のきごちない様子に不審をおぼえたものの、それ以上、追求をするということもなく、香也に倣って絵を描く準備をはじめる。もうすぐ三年生になる明日樹にとって、今の学校でゆっくりと絵を描くことができる時間と期間は、もうかなり限られており、そのことを明日樹自身も自覚しているため、時間を無駄にはできなかった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(329)

第六章 「血と技」(329)

「……こちらが、臨時の編集ルームになってます……」
 そういって、敷島は三人をプレハブの外に案内する。
 工場内に二階建てのプレハブが建っており、その中に、事務所や応接セット、先ほど、テンが作業していた部屋……などがあるわけだが、そのプレハブから外に出て、ほど近い場所にあった、テント様の施設の中へ、と……。
「ここ、資材置き場か何かだと思っていたけど……」
 思わず、という感じで、梢が、呟く。
 何しろ……敷島が案内したのは、鉄パイプを組んだ骨組みに、ビニールシートをかけて周囲の空間と区切りをつけただけ……という、至って粗末な代物である。
 外側から見たら、中に人がいて、作業をしている……とは、なかなか思えない。
 もちろん、工場内に設置されているわけであるから、野外で雨ざらしになっているわけではないのだが……。
「シルバーガールズの制作にかかる費用は、スポンサーの意向で、ぎりぎりまでのコストダウンを命じられています」
 あくまでにこやかな表情を崩さず、敷島が説明する。
「どうせ、工場内ですし、人と機材が収容できて、暖房が逃げない……同時に、用が済めば、速やかに撤収できる……という条件を考慮してこういう形になりました……」
「……スポンサー?」
 現象が、鼻に皺を寄せ、少し考え込む表情になったが、すぐに顔をあげた。
「ああ。
 おそらく……あの騒がしい、才賀の小娘のことだろう。
 やつなら、それくらいのことは、考えそうだ……」
 現象は、孫子のことを経歴の概要、それと、こないだの、「だだだーっと狩野家の居間に入ってきて、いいたことを言い終わるとさっさと去っていった」時の様子でしか記憶していない。
 故に、その人物像は、多分に歪曲されている。第一印象は、大切ですね。
「確かに才賀嬢がスポンサーなわけですが……ふむん」
 敷島は、現象の語る「孫子像」に対して、一瞬異議を唱えかけたが、「……この誤解は、放置しておいた方が面白いか……」と瞬時に判断し、わざとらしく鼻を鳴らして語尾を濁した。
 ……敏感にも、敷島の様子に小さな異変を感じた梢が、ジト目で敷島を見ていたが、敷島はその程度のことでは、まるで痛痒を感じない。
「とにかく!」
 敷島は、気を取り直すように、少し大きな声を出す。
「この中では、撮影した映像データの編集作業やシナリオ、構成などの文芸関係の作業、並びに、若干の撮影をすることもあります」
「ようするに……ここで何でもやるのね……」
 ジト目のまま、梢は念を押す。
「そりゃあ、もう。ぶっちゃけ、低予算ですから。
 設備でも人でも、あるものをなんでも、徹底的に使い回します……」
 敷島は、ビジネスライクな微笑みを浮かべながら、平然と答える。
「それでは、お入りください……」
 敷島はそういって、垂れ幕状にかかっていたブルーシートを押し広げて中に入った。
「少々、お邪魔しますよ」
 シート内は、二十畳程度の面積に、ファンヒーター、事務机、撮影器具……などが置かれており、いくつかある事務机の上には小型のデスクトップパソコンやノートパソコンが何台か、ファイリングした書類や手書きのイメージボードなどのコピー、どうやらシナリオらしい、書き込みの入ったコピー用紙の冊子……などが、乱雑に散らばっている。
 事務机の二つを占領して、ノリとガクが肩を並べ、それぞれ、液晶画面とノートパソコンに向かっていた。二人は、ヘルメットこそ脱いでいるものの、シルバーガールズのコスチュームは身につけたまま、それぞれの仕事に熱中していて敷島の声も耳に入らないのか、顔を上げようともしない。
「ええ。
 お二人とも、一度集中しはじめると、周囲のノイズには構わなくなるのはいつものことなので、こちらから簡単に説明させていただきます」
 敷島は、そうした二人の様子になれているのだろう、平然と案内を続けた。
「現在、ノリさんは、今までに撮影した映像データを編集中、ガクさんは、映像データの加工や編集を行うためのソフトを開発中です」
「……もうすぐ、学校が春休みになるから……」
 それまで何の反応も見せなかったガクが、肩ごと後に振り返って、いきなり話し出した。
「茅さんが本格的に作業に入ってくるまでに、必要なツール類も、一通り、使えるようにしておきたいし……。
 幸い、重い処理とかが必要な時は、トクツーさんが中の高性能なマシンを使用してもいいっていってくれたし……」
「……と、いうことです」
 と、敷島が、ガクの言葉を引き取る。
「工場内のマシンは、無線LANで接続されていますので、データはリアルタイムで転送できます」
「必要なら工場内のマシン全ての処理能力を共有できるから、トクツーさんのマシンも勘定に入れれば、リソース的にはかなりリッチだと思うんだけど……」
 ガクは、ここで、敷島と三人が出てきたプレハブを指さしてみせた。そこの内部には、複雑な流体シミュレートもなども可能な、ハイスペックなマシンが格納されている。
「でも、ツールが……ソフトのインターフェースが悪ければ、ハードの性能がよくても、作業効率はがくんと落ちちゃうから。
 春からはボクたちも学校に通うようになるわけだし、出来るだけ、四月の新学期がはじまる前に、ある程度、仕事を片づけておきたいんだよね。
 そのためにも、今できる準備を、しっかりとやっておかなくちゃ……」
「……結構、しっかり考えているんだな……」
 舎人が、ぼつりと感想を漏らす。
「茅さんが参入してきてから、びしっと背骨が入った感じかなぁ。
 全十三話のシリーズ構成とストーリー概要、ぱっぱと決めて、シナリオも毎日、少しずつ送付してくるし……」
「……で、ボクは……」
 今度は、ノリが背後に身を乗り出して、三人の方に向く。
「今までに撮影した素材の中から、使えそうなところをピックアップして、編集しやすいようにタグをつけたり、今ある素材で作れそうなカットを、少しずつ仕上げたり……できあがったシナリオみて、ストーリーボードを描いたりしているわけ……。
 分担的にいうと、ガクがソフト関係の開発で、ボクがヴィジュアル関係の何でも屋さん、茅さんが全体の総括で、テンが進行管理……っていうところかな……。
 もちろん、ボクらは、それ以外にキャストも兼ねているし、一族の人たちにも、随分手伝って貰っているけど……」




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彼女はくノ一! 第六話(70)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(70)

 その日の休み時間は、昨日までのように有働が教室に来ることもなく、香也にとってはひさびさに静かな一日となった。そうとなれば、休み時間ごとに、楓が香也の席に近づいてきて、何かと話しかけてくる。そして、楓がくれば、牧野や矢島、柏あんななども寄ってきて、なにかとおしゃべりをはじめる。
 つまり香也は、だいたい休み時間ごとに、同じクラスの女子に囲まれて、話しかけられた時に適当に相槌をうつ他は、ぼーっとして過ごしている。一見して非生産的なようだが、楓が来る以前は一人でぼーっとする一方だったし、第一、香也は休む間も有意義に過ごそう、などという殊勝でアクティブな性格でもないので、それで特に困るということもない。
 そんな折り、香也は珍しく、自分から話題を提供してみる。今朝、感じた、クラスの雰囲気に関する違和感について、だ。
「……んー……」
 と、例によって例のごとくな前置きをしてから、香也は、
「学期末とか試験前って……もっと、雑然としていなかったっけ?
 今学期は、随分、のんびりしていると思うけど……」
 漠然と感じていた疑問と、香也は、たどたどしい口調で口にする。
「……そういえば……」
 牧野が、教室内をぐるりと見渡してから、香也の疑問に賛同する。
「いつも……試験前って……みんな、もっとピリピリとしてるよね……」
「……いわれみれみれば……」
 牧野がそういうと、矢島も頷いた。
「試験前なのに……みんな、なんか、落ち着いちゃって……」
「……そうなんですか?」
 楓は、首を傾げてみせる。
 今学期からようやく学校に通いはじめた楓は、デフォルトの状態がどんな風なのか、予備知識がそもそもない。
「そうそう。
 勉強できる子も、そうでない子も……試験前ともなれば、それなりに、緊張してきて……」
 柏あんなは、ふむふむと頷く。
「……あんなちゃんは、どうせできないからって、いつも最初から投げ出してたような気がするけど……」
 矢島が、ぼそりと指摘する。
「い、いや……。
 今学期は、ちょっと事情が違うし……」
 矢島の指摘は否定しない、柏あんなだった。
「飯島先輩とか、まぁ……堺君に、かなりしごかれたし……」
 あんなはそういって、薄い胸を張る。
「……ようするに、前よりは、よっぽど自信がある、と……」
 牧野が、あんなの発言を確認した。
「まあ……その辺の事情は、みんなも、あまり変わらないかな……。
 何だかんだで……茅ちゃんや楓ちゃんが、何かはじめると……みんな、面白がってその後についていくっていうか……。
 パソコン部で作った、携帯でやる英単語のタイピングゲーム、女子の間でもかなりはやっているし……単語の意味がわかってくると、英語の勉強も、かなり楽になったし……」
「……あとねー。
 みんながやっているから、っていうのも、大きいと思う。
 何だかんだで、放課後になっても、クラスのほとんどの生徒が自主的に居残って勉強している、っていうのは……前には、考えられなかった。
 確かに、成績を気にして一生懸命やっている人も、それなりにいるんだろうけど……それより、大半の子は、勉強とかそういうの、あんまり意識してなくて……ただ、なんとなく、面白そうだかっらって、そういう意識で、居残って、茅ちゃんの講義を受けたりしているんだと思う……。
 悪い言葉をあえて使えば、一種の野次馬根性っていうか……今、ここで起きていることを、見逃したくないっていうか……」
 牧野の言葉を受けて、今度は矢島が、とつとつと言葉を紡いだ。
「そう……だね」
 牧野は、大きく頷く。
「今、学校で起きはじめていることを、見逃したくない……できれば、参加したい、って意識は、かなりあると思う……。
 楓ちゃんや茅ちゃんが来てからこっち……徐々に、この学校……なんていうのかな、いい意味で、普通ではない学校に、変わっていっているように、思うし……」
「……それで、みんなの成績が上がれば、いいじゃない……」
 柏あんなは、牧野と矢島の話しを聞いて、少し不機嫌な顔になった。
「あっ。
 あっと……その、悪い、変な意味で、こんなこといっているんじゃなくて……」
 牧野はぱたぱたと、顔の前で、平手を振る。
「楓ちゃんや茅ちゃんたちが来ることがなかったら……この学校、すっごく詰まらない場所のままだったろうなぁ……って、そう思って」
「そう、そう……」
 牧野の言葉に、矢島が頷く。
「……放送部やパソコン部だって、前はこんなに活発じゃあ、なかったし……。
 今は、ただ活発なだけではなくて……うん、そう。あの人たち、みんな、生き生きとして、楽しそうにしている。
 前まで……楓ちゃんたちが来るまでの学校って……こういってはなんだけど、すごい、退屈で、詰まらない場所だったし……。
 それとね。
 みんな、茅ちゃんたちが、今度は何をやってくれるんだろうって……期待しているんだと、思う。
 それで、楓ちゃんたちがこれからやろうとしていること、見逃したくなくって……みんな、居残ったりしているんだと思う」
 そんな話しを聞いた楓は、なんともいいがたい、複雑な表情をしていた。
 しかし、すぐに次の授業の開始を告げるチャイムが鳴ったので、楓は具体的な反応を返す前に、自分の席に戻る。
 ぼんやりとそうしたやりとりを聞いていた香也は、授業を受けながら、
「やはり、自分が抱いた違和感は、あながち間違っているわけではなかったのか……」
 と、一人で納得をする。
 この学校の生徒たちは……茅や楓たちが転入してきたことで、以前よりも自信を持ち、生き生きとしはじめている。
 三学期だけで、これほどの変化があったのだから……楓たちが、そして、香也自身が卒業するまでのあと二年間で、これからどれほどの変化が起こりうるのか……香也には、まるで予想ができなかった。

 授業と実力テストがすべて終わると、教室内にいる生徒たち全員が、いっせいに安堵のため息をついたような気がした。
 もちろん、現実に、生徒全員がため息をつく、などということはないわけだが、これで、三学期の学科は、言い換えれば、一年生として受けるべき授業は、すべて終わったことになる。
 チャイムが鳴り、テストの答案用紙が回収されはじめると、生徒たち中で張りつめていたものが、一斉に弛緩しはじめたのは確かだった。
 まだ、期末試験や終業式、卒業式などの行事は残っているものの……一年生としての授業は、もう、残っていない。
 ……期末試験の成績が芳しくなかったり、出席日数が足りなかったりする生徒は、補習授業を受けなければならないのかも知れなかったが……一般的にみれば、次に授業を受ける時には、この教室内にいる生徒たちは、二年生になっている筈である。
「……終わっちゃったね……」
 と、いう雰囲気が、生徒たちの間に蔓延していおり、終わったばかりのテストの内容を話し合いながら、ぞろぞろと教室から出ていく。

 そんな中、香也と楓は、ともに今週の掃除当番に当たっていたので、教室後部にある用具入れのロッカーから掃除道具を取り出し、教室の掃除をはじめた。




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「髪長姫は最後に笑う。」  第六章(328)

第六章 「血と技」(328)

「結局のところ、例の三人の先導を受けて、我々が助力している……という形になってしまっているわけですけど……。
 いや、本当。
 凄いですよ、あの子たち……」
 そんな前置きをして、敷島丁児は三人を別室に誘う。
 敷島はドアのノックし、「入りますよ」と声をかけてから、中に入った。現象、梢、舎人の三人も、その後に続く。
 そして、部屋に入るなり、三人は絶句して棒立ちになった。
 奇怪な、金属製のオブジジェ……に見えるものの傍らに、バインダーに挟んだ書類の束を手にしたテンが立っている。テンはつなぎの作業服に軍手……という姿であり、指先が油にまみれた軍手のまま、手にした書類にボールペンでなにやら書き込みをしていた。
「……ん?」
 書き込みを終わり、ばたんと開いていたバインダーを閉じてから、テンが、ようやく顔を上げる。
「何か、用?
 これでも、今、忙しいんだけど……」
 現象たち三人の姿を見ても、さほど不思議そうな顔もせずに、単刀直入に要件を尋ねる。
「邪魔するつもりはない」
 舎人は、反射的にそう話していた。
「ちょっと、見学させて貰っているだけだ。
 それに、解説役なら敷島にして貰うから、そのままやりかけの仕事を続けていてくれ……」
 舎人にしてみれば、また現象がいらぬ口を開いて事態をややこしくする前に、この場での、こちらの立場と目的を明確にしておく必要があった。テンに……というよりは、現象に対する牽制でも、ある。
 当の現象は、隣が牽制をする必要もないくらいに、瞠目して金属製のオブジェに視線を据えていた。
 振り返って、現象の表情を確認した舎人は、思わず、梢の方に顔を向けた。
 梢も、舎人と同じように、かなーり不安そうな表情になっている。
 梢と舎人は、以前、一度だけ……現象が、このような表情をしたのを、目撃している。
「……これは……なんだ……」
 よろよろとした足取りで、現象はそのオブジェに近寄っていった。
「……ちょっとっ!」
 テンが、少しきつい口調になる。
「見るのはいいけど、まだまだ触らないでよっ!
 微妙な調整の最中なんだからっ!」
 そう釘を刺され、現象は、そのオブジェの直前で足を止め、もどかしそうにオブジェに手をかざして、両手の指をさわさわと動かす。
「一見、前衛彫刻にも見えますが……何の変哲もない、工業用ロボットアームを組み合わせたもの……。
 歴とした、実用品です」
 敷島が、解説をはじめた。
「ええ。
 こちらでこんど量産することになっている、監視カメラの組み立てロボット……なんですが、部品や完成品の移動レイアウトとか、極力無駄を省いたアームの動かし方を、徳川さんとか三人が、よってたかって模索するうち……何故だか、こんな形になってしまいました……」
「何の変哲もない、工業用ロボットアームを組み合わせたもの」と、いわれてしまえば、その通り、なのだが……五台のロボットアームが放射状に配置され、中心部に腕を向けて、その中心に向かってベルトコンベアが何本ものびている……様子は、そのように説明されなければ……やはり、前衛的な彫刻にしか、見えない。
「……欲しい……」
 突然、現象がそんなことを言いだした。
「ぼくは……これが、欲しい……」
「……おいおい……」
 舎人は、首を大きく横に振る。
「こんなもん、貰っても……何にも、つかえねーだろ……」
 ……何を考えているのだ、こいつは……と、舎人は思った。
「あげない」
 テンが、にべもない口調で、現象の独白を一蹴する。
 テンは、三人に興味をなくしたのか、再びバインダーを開いて、書類に何やら書き込みをしている。
「……勘弁してください……」
 敷島も、舎人とは別の意味で現象の発想に呆れていた。
「……このアーム、一台……結構な値段、するんですが……。
 ハードも、それなりに高価ですが……制御するソフトも、今回限りの特別製ですから……こちらには、ちょっと、値段のつけようがありませんね……。
 第一、こんなもの持って帰っても、使いようがないでしょ?」
「……使う、なんて……そんな、もったいないこと、するもんか……」
 現象の瞳は、潤んでぼうっと霞がかかっていた。
「……こんな美しいもの……使うなんて……。
 大切にずっと保管して、好きなだけ眺めるんだ……」
「眺めるって……これを?
 油まみれで、あちこちにコードや油圧パイプが飛び出ている、無骨なこの機械が?」
 梢が、酢を飲んだような顔になって、現象と機械を交互に見比べた。
 しばらく、そうして見比べた後、梢は、かなりげんなりとした口調で、こういう。
「……君ねえっ!
 前々からいおうと思っていたけど……君の美的なセンスには、絶対、欠陥があるからっ!」
「騒ぐんなら、出て行って……」
 テンが、手にしたボールペンで、たった今、三人が入ってきたドアを指す。
「さっきもいったけど、ボク、今、神経を使う仕事をしてるんだ……」
「……すまねぇ!」
 舎人は、現象の背後に忍び寄り、がきっと現象の首と口を押さえて、ずるずると現象の身体を引きずっていく。
「お仕事の邪魔すんのは、まずいわな……現象君」
 現象は、じたばた手足を動かしながら、なにやら、むーむーと抗議の声を上げたが、舎人に、渾身の力で羽交い締めにされてしまったら、容易に抜け出せるものではない。
「相変わらず……咄嗟のさいの、状況判断は的確ですね……」
「ども。お邪魔しましたぁ」
 敷島と梢は、一度、顔を見合わせた後、すぐにそういって、舎人たちの後を追う。




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彼女はくノ一! 第六話(69)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(69)

 テンも、前日、前々日の、ガク、ノリと同じく、メイド服姿で香也の登校につきあった。三人が三人とも、香也の鞄持ちまでやりたがったものだが、流石にそれは、香也が遠慮させて貰っている。この格好で送迎されるのもかなり抵抗があるのに、その上、明らかに香也より少女たちに、荷物持ちまでやらせてしまたら……それこそ、外聞が悪い。
 何しろ、毎朝利用する通学路、でのことである。近所の人はもとより、同じ学校に通う生徒たちだって、見ている。基本的に、香也は、他人の目はそれほど気にかけない方だが、それにしたって、限度というものがある……。
「……今更、っていう気も、するけどねえ……」
 樋口明日樹は、心持ち不機嫌な声で、そうコメントした。
「今までで……さんざん、目立っている筈だし……」
 楓や孫子の、香也を巡るやりとりは、この時点では、校内も知らない者の方が少ないくらいだった。
「まあ、まあ……」
 そんな明日樹をいなしたのは、飯島舞花である。
「絵描き君も、これからは、別の意味で注目されるようになると思うけど……」
 そういって舞花は、町内会の掲示板を指さす。
 そこには、香也の絵をポスターにしたものが、貼られていた。
 ボランティア人員の募集要項、などの他に、商店街店舗の広告、孫子の会社の求人広告などが、隅の方に印刷されている。
「……これ、昨日とか一昨日、やってたの……。
 もう、貼りだされている……」
 明日樹は、半ば呆れた口調で呟く。
「……放送部のやつら、仕事が早いってぇか、性急なところがあるからな……。
 刷り上がったやつから、順に貼っていってるんだろう」
 舞花は、そういって鷹揚に頷いた。
「……大丈夫か、期末試験前にそんなことをやてってて……」
 荒野が、つっこみを入れる。
「もう、二年は、玉木と有働君しか活動していないし……その他の面子も含めて、後で何とかするつもりじゃないかな?」
「……後で、なんとか……ねぇ……」
 荒野は、露骨に「……信用できない」というニュアンスを口調ににじませていた。

「ああ。それ……」
 合流してきた玉木は、その懸念を聞くと、大きく頷きながら、答える。
「……もちろん、考えてるよっ!
 みんな、頑張っているからさ、頑張っている人に、損をさせてはいけないよね。これは主に下級生向けなんだけど、春休みあたりに、有志の部員だけで自習会とか企画しているし……仮に、そういうの、なくってもさ、うちの部は、他の人たちよりも実は有利だったりするんだけど……」
 放送部は、沙織とか茅とかの講義を直接撮影する他に、その映像を編集する作業も交代で行っている。
「……編集するためには、同じシーンを何度も繰り返して見る必要もあるわけで……」
 その際に、自然と内容を、ある程度覚えてしまうのだ……という。
「……もちろん、それだけだとまだまだ弱いけど、その前後にも、正規の授業とか、自分で予習復習もするわけだから……」
 一見、ばたばたと忙しく飛び回っている放送部員たちも、その実、勉強の理解度ということでは、他の生徒たちには引けを取っていない……それどころか、有利かも知れない……と、玉木は説明する。
「……あと、教材の電子データ化を手伝った生徒とか、それをまとめたパソコン部員なんかも、実は、結構おいしいお役目だったし……」
 そうした教材を整理するさいも、内容をまったく見ない行う、ということは、かえって珍しい。
「そんなわけでさ……うちの部の場合、やっぱ、茅ちゃんとか沙織先輩の講義を撮影する役、その映像を編集する役……は、希望者のが多いんで、今は、当番制にして、出来るだけ公平に回しているくらいだけど……」
「……それは、結構なことだな……」
 どこか釈然としない顔をしながら、荒野は頷いた。
「何……不満そうな顔をしちゃって……」
 玉木が、眉間に軽く皺を寄せる。
「不満ってことも、ないけどな……」
 荒野が、微妙な顔をして答える。
「こうも、何もかもがうまくいっていると……かえってこの先、すぐに大きなしっぺ返しが襲ってくるんじゃないかって……不安になってくるんだ……」
 玉木は、
「……心配性だなぁ。
 カッコイいおにーさんはぁ……」
 と叫び、荒野の背中を、渾身の力を込めて叩いた。
「……その、勉強会のことだけど……」
 それまで黙ってやりとりをみていたテンが、唐突に口を挟む。
「来年からは、ボクらも参加できるから……」
「教材も、基本的なデータに関しては、全学年分、整備し終えているの……」
 茅も、そう補足する。
「……本年度末までのは、初期条件の整備と運用試験。
 本格的に効果的な活用法を模索するのは、来年度から……」
 飯島舞花が、「なんか、どんどん面白そうなことになってくるなぁ……」といって、笑った。

 香也の絵がポスターになってご町内のあちこちに貼りだされたからといっても、クラスの生徒たちの態度に、特に変わったところはなかった。ここ数日、有働が日参してポスターの原稿を修正していたから、香也のクラスの生徒たちににとって、いずれ、ポスターが貼り出される、というのはわかりきったことであり、今更騒ぐまでもない……ということなのだろう。
 香也のため……というより、たいていは香也のそばにいる楓に遠慮している側面は多々あるのだろうが、とりあえず、いい具合に放置されているこの状況は、香也にとっては好ましく思えた。別に香也は、誰かに褒めたたえられるため、何枚ものゴミの絵を書き上げたわけではない。むしろ、有働のあの一群の絵を手渡した時点で、香也の仕事は終わった
と考えていて……その後の打ち合わせとか、ポスターとかは、香也にとっては本気で関心を持てない、「おまけ」みたいなものだった。
 それよりも……と、香也は、クラスの雰囲気に、ふと違和感を感じ、周囲をゆっくりと見渡す。
 そして、数秒考えた後……香也は、その違和感の正体に、ようやく思い当たった。
 今日はもう、金曜日であり、来週には期末試験が行われる。本年度、最後の……一年生としては受ける、最後の定期試験だ。
 いつもなら……同級生たちは、試験前ともなれば……もっと、取り乱したり、殺気だったり、やる前からあきらめたり……と、クラス全体の雰囲気も、それなりに、緊張感にあふれてくる。
 それが……今回に限り、まるでない。
 みんな、どこかのほほんとした様子で……。
 そう。
 みんな、いつもより、ずっと自信に満ちているように、見えた……。

 その、原因として考えられるのは……。
『……茅ちゃんの……』
 茅と、沙織の講義の存在しか……考えられない。
 以前の定期試験と、今回との違いは、それしかないのだ。
 今週の実力テストで、十分な手応えを感じた生徒たちは、自分たちの学力の向上を、肌で実感しはじめていて……それが、余裕のある態度として現れている……。

 香也は、いつもと変わらない教室内を見渡して、そう、観察した。




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「僕と極姉と海のYear!!」体験版は、えっちシーンおんりーだった。

僕と極姉と海のYear!!初回版 僕と極姉と海のYear!!初回版
Windows (2007/06/29)
しゃんぐりら

この商品の詳細を見る


しゃんぐりら」という新規レーベル(「PRODUCTS」の項目に、コレ一作しかタイトル名があがっていないから、たぶん、「新規」なんだろう)の体験版がアップされていたので、早速試してみました。

いやまあ、あれだ。
これ、体験版(同サイト、downloadページ内より入手可能)を見る限り、「典型的な抜きゲー」だ。
これだけ目的がはっきりしていると、かえってすがすがしい部分もある……のか?

オフィシャルサイトの「Q&Aコーナー」によると、
「『お色気・ぷるんぷるん・ドタバタ・えろえろADV』という感じね♪」
で、
「システムは至ってシンプルね。マップ画面で誰に会いに行くかを選択して、物語が進んでいくオーソドックスなシステムよ。その代わりに、Hシーンを楽しんでもらえるようにアフターエフェクトアニメーションを可能な限り搭載しているわよ。」
ということです。

体験版も、だいたいそんな感じでした。
この絵が好みの方なら、非常に実用的ですね。

(以下、「continue」にキャラクターの大型バナー×5あり↓)
CONTINUE

「髪長姫は最後に笑う。」  第六章(327)

第六章 「血と技」(327)

「保養地……ですか……」
 舎人は、釈然としない顔をする。
「納得いかんか?」
 仁木田は、頷いて続けた。
「もともと、ここは長老が長く根を張っていた土地だ。わざわざ姿を現すこともないだろうが、草も多い。
 長期療養を必要とする者が、一時的にここに来て養生する……というのは、普通に行われて来たことだ。
 長老は、それを見越して、腕のいい医者をあちこちから引き抜いて、金の糸目をつけずに最新の設備を与えている。
 一つ一つの病院は、個人経営の形で、規模を小さくしているので、目立たないが……この土地には、人口に不釣り合いなほど、医療施設が集中している……」
「……そういや……荒野も、やつら新種を、定期的に精密検査させている……とか、いってたな……」
 舎人は、少し前の雑談のおり、荒野がふと漏らした事実を思い出す。
「新種どもをわざわざ、ここに移して来た……というのは、そういう都合もあるんだろう……」
 仁木田も、頷き返す。
「……さらに、わしも加わった……」
 唐突に、背後でしわがれた声が響き、舎人、現象、梢が、素早く立ち上がって振り返る。
「刀根老……も、か……」
 舎人が、うめくように呟く。
「わしの気配にも気づかないとは……佐久間の新種も、たいしたことはないのぉ……」
 そういって、刀根老人は、にやにやと笑いながら、現象の顔を無遠慮に眺める。
「……こいつは?!」
 現象が、語気荒く誰何した。
 次の瞬間……。
「この小僧……年長者をうやまうことを、知らんようだな……」
 刀根老人は、現象の喉元に、くないの切っ先を突きつけている。
 現象は……老人の動きを、まるで感知する事ができなかった。
「……ほう。
 この程度の動きも見きれんで、よく佐久間だ六主家だとうそぶいていられるのぉ。
 目がよい、耳がよい、動きが早い、強い……。
 確かに、生まれ持った素質により、有利な位置にたつ者も、一族には多かろう……。
 だがな、小僧。
 その程度の有利は、研鑽次第ではいくらでも覆せる。
 現に貴様は、この非力な老人に、たった今、殺されておったろう……」
 じわり……と、現象のこめかみに、冷や汗が浮かぶ。
「ご老体……」
 舎人が、げんなりした声を出す。
「その程度で、やめておいてください……。
 ご無礼の段は、いくらでも詫びます……詫びさせますから……」
 誰に対しても、とりあえず、尊大な態度をとってみせる現象、その現象を追い詰めて楽しんでいる刀根老人……その両者に、実際のところ、舎人は、かなりげんなりとしている。
「……ふん」
 刀根老人は、詰まらなそうに鼻を鳴らして、くないを現象の喉元から離す。
「……みての通り……この方は、暗殺術の達人だ。
 気配を感じさせずに相手に近寄ることにかけては、この人以上の技量の持ち主は、いない……」
 舎人は、現象と梢に、紹介する。
「……目下のところは、殺す方よりも救う方が忙しいくらいだがの……」
 現象から離れた刀根老人は、涼しい顔をして、そう呟く。
「時に、舎人……。
 今度のお主のねぐらは、随分と広いようだが……」
「ご老体は、最近、負傷してこの土地に流れて来たやつらの手当を行っている」
 それまで、事態を傍観していた仁木田が、はじめて口を開いた。
「……応急手当は慣れたものだし、それ以外にも、鍼灸の心得もある。
 何、壊す方に詳しくなれば、修繕する方にも詳しくなる道理じゃて……」
 老人は、ついさっきまで現象の喉元にくないをつきつけていたことなど、なかったような顔をして、解説する。
「……今までは、ここの工場の隅を借りて診ておったが、最近は盛況で、かなり手狭になってきおっての……。
 お主らのすみかの軒下でも、ひとつ貸していただければ、重畳……」
「……悪い話しじゃあ、ねーな……」
 舎人は、自分の顎を撫でながら、呟く。
 舎人が命じられたのは、「現象の監視」だけだが……舎人は、その他に、自分自身の判断で「現象の、性根を叩き直す」という仕事を、自身に課している。
 その観点からいえば……あの家に、刀根老人を含め、日常的に不特定多数の術者が出入りするようになる……と、いうのは、決して悪い状況ではない……。
 なにより、現象は……佐久間の中で育てられた梢も、似たようなものだが……「一族の実態」というものを、いまだ、実感する機会に恵まれていない……。
 気づくと、梢が、現象の顔にきつい視線を送っていた。
『ここは、即答を避けておいた方が、上策か……』
 と、判断した舎人は、
「……まあ、他の同居人たちにも、意見を聞いてみます……」
 と、言葉を濁した。
 もちろん、舎人は、梢や平三といった面々を、これから説得していくつもりである。監視される側である現象の意見は、このような場面では無視される。

 その後、三人はお茶をいれて持ってきた美人秘書に工場内を案内して貰う。
「二宮舎人様、おひさしぶりでございます」
 その美人が、いきなり舎人に深々と頭を下げる。
「……また、知り合いですか?」
 梢が、不審な声を上げて、舎人の顔を見上げた。
「いや……こんな美形の人と知り合ったら、絶対忘れない筈だが……」
 舎人は、ぶんぶんと首を横に振る。
「……わかりませんか?」
 ビジネス・スーツを着こなした美人が、にっこりと微笑んで、
「おれですよ、舎人さん。
 何年か前に一緒に仕事した……」
 と、男の声を出した。
「……なっ……。
 おまっ……」
 舎人は、目を丸くして絶句した後、
「敷島っ!
 しきしまちょうじか、お前っ!」
 と、叫ぶ。
「前合った時は、こう……もっとその、紅顔の美少年って感じだったっが……ってか……どっちが、本来のお前だっ!」
 舎人にしてみれば、数年ぶりにあった知り合いが、性転換していた……といった感じであった。
「いやですわ。舎人さん……」
 その女性……にしか見えない人は、その姿に似つかわしい、若い女性の声に戻って、ころころと笑う。
「……どっちも、本当のわたしです。
 最近でも、気分次第では、男の姿にもなりますのよ。どちらか片方に固定しなければならないなんて、窮屈なことはいたしません……」
 梢と現象は、舎人以上に驚愕した顔をしていた。トランス・ジェンダーとかいう世界とは縁遠い場所で育ってきた二人である。
「……工場の主である徳川は登校中で不在、テン、ガク、ノリのお三方は、それぞれお忙しい身の上ですから、不肖、敷島丁児がご案内させていただきます……」
 愕然としたままの三人が我に帰るのも待たずに、女性の姿をした敷島は、先に立って歩きはじめた。
 三人は、慌てて敷島の後を追う。




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彼女はくノ一! 第六話 (68)

第五話 春、到来! 乱戦! 出会いと別れは、嵐の如く!!(68)

「……おにーちゃん……」
 翌朝、香也は、ごくごく小さな囁き声を耳に感じて、目を覚ました。その声は、本当に小さな音量の囁きだったので、音で……というよりは、耳元にかかる吐息がこそばゆくて、意識をぼんやりと覚醒し始める。
「起きない。
 起きない、ね……」
 声の主は、やはり小さな声でそう言うと、ごそごそと香也の布団の中に入り込んできた。
 ……え?
 と、危機感に襲われた香也は、ここではじめて一気に意識を明瞭にし、跳ね起きようとする。
 しかし、その声の主の動きが一瞬、早く、がばりと布団の中で香也に抱きついて押し倒す。
「……ちょ、ちょ……」
 香也が、不明瞭な抗議の声をあげる。
「……おにーちゃんが、悪いんだからね……」
 香也の胴体を羽交い締めにしたテンが、香也の胸元から視線をあげて、拗ねたような表情になる。
「ボクが、せっかく起しにきたのに……なかなか起きてくれないし……」
 身体に押しつけられる感触から、テンはスカート姿であることがわかった。頭にカチューシャをつけていることから、香也はテンがメイド服を着たまま布団の中にもぐりこんだことを察知する。
 布団の中で、テンのスカートは大きく捲れ上がっている……筈、だった。
 何故、見えもしない布団の中のことが分かるかというと、テンは、スカートが捲れ上がったまま香也の上にまたがって、自分の下腹部を香也の股間に押し付けているから、香也の意志とは関係なしに、その感触を意識してしまうからである。
「……んっ、ふ……」
 テンが、意味ありげなほほ笑み方をした。
「何、おにーちゃん、朝から、こんなにしちゃって……」
 実にステレオタイプな台詞を口にしながらが、テンは、ずりずりと、二人の股間が下着とパジャマの薄い布地越しに接触している部分を上下に動かし、擦りつける。
「……お、おにーちゃん……ボ、ボクみたいなちっちゃな子が相手でも、こんなになっちゃうんだ……」
 すぐに、テンの方の呼吸が、荒くなってくる。
 香也の反応は、テンが布団の中に入ってくる前からで、毎度おなじみの朝の生理現象なわけだが……どちらかというと、テンの方が、自分の行為に興奮しているんじゃないかな……と、香也は、ぼんやりと感じた。
 そう感じたからといって、香也に、自分の上に乗っているテンの身体を自分の上から無理に引き剥がしたりする気概は、なかったりするわけだが……。
「……んっ。
 ……はっ。はっ……」
 香也がぼんやりとそんなことを考えている間にも、テンは、頬を紅潮させ、すりすりと香也の膨らみに押しつけた自分の下腹部を、動かし続ける。
『……こ、これは……』
 と、香也は、さらに困惑した。
 もう、テンは……すっかり、自分の世界に没入している、と。
 こうなるともはや、香也の存在はあまり意識していないのではないか……。
 香也のソコを使用して、テンが自慰をしているような格好だった。
 このような場合に、年下の異性にかけるべき言葉を知らず……香也は、困惑しながらも、テンが落ち着くのを待つことにする。あれだけの行為を経験してきながら、実のところ、じっくり観察する余裕もなく、女性の絶頂や終焉の迎え方、などについてはまるで知らない香也にだったが……男性の射精にあたるような、明瞭な終わりはないにしても、なんらかの区切りはあるのだろう……と、香也は自分のなりに推量し、テンがそれを迎えるのを待つことにする。
 香也はちらりと枕元の目覚まし時計に視線を走らせ、時間的にはまだまだ余裕があることを確認した。
 今週に入ってからこっち、「朝、香也が起きてくるまでの時間的は、当番以外の者は、香也の部屋に踏み込まない」といった不文律だか協定だかが、同居人の少女たちの間で共通了解事項となっている……らしい、ということは、香也も、薄々感づいている。
 つまり、いい加減、朝食を摂らなければ遅刻をしてしまう時間までは、テンには、香也を独占する猶予があるわけだった。
 無論、「香也の意志を、まず第一に優先する」というのは、それ以前の根本的なルールなわけだが……。
 香也がそんなことを考えている間にも、テンは、香也の上で弾むような動きを続けている。もはや掛け布団も跳ね上げ、恍惚とした表情をして、「はっ。はっ」と息を荒くしている。
 ……うわぁ……。
 と、香也は思った。
 ここまでくると、実際に挿入しているかいないか、というのは、たいした問題ではないような気が、してくる……。
 何故なら、テンは、香也の存在によって欲情し、接触し、動かし……明らかに、エクスタシーを感じはじめているのだから……。
 ひょっとすると……と、香也は考える。
 ガクやノリよりも、テンの方が、扱いが難しいのではないか……と。
 ガクやノリは、その要求するところも、今のところ、単純だし……第一、香也が少し強くいうと、それ以上無理に自分の要求を通そうとしない。
 しかし、普段、理知的な印象が強いテンは……自分が思うところを実現するために、策を弄することがあるし……加えて、いざその段になると……。
『……けっこう、周りがみえなくなる……』
 タイプ、なのかな……と、香也は思う。
 香也の上で激しく動いているテンは、今ではすっかり自分の快楽に没入している様子で、香也のことなどまるで意識していないように思える。
 はっ。はっ。はっ。
 と、息を弾ませながら、テンは、香也の上でしばらくうごめいていたが、やがて、
「……んんっ!」
 とうめいて、ばたりと上体を倒して寝そべったままだった香也の首をかき抱き、強引に香也の口の中に舌を入れてきた。
 香也に身体を密着しながら、テンは、ビクビクと身体全体を小刻みに震わせている。
 どうやら……到達したらしい……と、香也は判断する。
 顔や首に当たるテンの肌は、しっとりと汗に濡れていたし、それに、下着の、香也の膨らみに触れている部分は、あきらかに湿っていて、香也のパジャマや下着にまで、湿気を移していた。
「……はぁ……」
 満足したような、それでいて、切なげな吐息を漏らして、長々と舌で香也の口内をまさぐってから、テンは、ようやく顔を上げ、上体を起す。
 たらり、と、唾液が糸をひいて、テンと香也の口を繋いでいる……ということを、香也はどこか醒めた目で、観察していた。
 テンは、膝立ちになって、香也の上に跨がり……両手でスカートの裾を掴み、高々と臍上まで持ち上げて見せる。
 テンの下着が丸見えになる。
 局部が湿っていて、その部分の陰毛が、透けてみえた。
「お……おにーちゃんが、悪いんだからね……。
 お、おにーちゃんと、あんなこと、してから……ボク、こんなにえっちになっちゃったんだから……」




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裏本X

「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(326)

第六章 「血と技」(326)

「……いつまでも、力押しじゃあ通用しないって……」
 長身の、銀色の子供が、ノリの声で呟いた。
 その子供は、六節棍の上に乗っている。
「いくよ、ガク!」
 その子供は、一声叫んだかと思うと、六節棍の上に飛び乗った時と同じ、身軽さ、素早さで、身を躍らせた。
 体重が存在しないかのような身軽さで、六節棍の上を駆け……もう一人の銀色の子供頭部を、蹴り上げようとする。

 精緻な知覚系を誇る現象や梢の目にも、その動きが追い切れないほどの素早さだった。

「……そんな、のぉっ!」
 ごん、と鈍い音がした。
 一瞬、長身の子供が跳ね上げたつま先が、もう一人の子供の頭部を捕らえたか……と、思えたが……。
「……ノリの方こそ、自分の特性に、頼りすぎっ!」
 頭部を蹴り上げられた……かに見えた子供は、一瞬早く、自分に向かってくる「足」に向けて、逆に、額を突きだした。
 銀色のヘルメットが、長身の子供……ノリのつま先を、潰したかに見えたが……。
「……わっ!」
 ノリは、その側頭部を、手にしていた銃身で払う。
「……相手がやることを、予測できれば……」
 ノリに相対していたガクは六節棍を放りだし、冷静な動きで、自分の側頭部をめがけて振り下ろされた銃身とノリの足首を、両手でしっかりと掴んでいる。
「……いくらでも、対処できるのっ!」
 そのままガクは、ぶん、と、ノリの身体を無造作に放り出す。
 特に反動をつけたようにも見えなかったが、ノリの身体は高々と真上に放りあげられる。
 空中に放りあげられたノリは、そのまま手足を畳んで丸まり、何度かくるくると回転した後、とん、と軽い足音をたてて着地して、立ち上がった。
「……もう……。
 ガク……なにかというと、人のこと放り投げて……。
 なんか、いつの間にかへんな癖、ついちゃったなぁ。
 って……あれ?」
 それから、すぐそばで目を点にして突っ立ていた、現象、梢、舎人の姿に気づき、ヘルメットのバイザーを押し上げて素顔を晒しながら、声をかけた。
「……来てたんだ……」
「……お、おう……」
 すっかり毒気を抜かれていた現象は、気の抜けた返事を返した。
「来てやったぞ……様子を見に……」

「……まあ、そんなわけで……」
 工場の奥にある事務所に案内された現象たちは、そこでびしっとビジネス・スーツを着こなした美人さんにお茶を出されていた。
「……利害関係は当面、一致しているし、おれたちも、こいつらに協力している、というわけだ……」
 そう説明するのは、目つきの鋭い、三十前後の男だった。
「……いや、、まあ……。
 それは、理解したけどよ、仁木田さん……」
 舎人が、その男……仁木田に、質問を返した。
「あんたまで。その……マンガみたいな格好は……なんなんだ?」
 仁木田直人は、緑色の宇宙服のような着ぐるみを着て、首から上だけを露出した格好のまま、ずずずとお茶を啜り、表情も変えずに、答える。
「……武闘派の、敵幹部の役……だそうだ」
 舎人の説明を飲み込むまで、舎人は数秒を要した。
 その結果、ようやく、
「……あんたがぁ……」
 と、間の抜けた声をあげる。
「CGで出すのが難しい質感とかがあるって話しでな」
 仁木田は、舎人の気の抜けた様子にも気づかない風で、淡々と説明を続ける。
「あいつらとの格闘シーンをこなせるものは、そうそういないだろう……。
 それに、おれは着ぐるみだからまだいいが、丸居や睦美なんかはメイクをしただけの顔出しだぞ……。
 それに比べれば、まだしも……」
「……い、いや……まぁ……」
 舎人は、どういう表情をつくったものか、露骨に迷い、困惑している。
「あんた自身が、それで納得しているんなら……おれが、とやかくいう筋合いではないけどよぉ……」
「……知っている方ですか……」
 舎人の隣に座った梢が、軽く肘で舎人の腕を押して、小声で尋ねる。
「一族でも名の知れた、荒事の専門家だよ……」
 舎人も、小声で答える。
「……六主家の出ではないから、冷遇されている部分もあるが……その実力のほどは、ある程度現場に出ている人間なら、誰もが一度は聞いている筈だ……」
 梢は、舎人の驚愕の理由を理解した。
 三人の活動に与している一族の者がいる……と、あらかじめ聞いてはいても……第一線で働ける有能な人材が、こうして着ぐるみを着て、ヒーローショウの悪役を演じていれば……。
『……朝、河原に集まってくるような……』
 一族としての技能や能力では、どちらかというと、劣る方の……水準以下の術者しか、この土地には流れ込んできていないのではないか……と、そんなことを考えていたところに……こうして、いきなり、広く名が知られるほどの実力者がでてくれば……舎人でなくとも、驚きもしよう。
「……仁木田さん」
 舎人が、かなり真剣な声で、仁木田に尋ねた。
「他に……誰が、ここに来ている?
 おれが知っていた方が……挨拶に出向いた方が、いいような人は……」
「……そこまで堅く考えることはないんじゃねーか……」
 仁木田は、緊張している舎人とは対照的に、のほほんと弛緩しているように見えた。
「ここはなあ……今では、一族の保養地みたいなもんだから……。
 ここに来るような術者は、なんらかの問題を抱えているか、行き詰まっているようなやつらばかりで……そんなところで、一族の仁義だとか流儀だとかを押し通そうとするのは、野暮というもんだろう……」




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彼女はくノ一! 第六話(67)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(67)

 いつもよりかなり早い時間だったが、それでも香也は、その日も、明日樹を家まで送っていった。
 ノリもついて来るのではないかと思ったが、そんなことはなく、ノリは楓とともに、大人しく狩野家に入っていく。そういえば、香也に送られていく時、楓などの同居人がついてくることはなく、いつも香也と二人きりにしてくれる。
 これは、同情されているのだろうか、それとも、明日樹と香也との関係を、みんながさりげなく尊重している……ということなのだろうか……と、明日樹は疑問に思ったが、いずれにせよ、彼女らがそこまでこちらの生活圏に浸食してこない、ということは、明日樹にとっても都合がいいことは確かであり、あまり深く考えないことにしている。
 第一、彼女たち自身も、じつのところ、どういう基準によってそういう行動を取っているのか、よくわかっていないのではないのか……とも、思う。
「……なんか、どんどんややこしいことになっているね……」
「……んー……」
 思わず、そんなことを口にしてから、明日樹は、既視感に襲われた。
 香也を相手に、似たような台詞を……いったい何度繰り返していったことだろう。
 それに、香也の返事も、毎回、変わらないような気がした……。

「……はい、おにーちゃん」
 香也が帰る早々、ノリは、香也に着替えさせる余裕すら与えず、そのまま居間の炬燵に座らせる。
「今日は少し早く帰ってきたから、晩ご飯まで、おべんきょーねー」
 香也の肩に乗りかかり、ノリは、眼鏡を光らせてそんなことをいう。
「……いいこと、ですね……」
 真理とともに夕食の準備を手伝っていた楓は、顔だけを出してその場の状況を確認すると、すぐに顔を引っ込めて、やりかけの作業に戻った。
「あら、いいわねー……」
 楓のように顔も出さずに、台所にいたまま話を聞いていた真理も、声だけで答えた。
「……うちのこーちゃん、今までがさぼりすぎなんだから、二年生になる前に、しっかり仕込んで貰いなさい……」
 楓にしてみれば、ノリが香也に不謹慎な真似をしなければなにもいうことはない。さらにいえば、香也の成績が上がることは、どちらかといえば、喜ばしい。
 だから、ノリを邪魔をしたり制止したりする理由は、楓にはないのであった。
「……ん、んー……」
 香也は、「……なんでここでノリちゃんが、張り切るんだろう……」と、不審に思いながら、ノリの勢いになんとなく気圧されている。
 気圧されながらも、香也は、素直に鞄から教科書やノートを炬燵に取り出してしまう。
「……それで、おにーちゃん。
 今日は、授業ではどの教科やったの?
 今日やったこと、ご飯が出来るまで、復習しよう……」
 ノリは愛想よく笑いながら、香也に顔を近づける。
 ……どうやら……これが、ノリなりに考えた、香也への「ご奉仕」の形らしい……と、ノリのメイド服をみながら、香也はようやく気がついた。

 夕食後、香也はみんなに風呂に入るように勧められ、香也はその勧めに素直に応じた。
 ノリが、
「ご奉仕ー……。
 背中流すー」
 とかわめいたが、真理、楓、孫子、羽生が総出で止めて事なきを得た。
 羽交い締めにされたノリだけではなく、テンやガクも、非常に残念そうな顔をしていたところをみると、ノリが前例を作ってしまえば、それを理由にして、二人もあやかろうと思っていたらしい。
 少し前まで、入浴時の乱入沙汰が日常茶飯事でああったことを考えると嘘のようだが、真理が帰還して以来、家の中の雰囲気は、良い意味で落ち着いてしまっている。やはり、真理の存在は、この家ではかなり大きかった。
 香也にとっては、非常に良い傾向といえる。何しろ……。
『……こうして、ゆっくりお風呂に入れるし……』
 香也は、湯船の中にゆっくりと手足を伸ばして、天井を見上げる。
 ちっぽけなことではあるが……香也にとっては、そのちっぽけなことが、割合に重要に感じられる。なにしろ、今の香也には……。
『……なかなか、一人になれる場所が、ないし……』
 ……少し前までの香也の状態を考慮すれば、それは、贅沢な悩みなのかも知れない。
 今、自分の周囲にいる人たちのことは、香也も好きだ。
 しかし……彼ら、彼女らが、香也にとって都合の良い状況をお膳立てしてくれることに関して……香也は、漠然とした不安を持つようになっている。
 そこまで、何でもみんながやってくれると……いずれ自分は、自分一人では何もやれない人間に育ってしまうのではないか……と。
 それに……大勢でわいわいやるのも、それなりに楽しいけど……それとは別に、一人で、自分自身の内面を見つめる時間も、それなりに必要なのではないか……。

 風呂から上がった香也は、居間に楓と孫子がいるのを確認してから、庭のプレハブに移動する。二人は、ノートパソコンを開いて、昨夜の続きをしているようだった。孫子の会社も、処理を必要とする案件が山積みになっているらしく、楓の仕事も一日や二日では片付きようがないらしかった。
 テン、ガク、ノリの三人の姿は、すでに見えなかった。
 今夜も「現象の家」とやらに、すでに出かけた後らしい。
 どうやら……今夜も、一人でゆっくりと絵に取り組めそうだな……と、香也は、安堵する。

 香也は、プレハブに入って灯油に火を入れ、画架や画材を用意し、すぐに絵を描きはじめる。
 静かで……今となっては、貴重になった、一人きりになれる時間……。
 手慣れた……どころか、もはや脊髄反射に染みついたような動きで、香也は手を自在に動かす。実のところ、こうして絵を描いている時の香也は、あまり意識して「何を描こう」などとは考えていない。
 そう考えるのは、絵を描く前の段階までで……いざ描き始めるとなると、その構想を具現化するために手を動かすのに忙しく、考えている余裕などない。
 香也は、自分の頭の中に浮かんでいるイメージと、目の前の描きかけの絵とを見比べながら、少しでも自分が想像する姿に近くなるよう、忙しく手を動かし続ける。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(325)

第六章 「血と技」(325)

 そして現象は、工場を訪れる。
 昼間、香也や荒野、それに徳川などは、授業を受けている時間帯だった。工場の住所は、一族の者から聞いた。
 そこで現象は、予想だにしなかった光景を目撃することになる。

 工場の位置口に据えられたインターホンを押し、名乗って来意を告げると、「そろそろ来る頃だと思っていました」と女性の声で告げられる。
「今、手が空いている者がいないので、そのまま、奥の方まで歩いて来てください。
 中は、かなり広いですけど、あなた方なら、特に不都合はないでしょう……」
 慇懃な口調だったが、発言している内容は、無礼と紙一重だった。
「……まあ、こっちだって、アポなしで来ているわけだしな……」
 例によって、現象についてきた舎人は、そういって自分の顎を撫でる。
「門前払いを食らわなかっただけ、よしとするべきじゃないのか?」
「今、でたやつ……こっちの正体も、知っているようだったな……」
 現象も、頷く。
「一族のやつらが、この工場にたむろしている……というのは、本当のことらしい……」
 現象、舎人、梢の三人は、案内された通り、車両用ゲートの脇にある人間用の扉を開いて、薄暗い工場の中に入る。三人が扉をくぐると、オートロックになっているのか、背中で、扉の鍵が閉まる音が響いた。その鍵の音は、広い工場内に、予想外に大きく反響し、現象たちを少し不安にさせる。
 照明はあるのだが、天井が高いために、工場の内部は薄暗く見えた。おまけに、人の気配がなく、車が通れる幅だけを残して、乱雑に大小様々な金属片が積み重なっている。
「……奥の方に、とにかく歩いていけ……って、いっていたな……」
 舎人はそういって、廃材がのけてある道を、歩いていく。まともに歩けるのはその通路くらいしかないから、迷う心配はない。
 現象が、すぐに小走りになり、その舎人に肩を並べて歩きはじめた。
 梢が、二人に少し遅れて歩いていく。

 三人がそうしてしばらく歩いてところで、
「……えやぁー!」
 銀色のヘルメットとコスチュームを身につけた子供が、白く光る残像を残して、すぐ目の前を、ぎゅんっ……と風切音をたてて、通過していく。
「……今の……」
「……何っいぃ?」
 梢と現象が、目を丸くして呟く。
「……あれが、噂の……」
 舎人は、複雑な意味を含ませた笑みを浮かべた。
 三人は、その、「銀色の子供」が去っていった方向に、首を巡らせる。
「……遅いっ!」
 その先には、もう一人の「銀色の子供」がいた。
 しかし、こっちの「銀色の子供」は、最初にみた「銀色の子供」よりも、少し背が高いらしく、全体にほっそりとしたシュルエットをしている。
 その、やや細長い方の子供は、自分の背中に手を回して、棒状のものを取り出した。
「……おいっ!」
 即座に、その棒状のものの正体を察知した舎人は、いかめしい表情になって、叫ぶ。
 しかし、その子供は、舎人が制止する前に、棒状の物体の先を、もう一人の子供に向ける。
 棒の先を向けられた子供は、臆することなく、少し背の高い子供の方向に突進した。
 棒の先が、火を吹く。それも、立て続けに何度も。
「……あっ!」
 と、梢が、自分の口を掌で覆って、叫んだ。
 突進している子供は、身体の前に腕を振り回しながら、さらに長身の子供に向かって、迫っていく。一見、軽く腕を払っているように見えて、その子供の二の腕を覆った何かに、十字型のプラスチック片のようなものが当たってはじき飛ばされていた。その子供は、長身の子供に向かって走りながら、自分めがけて打ち出されたプラスチック片を、二の腕に取り付けていた防具(?)で、打ち払っていたらしい。
 長身の子供に迫っていた子供も、どこからか、細長い棒状のものを取り出していた。
 しかし、どうやら銃器らしい、長身の子供の棒とは違い、その子供の棒は、取り出した勢いもそのままに、鞭のように撓りながら、その棒を振るう子供の身長よりも長く、伸びる。
 伸びるに従って、最初、一本の棒のように見えた物体が、実は、いくつかの短い棒をつなぎ合わせたものだ、ということが、確認できるようになった。
 弧を描いて振り回される間に、一本の長い棒が、そのいくつかの短い棒に別れ、空間が発生していたからだ。
 どうやら、短い棒と棒の間に、距離を置いていては視認できないほどの、細い線が張られているらしい。

「……棍、か……」
 舎人が、ぼそりと呟いた。
 三人が、六節棍を使う……ということは、舎人も、知っていた。
 しかし、三人は、舎人も知らないうちに、六節棍にも改良を加えていたらしい。短い棒と棒を繋ぐワイヤーを、ごくごく細く、同時に強靱な素材に変えたらしい。
 その部分が、視認しにくいと……こうして、延ばして振るう場合、対応する側に、隙が生まれ易くなる。

 長身の子供は、六節棍の攻撃が届く、ギリギリまで待ってから、身を翻した。
 早い。
 舎人の目からしても、一瞬にして、その長身の子供がかき消えたように見えた。
 ……反応速度や瞬発力は、当然にしても……静から動くべき、適切で効果的なタイミングを、その子供は体得しているらしい。
 そういう勘働きは、ある程度、実戦をくぐり抜けなければ身につかないもの、なのだが……。
『……もはや、素質だけの存在でもない……ということか……』
 舎人は、三人の新種についての認識を、改める。

 しかし、六節棍を振るって迫っていた子供も、そうした長身の子供の動きを、予測していたようだった。
 六節棍の短い棒をしっかりと握り、もう一方の手で、端の短い棒を握って、一気に引く。そうしながら、身体の向きを変え、再び、一本の棒状になった六節棍を、真っ正面に突き入れる。
 瞬時にそれだけの挙動を行い、しかも、強く足を踏み出し、勢いも、十分に六節棍の切っ先に集中していた。

 そして……六節棍を突き入れた先には……ちょうど、長身の子供が、立っていた。




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彼女はくノ一! 第六話(66)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(66)

 校門前にメイド服姿の少女たちがたむろしていて、しかも、そのうち二人は、まったく同じ顔をしている……となると、これが注目を浴びないわけはない。
 事実、三人は、校門から出てくる生徒たちにじろじろ眺め回されていた。ただし、かかわり合いになることを避けてか、下校中の生徒たちは全員、遠まきに避けて通りすぎていく。
 酒見姉妹は以前から茅を迎えに来ていたのだが、双子のメイド服に、さらにノリ一人が加わって三人になると、その非日常感は、格段に倍増する。
「……あ、あの……」
 ぽかん、と口をあけて立ち尽くしてしまった香也を明日樹を横目に、楓が、しぶしぶ、といった態度で三人に声をかける。
「……お出迎え、ですか?」
 できれば、楓だってこんな目立つグループに声をかけたくはないのだが……香也や明日樹にその役目を負わせるのは、少し酷だろう……。
 ティッシュを配るでもなく、町中、それも、学校の校門前に立ち尽くしている、コスプレばりの、異装の少女たち……出来れば、関わりあいになりたくは、ない。自分が通っている学校の校門の前であれば、なおのこと……関わりあいになるのを、避けるだろう。
「それより……」
 樋口明日樹が、じと目になって疑問を口にする。
「こんなに目立つところにいて……誰にも、何にもいわれなかった?」
 何しろ、校門前である。生徒や教師が、学校に出入りする時、かならず通りかかる場所だった。
「「……以前、先生に、声をかけられましたが……」」
 双子は、声を揃えた。
「「……免許証を提示して、茅様の関係者であり、迎えに来ただけだということをご説明申し上げると、ご納得していただけました……」」 
 その返答を聞いて……納得した……というのも、二人が生徒たちに危害や悪影響を与える存在ではなさそうだ……と、しぶしぶ認めただけなのではないか……と、楓は思い、念のため、確認してみる。
「その……服装のこととか、何もいわれませんでした?」
 どこからどういう観点でみても、「メイド服」が、学校に通う生徒を迎えに来るのに、ふさわしい服装であるとは思えない。
「「……その点は、指摘されましたが……」」
 双子は、またもや声を揃える。
「「それは、今度から、学校へいくのに最もふさわしい服装、この学校の制服を着用してきましょうか、と尋ねましたところ……先生方は、頼むからこの服装のままでいてくれ、と、懇願なさいました……」」
 明らかに、この学校の生徒ではない、部外者である酒見姉妹が、制服姿でそのへんをうろついたら……それも、この学校の教師の指示で……ということになれば……やはり、いろいろと不都合があるだろう。
 この学校の制服とメイド服を比較して、まだしも、メイド服の方が害が少ない……少なくとも、学校側が責任を追求されることはない……と、判断したのに違いない。
 対応にあたった先生方の苦労が忍ばれるエピソードだった。
「……だから、ノリちゃんも、黙認か……」
 明日樹が、軽くため息をつく。
 こういう非常識……というか、イレギュラーな人々の相手をする常識人の苦労は、明日樹にとっては、他人事ではなかった。
「……今日も、先生じゃなかったけど、声をかけられたよ。
 柊さん、っていったっけ?
 そこの二人が、そこの路地を入った、人目につかない場所に連れてっていったら、それっきり帰ってこなかったけど……」
 ノリがそう補足説明をする。
 香也と楓は、はからずも、「……懲りないなあ……」と、同じ感想をいだいた。

「もう少し、茅が出てくるのを待っている……」
 という、酒見姉妹と別れ、香也、楓、ノリ、明日樹の四人は、帰路に着く。その途上、ノリが「あの二人とは、これから、毎晩のように会うようにから……」とかいいはじめ、今週に入ってから現象やあの双子の住む家に、茅と一緒に通っていることを話す。
「狩野君、知ってた?」
「……んー……」
 明日樹が尋ね、香也は、首を横に振る。
 楓はすでに知っていた話しだが、香也と明日樹は初耳だった。
「……そういえば……最近、茅さんが、夜、外出している……とは、聞いたことがあるような、気がする……」
 確か、この前、ひさびさに、夜間のプレハブに顔をだした荒野が、そんなことをいっていたっけ……と、香也は、ようやく思い出す。
「その、みんなが習っているの……佐久間の技、だったけ?
 それって……どういうの?」
 明日樹が、ノリに尋ねた。
 明日樹の場合、積極的に一族のことに興味を示す、というわけではないので、そのあたりの詳しい事情は、おぼろげにしか知らない。つまり、自分から、荒野なり楓なりに聞こうとしない……というわけだが、香也の同居人たちが、揃ってその技とやらを修得しようとしている……となると、無関心でもいられなかった。
「……最終的には、他人の考えていることとか、記憶の奥底にあるものが読めたり……意識の深い部分に、強力な暗示をかけて、思い通りにあやつったりも出来るようになるそうだけど……」
 ノリは、明日樹の質問に、素直に答えた。
「……今やっているのは、初歩の初歩だから、音の聞き取りテストとか、声の出し方、歌の歌い方、楽器の扱い方を、習ってる……」
「……へ?」
 尋ねた明日樹の目が、テンになる。
 到達点と、今やっていることとは、イメージ的に、大きな格差があった。
「……うーん、と、ねえ……。
 未開発の感覚系を育てるのに、音は、具合がいい媒体なんだって……」
 明日樹の表情を読んだノリは、そう、説明を重ねる。
「つまり……ボクたちが、今やっているのは、見たり聞いたり出来る範囲を、今まで以上に押し広げる訓練で……。
 犬笛、ってあるでしょ? 犬には聞こえるけど、人間には聞こえない音を出す笛。
 ああいう、本来なら聞こえない音まで拾えるように、感覚を鍛えて……」
「……それを極めれば、他人が考えていることまで、読めるようになるっていうの?」
 明日樹は、怪訝な……というより、もっと明るさまに、いかにも胡散臭いものを見る表情に、なっている。
「いくら訓練しても、素質がなければ出来ないって話しだけど……」
 ノリは、そういって肩を竦めた。
「今のところ、ボクらのうち、誰一人として、ダメを出されていないね……」
 ノリがいう「ボクら」というのは、テン、ガク、ノリの三人に、茅を加えた四人のことだ。
 そんな、身近な子たちが……そんな、非現実的な、浮き世離れした訓練を、夜毎に行っている……という事実に、明日樹は、目眩にも似た感覚を、味わう。
 四人とも、性格的にみて、そうした胡散臭さからは遠そうに思えたが……特に、茅の頭の良さは、明日樹もよく知っているだけに……そんなことに本気で取り組んでいる、というのが……容易に、信じられない。
 同時に、彼女らや「一族」の存在自体が持つ「突拍子もなさ」も、重々知らされていたから、「……ひょっとしたら……」そんなことも、平然と出来たりするのかも、知れない……とかも、思う。

 樋口明日樹は常識人であり……ここ最近、その明日樹の「常識」とやらは、頻繁に揺るがされていた。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(324)

第六章 「血と技」(324)

 夜が明けると、現象の立場は一転する。
「教える者」から、「学ぶ者」へと。

 太介や高橋君を相手して以来、近隣の一族の者が、何かと現象に直接、ちょっかいを出してくるようになったのだ。
 朝、河原に集合した時などは、「現象いじり」のいい機会になっている。
「……うぁぁぁぁあぁぁ……」
 今日も今日とて、現象は、名も知らぬ一族の者に、面白半分に、高々と空中に放り出されていた。
 現象も、反射神経や学習能力は、一族の水準以上に発達していたから、今ではうまい具合に衝撃を吸収する着地の仕方や受け身の取り方を学習していて、多少のことでは負傷しないようになっている。それをいいことに、一族の者たちに、繰り返し、いいように投げ飛ばされている……という側面も、あったわけだが。
 現象とて、一族のハイブリットである「新種」の一員である。素質からいえば、茅や三人組と比較しても、決して劣るものではない。
 ただ……生まれ育った環境のおかげで、有り余る素質を開花させる条件が、今まで与えられてこなかった。ことに、体術関係の技能に関してはお寒い限りであり、他の一族の失笑を買っているのが現状だったりする。
 現象の状況を例えていうのなら、ずば抜けたスペックを持つハードウェアを与えられながら、それを適切に制御するソフトウェアを与えられていないような状態であり……しかし、ここに来て、現象は、様々な事態に遭遇した際の対処法を、急速に学びつつあった。学ばなければ、多数の他の一族を相手にして、身が保てなかったからだ。

 他の一族の者に取って、現象は、「いじりやすい新種」だった。
 茅のように、加納の後ろ盾がある(茅個人の思惑はどうあれ、茅の背後に荒野がぴったりと張り付いていることを知らない一族の者は皆無といえた)わけではなく、テン、ガク、ノリのように可愛げや愛嬌があるわけでもない。それどころか、現象の場合は逆に、何かというと尊大な態度を取って、買わなくもよい反感を買ったりする傾向がある。また、現象自身も、自分の「経験不足」を痛感しており、無差別に近い攻撃を受けることを、歓迎している節もあった。
 なに、他の一族にしてみれば、この程度のことは「攻撃」というほどに大仰な行為ではなく、単なるじゃれ合いなのだが……。
 好奇心が強く、「新種の性能」を直に確かめたいこの時期の一族の者たちにとって、現象は遠慮せずに「いじれる」相手であり……そして、いじられる側である現象は、これをむしろ奇貨として、護身法のバリエーションを、確実に吸収しつつあった。
 記憶力と学習能力とは、現象が持つ能力の中でも、最も卓越した部分であったので、現象は、僅か数日で、多種多様な攻撃に遭いながら、めきめきと「身を守る術」を学んでいった。

 一方、一族の方はというと、やはり現象に対する好奇心が、一番、強い。
「相手のことを知りたければ、とりあえず、一戦交えてみろ」というのが一族の標準的なテーゼであったから、ここ数日、現象が集中的に攻撃に晒されていたのは、当然の帰結であった、ともいえる。
 しかし、段々に現象の方が攻撃の裁き方に慣れてきた今、一族の側の現象への感心の持ち方も、以前とは微妙に異なったものになりつつある。
 甲府太介や高橋君との対決が最初のきっかけになったこと、それに、年齢が近いこともあって、この二人に佐藤君、田中君、鈴木君を合わせた五人が、現象に急接近していた。急接近……といっては語弊があるのかも知れないが……。
「……今度、工場の方に遊びに来なてみないか、現象?
 あそこでは今、例の三人娘が、撮影とか新兵器の開発とか、面白い動きをしているのだが……」
「お前らの家にあの双子が越していったんだって?
 あいつら、性悪もいいところだぞ……今度遊びに行ってもいいか?」
「春から、加納の若と同じ学校に行くんだって?
 へぇ……若より一個下になるのか……」
 ……すっかり、ため口になっていた。
 そもそも、この中の高橋君と太介を除いた三人は、技量からしたら一族の底辺に属する。そのおかげで、一族の組織から仕事も斡旋される機会もろくに与えられていないし、だからといって、自分たち自身で身の丈にあった仕事を探し出してくる甲斐性があるわけでもない。
 現在は、一般人の学生として生活していたり、孫子の会社経由で日雇い仕事を回して貰ったりして生活の糧を得ていた。
 つまり、佐藤君、田中君、鈴木君の三人は、現在の現象の姿に「新種の中の落ちこぼれ」というレッテルを貼って、「一族の社会で落ちこぼれつつある自分たち」の姿を投影して、勝手に親近感を抱いているのであった。
 現象本人がそのことを知ったら、虚栄心が強い性格であるだけに、烈火のごとく怒るであろう……ということは、想像に難くない。
 しかし、基本的に鈍感で、他人の心情を思いやる、という能力を著しく欠いている現象は、幸か不幸か、そこまで想像を逞しくすることもなく、わざわざ自分にすり寄ってくる彼らの態度に戸惑いつつ、何となくうち解けていくのであった。
 幼少時、各地を転々として生活して、その後も、正常な交友関係を築くことが出来ずにここまで育ってしまった現象は、自分に近づいてくるそんな一族に対し、若干、煩わしくは思ったものの……戸惑いつつも、不器用に、彼らの接近を受け入れはじめていた。

 佐藤君、田中君、鈴木君の三人は、大学に通ったり孫子の会社でバイトしたりする合間に、工場に立ち寄っては、テン、ガク、ノリの三人の活動の手助けをしていた。徳川の工場では「シルバーガールズ」の新装備、新兵器の開発やそれに付随する性能試験、撮影などの作業が行われている。コスト無視でハイテクを駆使した装備を開発しづつける三人娘の発想は、一族になかった……わけではない。一族も、効果的だと思えば、コンピュータその他の先端的な技術も、必要に応じて使いこなす。
 ただ、一族の発想は、三人娘と比較すれば、「実用性」に傾いている。
 武器や道具を開発する必要に迫られたら、外部に発注して作らせる。三人のように、「自分たちの手で、製造、開発を行う」という発想は、従来の一族にはなかった。そもそも、「忍」は、「生産者」ではない……。
 そうした物珍しさも手伝って、三人の他にも頻繁に徳川の工場に入り浸る術者は多く、また、そうした術者たちは、三人娘の手伝いを、嬉嬉として行った。

 家が隣同士である……ということの他に、ここにも、徳川篤朗と佐久間現象の接点になりうるポイントが出現し、この二人が邂逅するのは、もはや時間の問題と思われた。





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彼女はくノ一! 第六話 (65)

第五話 春、到来! 乱戦! 出会いと別れは、嵐の如く!!(65)

 香也は、茅の講習に一時間ほど付き合った後、美術室へ向かう。教室内は香也と同じクラスの生徒たちがほぼそのまま残っていた他に、他のクラスの生徒たちも大勢机や椅子を持参して詰め掛けており、長居するのも気が引けるような状況になっていた。
 超満員状態の二つの教室を忙しく往復して行われた茅の講義が一段落し、茅が休憩時間を宣言するとそれを機に香也は鞄やスケッチブックなどの荷物を持って席を立ち、人混みをかき分けて教室の外に出る。楓が、香也の後を追い、放送部員が、荷物をまとめて外に出た香也の姿を認めて、携帯のメールでどこかに連絡をうちはじめる。
「……んー……」
 香也は、昨日に続いて香也を追ってきた楓に向かって、声をかける。
「楓ちゃん……部活は、いいの?」
「あっちは……今、開発というより、実用の段階に入ってますから。
 備品の末端も、数が限られていますし、これから期末が終わるまでは、部員以外の生徒さんたちも大勢、使いたがっていますので、できるだけ、空けておかないと……。
 斎藤さんなんかが先頭に立って、普段、ああいう機械の扱いに慣れていない人たちのサポートをしてくれてますけど……」
 楓の話しによると、茅や沙織が中心となって作成した教材を参照したりプリントアウトする生徒たち、それに、教室内には入れなかったが、茅や沙織の講義を見たかった生徒たち……が、つめっかけ、ここ数日のパソコン実習室も、かなりひどい混雑状態になっているらしかった。
 それこそ……普段、そこを根城にしているパソコン部員が、邪魔者扱いにされるくらいに……。
 今の実習室は、落ち着いてプログラムを組んだりソフト開発をする雰囲気にはないらしい……と、香也は理解した。
 ……そういえば……こうして歩いている今も、廊下を出歩いている生徒の数が、随分と、多い……と、香也は改めて認識する。そのせいか、あまり「放課後」という感じがしない……。

 香也と楓が美術室に入るのと前後して、例によって紙の束を抱えた有働が、美術室に入ってきた。
「……今日も、やるの?」
 その姿をみて、先に美術室に入っていた樋口明日樹の顔が、かすかに強ばる。
「ええ。
 すいません。部活の最中に、お邪魔しちゃって……」
 有働は、大きな背を屈めて、明日樹に会釈してみせた。
「……この分なら今日中に……少し残っても、明日には終わりますので……」
「……別に……いいけど……」
 明日樹は、釈然としない顔をしながらも、有働に頷いて見せた。
 別に、有働がいうように、明日樹の部活の邪魔になるわけでもないし、当の香也がボランティアや放送部経由で依頼される仕事を嫌がっている様子もない。それどころか……香也は、詳細な打ち合わせを必要とする有働との共同作業を、楽しみはじめているようにも見える。
 ただ……明日樹本人は、明瞭に意識してはいないが、それまでほとんど親しい知り合いがいなかった香也が、このところ、急速に、他人と交わるようになってきっている……という事実に、明日樹は、最近になって、寂しさを覚えはじめていた。
 楓などの同居人はともかく、彼女らの存在が触媒となって、より多くの生徒たちも、香也に周囲に集まるようになってきている……。それは、本来なら、香也にとってはいい傾向であり、明日樹にとっても素直に喜び、歓迎すべきところ、なのだろうが……それでも、明日樹は、一抹の不安を感じ取ってしまう。

 有働と香也の打ち合わせは、基本的には、やはり昨日と同じことの繰り返しだった。違っていたのはそのぺースであた。香也にしろ有働にしろ、そろそろ相手がいいそうなことが、予想がつくようになってきており、同時に、お互いの意見を落ち着けるべき、落とし所や妥協点のつけどころも、予想がつくようになっていた。
 そのため、二人は、かなり速いペースで、校正原稿の修正を行っていく。昨日と同じく、他の放送部員たちが数人がかりでパソコン実習室と美術室を往復し、修正原稿をプリントアウトして持ってきくるのが、間に合わないほどで、結果、有働が持ち込んだポスターの版下作成は、最終下校時刻がくるよりも、かなり早く終了した。有働と放送部員たちは、香也に頭を下げながら、美術室から去っていった。
 彼らは、これから残りの最終原稿データを、懇意の印刷屋さんに送付し、最終的な発注作業を終了させる、という。

 いつも帰る時刻よりは少々早く、しかし、一時間以上の空きがあるわけではない、半端な時間に解放された香也は、少し、時間を持て余すことになる。
「……んー……」
 香也は、若干途方に暮れた表情で、うめく。
 本格的に絵に取り組むには、時間的に半端すぎた。
「少し早いけど……今日は、もう帰ろうか?」
 樋口明日樹が、香也に提案した。
「一応、来週、期末だし……それに、わたしの方も、ちょうど区切りがいいし……」
 そういいながらも、明日樹は、すでに自分の画材を片づけはじめている。そんな時に、パソコン実習室に行っていた楓が、美術室に帰ってきた。
「……あれ?
 どうしたんですか?」
 美術室に入ってきた楓は、香也と明日樹の間に漂う微妙な空気を敏感に感じ取って、そう尋ねた。
「なんでもない」
 明日樹が、楓に向かってことさらに明るい声を出す。
「少し早いけど、区切りがいいから帰ろうか、っていてたところ……」
「そう……です、か……」
 楓は、釈然としない表情をしながら頷き、茅宛に、「先に帰る」という旨のメールを打ってから、香也たちとともに、帰り支度をしはじめる。
 昨日、引っ越しが完了し、今日からまた、酒見姉妹の護衛が再開するとは聞いていたが、念をいれて連絡はしておくことにした。

 香也、楓、明日樹の三人が校門まで出ると、そこには三人のメイド服姿の少女たちが、立ち話しをしていた。
 ノリと酒見姉妹、であった。




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