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2007-04

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彼女はくノ一! 第六話(20)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(20)

 香也は久々に、誰にも邪魔をされずに、長時間、絵に取り組むことができた。こういうときの香也は、時間の経過を忘れがちであり、朝から雨が降って外が薄暗いということもあって、この日も見事に時間の経過を忘れ、朝から日が暮れてバイト先から戻った羽生がお越しに来るまで、何度かトイレに立った以外は、ずっとキャンバスに向かって過ごした。

 バイト先から戻った羽生は、母屋の灯りがついていないことを確認すると、すぐに庭のプレハブに向かう。
 このような時、香也がどういう風になっているのか、経験上、羽生には容易に予測がついた。
 案の定、羽生がプレハブの中に入っても、香也は身じろぎもせずに絵筆を走らせている。羽生がプレハブに入る時に、多少なりとも物音がしている筈であったが、絵に集中している香也の耳には、入らないようであった。
「……おーい、こーちゃん……」
 羽生は、香也の肩に手を置いて、少し力を入れてゆさぶった。
「また、朝からこんな調子かぁ……」
「……んー……」
 香也は、のろのろと顔をあげ、羽生をみあげた。
「……そう。
 朝から、ずっと……」
 最近では、休日でも家に誰かしらがいるので、食事の時間になれば呼びに来て貰える。が、以前は、真理が比較的放任な教育方針を持っていることもあるって、香也が文字通り「寝食を忘れて」、体力が続く限り絵に没頭していることも、珍しいことではなかった。
 香也は明らかに憔悴した顔をしていたが、本人は、あまり疲労を自覚してはいないらしい。
「……その調子だと……メールも、チェックしてないだろ……。
 みんな遅くなるようだから、お風呂沸かしておいてって、メールしてたんだけど……」
「……んー……。
 メールも、見てない……」
 香也はそういって、袖机の上に起きっぱなしにしていた携帯を緩慢な動作で手にとって、チェックする。
香也が着信に気づかなかっただけで、十通以上のメールが未読のまま、貯まっていた。
 羽生はそっとため息をついて、香也の頭の上に掌をおいて髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回した。
「ま。
 朝からずっとやっているんなら、そろそろ休憩しないと、後に差し障りがでるから……少し片づけて、一度母屋に戻る。
 なんか、簡単に食べられるもん、用意するから……」
 羽生はそういうと、香也は素直に、
「……んー……。
 わかった……」
 と頷いて、のろのろとした動作で画材の片づけをはじめた。
 やはり、香也は……羽生にとっては、手のかかる、頼りない弟のような存在だった。

 香也が片づけをしている間に、一足早く母屋に戻った羽生はまず風呂場にいき、濡れたジーパンと靴下を洗濯機に放り込んで、風呂窯に火をいれ、自室に戻り、ダウンジャケットを脱いでどてらを羽織り、スウェットの下を穿いてから台所に行き、冷凍庫に一膳分づつラップに包んで小分けして冷凍してあるご飯を電子レンジに放り込み、薬缶に水を入れて火にかけた。
 香也が居間に入った頃にはお湯が沸いていたので、急須にお茶を用意し、暖めたご飯と香の物を盆に乗せて炬燵の上に乗せる。
「すぐ、晩ご飯の用意すっから、とりあえず、お茶漬けでな……」
 と香也にいい、羽生は、茶碗に盛ったご飯の上に香の物を乗せ、その上にお茶をかけて、箸とともに香也の前に差し出す。
 長時間、何も食べていない筈だから、今の香也の胃は収縮している筈であり、まずはこの程度の軽い食事でちょうどいい筈だった。
 羽生は、香也にお茶漬けを用意するとすぐに台所にとって返し、米を研ぎはじめる。その時、羽生の携帯に、真理から「こちらに向かっている」、というメールが着信した。
 真理さんのことだから、この時間に帰るとなると、出来合いの総菜を買ってくることも十分に考えられるし、ご飯を多めに炊いて味噌汁さえ用意しておけば、あとはどうにでもなるか……と、羽生は思った。

 羽生が冷蔵庫にあった有り合わせの食材で味噌汁を作っていると、孫子が帰宅する。
 孫子は一度、居間にで、香也が一人きりでいるのを認めると、素早く香也の頬にキスをしてから自室に戻り、手早く着替えて台所に出て、羽生を手伝いはじめた。

 そうこうするうちに、どやどやと真理、楓、テン、ガク、ノリ、飯島舞花、三島、シルヴィ、野呂静流、佐久間梢らが帰宅し、一気に賑やかになる。
 柏姉妹も一緒だったというが、彼女たちはそのまま自宅に帰り、同じく一緒だった酒見姉妹は、茅と一緒に、荒野たちのマンションに向かった、という。
「なんだか、徳川のところの浅黄ちゃんが、おにーさんのところに泊まりにきているっていってたな……」
 とは、飯島舞花の弁であった。

 帰宅した人たちの間では、柏千鶴の運転技術が大きな話題として取り上げられていたが、その話しを聞いた羽生は、
「ち、ちづちゃんに、運転させたのか……」
 と、しばし、絶句していた。
 柏千鶴と羽生の関係は数年前にさかのぼり、羽生は、千鶴の運転技術のすさまじさについても、当然、知識があった。
「もう、みんな可愛くてねー……。
 いっぱい、買っちゃった……」
 三島や羽生とともに料理をしながら、真理は、買い物の時の様子を実に克明に説明してみせた。楓や、テン、ガク、ノリも、孫子経由でお金を稼ぐための手段を獲得した、と聞いて、真理の歯止めが若干ゆるくなった、と三島が説明する。
 大方、真理と千鶴がきゃーきゃいいながらどか買いするのを、周りの皆が止めに入る……と様子を、羽生はありありと想像できた。 
「……特にあの三人は、才賀の話しに多少誇張が入っていたとしても、かなりの金額、受け取ることになるらしいしな……」
 と、三島はいう。
「……そんなもんすか……」
 羽生は手を動かしながら、生返事をした。羽生には、あまり実感が沸かない世界だった。
「大小あわせて、今では、相当な数のソフトを開発しているらしいな、あの三人……。
 それを、才賀が世界中に売りつけてるって話しだ。
 あの三人ほどではないにせよ、楓も、大きなシステム丸ごと任されているとかで、結構なギャラを貰うって話しだぞ……」
 そのようなことで三島が嘘をついても、何の得もないので、おそらく本当のことなのだろうな……と、ぼんやりと羽生は思う。
 楓たちがしっかりとした収入源を確保したことで、真理の歯止めが利きにくくなった、ということは、十分に考えられた。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(278)

第六章 「血と技」(278)

 荒野は、シルヴィを経由して姉崎に、静流を経由して野呂に調査を依頼していることを、簡単に源吉に説明した。別に説明する必要も必然性もありはしないのだが、こちらからある程度情報をオープンにして、協力的な態度をとっておいた方が、今後、源吉の協力を仰がねばならないような必要が生じた時、やりやすいだろう……と、荒野は判断する。
「……後は、調査待ち、っていうところですね……」
 悪餓鬼どもの捜索に関して説明した結びとして、荒野はそういい添える。
 荒野にとっては現在の生活を、半永久的に、とはいわない。せめて、茅が無事に卒業するまでの間、保持するのが、まず第一の目的なのであった。
 だから、そっちの捜索に関しては、自分自身で出張るつもりはないし、性急な成果も期待してはいない。
「……なるほど……」
 源吉の反応は、そういって頷いただけだった。
 既知の情報がほとんどダったからかも知れないし、監視対象である荒野に干渉すること恐れ、口出しを控えているようにも見える。
「それで、茅から、なんですけど……差し障りのない範囲で、佐久間の技について……」
「……それは……すでに教師役が派遣されてきている以上、それがしごときが口を挟むこともないでしょう……」
 源吉は、そういって首を振る。
「それがしは、すでに佐久間本家の差配を離れた身ゆえ……」
 佐久間本家が、茅たちにどこまで技を教授するつもりなのか、はっきりしない以上、よけいな口は挟みたくない……ということ、らしかった。
 ある意味、荒野が予想していた通りの反応である。
「それじゃあ、今度は、先輩に……」
 そう思った荒野は、今度は質問の矛先を沙織に変えた。
「茅……来年度に、生徒会長の候補になるって、いってますけど……」
「ああ。
 あの話し……」
 沙織は、頷く。
「前々から相談を受けていたけど……茅ちゃんなら、いい生徒会長になれると思うわ……」
「いや……あれ、選挙があるってきいているから、そんな、もう当選したような言い方をされても困るんですが……」
 荒野は、苦笑いをしながら、沙織に尋ねる。
「そもそも……生徒会長って、なんなんですか?」
「茅ちゃんなら、もう当選したも同然。
 加納君が想像している以上に、あの子、校内で顔が売れているし、それに頼りにされているもの」
 沙織は、平然と答えた。
「それに……生徒会長とは、何か……という質問、だったわね。
 表面的なことをいえば、選挙で選ばれる、全校生徒の代表。しかし、実体に即していうのなら、その権限は大幅に制限されているし、うまみとか役得がほとんどない雑用係。
 なんでそんなものを、わざわざ選挙までして生徒に選ばせるかというと……おそらく、この国は、民主主義国という建前になっているから、学生のうちに選挙の雛形を体験させたいんじゃないかしら?
 そのせいか、自分から生徒会役員に立候補する殊勝な生徒は滅多にいないし、だから、顔が売れている茅ちゃんが立候補すれば、まず当選するわ。だって、対立候補がいないんですもの……」
「茅が、その、大抵の生徒が二の足を踏む雑用係に立候補なり当選なりをしたとして……その、メッリトは?」
「当選して……真面目に仕事を完遂した場合……」
 沙織は、真面目な顔をして頷いた。
「……内申が、よくなるわね」
「いや……その程度のことは、流石におれにも想像できますけど……」
 荒野が不満そうな顔をすると、沙織は、「冗談……」と、笑った。
「真面目な話し……茅ちゃんが生徒会長に当選して、彼女の能力をフルに使って仕事をしたとしたら……」
 あの学校、県で一番いい学校になっていても、おかしくないわね……と、沙織は答えた。
「成績とか、そういうことだけではなくて……彼女、今の状態でも、周囲の人脈フルに使ってやりたい放題やっている、中心人物の一人じゃない。
 玉木さん、徳川君、有働君、才賀さん、楓ちゃん……とか、それに、あの三人とかも、来年度から、入学する筈よね。
 彼ら、彼女たちが、今までゲリラ的にやっていた活動に……対外的な、中心というか……申し分のない、コアを与えることになるわ……。
 同じ活動でも、従来の有志だけでやる活動と、生徒会の公式な活動としてやるのとでは……外部からみた時の、信用度が変わってくる。生徒会や学校の課外活動、という建前が足枷になるようだったら、今まで通り、別のフレームで動けばいいことだし……」
「なるほど……」
 沙織の言葉に、荒野は、頷いた。
「茅は……校内での活動の、御旗になるつもり、なのか……」
「加納君自身は、来年、三年生だし……受験がなくとも、他の人たちの面倒をみたり、イレギュラーな出来事に対処するだけで、手いっぱいでしょ?」
 沙織は、そういって肩を竦める。
「その点、茅ちゃんなら、適任だと思うけど……」
「そう……すね……」
 荒野は、今ではそれぞれの思惑で、個別に動いている仲間たちの顔を思い浮かべながら、頷く。
「茅が、生徒会長になれば……ちょうどいい、対外的なコアになり得る……」
 ひょっとすると……自分なんかよりも、茅の方が、この土地での「足元」が見えているのかも、知れない……と、荒野は思いはじめる。
「加納君も、気づいていると思うけど……。
 君たちがやってきて、動きはじめてからこっち……学校も、この周辺も……少しづつ、変化しはじめているわ……」
 荒野は、沙織の言葉に、黙って頷く。
「……それは……君たちからみれば、自分たちを異物として排除しようとする、この世界全般に対する反抗……あるいは、悪足掻き、みたいなものなのかも、知れないけど……その足掻きの影響が、徐々に出はじめている。
 学校や商店街が、いい例で……」
 この言葉にも、荒野は頷いた。
 心当たりがある……どころの、騒ぎではない。
「わたしは、もう、卒業だから……この先、あの学校がどう変わっていくのか、見届けることはできないけど……。
 加納君や茅ちゃんなら、しっかりやってくれる。
 そう、信じているから……」

 昼過ぎ、まだ夕方と呼ぶには早すぎる時間に沙織と源吉は帰っていった。
 二人を見送った荒野は、
「……久々に、買い物にでも行ってくるか……」
 とか、ひとりごち、冷蔵庫の中身をざっとチェックしてから、傘を持って外出する。
 ここのところ、茅から「家事に手出し禁止令」がでているのだが、今日はその茅に用事があって外出しているし、雨も降っている。
 それに、荒野自身が一日中、マンションの中でくすぶっていることに飽きはじめていたので、気分転換がてらに食料の買い出しをするくらいは、別に構わないだろう……と、荒野は判断する。

 外は、相変わらずの土砂降りだった。商店街までの決して長くはない距離を歩いただけでも、荒野の膝から下はすっかり濡れてしまっている。普段はあまり意識しないが、こういう気候に行きあうと、日本というのは、やはりモンスーンの風土なのだな、と荒野は思う。
 荒野がこれまで知っている土地といえば、一年中乾燥しているか、一年中蒸し暑く湿っているかのどちらかで、乾燥した冬のさなかに、雪ではなくまとまった雨が降る、というのも、荒野にしてみればかなり珍しい体験だった。
 三島からは、「日本の夏は、蒸すぞー、暑いぞーっ!」と、今から脅されている。
 そんなことを考えながら、雨のせいか、週末にしては人影がまばらな商店街に入ると、長ネギのはみ出た買い物籠をぶら下げた、白衣姿の徳川篤朗とばったり遭遇した。
 相変わらず、太った黒猫を頭に乗せ、四歳児の姪、徳川浅黄を連れている。
 ……この場に、一番似つかわしくない格好であり、人物だ……と、荒野は思った。




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彼女はくノ一! 第六話(19)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(19)

 羽生、香也、孫子が外に出てからしばらくして、茅と飯島舞花が玄関先に現れた。
「今、先生が車出してくれるって……」
 挨拶もそこそこに、舞花がみんなにそう告げる。
 真理も、車庫に向かった。
「……結局、何人になりそうなんですか?」
 楓が、舞花に尋ねた。
「……うーん、全部で、何人だろ?
 柏も来るっていってたし……柏本人よりも、柏のおねーさんのが張り切っている感じだったな……」
 舞花は、楓の問いにそう答える。
「……はーい!」
 レインコート姿のシルヴィが、狩野家の玄関に姿を現した。その後ろから、柏あんながよろよろとした足取りで現れる。
「……どーした、柏……」
 舞花が、青白い顔をしているあんなを、不審そうな表情でみつめる。
「……お、おねーちゃんが……」
 柏あんなは、震える声でそう答えると、その場にへなへなと膝をついてうずくまった。そんなあんなの後ろから、若干よろめきつつ、白い犬がよたよたと歩いていく。
「あれ?
 呼嵐……静流さんの、犬だ……」
「……犬は……人間よりも、三半器官がするどいから、よけいに……」
 柏あんなは、涙目になりながら、呼嵐の背中をゆっくりと撫でる。
「わたし……もう、おねーちゃんの運転する車に、乗りたくない……」
 舞花と楓は、顔を見合わせた。
「……えーと……」
 舞花は、こめかみのあたりを指でかきつつ、あんなに確認する。
「柏のおねーさん……千鶴さんが、車をだしてくれた。
 で、この犬と柏は、この有様になって……って、ことで、OK?」
 あんなは、目尻に涙をためながら、ぶんぶんと頷く。
「……静流さんは、助手席に座って平然としてたけど……」
 舞花と楓は、みたび、顔を見合わせる。
 舞花は、軽く咳払いをした後、テン、ガク、ノリの三人にいった。
「あー。君たち。
 千鶴さんの車に乗ると、他では体験のできないスリルを味わうことができるそうだよ。
 ……挑戦してみないか?」
 三人娘は、むしろ喜び勇んで、千鶴が運転する自家用車の後部座席に乗り込んでいった。
「……柏と犬君は、先生の車でいいな?
 あの先生、運転だけは慎重だから……」
 続けて、舞花はそう確認する。
「もう、なんでも……他の誰でも、おねーちゃんの運転よりは、ずっとましだと思う……」
 口を押さえながら、青白い顔をしたあんなは、そういった。呼嵐が、同情するかのように、あんなの手の甲を舐める。
「じゃあ……ヴィも、センセイの車の助手席にいくね……」
 シルヴィはそういって、そそくさと出ていった。
 その後を、柏あんなと呼嵐がよたよたと追っていく。
「残りは、真理さんの運転か……」
 舞花は、そう呟いた後、楓に尋ねた。
「真理さんの運転、どうなの?」
「どう、って……。
 ごく、普通だと、思いますけど……」
 楓としては、そう答えるよりほか、ない。
 少なくとも、さっきの柏あんなのように、同乗者の顔色をなくすような運転では、なかった筈だ……。
「……後、何人、くるの?」
 舞花は、話題を変えた。
「あと、わかっているのは、酒見の双子なの」
 今度は、茅が答える。
「一般人の……普通のファッションセンスを知りたいって……」
「……おはよーっすっ!」
 茅がそう答えた時、元気のいい挨拶をして、予期せぬ人物が入ってきた。
「……佐久間の、梢さん……でしたっけ?」
 楓が、不意の乱入者に向かって、声をかける。
「現象の見張りは、いいんですか?」
「……あっちは、舎人さんと平三さんがみてます。
 ってか、二人つきっきりで、現象を鍛えなおしてます」
 梢が、元気よく答える。
「この間の朝、こてんぱんにのされたのが堪えたみたいで……あれからずっと、筋トレや型の反復訓練、日長一日、夢中でやってますよ」
 つまり、現象がそっちにかまけている間は、梢も監視役としては完全に手が空くのであった。
「……それで、便乗、ですか……」
 楓が、不審な声を出す。
 楓としては、得体の知れない佐久間の一員である梢を、すぐには信用できそうにない。楓にとっては、現象の印象が強いので、「佐久間」全体の印象も、あまり芳しいものではなかった。
「そうっす!
 着替え、あんまり用意してないんで……」
 梢は、元気よく答えて、片手をあげた。
 楓が、ちらりと茅に視線をむけると、茅は、かすかに頷いた。
「大丈夫だと思うの」
 茅は、そうはっきりと口に出した。
「何か仕掛けてくるつもりなら、わざわざ姿を現しはしないだろうし……それに、これから佐久間の技を習うのだから、ある程度親しくしておいた方が、やりやすいの……」
「……さっすがは、加納の姫様っ!
 わかっていらっしゃるっ!」
 梢は、今度は茅のことを持ち上げはじめた。

 その後に来た、酒見姉妹と茅、楓、舞花、佐久間梢が真理の運転するワゴン車に乗り込み、毎度おなじみのショッピング・センターに向かう。
 あそこに行けば、たいていのものは揃うのであった。
「……うわぁ……」
「すげ……」
 真理の運転する車に乗った連中は、千鶴の運転を目の当たりにして、絶句した。
「……今の……なんで、あんなところでブレーキ踏むんだ……」
「あ。エンストした……」
「わ。信号無視してつっきった……」
「いや、そっちは一方通行……逆走しちゃ、だめだって……」
 目撃者の意見を総合すると、「千鶴が免許を持っているのは、おかしい」、「柏あんなの反応が、よく理解できた」というあたりに、まとまる。
「……あれで、事故起こさないなんて……。
 一般人って、奥が深い……」
 梢が、妙な感心の仕方をしてみせた。
「いや……後ろに乗っている三人は……なんか、楽しそうだし……」
 舞花の指摘する通り、千鶴の車に乗り込んだテン、ガク、ノリの三人娘は、千鶴のスリルに満ちた運転を、明らかに楽しんではしゃいでいる様にみえた。
「……おそらく……ジェットコースターとか、そういうのに乗っているつもりなんだと、思います……」
 楓が、三人の心理を考察する。
 茅と真理は、賢明にもノーコメントで通した。
 酒見姉妹は、ただただ、目を丸くしていた。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(277)

第六章 「血と技」(277)

 朝食が終わっても、買い物のためにみんなが集合する時間までまだまだ間があったので、荒野と茅は、また盛大にいちゃつきながらベッドの上に戻る。もっとも今度は昨晩のように激しく交合するということもなく、せいぜい、お互いの身体を軽くまさぐりあいながら、だべる程度だったが。
 茅も、だいぶ体力がついたとはいえ荒野とは比較するまでもなく、昨夜の重労働による疲労が、まだ抜けきっていない。そこで、集合の約束をした時間まで、二度寝をするつもりだった。
 目覚ましを集合する時間の四十分前にセットし、二人でベッドに横になり、目を閉じる。すると、二人ともすぐに寝息をたてはじめる。
 こうして荒野は、ひさびさに二度寝を楽しんだ。

 その次に目覚ましが鳴った時、二人はスムーズに目覚めることができた。茅がパジャマのままいれてくれた紅茶を荒野が啜る間に、茅は着替えて外出の支度をはじめる。荒野は珍しく、ぼーっとしてテレビを眺めていた。
 土曜日の午前中にやっている番組など、毒にも薬にもならない穏当なもので、面白くともなんともないのだが、そうしたどうでもいい番組を見ることが出来る平穏、というのは、荒野にとっては貴重であり、それなりに価値がある、とも思っている。
 茅が、いつもよりも少し時間をかけて身支度を終えた頃、インターフォンが鳴る。
 荒野が玄関に出ると、傘を手にした飯島舞花が、珍しく一人で立っていた。
「なんだ、今日は一人か?」
 荒野は、挨拶も抜きに舞花にそう声をかける。
「ああ。
 さっきまで、一緒だったんだがな……みんなと買い物いくっていったら、恐れをなして逃げていった……。
 そういうおにーさんも、今日はつき合わないんだろ?」
「おお」
 荒野は、買い物につき合わないで済む口実があって良かった……と思いながら、胸を張って答えた。
「今日は、お客さんが来る予定があってね。
 ここ、空けるわけにはいかないんだ……」
 そんなことを話している間にやってきた茅が、荒野の背中を押し退けて、玄関にでる。
「おはようなの、飯島」
 靴を履いた茅は、舞花を見上げながら荒野を指さして、いった。
「昨夜は、六回なの」
 ……荒野が、「その回数」が、昨夜、茅の中に射精した回数だと思い当たるのに、しばらく時間がかかった。
「……ええ、っと……」
 舞花をしばらく視線を何もない上空にさまよわせ、茅がいったことの「意味」を考える。
 そして、はっとした表情で荒野の顔をみて、
「そうか……。
 がんばったな、おにーさん……」
 と、しみじみとした口調で呟いて、頷いた。
「うちは、昨日は四回で打ち止めだったなぁ……。
 今夜は、もうちょうっと頑張って貰わないと……」
 などといいながら、舞花は茅の背中に手を回して話しかけながら、後ろ手にドアを閉めて去っていく。
「……荒野は六回だけど、茅は数え切れないくらい……」
 などという茅の声が扉の向こうから聞こえてきたが、最後までは明瞭に聞きっとることは出来なかった。

 立ち尽くして、閉まった玄関の扉を見つめながら、
荒野は「……茅の交友関係は、一度見直した方がいいかもな……」などと、ぼんやりと考えた。

 その後、荒野は、茅が多めに用意してくれた紅茶を啜りながら、勉強道具をキッチンテーブルの上に広げ、黙々と学校の勉強を行う。時間をかければかけるほど、内容が頭に入ってくる、ということは、経験上、わかっているから、ともかくも今は、裂けるだけのリソースをつぎ込むより他、ない。
 受験対策、ということに関していえば、英語や数学、物理関係の内容はだいたいのところマスターしている荒野は、実は、平均的な同学年の生徒たちに比較して、かなり有利な位置にいる。英語に関していえば、当初、晦渋に思えた学校文法特有の言い回しや用語などに関しても、その成立理由などを理解した今では、それなりに使用法をマスターしている。比較的弱かった人文系の科目についても、最近の荒野は教科書に記載されている範囲を超えた部分にまで興味を示しており、実のところ、荒野にとっては学校の成績やら受験勉強やらはあまり身近に感じられない世界だったわけだが、その自己認識に相違して、実際の理解力の方は、かなり充実してきていた。

 昼まで少し間がある時間に、約束通り、佐久間沙織が尋ねてきた。沙織が玄関に現れるのと同時に、沙織の祖父にあたる、佐久間源吉も、どこからともなく姿を現す。
 源吉は、涼治配下の者であり、荒野は、源吉が普段から姿を隠して荒野たちを監視している、と、理解している。その予想について、源吉自身は、否定も肯定もしていないのだが。だから、沙織の来訪にあわせて「姿を現して」も、実は、そのずっと前から源吉が室内にいた可能性も否定できないのであった。他者の認識に対して任意の操作を可能とする佐久間の技は、慎重に使用すれば、大抵のことを可能とするし、荒野も、源吉が害意を持たない限りは下手に介入するつもりはなかった。
 二人が揃ったところで、荒野は冷蔵庫に保管しておいたマンドゴドラのケーキを取り出し、コーヒーメーカーをセットする。茅が不在であることは、二人にはあらかじめ告げていた。
 コーヒーとケーキを配ったところで、荒野は、自分の分のマグカップを持って、「ひと段落したら、声をかけてください」と声をかけておいて、早々に別室にひっこんだ。
 ひさびさの肉親同士の邂逅に水を差すつもりはなかったし、茅から源吉に対して、佐久間の技について尋ねてみるようにと言付かっていたのだが、それについては別段、急ぐ必要もないし、質問の性質を考慮すると、正面から聞いたとしてもはぐらかされる可能性も大きかったので、荒野はまず、二人きりで話し合う環境をつくることを優先した。

 キッチンに二人を放置し、再び自分の勉強にいそしんだいると二時間ほどの時間があっという間に過ぎ去り、遠慮がちなノックの音がして、沙織が荒野を呼びにきた。
 荒野がでていくと、源吉が荒野に向け、深々と頭を下げる。
 荒野は、
「こういう場所を定期的に設ける、という約束だったから……」
 といって、源吉に顔をあげさせた。
 遙かに年長の、熟練の術者である源吉に丁重な態度をとられるのは、荒野にしてみれば、非常に、くすぐったい。背中がむず痒くなる。
「……もう、ご存じと思いますが……」
 荒野は、テーブルに座って、源吉に話しかけた。
「現象と梢という、佐久間が、先日から、この町に滞在しております。
 茅やあの三人に対して、佐久間の技を教えるため、です。
 それに先だって、源吉さんに、佐久間の技について聞いておくように……と、そう、茅から、言付かっております」
 椅子に腰掛けると、荒野は、一気にそうまくし立て、
「……もちろん、支障がない範囲内で、結構ですが……」
 と、付け加える。
「……佐久間も……変わりましたなぁ……」
 源吉は、直接荒野の質問には答えず、まずはそう感嘆してみせた。
「佐久間が、というより……茅とかあの三人が存在する、って事態の方が……イレギュラーすぎるんでしょう……」
 荒野は、軽く肩を竦めた。
「それに、おれたちが悪餓鬼と呼んでいる、襲撃者の存在、という要素もある……」
「……その、悪餓鬼たちの背後などについて、ですが……」
 源吉は、直接荒野の問いには答えず、話題をそらせた。
「なんぞ、具体的な目鼻がつきましたか?」
「まだ、人を頼って探らせはじめたところで……」
 荒野は、ゆっくりと首を振った。
「……推測や推論はいくつか用意しましたが、具体的なことは、何も……。
 確実に、わかっているのは……あの一党の中に、三人以上の身体能力を持つ者が、おそらくは、二人以上、いる……ということだけです……」
 商店街に向け、脅威的な距離をこえて、それなりの重量のあるガス弾を手で投擲した……という事実から、その程度のことは推測できたが……それ以外のこととなると、はっきりとしていることは皆無に等しいのだった。




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彼女はくノ一! 第六話(18)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(18)

 翌朝、香也は三人娘のボディプレス攻撃を立て続けに受けて目を醒ました。
 ずどん、ずどん、ずどん、と布団の上に三連続の爆撃を受け、香也は「ぐほっ!」とか「ぐはぁっ!」とかわめきながら、悶絶する。
 テン、ガク、ノリの三人も、別段、勢いをつけて身を投じたわけでもなかったが、一人が突撃を開始すれば他の二人もそれに続くのが、この三人である。
 全身を痙攣させて香也が目をあけると、
「おにーちゃん、おはよーっ!」
「朝だよ、起きてー!」
「真理さんが、ご飯だってー!」
「おはようのちゅーしよう、おにーちゃんっ!」
「こら、駄目だって……そういうの……」
「昨日、真理さんが厳重注意してたじゃないか」
 香也の上に折り重なりながら、実に賑やかな三人であった。
「……ん、んー……」
 香也は、震える声で、三人に告げた。
「とりあえず……上から、どいて……」

 その日は夜半から大雨が降っており、毎朝の日課であるランニングだかトレーニングだかが中止になったとかで、三人組はエネルギーを持て余しているらしく、朝食の時も騒がしいことこの上なかった。
「……今日ねー、みんなで、お買い物にいくのー……」
 ガクが、無邪気な口調でいう。
「お買い物?」
 真理が、首を傾げた。
「うん。
 茅さんたちが、春物の服を買いに行くっていってたから、それに便乗して……」
「……ああ。そう……ね。
 そういえば、みんな……ノリちゃん以外は、あんまり服を持っていなかったけ……」
 ノリは、真理と一緒に諸国漫遊をしていた時に、ちょうど身体が一気に育ってきたので、調子にのった真理がスカートなどの女の子らしい服を多数、買い与えている。
 テンもガクも、あまりファッションに興味がないのか、水着やトレーニングウェアなどは必要に応じて買っていたが、自分から衣服を買いあさる、といったこともなく、持っていた服を着回したり、また、物の服でも気にしなかったので、香也のお下がりなどを着用したり、といった具合でいままで過ごしている。特に、ノリに続いて背を伸ばしてきたガクは、動きやすい服が好きだ、ということもあって、香也が昔着ていた衣類を好んで着用している。
 結果、ノリの場合、やはり動きやすさを考慮して、丈が短いスカート、ガクは香也が昔着ていたジーパンやトレーナー、テンだけが、ここに来たときとあまり変わらない、半ズボンにパーカー姿……という具合に、ついこの間まで、ほぼ同じ服を着ていた三人だったが、ここ数日の間に、着ているものにも個人差が出てきていた。
「ノリちゃんほど極端ではないけど……ガクちゃんも、しばらくみない間に、背が伸びて……」
 真理はそういって、目を細める。
「茅ちゃんと、他にはどんな人がいるの?」
「わかっているのは、静流さんと双子……酒見さんたち……って、この人たちは、真理さん、まだ会ったことないか……」
 テンが、真理の問いに答えた。
「その他に、シルヴィと……それに先生も、車出してくれるっていってた……他にも、来る人がいるかもしれないけど、ボクたちにはよくわからない……」
 その他に、茅の知り合いあたりが、便乗してくる可能性もあった。
「ずいぶん、大勢ねぇ……」
 真理は、もう一度、首を傾げる。
「雨が降っているし、そういうことなら、わたしも車を出しましょう……。
 無駄遣いしないように、見張りもしておきたいし……」
 とはいったものの、実のところ、三人に関していえば、調子に乗って「無駄遣い」をする可能性は、極端に乏しい。育った環境のせいか、三人とも物欲は乏しく、むしろ、手持ちのものをいかに効率よく使いきるか、と工夫することに腐心する方だった。
 三人が調子に乗って無駄遣いをした例は、ここに来た時に、マンドゴドラのケーキを馬鹿食いしたことくらいだろう。
「ちょうどいいから、楓ちゃんや才賀さんもいらしゃい……」
 真理はそういって、年長の二人も誘う。
 楓も、冬服こそ真理が見繕って買い与えたが、他の季節用の服は持参していない。孫子は多分、膨大な衣装持ちである筈だが、だからといって真理は、彼女一人を仲間はずれにするつもりもなかった。
「……いえ……。
 今日は仕事……いや、用事が、ありますので……」
 孫子はそういって、真理の申し出をやんわりと断る。
 楓は、表面上、断る態度を示したが、孫子とは違い、楓には断る口実がそもそもない。
 暖かくなれば着るものがなくなる、ということは、動かせない事実だったので、真理や三人組に押し切られる形で、動行に同意することになった。

 そんなやりとりを見ながら……これで、今日の日中は、静かになるな……と、香也は思った。
 真理との買い物につき合った経験から推察すれば、一度出ていけば、夕方までは帰ってこないだろう。真理は、実にうれしそうに、丁寧に時間をかけて、服を選ぶ……ということを、香也は経験上、よく知っている。
 これだけの多人数が相手となると、なおさら、時間がかかる筈だった。

 朝食が終わると、まず羽生が傘をさしていつもより早めに出勤する。スーパーカブに乗るよりは、傘をさしての徒歩を選ばせるほどのどしゃぶりだった。
 みぞれや雪にこそなってはいないものの、一度外に出てみると、真冬の雨は周囲の気温を確実に何度か下げている。雲が厚いのか、周囲は真っ暗だった。
 香也も、羽生と一緒に傘をさして、庭のプレハブに向かう。下書きのスケッチが、かなりたまっていた。そろそろ、完成品を増やしていきたい……と、香也は思っている。
 昨日、玉木に頼まれた仕事を実際に引き受けるとすれば、今度の長期休みは、そっちの方にかなり時間が取られる……と、予測できる。だから、今のうちに、自分の絵に向き合う時間を、しっかり作っておきたかった。

 羽生や香也が出ていって、しばらくしてから、今度は、スーツに着替えた孫子が家を出ていった。落ち着いた雰囲気があり、実際の年齢よりもかなり上にみられることが多い孫子は、そういう固い格好も、よく似合う。
 外見からいうのなら、OL、というよりは、総合職のキャリアウーマンといった雰囲気だったが……そのどちらにせよ、孫子の年齢からいえば、若すぎるのだった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(276)

第六章 「血と技」(276)

 雨の音で目を醒ました。
 茅を起こさないようにそっと立ち上がり、カーテンの隙間から外を覗く。
 夜明け前の薄暗い町に、大粒の雨が降りしきっているのが確認できた。
「……トレーニングは、中止なの」
 気づくと、茅が背後に立っていた。
「ああ。
 そうだな……」
 荒野は目覚まし時計の針を確認する。
 いつもの起床時間より、二十分ほど早かった。
「……シャワーでも、浴びてこよう……」
 荒野はそういって、寝室にしている部屋を出ようとする。
「みんなにメールを手配してから、茅もいくの……」
 その荒野の背中に、携帯を手にした茅が声をかけた。
 ……これは、湯をためておけ、ということだな……と、荒野は判断する。
 昨夜は、酒見姉妹が帰宅した直後から盛大にいちゃつきはじめ、それから茅の体力が尽きるまで数時間に渡って連戦を続けたわけだから、当然、風呂に入る暇などなかった。
 荒野はバスルームに入り、放尿し、手を洗ってから、浴槽に栓をし、少し熱めのお湯をだす。
 それからキッチンに戻り、冷蔵庫をチェック、そこにある材料で手早く作れるメニューを頭の中であれこれ想像しながら、一リットル入りの紙パックの牛乳を取り出し、それに直接口をつけてゴクゴクと喉を鳴らし、半分ほどを一気に飲み込む。途中で茅が背中に抱きついてきたので、「飲む?」と紙パックを渡すと、茅も荒野にならって、紙カップに直接口をつけて、喉をならして牛乳を飲んだ。二人とも、長時間に及ぶ激しい運動をした後だったので、喉も乾いていたし、餓えも感じていた。
 その後、キッチンで軽くキスをしたり愛撫しあったりしていたのだが、流石に肌寒さを感じて、二人ともすぐに服を着る。
 軽い相談の末、ご飯を少し多めに炊くことにする。
 朝はだいたいパン食なのだが、どうせ週末だし、二人ともおなかが減っているので、今朝は腹にたまる食事が欲しい……ということで、意見が一致した。
 ご飯さえ炊いてしまえば、おかずは有り合わせのものでどうにでもなる。
 軽く料理の下拵えをしてから、二人で風呂に入る。例によって、狭い浴槽の中に、無理矢理二人で入るわけだが、別に風呂に入らなくとも二人きりの時はのべつもなく盛大にいちゃついているような気もする。
 お互いの体をまさぐりながら、時間をかけてお互いの体をまさぐったり洗いあったりして風呂から上がると、ご飯が炊きあがっていた。
 二人で肩を並べて手早くできるおかずを何種類か用意し、やはり時間をかけてゆっくりとおしゃべりをしながら、大量の料理を平らげる。荒野が大食らいなのはいつものことだったが、茅もやはり、体が栄養素を欲していたようで、いつもの食事量に比較すると、五割り増しくらいの量をたいらげていた。話題は、学校や一族関係の知り合いたちの噂話しや、茅が中心になって進めている自主勉強会の準備の話しなど、共通の話題はいくらでもあり、尽きることがない。
 茅は、勉強会の準備で校内の多くの生徒と知り合いになれた、といい、その一人一人について詳しく話してくれた。荒野が知らない場所で茅が多くの友人を作り、校内の社会に、自分の存在を浸透させていくことは、荒野にしてみても、歓迎すべきことに思える。
 荒野にしてみれば、一般人社会への適合、という要素の他に、茅には、さまざまなタイプの人間と接触して、知見を広めて貰いたかった。現在の茅は、別に誰かがそう仕組んだわけでもないが、結果として、来年の春から同じ学校に通う三人組のために先行試験をしているような具合になっている。
 能力面でどうしても無視できない格差があっても、それを隠すことなく一般人たちと共存できる……という結果を示す、成功例になってもらいたい……なってもらわなければ、困る……と、荒野は思っている。
 茅の話しを聞く限りにおいては、今のところ、大ぴらに敵意や害意を向けるものはいないようだ……と、荒野は判断する。
 現在のところ、茅が接触する生徒たちは同じクラスの生徒か、自主勉強会の関係で知り合った者たちに、ほぼ限られている。つまり、茅が、自分の意志によって、自分自身の利益にはならない活動に少なからぬ時間と労力を提供していることを理解している生徒たちがほとんどなわけで……だから、よけいな偏見が入り込む余地が、比較的少ない……と、荒野は、現在の状況を、そのように分析する。
 偏見とか悪い噂とかが一人歩きをするのは……きまって、そうした印象のモトになる事物が、人々の目に直接、触れる機会が少ない時……であることが、多い。その点、茅は、荒野よりも堂々と姿を晒し、完璧な記憶力と知性、という武器を、衆人監視の状況下で、自分以外の者のために、積極的に活用している。
 生徒数が限定されている学校、というローカルな環境下では、こうした身を張ったパフォーマンスは、きわめて有効に作用した。
 仮に、茅を快く思わない者が校内にいたとしても、現在の状況では、それを公言することは難しくなっているのだろう……と、荒野は思う。
 そうした反感を露わにすれば、茅が、みんなと共同して立ち上げたシステムの恩恵を受けている生徒が、黙っていないだろうから。
 そこまで計算して茅が自主勉強会を立ち上げた、とは、荒野も思っていないが……結果として茅は、自衛のための、最良の選択をしているのではないか……というのが、この時点での、荒野の印象だった。

「……そこで、ひとつ……荒野に、認めて欲しいものがあるの」
 学校での話しがひと段落すると、茅は、姿勢を正して荒野に切り出した。
「なんだ?
 改まって……」
 不審な思いを抱えながらも、荒野もつられて背筋を伸ばす。
「まだ、少し先のことなのだけど……」
 茅は、荒野に向け、
「来年、生徒会長に立候補したい……」
 という意志を告げた。
 寝耳に水、だった荒野は、数十秒間、硬直してしまった。

 硬直した荒野に、茅は説明する。
 四月の新学期から、茅は二年生になる。生徒会の役員になるには、適切な時期だった。それに、ここしばらく、放課後になると、佐久間沙織と行動を共にすることが多かったせいで、茅は、在校生から「沙織と同等の能力を持つ後継者」として、認識されはじめている。学科の成績もさることながら、生徒会長在任時の沙織の実務処理能力は、ほぼ伝説の域に達している。放課後、沙織とともに校内を飛び回り、一度に寄せられる課題や質問をてきぱきと処理して見せた茅は、結果として、「十分に沙織と同等かそれ以上の仕事ができる」ということを、目撃した生徒たちに印象づけてしまっている。
 選挙に立候補しさえすれば、かなり高い確率で、当選してしまうだろう……。
「……それに、みんなのために働いて、成果を出せば……それだけ、みんなに受け入れられやすくなると思うの……」
 しばらく、考え込んだ末、荒野は、
「……反対する理由がないな……」
 と、返答した。
 茅の提案というか、希望は、荒野にとっては完全に予想外のことだったが……いわれて、冷静に考えてみれば、実に、理にかなっている。
 荒野がそうした可能性をまるで予測していなかったのは、「生徒会」うんぬんの、学校の生徒自治組織にたいして、荒野の知識が極端に不足していたからに、過ぎない。
 実際の話し、荒野は……現在、どういった生徒が生徒会役員として活動しているのかも、まるで知らない……。
「それで、その……生徒会長、って……実際には、具体的に、どういう仕事をする人なの?」
 沙織が、その仕事をやっていた、というくらいの知識は持っていたが、それ以上の詳しい内容となると、途端におぼつかなくなる荒野だった。




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彼女はくノ一! 第六話(17)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(17)

 その日、日が沈んでしばらくしてから、かねて連絡があった通りに、長く不在だった狩野真理が帰宅した。
 車庫にワゴン車をいれ、在宅中だったテン、ガク、楓に手伝って貰い、車の中の荷物を家の中に運び入れる。
 真理にはそのまま風呂に入って貰い、楓たちは分担して洗濯や夕食の支度を行った。真理は、自分が不在の間も、家の中の整理が行き届いていたことを確認し、安心して長時間、風呂に浸った。

 真理が入浴中に、孫子と羽生が相次いで帰宅する。
「いいか。みんな……」
 真理の帰還をしった羽生は、その場にいた全員を手招きし、厳かな口調で宣言した。
「こーちゃんと、いろいろあったことは、真理さんには内緒という方向で、ひとつ……」
 真理が不在の間に、香也をめぐって酒池肉林の乱交パーティが行われていた……などと知られたら、とんでもないことになる……と、羽生は思った。
 いや、真理は、あれでなかなか砕けたところがあるから、頭ごなしに怒る、ということも、ないかも知れない。この家の子を集めて、避妊具を配り、性教育教室でもおっぱじめかねない性格なのでは、あるが……。
 真理の不在時に最年長者であった羽生の監督責任は、厳しく詮議されるのではないか……と羽生は予想した。
「……特に、ガクちゃん……。
 いこーちゃんと誰かが何回やったとかやらないとか、いきなりいいだすことがないように……」
 羽生は、この中で一番羞恥心に欠けていそうなガクに、そう念を押す。
「わかった」
 ガクは、頷いた。
「真理さんの前では、おにーちゃんとえっちなことをしたとか、いってはいけない……っと……」 
 テン、ガク、ノリの三人も、ここでの生活が長引くにつれ、世間的な規範というものを主としてお昼のワイドショーやテレビドラマから学んできている。
 特に、「一度に複数の異性と深い関係を結ぶ」という主題は、昼間の時間に放映している主婦向けのテレビ番組で、主要なテーゼとなっていたから、そういった行為が世間的な基準において、いかにタブー視されているのか、同時に、そういった関係についての世間的な羨望の念がいかに根強いものか、ということを、逆説的に三人に教えていた。
 そんなことを話しているうちに、
「「……ただいまー……」」
 香也とテンの声が玄関から響き、二人が帰宅したことを告げる。
「……んー……。
 真理さん、帰ってきた?」
 居間に顔を出すやいなや、香也はそう確認してきた。帰宅の予定は聞かされていたし、玄関に真理の靴がおいてあったので、容易に推測が出来る。
「ん。
 今、お風呂に入っている」
 羽生は、頷いた。
「で、みんなに、こーちゃんとのこと、改めて口止めしていたところだわ……」
「……んー……。
 わかった……」
 香也は、頷いて、居間を去ろうとする。
「……えっ?
 あれ?」
 その香也の背中に、ガクが、声をかけた。
「ちょっと待って、おにーちゃん……。
 今……テンと、やってきた?
 二人から、そういう匂いと、テンの匂いが漂ってくるけど……」
「「……えっ?」」
 楓と孫子が、素早く立ち上がり、香也の前に移動して、退路をたった。
「ほ、本当なんですか? 香也様……。
 わたしでも、最近は二人きりになる機会がないというのに……」
「迂闊……でしたわ……。
 そう、外でも……場所を、慎重に選べば……」
 制服姿の香也と子供にかみえないテンがホテルを使ったとも思えないが……二人きりになれる場所は、探せば他にも存在するだろう。
「ずるいぞ、テン!
 一人だけ抜け駆けしよーなんて……」
「おにーちゃん独占、反対っ!」
 一方、ガクとノリは、テンの方に詰め寄っている。
「……ちょ……。
 だって、今日、ボクの当番だったし、別にねらったり仕組んだりしてはいないけど、たまたまそういう雰囲気になっただけだし……。
 おにーちゃんがその気になれば、別に構わないって話しだったじゃないか……」
 多少は後ろめたい思いがあるのか、テンも、珍しく多弁になっている。
 居間から廊下にでる出入り口でわいわいと賑やかなことになっていると、
「……んっ、ほんっ!」
 というわざとらしい咳払いの声が、聞こえた。
 全員が咳払いが聞こえた方向に振り返ると、
「……これは……何の、騒ぎなのかしら……。
 留守中に何があったのか……羽生さんにも他のみんなにも、じっくりとお話しを聞く必要が、ありそうね……」
 湯上がりの真理が、妙に迫力のある微笑みを浮かべて、廊下に立っていた。
 羽生の顔から、さぁ~っと音を立てて、血の気が引いた。

「……お話は、よくわかりました……」
 食後のお茶を喫しながら、真理が頷く。
 少なくとも、真理は、事情をよく調べもせずに一方的に叱る、ということは、しない。
 だから、食事をしながら関係者各位からじっくりと事情聴取をし、証言の矛盾点や不明瞭な点は問い返し、よく吟味した上で、自分の意見を述べる。
 だから、ゆっくりと時間をかけて食事をしながら、全員から必要な話しを引き出した上で、真理はお茶を口に含んでため息をついている。
「……みんな、真剣だということ……。
 それに、うちのこーちゃんの優柔不断が、すべての原因になっていること……。
 正直……こーちゃんがこんなにモテモテで、態度のはっきりとしない子に育つとは、思わなかったけど……」
 香也は、居心地が悪そうに、もぞもぞと身じろぎをする。
「……そのこーちゃんも、真剣に相手を選びたいから、安易な決断を避けている、ということも、理解しています。
 その割には、ずいぶんと流されやすいところがあるようだけど……」
 ……この年齢の男の子だと、仕方がないのかしらねー……と、真理はため息をつく。
「……男の子の生理については、わたしはよくわからないので……後で、メールで順也さんにでも相談してみます。
 問題は……」
 さぁ……来たぞ……と、羽生は思う。
「……女の子の側の、自己防衛がなっていないことです。
 そもそも、恋愛感情が、必ず性行為に結びつかなければならないとも思いますけど……。
 どうしても、性急にそういう行為にj及びたいのであれば、最低限の知識と衛生予防の用意は必要です……」
 真理の「性教育講座」はそれから三時間にも及んだ。
 その中で、「今後、香也との行為に及ぶ際は、絶対に避妊をすること」とその場にいた全員が約束させられる。孫子が「わたくしは、別に妊娠しても……」と抗弁しかけたが、真理はそのような発想を決して容認せず、「従えないのなら、実家へ強制送還します」と、強硬な態度で孫子を沈黙させる。
 避妊具は、後で真理が用意して、全員に配る、ということになった。
 その間、香也はひどく居心地が悪そうだったし、真理の話しが終わり、解散となった時、がっくりと疲れた顔をして居間から出ていった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(275)

第六章 「血と技」(275)

「茅……」
 しばらく休んでから、荒野は尋ねた。
「今ので、何回いった?」
「……むぅ……」
 茅は、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「やっぱり、今夜の荒野……すっごく、意地悪なの……」
「いや、だって……他の女とやった時は、その倍とか三倍、茅を行かせなけりゃならないんだろ?」
 荒野は、そんなことをいいながら、茅の髪や首筋のたりを、指先でまさぐる。
「……やっ……」
 茅は、自分に延ばされた荒野の手を払いのけ、ごろりと寝返りをうって香也に背を向けた。
「そんなに触られると、また……」
 どうやら、茅は……荒野が想像している以上に、過敏な状態になっているらしい。しばらく休んだおかげで息はかなり整っていたが、茅の肌はまだ薔薇色に染まっている。
「触られると……何?」
 荒野は、背を向けた茅の肩に顔を近付ける。
 特に何をしようと考えた上での行動ではないが、もっと茅の体臭や温もりを感じたい、という欲求はあった。
「……あっ……」
 荒野が茅の肩に口をつけると、茅は小さな吐息を漏らし、身を捩った。
「駄目っ!
 今度は、茅が荒野にご奉仕するの……」
 荒野の愛撫から逃れるように跳ねおきると、茅は身を折って、ベッドの上に寝そべっている荒野の下半身に顔を近付ける。
 まだ硬さを保持している荒野の分身に顔を近付け、射精した時のまま、後始末をしていない避妊具に指を這わせ、それを引っ張って取り除こうとする。
「……汚れるよ、茅……」
 荒野は上体を起こして、そう声をかけた。
「いいの……」
 茅はそういって、荒野の分身を覆ったままの避妊具を、先の方から慎重に引っ張り、その根本に舌を這わせる。
「荒野から出たものは……汚くは、ないの……」
 茅は、そろそろと避妊具を抜きながら、根本から溢れでてくる荒野の精液を、音を立てて、丹念に舐めはじめる。
「……うまくないだろ、そんなの……」
 荒野はそう声をかけたが、結局、茅がしたいようにさせておいた。
「……いいの……。
 んんっ!
 これが、荒野の味と匂い……」
 茅は、恍惚とした表情で、避妊具をゆっくりとはずしながら、荒野が放出した白濁液を一滴も無駄にしまいと、丁寧に舌を使っている。
「前から思ってたけど……茅、意外とフェティッシュなところがあるよな……」
 荒野は、少し呆れながらも、結局は茅のしたいようにさせておく。
「荒野は、意地悪……サディストなの……」
 茅は、一心不乱にぴちゃぴちゃと舌を使う合間に、そう呟く。
「……乱暴にされるのが好きって、茅もいってた癖に……」
「荒野が、無理にいわせたの……」
 茅は、ようやく荒野からはずした避妊具を慎重な手つきで持ち上げ、中に残っていた液体を音をたてて吸いだす。
 その味を想像した荒野が、軽く顔をしかめた。
「……汚いよ、茅……」
「荒野のなら、汚くはないの。
 全部、茅の……」
 中身をあらかた吸い終わると、茅は避妊具の口を縛ってベッドの傍らに常備しているゴミ箱に放り込み、身を屈めてまだ濡れたまま半勃ち状態になっている荒野の分身に再びとりつき、そこを口で清めはじめた。
 そのまま、精液が付着している陰毛から亀頭まで、舌できれいに清めはじめる。一度、力を失いかけた荒野に再び血流が集まりはじめ、荒野は茅の口の中で硬度を取り戻す。
「……んふっ。
 また、荒野……元気に……」
 荒野のモノが完全に勃起すると、茅は、口を離して満足そうな笑みを浮かべる。
「……茅が、そんなことするから……」
 荒野は、ため息混じりにそう呟く。
 その時の茅の口調と表情は、どうみても、次の展開を期待しているものだった。
「茅……まだ、やりたいの?」
 誤魔化したり駆け引きをしてもしょうがないことなので、荒野は、直線的にそう尋ねる。
「まだ、全然……」
 茅は、ベッドの上に置きあがって、荒野の顔をまともに見据えた。
「……荒野の……元気だし……」
 ベッドの上に正座した状態で、真面目な顔をした茅が、すっかり上を向いた荒野の分身に手を伸ばす。
 茅は……タフになったな……と、荒野は思った。
「明日は、学校休みだから、いいけど……買い物に行くとか、いってなかったか?」
 荒野も身を起こして、茅の正面でベッドの上にあぐらをかき、茅とみつめあった。
「疲れて動けなくなっても、知らないぞ」
 明日、茅は、シルヴィや静香、酒見姉妹とともに、春物の服を買いにいくとか、約束していた。
「……大丈夫なの」
 茅も、真面目な顔をして、頷く。
「……あ。
 そういえば、まだ、いってなかったっけ?」
 荒野は、昼間した沙織との約束のことを、まだ茅に話していなかったことを思い出す。
「佐久間先輩、例の源吉さんとの面会に、ここ、使いたいって。
 一応承諾しておいたけど、茅がいなくても、別にいいだろ?」
「それは、構わないの」
 茅も、頷く。
「源吉には、佐久間のこと、支障がでない範囲内で聞いておいて」
「わかった」
 荒野も、頷いた。
 現象たちが来て、いよいよ茅たちへの、佐久間の技の教授がはじまる。本格的にはじまる前に、源吉からいくらかでも予備知識を聞くことができれば、何かと参考になるだろう。
「教えてくれるかどうか……仮に聞いても、おれに理解できるかどうかわからないけど、一応、聞いてみる」
「それでいいの」
 茅も、頷いた。
 買い物の予定をキャンセルしようとしないのは、すぐにでも現象たちによる、本番の講習が開始される予定だからだろう……と、荒野は予想した。
「荒野は……明日、一緒に来ないの?」
 今度は、茅が荒野に尋ねる。
「おれは……今回は、遠慮させていただく」
 荒野は、きっぱりと断言する。
 女性の買い物……それも、衣服に関係する買い物につき合うのは、ファッション関係にあまり興味のない男性にとっては、退屈を通り越して拷問に近いものがある。
 茅一人の買い物でも忍耐力を試されるだろうに……これが、女性の集団の中に、男性は自分が一人……ということになったら、甚大な精神的疲労を感じるであろうことは、用意に推測がついた。
「明日は……一日、このマンションにいて、大人しく勉強でもしておくよ」
 このところ、学習意欲とか知的好奇心がとみに高まっている荒野だった。
「わかったの」
 茅は、真面目な顔のまま、やはり頷く。
 そして、ベッドの上に立ち上がって、まだかろうじて体にまとわりついていた衣服を、脱ぎ捨てはじめた。
「明日のことは、それでいいとして……」
 全裸になった茅は、荒野に向かって飛びかかってきた。
「……今夜の、続き……」

 その夜、荒野はそれから長い時間をかけて茅の中に数回射精し、茅は、その何倍も達した。
 この間の乱交がいい刺激になったのか、もともと荒野とのえっちに関しては積極的すぎる傾向があった茅はまた一段とたがが外れたようだった。
 茅が敏感でいきやすい体質だから、また、荒野の体力が常人と比較すると遙かに凶刃だから、まだしも、どうにかなっているが……茅が、自分以外の男性に同じ様なことを求めることがあったら、かなり大変なことになっているだろうな……と、茅をもみくちゃにしたり、茅にもみくちゃにされたりしながら、荒野はぼんやりとそんなことを思った。




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彼女はくノ一! 第六話(16)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(16)

 テンは正面から向かい合った格好で香也膝の上……というより、香也の腿の付け根あたり、つまり下腹部にお尻を乗せ、馬乗りになっている。
「……ほらぁー……。
 おにーちゃんも、すっかり硬くなっているしぃ……」
 テンは、挑発するような口調でそういって、ぐりぐりとお尻を動かした。テンのお尻の下には、すでにむき出しになり、反応しきった香也のモノがあるわけで、上にのっかってソコを尻に敷いているテンには、誤魔化しようがない。
「おにーちゃん、ボクみたいなちっちゃな子でも、ちゃんと感じてくれるんだぁ……」
 とかいいながら、テンは、香也の上体に体重を預け、のしかかってくる。
「……おにーちゃんの、変態さんっ!
 でも、ボクで感じてくれて、うれしいっ!」
 そういって香也を押し倒したテンは、強引に香也の口唇を奪い、長々と舌で香也の口の中をかき回した。
 香也の口の中を舌で蹂躙しながら、テンは、自分の下腹部に手を伸ばし、短パンのベルトを緩め、ジッパーを押し下げる。素早く片足だけ、短パンを脱いで、下半身は下着一枚になり、その状態で露出した香也の上に再び跨った。
 短パンをすべて脱がなかったのは、人目がないとはいえ野外であったから、服を全部脱ぐと、風で衣服とばされるおそれがあったからだ。だから、テンの半脱ぎになった短パンは、足首に絡んだ状態になっている。
「……ほらぁ……」
 香也から顔を離したテンは、幼い外見に似合わぬ淫らがましい表情で、香也の顔をみる。
「ボクの、ここも……んんっ!
 湿っているでしょ……。
 おにーちゃんに抱きついていた時から、ずっと感じてたんだけど……おにーちゃん、絵の方にむちゅうだったから……」
 そんなことをいいながら、テンは、自分の下着の濡れた部分を香也の硬直にすり付ける。
 確かにテンの下着は、局所的に湿った感触があった。
「……はぁ……。
 ね……。
 おにーちゃん……このまま、今朝の続き、しよう……。
 ボクをこの場で……みんなと同じように……おにーちゃんのモノにして……」
 テンは、香也の返事も待たずに再び香也の口唇を奪い、自分の下腹部に手をあて、下着を横にずらして幼い秘裂を露出し、そこに硬直した香也の分身をあてがう。
 テンが馬乗りになっている状態では、香也は為すすべもない。テンの体重なら、無理をすれば、香也の力でも振り払えないこともないのだが……テンの場合、体術や寝技にもそれなりに通じている。
 仮に、香也が抵抗したとしても、テンがやすやすと香也を解放してくれるとは、思えなかった。
「……はぁ……。
 ようやく、ボクの番……」
 香也が抵抗らしい抵抗をしないのをいいことに、テンは、足をM字型にして香也の「中心」の上に跨り、香也の硬直に手を添えて位置を固定し、その上にゆっくりと腰を沈めていく。
「……んっ!」
 やはり、侵入による苦痛は感じるのか、テンの眉間に深い皺が刻まれた。
「ほ、ほら……みえる……。
 んんっ!
 ボクの……中に……おにーちゃんのが、飲み込まれて……はぁっ!
 お、おっきいっ!
 め、めきめきって、……おにーちゃんが、ボクを割って……ふぅんっ!」
 苦しそうな声でそんなことをいいながらも、テンはゆっくりと腰を沈め続けた。
 香也からは、テンの中に香也が飲み込まれていく様子が、丸見えになっていた。陰毛もうっすらとしか生えていない幼い割れ目の中に、自分自身のが飲み込まれていく様子から、香也は目を離せないでいた。そもそも、あれほどの経験をしながら、香也の性生活はいつも唐突にはじまりどさぐさのうちに進行するので、こうして結合部をじっくりと目にする機会というものに、香也は恵まれたことがなかった。
 男女一対一でゆっくりと行うよりも、なんだかわからないうちに多人数での乱交状態になる割合が多い……というのも、なかなかに凄い境遇である。
「……んんっ!
 はぁ……」
 香也が結合部を凝視してい間にも、テンは、苦悶の表情を浮かべながらも、腰を沈めていくのをやめない。
 香也のソコは、ほぐれていないテンのアソコに締め付けられ、痺れに似た感触を得ている。愛液はそれなりに分泌されているのだが、それと膣の収縮とは、あまり関連がないらしい。少なくとも、一度も男性を迎え入れた経験がない場合には……などと、香也はそんな愚にもつかない思考を巡らせている。なにしろ香也は、ここ数日で処女に逆レイプ同然の扱いをうける、という経験を何度となく繰り返している。未開拓の女性の狭さにも、そろそろなれてきていた。
「……いっ、いっ……なんか、ひっかかって……多分、ここを過ぎれば……最後まで……」
 テンは、目尻に涙を浮かべ、泣き笑いの表情になりながらも、なおも腰を沈めようとする。
 半ばテンの中に飲み込まれた香也のソコも、先端に、今までにない抵抗を感じていた。
 ……そんなに、焦らなくとも……痛みをこらえなくとも、いいのに……と、香也は思う。その時のテンは、痛みをこらえながら、懸命に笑っている様に見えた。
「……んー……」
 香也は、手を伸ばしてテンの頭を撫でる。
 こうして無理矢理関係を結ぶのが、いいとは思えないが……テンが、自分の意志でそれを望んでいる、という熱意は、伝わってくる。
「無理、しないでいいから……」
 香也が、テンの頭を撫でながらそういうと、テンは、じわりと大粒の涙を浮かべる。
「……ううっ……確かに、いたいけど……」
 テンは、半泣きの表情でつぶやき……。
「でも……やっぱり、おにーちゃんと、ちゃんと、ひとつになりたいっ!」
 小さく叫んで、一気に、腰を落とす。
 ……かはぁっ!
 と、テンは喉をのけぞらせて、肺の奥から空気を吐き出した。
 香也を根本まで飲み込んだ姿勢で、テンは、顔を伏せ、しばらく肩を細かく震わせている。
「……っ……っ……」
 顔を伏せたまま、テンは、声にならない息を、細く吐き続ける。
「だ……大丈夫?」
 心配になった香也は、そのまま動こうとしないテンに、声をかけた。香也自身のアソコも、テンの肉に締め付けられ、感触がないくらいに締め付けられているのだが、香也ここ最近、こういう感触にもそろそろ慣れてきているので、あまり気にならない。
「……ははっ……。
 あんまり、大丈夫じゃない……かな?」
 テンは、涙を流しながら、無理に笑顔を作って見せた。
「実は……すごく、痛いんだけど……でも……ふぅー……おにーちゃんと、ようやく一緒になれた……っていう方が、嬉しい……」
 テンは、そのまま上体を香也の方に倒し、体重を預ける。
 香也の首に腕を回しながら、テンは、
「……おにーちゃん……。
 このまま、ちゅーして……」
 と、おねだりした。
 
 




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(274)

第六章 「血と技」(274)

 荒野は、茅の性器を入念に口と舌で探る。別に、そうすることで荒野自身がなんらかの快楽を受ける、ということもなかったが、荒野が何かするたびに、茅が押しころした声をあげたり身体をふるわせたり、愛液の量が増えたりするので、そうした反応を引き出すことが面白くて、ついつい夢中になってやってしまった。茅は何度かぐったりとして動かなくなったが、この間、多人数入り乱れてプレイした経験からいっても、そうした時でもしばらく愛撫を続けていれば自然と息を吹き返してまた感じはじめる、ということをしっていたので、荒野は構わずとことんまで茅を愛撫し続ける。ずっと二人きりで睦みあっていたならそうした発見もなかっただろうが、茅は感じやすい割には、一度上り詰めた後の回復も早かった。毎日のトレーニングがそういう部分に幸いしてかどうかわからないが、一見華奢な外見に似合わず、茅も相応にスタミナがついている。また、「だめ」とか「いや」とか連呼する割には、意外に快楽にどん欲であることも、荒野は見抜いている。もっともこの点は、茅にしてみれば、「相手が荒野だから」という前提があるから、と、茅は認識しているのかも知れないが。
 口で茅の性器やその上にある敏感な突起を責め続け、茅が何度か上り詰めると、ようやく荒野は身を起こし、一度茅から離れて素早く避妊具を取り出して、自身に装着、茅の足を広げてその間に自分の身体を割り込ませる。
 茅は、全身を汗に濡らし、自分に侵入する体勢になった荒野の顔を濡れた瞳でみつめ、せわしく呼吸をしながら、いやいやをするように弱々しく首を振った。
 荒野が腰を沈めて侵入すると、茅は、口を大きくひらいて喉の奥から空気を吐き出す。それは、音をともなっった声には、ならなくかったが、代わりに、茅の全身が、またガクガクと震えた。
 荒野は、茅の震えが収まるのもまたず、一気に腰を沈めきって茅を貫いた。
 茅が、シーツを握りしめながら、首をのけぞらせる。
 荒野は、荒々しい仕草で、何度も腰を引き抜いてはうちつける。そのたびに茅は身もだえし、周囲のシーツをかきむしり、震えた。
 荒野は一度動きを止め、すでに茅の汗を吸ってすっかり湿っている茅の服を乱暴にはだけさせた。茅は半裸になり、白い肌が露わになると、繋がったまま荒野は身をかがめ、まず、茅の乳首にむしゃぶりつき、すこしきつめに噛んでみた。
「……ぅんっ! んぅぅー……」
 茅は、苦痛と悦楽が入り交じった吐息を細く吐きながら、弱々しい動きで自分の胸に口をつけている荒野の髪の間に指をいれ、かき回す。
 茅の両足を少し持ち上げ気味にしながら、荒野は顔をあげて、茅に聞いた。
「茅は……こんなに乱暴にされても、気持ちいいの?」
 そして、浮かせ気味にした茅の腰を両腕で固定し、ざくざくと再び、茅の中心をうがちはじめた。茅が、露わになった白い肌を上気させ、「んっふっ。んぅぅー。んっ……」などと妙味艶っぽい吐息をつきながら、身をよじる。半端にのこったメイド服を身にまとい、汗に濡れた肌を晒して、髪を振り乱して身もだえる茅の姿が、荒野の目にはひどく扇情的に映った。
「茅は……こうして、乱暴に犯されるのが、好きなの?
 好きなんだろ?」
 荒野は、茅がはっきりとは返答しなかったので、腰の動きをさらに激しくしながら、茅に返答を迫る。
「……やっ!
 いやぁぁぁぁ-……」
 荒野が動きを早くすると、茅は、自分のこぶりな乳房を鷲掴みにしながら、肯定とも否定とも解釈できる悲鳴のような歓声をあげて、自由になる上半身を大きく波打たせて、またぐったりと動かなくなった。
 荒野は、まだ力を失っていない分身を根本まで茅の中に差し込んだまま、荒い息をして大きく胸郭を上下させている茅の顔を長めながら、乱れた茅の髪を指で整えてやる。
「……今日の、荒野……」
 しばらくして、いくらかは息を整えた茅が、薄目をあけて荒野の顔をみながら、いった。
「けだものさんなの……」
 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、荒野は、素早く腰を引き抜き、打ちつける。
「……んっ、ふっ!」
 その一度きりの動作で、また茅が全身を波打たせて悶絶した。
「茅だって……そのけだものさんに、こんなに乱れている癖に……」
 茅の息が整うのを待ってから、荒野はようやく茅に答えた。
「茅……もう、何回いった?
 今夜は、茅を際限なく行かせなければならないんだけど……」
 そういいながら、今度は、荒野は、分身の先端が茅の中で円を描くように、ゆっくりと動かしはじめる。
「……そういう約束だし……茅にはどんどん、気持ちよくなってもらわないと……」
「……んっ! あっ!」
 茅は、またベッドのシーツをかきむしりはじめた。
「荒野……今日は、いじわるなの……。
 んんっ!」
「いじわるなおれに、乱暴に犯されて……。
 茅……感じているんでしょ?」
 ゆっくりと先端を振るだけでも、また茅が全身を細かくふるわせはじめたので、荒野はぴたりと動きを止め、最初の質問に戻る。
「正直にいわないと、今夜は、ここで止めて、抜いちゃうよ……」
「……やぁあっ!」
 茅は、小さな悲鳴のような声をあげた。
「……むぅ。
 荒野……本当にいじわるなの……」
「ちゃんと答えないと、本当に、抜いちゃう……」
 荒野は、そろそろとした動きで、本当に茅の中から自分の分身を引き抜きにかかった。
 茅の襞が、荒野の分身を惜しむように収縮し、絡みついてくる。
「茅は……こういうの、嫌いか?」
「……あっ!」
 荒野が自分の内部から後退していくのを感じると、茅は、両足を荒野の腰に絡めて、荒野の動きを制止しにかかる。
「駄目っ! 抜いちゃ、駄目っ!」
「茅は……乱暴にされるのも、好きなんだね?」
 荒野は、念を押す。
「あんなに乱れてたし……茅のあそこ、抜こうとすると、おれのに絡みついて締め付けてくる……」
「……むぅぅっ……」
 茅は、半眼になって口惜しそうな表情をしながら、荒野を軽く睨んだ。
「正直にいわないと、本当にやめちゃうよ……」
 荒野は、茅の顔に気づかない振りをして、引き抜きかけた分身を一気に根本まで押し戻す。
「……んっふぁっ!」
 不意をつかれた茅が、また小さな悲鳴をあげた。
 荒野は、結合部の上部に位置する肉芽を指で軽く押すと、さらに茅の身体が跳ねた。
「感じるんだよね?」
 荒野は、茅の敏感な突起を指の腹で圧しながらにこにこ笑い、茅に確認した。
「もっと、して、欲しいんだよね?」
「……あぁぁぁ……」
 茅は、喉の奥から空気を振り絞り、びくびくと身体を痙攣させてから、ようやく認める。
「してっ! もっとしてっ!」
「……気持ちいいの?」
 もう一度、荒野は一気に引き抜いて、根本まで押し込んだ。
「んふぅっ!」
 恍惚とした表情になった茅が、叫ぶ。
「……乱暴にされるのが好きなの?
 おれに犯されるのが好きなの?」
 荒野は、ゆっくりとしたおおきな動きで腰を動かし、一突きごとに茅に卑猥な問いかけを行う。
 すっかり興奮してきた茅は、荒野に問われれば、反射的に「いいのっ! 好きなのっ!」と答えるようになっていた。
「何が好きなのっ!
 茅、ちゃんといってっ!」
 荒野も高揚していた。
 荒野は、自分の内部にもこうした嗜虐性がある、ということを発見し、少しは戸惑ってもいる。今まで、それなりの修羅場をかいくぐってきた身だが、血や暴力に酔う、という性行は、荒野には認められなかった。
「茅は……どうされるのが、好きなの?」
 だから、こうして茅を執拗に責め立てることに歓びを感じている自分を、荒野の冷静な部分が興味深く見つめている……という感触が、ある。
「犯されるのが、好きっ!」
 茅が叫んだ時、荒野は茅の中に長々と射精した。
「荒野に、乱暴にされるのが、好きなのぉっ!」




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彼女はくノ一! 第六話(15)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(15)

 予想外のこととはいえ、せっかくテンに連れてきてもらった展望のいい場所だ。幸い、眼下には、確かにゴミで埋まった隘路が一望に出来、それ以外にもかなり遠くまで見通せる視界の良さ。遠景を描く予定ではなかったが、香也は、スケッチブックを開いて早速、シャープペンを走らせる。ゴミ置き場を間近にみる機会はこれからいくらでもあろうが、ここからの展望をスケッチする機会は、この先、何度も訪れるとは思えない。
「……おにーちゃん、寒くない?」
 香也がスケッチブックの中に意識を没入させていくと、テンが香也の背に乗りかかり、肩に腕を回してくる。
 すでに描きかけの絵の方に意識を集中しはじめている香也は、テンの温もりを背中に感じながらも、
「……んー……」
 と生返事をするだけだった。
 香也が絵に夢中になりはじめている、と、感じ取ったテンは、香也の肩に顎を乗せ、スムースに迷う間もなく動く香也の手元をみている。
 香也は、目の前の風景をスケッチブックの大きさを目一杯に利用して描く、ということはせず、広げたページの四分の一ほどの大きさの四角い枠を、縦に三つほど並べて線描きし、その中に建物の輪郭などをさらさらと書き込んでいく。枠の外に、数字やアルファベットをメモ描きしていて、そのメモ描きとスケッチの各所が線で結ばれている。テンは、それは何だろうかとしばらく考えてみて、どうやら、アルファベットは絵の具の色の略号、そして、数字は、だいたいの配合比らしい……と、ようやく思い当たる。確かに、この場に絵の具はなく、だいたいの色合いをメモするのには、合理的な方法ではあったが……絵の具についてかなり詳細な、体験に基づいた知識がある香也でこそ、実用出来るメモ法だろう……とは、思った。
 完璧な記憶力を持つテンでさえ、過去の、香也が絵を描いている時の光景を思い返し、その映像の手元を参照し、記憶の中にある、絵の具のチューブに印刷された色名を確認するまで、そのメモ書きの意味がよそくできなかった。香也にとって、こうした野外のスケッチは、単純な下書きとかではなく、もっと具体的な「将来、本格的に仕上げる時のための、設計図」なのだと、テンは納得する。だいたいの構図と色の設定をスケッチの段階で決めておき、後で、ゆっくりと仕上げる、というのが、香也のやり方らしかった。
 テンがそうした推論を自分の中で構築し終える頃には、香也はスケッチブックのページを変えて、新しいスケッチを描きはじめていた。構図は前のスケッチとほぼ同じだが、色指定が異なる。
「……ふぅわぁあぁ……」
 香也の手元から、ふと視線をあげて、テンは感嘆の声をあげた。
 周囲が、夕日で茜色に染まりはじめていた。
 香也は、ほぼ同じ構図で色だけが異なるスケッチを、何枚分か素早く描き上げた時点で、完全に日が落ちて手元が見えなくなり、事実上、それ以上のスケッチが不可能になる。テンには、刻一刻と色合いが変わる夕暮れの一幕を描く香也の連作が、想像できるように思えた。
 時間の、グラデーションだな……と、スケッチから香也の制作意図を読みとったテンは、そう納得する。
 
「……そろそろ、帰ろうか?」
 完全に日が落ちると、香也は帰り支度をしながら、背中にもたれ掛かっているテンに、そういう。帰り支度、といっても、スケッチブックを閉じて、シャーペンをポケットに納め、起きあがろうとしただけだったが。
「……あっ。
 う、うん……もう、真っ暗で、何もみえないよね……」
 テンは、生返事をしながら、いったん、香也の背中から離れ……それから、今度は、香也の前に回り、香也の首にぶら下がった。
「……おっ。おっ……」
 テンの重量を支えきれなくなった香也が、前のめりに姿勢を崩す。
「ねえ……。
 せっかく、ここまで来たんだから……もう少し、ここにいよ?」
 テンは、香也の胴体に両足を回して抱きつきながら、香也の顔に吐息をかけるように、囁く。
「……んー……」
 一度、前のめりになった香也は、よろよろとした足取りでたたらを踏み、結果、へなへなと膝を追って、その場に尻餅をついた。
 これを幸いと、テンは、香也の身体に回した腕に力を込め、ぎゅっと身体の全面を密着させる。
「ごめんね……。
 胸、ぺたんこで……」
 香也に頬ずりをせんばかりに顔を寄せて、耳元に、テンはそんなことを囁く。
「……んー。んー……」
 思わぬ展開に、香也は唸り声をあげながら、内心で冷や汗をかいた。
「でも……。
 せめて、おにーちゃんを暖かくするね……」
 香也が固まっているのをいいことに、テンが、ことさらにぐりぐりと身体をおしつけてくる。
「こ、こんなとこで……」
 ようやく香也は、かすれた声で意味の取れる言葉を吐いた。
「こんなところだから、じゃないかぁ……」
 そういって、テンは、ぺろりと香也の首筋に舌を這わせる。
「おにーちゃんのここ、膨らんできたし……本当は、期待しているんでしょ?」
 テンはそういって、制服の上から香也の股間を指先でつつつ、とたどった。正面からテンに密着されてから、急速に二人きりであることを意識し、香也のそこはテンのいうとおり、布地を持ち上げはじめている。
 すりすり、と、香也の膨らみを撫でながら、テンは上目遣いで香也の目をみて、続ける。
「……今なら、二人っきりだし……。
 おにーちゃんさえよければ……ここで、今朝の続きをしよっか……」
 香也が返事をするのも待たず、テンはがばりと香也に向かって体重をかけ、強引に口唇を奪う。
 不意をつかれた香也は、テンに押し倒される形になった。
 寝そべった香也の口を貪りながら、テンは、手さぐりで香也の股間のジッパーを降ろす。
「……はっ!
 おにーちゃん、もう、こんなにしちゃって……。
 ぼくみたいなちっさい子に無理矢理押し倒されて感じてるなんて……おにーちゃんの、変態……」
 一度口を離したテンは、そういいながらジッパーの中に手をいれ、下着の中から香也の分身を取り出して、直接指で弄びはじめた。
 そして、香也が身をよじって抵抗しようとするのにも構わず、再び香也の口をふさぎ、舌で香也の口の中をかき回しながら、指で香也の肉茎をしごきはじめる。
「……これ……先の方から、なにかではじめている……」
「んっ……。
 ピクピクしてる……」
「硬いし……これ、気持ちよくなると、硬くなるんだよね?」
 テンは、香也の口を蹂躙しながら、時折口を離しては、香也の耳元でそんなことを囁く。
 香也を刺激しながら、テンは、ベルトを緩めて香也の手を自分の下半身に導いている。
「……ほら……。
 おにーちゃんも、好きに……少しくらい、乱暴にしても、いいよ……んんっ!
 ボクは、もう全部、おにーちゃんのモノなんだから
……。
 はやく……ボクを、おにーちゃんのモノにして……。
 ボクだけ、仲間外れは、いや……」 




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(273)

第六章 「血と技」(273)

 荒野の硬直が茅の陰毛の中に押しつけられると、茅の中心が濡れていることがわかった。何人かの女性を体験した今となっては、荒野にも、茅が濡れやすく感じやすい体質だ、ということが判断できるようになっている。あるいは、荒野以外の男性を相手にするときは、茅も別の反応をするのかも知れないが……茅の性格と意向を考慮すると、茅が荒野以外の男性に身をまかせる可能性は、かぎりなく小さい。
 ……などということを考えていると、荒野はある疑問が、ふと思い浮かんだ。
「……茅は……おれが、他の女の人とやっても、平気なの?」
 その疑問を口にすると、茅は、
「……むぅ」
 と、むくれた。
「平気なわけは、ないの。
 でも……荒野を取り巻く状況自体が、そもそも異常だし……何もしないで取り返しのつかない自体になって、後悔するよりは……打てる手をすべて打って、後悔する方が……ましなの……」
 茅はそんなことをいいながら、ぐ腰を浮かせるようにして、荒野の硬直を、ぐりぐりと自分の濡れた陰部に押しつけてくる。
 シルヴィや静流、酒見姉妹を荒野が抱くことで、現在の状況が少しづつ好転していく……というのは、確かに、事実だった。
 頭の良い茅が、そのメリットと自分の嫉妬心を天秤にかけ、後者を押し殺した……というのも、それなりに、腑に落ちる話しではある、と、思う。
 しかし、それでも……。
「……本当か?」 
 荒野は、重ねて茅を詰問した。
「いつも、茅はえっちに積極的だけど……今日なんかは、なおさら燃えているような気がするけど……。
 それに、この前、みんなでした時だって……」
 そういいながら、荒野は茅の秘裂に沿って自分の硬直を上下させる。
 茅が目を閉じて、「……んんっ!」と花にかかった声をあげた。
 荒野は、茅の襞を亀頭で探るように、ゆっくりと上下に腰を動かす。
「実は、おれが他の女とやっていることを考えると……。
 茅……興奮、するんじゃないか?」
 荒野が指摘すると、荒野の亀頭を半ば飲み込みはじめた茅の部分が、微妙に収縮する。
 茅のそこの反応をみて、荒野は、
 ……図星、かな?
 と、思った。
 そこで、荒野は茅の耳に口を寄せて、
「茅……。
 おれが、他の女とやっていることを考えると……興奮、するんじゃないか?」
 もう一度、同じ内容の質問を、繰り返す。
 茅は、答える代わりに、荒野の身体を腕で突き飛ばそうとした。
 もちろん、茅の力でどうこうできる荒野ではない。荒野は、突き飛ばされる代わりに、少し腰を沈め、完全に茅の中に亀頭を埋没させる。
「……むぅー……」
 茅が、可愛らしく口をへの字型に結んで、むくれてみせた。
 荒野は、浅く繋がったまま、茅の両腿に手をかけ、軽く持ち上げてみせる。
「そんな顔をすると、このまま抜いて寝ちゃうよ」
 そういいながら、持ち上げた茅の下半身を揺さぶってみせた。
 浅く結合したまま、微妙な振動を与えられた茅が、「……んっ、はぁっ!」と、艶めかしい吐息を漏らす。
「今夜の荒野……意地悪なの……」
 しばらくしてから、ようやく茅は意味のある言葉を吐く。
「茅は……このままやめちゃっても、平気なの?」
 再び、荒野が尋ねた。
 前の問いに、茅はまだ答えていない、ということを、強調する。
 と、茅は、
「……やぁー」
 と、拗ねた子供のような声を出し、荒野の腰に両足を絡めて、自分の力で荒野の分身を自分の中に導こうとする。
 荒野は、すばやく、茅の両足を解いて、茅の身体をベッドの上に放り出し、その後、素早く茅の上に覆い被さって、身動きを封じる。
 茅が、むーむー唸りながら荒野の下から逃れようともがいたが、荒野は茅の身体を横抱きにして拘束し、利き腕を素早く茅の両腿の間に滑り込ませた。
 茅の濡れた花芯に荒野の指が届くと、途端に、茅の抵抗が、弱くなる。
 荒野はことさらにゆっくりとした動きで茅の入り口の襞を指先でかき分ける。
 鼻息を荒くして身をよじろうとしていた茅も、荒野の指先がクリトリスに触れると、
「……んんっ!」
 と甘い声を出してビクン、と、身体全体を震わせた。
 荒野は、親指を茅の愛液で湿られてから、親指の腹で敏感な茅のクリトリスに微妙な刺激を与えつつ、人さし指の第一間接までを茅の中にいれて、ゆっくりと茅の浅い部分をかき回す。
 荒野の身体の下で、茅の身体が面白いように震えた。
「茅は、やっぱり感じやすいな……」
 荒野は、茅の耳元で囁く。
 その言葉に、茅がまた身震いをした。
 荒野は、茅の浅い部分を指で上下にかき回す。
「んっ。んんんっ……」
 と、茅が、小さな声をあげる。
 荒野が、親指の腹でおしていたクリトリスを軽く摘むと、茅は大きく背をそらす。
 荒野は、茅の腿から力が抜けた隙を逃さず、両腕で、茅の両足を大きくこじ開け、茅の内部に中指を深く侵入させた。
「茅のここ……すっかり、ぬるぬるになっている……」
 耳元でささやきながら、茅のソコに入れた指を軽く前後させた。内部から潤沢にあふれでてくる液体のせいで、軽く動かすだけでも、茅の股間からじゅぷじゅうぷと水音が聞こえてくる。
「この音……。
 ……どんどんいやらしくなっていくな、茅……」
 ここのところ、女性に主導権を握られることが多く、フラストレーションが貯まっていた荒野は、ここぞとばかりに茅を言葉で責めたてていた。
 たまには、こうして主導権を握るのも、いい……と、荒野は思う。
 茅は、荒野から精神的物理的な責めを受けて、
「……やっ……。
 いやぁあっ……」
 と、弱々しく首を横に振る。
「こんなの……荒野だから……こうなる……のぉ……」
「おれが他の女とこういうことしても、茅は平気なの?」
 荒野は、また、先ほどと同じことを茅に聞く。
「おれが他の女とやっているのをみたり想像したりすると、興奮するんだろ?」
 実のところ、返事を確認したいわけではない荒野は、茅の返事を待たずに、指を激しく動かす。
 茅は、荒野の問いに答える余裕もなくなって、
「……あっ! あっ! あっ!」
 と断続的に喘いで白い喉をのけぞらせた。
 その後、全身をぶるぶるふるわせながら硬直し、しばらくぐったりと動かなくなる。
 茅がぐったりとしている間に、荒野は一度茅から身体を離し、服を脱ぎ捨てて全裸になった。
 茅は、半眼になって、荒野の動きを目で追っているが、何らかの反応する余裕はないらしい。
 荒野は、ぐったりとしている茅の身体を仰臥させ、股を大きく開く。茅の白い下肢が向きだしになり、荒野の目を射た。股間の陰毛だけが、周囲の肌の白さとは対照的に、黒々としている。
 荒野は、ぐったりしたまま茅の膝を開き、そこに頭を割り込ませた。
 茅が、慌てて膝をあわせて足を閉じようとするが、荒野はそれを意に介することなく、茅の茂みに顔の下半分を、つけた。
 ……そういえば、茅のここを口でやったことは、あまりないなぁ……。
 などと思いながら、荒野は、茅の陰毛を舌でかき分け、茅の女陰に直接、口をつける。
 茅の全身が、これまでの震えとは比べものにならないくらい大きく、震えた。
「……だめっえっ!」
 と、茅が叫ぶ。
「そんなこと……」
「茅、いつも、おれの、口でするじゃん……」
 荒野は、茅の制止に構わず、そう答える。茅の秘部に口をつけたまましゃべったので、不明瞭な声しかできなかったが、もとより、茅にはっきりと聞かせるために話したわけではないので、荒野は頓着しない。荒野がしゃべると、それだけでも刺激をうけるのか、茅の全身が大きく震える。
 それから荒野は、茅の中を舌で蹂躙した。
 茅が泣こうが喚こうが、止めるつもりはなかった。
 荒野がそうしている間中、茅は、断続的に悲鳴ともすすり泣きともつかないか細い声を上げ続け、身体をふるわせ続けた。




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彼女はくノ一! 第六話(14)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(14)

 六時限目の授業が終わるのと同時に、香也はそそくさと帰り支度を開始し、あたふたとわき目もふらずに教室を出ていく。香也がこの時間に一人で下校する、というのも、最近では珍しい。
 今日は、昼休み、斉藤遙がプリントアウトしてくれた地図を頼りに、以前、有働が案内してくれた以外の場所を重点的に回ってみるつもりだった。絵の参考にするため、写真などはかなりみせて貰ってはいたが、はやり、描く対象を自分自身の目で確認する事は大事だったし、それを除いても、香也自身も興味があった。たかが不法投棄の粗大ゴミに、何故ここまで興味を持てるのか、と、香也自身、不思議に思えるくらい、香也のモチベーションは高くなっている。
 地図でだいたいの方向を確認し、この時期はまだまだ日が沈むのも早いし、移動に必要な時間も考慮しなければならないから、今日一日では全部は無理かな、などと考えながら歩いていると、
「……おにーちゃんっ!」
 と、声をかけられる。
 自転車で車道を走ってきたテンが、ずさっーっ! と急ブレーキを踏んで、香也の脇で停止した。
「……みーつけたぁ!
 念のため、おにーちゃんが帰る時間、楓おねーちゃんに確認しておいてよかったよ……」
 どうやら、メールか何かで楓に香也の下校する時間を、確認しておいたらしい。
 ……一人になれないのか……と、軽い失望を覚えるのと同時に、こういう慎重な部分は、いかにもテンらしいな……と、香也は納得する。ガクやノリなら、最終下校時刻ギリギリまで香也が部活をやることが多い、ということを知っているから、確認を取るまでもなく、それを見越して迎えに来るのだろう。
「……おにーちゃん、これから、いろいろなところ、回るつもりなんでしょ?
 だから、はい。
 乗った乗ったっ!」
 そういって、テンは、ガクが再生したママチャリの荷台を掌で叩く。
「……んー……」
 香也は、冷や汗をかいた。
 これは……香也に、そこに乗れ……ということ、なのだろうな……。
「でも……二人乗りは、禁止だし……」
「それは、普通の人の話しでしょ?
 ボクの場合、そこいらの原チャリくらいの出力があるし、全然、大丈夫だよ。小回りも利くし、細かい裏道も知っているから白バイくらい軽く振り切れるし……」
 そういう問題ではない、と、香也は心中でつっこみをいれた。
「……はいはい、時間がもったいないでしょっ!
 早く乗って、おにーちゃんっ!
 荷物とかスケッチブックは、前のかごにいれておくねっ!」
 それでも、何気に強引なテンに押し切られる形で、香也はママチャリの後部荷台に腰掛けるのだった。
 テンは、香也の手からプリントアウトの地図をもぎ取って一瞥し、すぐに香也の手に返した。
「……この、一番近いところから順番に回る感じで、いいねっ!
 じゃあ、おにーちゃん、振り落とされないようにしっかりしがみついていてよっ!
 いっきまーっすっ!」
 などと宣言すると同時に、びゅん、と周囲の風景が後ろに流れる。
 強烈なGを感じ、このままでは誇張でもなんでもなく「振り落とされ」かねない、と感じた香也は、生存本能に従って、テンの小さな背中にしがみつく。
 ママチャリに法定速度というものが適用されるのかどうか、香也にはよくわからなかったが、車両用の制限速度は遙かに超越していることは、直感的に理解できた。
 そもそも……自転車って、こんなにスピードがでるものだったのだろうか? 香也の体感では、真理の運転する車や、羽生のバイクに乗った時よりも、よっぽど早く感じる……。
 反射的に喉から漏らしかけた悲鳴を、香也はあやういところで飲み込む。
 スピードを出している割に、周囲の車両にクラクションをならされたり、といった混乱は、不思議となかった。スピードこそ滅茶苦茶早いものの、他の車の進路妨害とかはしていないし、信号に引っかかれば素直に停車する。信号待ちの時に、通りすがり歩行者にじろじろみられる、という弊害こそあったが、しっかりとテンの背中にしがみついて振り落とされないよう、気をつけていさえすれば、なかなか快適な乗り心地であった。
 小さな子供が乗るママチャリの後部座席に、年齢の割には長身の、制服姿の香也がしがみつくように、乗っているわけで……せめて、前と後の組み合わせが逆だったら、そんなに注目をあびることもなかったのだろうが……テンは、信号待ちの間、目を見開いてこっちを凝視している通行人のひとたち……この時間帯だから、おおかたは、買い物にでる途中のおばさんたちだった……に、脳天気な笑顔でピースサインを送ったりしている。
 そして、信号が青に変わると、再び、ペダルを踏み、びゅう、ともの凄い勢いでダッシュして、無関係な通行人のみなさんを、驚かせるのであった。

「……とうちゃーっくっ!」
 五分もかからずに最初の目的地についた時、ママチャリを漕いでいたテンよりも、後ろに乗っているだけだった香也の方が、むしろ汗だくになっていた。もっとも、汗は汗でも、この時香也がかいていたのは、緊張による冷や汗に近かったが……。
「……んー……」
 ぎくしゃくとした足取りでぴょこんとママチャリの荷台から降りた香也は、しばらく額の汗を掌で拭いながら、深呼吸を繰り返していた。
 ……いろいろな意味で……貴重な経験だった……と、香也は思う。
 しかし、しばらく休んで呼吸を整えなければ、落ち着いて絵を描けそうにもなかった。
「……あ、ありがとう……」
 息を整えながら、香也は、テンの頭を撫でてお礼をいう。
 緊張のあまり膝ががくがくしていて、ろくに歩くことが出来ないのを、テンに悟られたくなかった。
 テンの頭を撫でながら、周囲を見渡して、肝心の目的であるゴミの状態をざっと観察する。以前、有働に案内してもらった場所よりは、よっぽど狭い。狭い……というより、工場と工場の間の狭い隘路がゴミで埋めつくされている感じで、見通しが全くきかない。
 そんなこともあって、以前の時には、有働はここを省略したのだろう。確かに、見栄えがしない……というより、狭い入り口がゴミで埋まっているところしか、確認できない場所、ではあるのだ。
 香也は、ポケットから折り畳んだ地図を取り出して、確認する。
「……んー……」
 地図に記されたマーキングによると、この先、百メートル以上にわたって、狭い隘路を、ゴミが塞いでいることになっている。
「……なに、おにーちゃん……。
 ここの全体像が、みたいの?」
 テンが、香也の手元を確認して、質問した。
「……そんなの、簡単だよ。
 ほら、ちゃんとスケッチブック持ってて……しがみついていてね」
 テンは、香也が反応する隙も与えず、香也にスケッチブックを持たせ、香也の両腕を自分の首に回し、「……よいしょ……」と軽く声をかけて、香也の両腿をがっちり掴んで持ち上げた。
 テンにいきなり背負われた香也は、慌ててテンの首にしがみつく。
「……ええっと……あそこが、見晴らしがいいかな……」
 しばらく周囲を見回したテンは、きなり走り出し、再び、周囲の風景が、びゅん、と音をたてて背後にすぎさった。
 自転車の後ろに乗った時に比ではない、高速での移動だった。
 香也が悲鳴を上げる間もなく、今度は、テンは、垂直に昇りはじめる。
 気づくと、テンは、香也を背負ったまま、近くの倉庫の雨どいを手で掴んで、するすると昇りはじめていた。

「……ほらっ。
 ここだと、あそこ、全部みえるでしょ……」
 ようやく、テンの背中から降ろされる。
 確かに、そこからなら、ゴミで埋まった隘路がすべて見渡すことができた。
 テンに降ろされたそこは、隘路の正面に位置していた倉庫の、屋上だった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(272)

第六章 「血と技」(272)

 酒見姉妹は、さきほどから戸惑っていた。
 荒野が話す内容は……理解できない、というわけでもないのだが……酒見たちにとっては、ひどく「遠い」内容に思えた。生え抜きの一族である酒見姉妹は、物心ついてからこれまでのほとんどの時間を「仕事」をして過ごしている。現場レベルでの判断力こそあれ、あまりマクロな視点で物事を見たり考えたりすることに慣れていない。
 そこで二人は、荒野の話しが一段落したところで、戸惑った顔をして顔を見合わせ、茅の方に振り返った。
「荒野……。
 ……いっていることは、間違ってはいないと思うの。
 でも、先走り、しすぎ……」
 茅は、酒見姉妹が自分の方に顔を向けたことに気づくと、軽く手をあげて合図し、荒野に話しかける。
「……わたしたちは……まだ、幼くて、未熟なの」
「そう……だな」
 茅の言葉に、荒野も、頷く。
「おれたちは……まだまだ未熟で、無知だ……。
 何も知らないし、出来ることに限界がありするぎる」
 ……荒野と茅にこんな会話をされてしまったら……自分たちは、どんな顔をすればいいのだろう……と、酒見姉妹は思う。
 酒見姉妹の困惑に気づいたのか、すぐに荒野が大きく延びをしながら、
「……まあ、今すぐ解決できる問題ではないし、少し気を長くして取り組んでいくさ……」
 と、いったのを機に、その日はお開きとなり、酒見姉妹はマンションを辞した。

 酒見姉妹が玄関から出て行くを見送ると、茅は荒野にぴとっと寄りかかって、抱きついてきた。
「……な、なに?」
 荒野が、震える声で尋ねる。
「今日は金曜の夜……週末なの……」
 茅は、荒野の胴体に腕を回して、脇腹あたりにすりすりと顔を押しつける。
「……他の女とやった時は、二倍から三倍の法則なの……」
「お、おーい……。
 茅……さん……」
 荒野は今週、「茅以外の女性と関係した回数」を思い返して、顔から血の気が引いた。
 何せ、わずか数日前に、茅、シルヴィ、酒見姉妹と一晩中交わっている。誰と何回交わったのか、なんてことは、荒野自身でさえ記憶していないような乱交状態だった。いや。完璧な記憶力を持つ茅なら、「正確に」カウントしているのだろうが……その倍とか三倍、茅とナニをやれ、といわれたら……いくら超人的な体力を持つ若い荒野とて、二の足を踏む。
「……荒野の、匂い……」
 しかし茅は、荒野の話しを聞いている様子はない。
 ぎゅっと荒野の胴体に腕を回しながら、すりすりと顔を荒野の脇の下あたりに押しつけて陶酔した表情をしている。
「……な、何かの中毒か……」
「茅は……荒野中毒なの……」
 そんなことをいいながら、茅は荒野の身体に抱きついたままメイド服のスカートが捲りあがるのも構わず、両脚まで荒野の胴体に廻し、ずりずり尺取り虫よろしく、荒野の身体をはい上がっていく。
 荒野は、茅に抱きすくめられて身動きが取れないのと、茅を乱暴に振り払うことに抵抗もあって、抵抗らしい抵抗もせず、茅がしたいようにさせておいた。
 正面から抱きついてきた茅はずりずりと荒野の胴体を這いあがり、荒野の肩の上に腕を回したところで長々と舌を絡めた口づけを交わす。
 それから荒野は、
「風呂にいくか? それともベッドの方?」
 と、聞いた。
 経験上、こうなった茅は、一度欲求を発散させておかないと、こちらのいうことに耳を貸さない、ということも学習しているし、何より、荒野にだって茅を求める気持ちはある。
 それに、バレンタインの時、大量のチョコレートを持ち帰っている、という引け目もあった。
「……ベッドの、方……」
 茅は、早くも頬を上気させ、潤んだ瞳で荒野を見上げながら、答える。
「荒野の汗の匂い……感じたい……」
 そういって茅は、また、荒野の口唇を塞ぎにかかる。
 ……茅……本当に、中毒に近いんじゃないだろうか……と、荒野は少し心配になった。
 単なるフェティシズム、だとは思うが……。
 荒野は、茅を首にぶら下げたまま、玄関から寝室にしている部屋に移動する。茅の重量はさして気にならなかったが、茅は口を離そうとしないので正面への視界が遮られた形になり、慎重な足取りでゆっくりと移動しなければならなかった。
 ようやくベッドのある部屋まで移動し、ベッドの上に茅の身体を降ろす。
 ベッドの上に寝そべっても、茅は荒野の首から腕を放そうとはしなかった。荒野も、茅とキスをするのは好きな方なので、したいようにさせておいた。
 この状態で困るのは、茅が抱きついて離れないので、茅の衣服を脱がすことができないことだ。
 茅は、そんな荒野の困惑にもかかわらず、下から荒野に抱きついた状態のまま、手探りで荒野のベルトを外しにかかる。
 ベルトを緩めた状態で荒野の股間に手を差し込み、ようやく口を離して、
「……もう、元気……」
 と一言、荒野の耳元で囁いて、今度は荒野の耳を甘噛みしはじめた。そのままの体勢で、腰に廻した脚で、ベルトを緩めておいた荒野のコットンパンツを下にずらしていく。同時に、茅は、ベッドについて二人分の体重を支えていた荒野の手首を掴み、それを横に払って、荒野の身体が茅の上に覆い被さるように、しむけた。
 密着したまま、荒野と茅は、ベッドの上に重なりあう。
 荒野は、下半身だけ下着のまま、という間の抜けた姿のままで、茅にむしゃぶりついた。
 茅は、荒野の身体に両腕を回して背中をまさぐり、同時に、両脚を回して自分の股間を荒野の硬直した部分に擦りつける。
 コットンパンツを下にずらしたのと同じ要領で、茅は荒野の下着も足元にずらし、その後、荒野の手を捲れあがった自分のスカートの中に導いて、自分の下着をはぎ取るよう、無言のまま荒野に指示をした。
 荒野が、茅に導かれるままに茅の下着に手をかけると、茅は腰を浮かせて荒野の動きを助ける。
 そして、再び両脚を荒野の腰に絡め、剥き出しになった自分の下半身を、荒野の股間に密着させた。





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彼女はくノ一! 第六話(13)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(12)

「ねーねー、狩野君……」
 教室にはいると、今度は牧野と矢島が近寄ってきた。
「……んー?」
 香也は、「今日は、良く人に話しかけられる日だな」とか思いながら、曖昧な返事をする。
 もっとも、牧野と矢島が香也に話しかけてくることは、珍しくはない。
「今度は、何を描くの?」
「いや、今度のは、そういうことじゃなくて……」
「いや、ついでに春の新番のキャラを……じゃなくて……」
 牧野と矢島は、交互に香也に話しかける。
「……ええっと……。
 実は、部活のことなんだけど……」
「マン研、二年生皆無だから、今の三年生が卒業しちゃうと、完全に定員割れなんだよね……」
「……そう、なの?」
 香也は、首を傾げる。
 マンガなんて、誰でも気軽に読むものだと、香也は認識している。少なくとも、絵を見たり描いたりする人口よりも、マンガを読んだり描いたりする人の方がよっぽど多いのではないか……と、香也は思った。
「マンガの方が、美術よりもよっぽど人集まりそうな気がするけど……」
 羽生の関係で同人誌即売会の現状などについて生半可な知識がある分、香也の認識には変なバイアスがかかっている。
「いや、読む人はめちゃくちゃ多いけど、描こうという人は、滅茶苦茶少ないよぉ……」
 牧野は、苦笑いを浮かべながらそんな意味のことをいって、ぶんぶんと手を顔の前で左右に振る。
「それでね、来年の新入生の入部者数は読めないから、いっそのこと、来年度から美術部に併合して貰おうかなーって……」
 矢島はそういって、牧野と顔を見合わせ、「ねー」と頷きあう。
「……んー……」
 香也は、二人が何故そんな話しを自分にするのかよく分からなかった。
「そういう話しは、旺杜先生とか樋口先輩とかに……」
「もう、したした」
 矢島が、頷く。
「旺杜先生は、問題起こさないなら好きにしろ、だし、樋口先輩は、来年の部長は狩野君だからって……」
「で、来年の美術部長さんに、話しを通しておきたいと思ったんだけど……」
 牧野が、香也の顔を覗き込んだ。
「それって……」
 香也は、首を捻った。
「ぼくが絵を描く時、なにか影響あるの?」
「ない、ない」
 矢島は、顔の前でぱたぱたと手を振った。
「単なる、人数合わせっていうか……。
 もちろん、狩野君の邪魔をするつもりはないし、それに、必要な道具も出来るだけ自分たちで持ち込むから、部費の負担なんかも、ほとんどない筈だし……。
 あっ。
 絵の描き方とかは、少しは、教えて欲しいかなっ……ていう気はするけど……」
「……んー……。
 分かった」
 香也は、頷いた。
 二人の話し聞く限り、別に面倒なことにもならないだろう……と、思えたからだ。

 昼休み、香也は珍しく教室を出てパソコン実習室へ向かった。
「ゴミの投棄場所の、地図、ですか……」
 実習室に用事のある楓も香也に同行していて、実習室に向かう廊下で香也に話しかけていた。
「……んー……。
 そう……」
 香也は、頷く。
「放課後、スケッチに回ろうと思うから……。
 前は、有働さんに案内して貰ったけど、考えてみれば、地図を貰って一人で廻った方がいいかなって……」
 香也の本音としては、昨日の様子を考えると、放課後の美術室もそろそろ安息の地とはいえなくなってきたので、出来るだけ一人きりになれる時間が長くなる方法を考えた末、そのような口実を思いついたわけであるが……。
「あっ。
 それじゃあ、わたしもご一緒していいですか?」
 香也の心境を知らない楓は、そんなことを言いはじめる。
「……そろそろ、校内で必要なシステムも、固まってきましたし……わたしの手も、空いてきているんですけど……」
「……んー……」
 香也は、出来るだけ平静な声を出すように努めた。
「別に、いいから……。
 ただ、スケッチして回るだけだし……危険なことが、あるわけでもないし……。
 第一、ぼくがスケッチしている間、この寒い中、ぼーっと待っていてもらうだけ……っていうのも、悪いし……」
 香也らしくもなく多弁になっている……という、自覚はなかった。
「……そう、ですかぁ……」
 しかし楓は、香也の態度を特に怪しむことなく、残念そうなそぶりをみせながらも、素直に頷いた時、二人はパソコン実習室に到着した。
「……あっ。
 斉藤さん、ゴミ投棄場所の地図、プリントアウトできますか?」
 楓は、実習室の中に斉藤遥の姿をめざとくみつけて声をかける。
 斉藤遥は主として放送部がらみのサイト管理を取り仕切っている、パソコン部員だった。
「あっ……楓ちゃん……。
 うん。それくらい、お安いご用だけど……。
 ああっ。
 そっちの絵描きさんのご要望か……」
 楓の背後に香也の姿を認めた斉藤は、納得した表情で頷く。
 放送部と打ち合わせすることが多い斉藤は、香也が放送部の依頼で、ボランティアのポスター製作に協力していることも知っていた。
 斉藤は、すぐに末端を操作し、香也のためにゴミ投棄場所の地図をプリントアウトしてくれた。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(271)

第六章 「血と技」(271)

 茅や酒見姉妹とともにマンションに帰る。酒見姉妹は別にマンションまで連れ帰る必要もなかったのだが、昨夜、茅が下校時の護衛を断ったこと、すなわち、佐久間現象一行に関する詳しい説明をしておきたかったので、夕食へ誘う。
 どのみち、茅と姉妹の三人で、料理の仕方を教える夕食の仕度をる、というスタイルも、最近では定着しつつある。
 茅に紅茶をいれて貰って、三人がキッチンで働く背中を見ながら一通りのことを説明する。今朝、河川敷にこの姉妹もいたので、顔通しは住んでいるし、その場にいた流入組の一族関係者にも、現象の性格や挙動は目撃されているわけで、荒野に大きな不安はなかったが、現在、この土地にいる術者たちの二大派閥である野呂、二宮の両方にコネクションを持っているこの双子にしっかりとした説明をしておけば、後の情報伝播は半自動的、かつ速やかに行われる筈であり、荒野の手間はかなり省ける。今朝の目撃情報と荒野が説明する正確な説明とが定着すれば、今後、町中で活動を開始する現象の動きを流入する一族全員がそれとなく見張り、不審な動きがあれば現象を監視する梢や舎人、あるいは荒野に対して報告する、という動きが生じる筈でもあった。
 夕食の準備中に、一通りのことを説明する。
 酒見姉妹の反応はというと、今朝の現象の様子を見ていたので、「……そんなに心配するほどでもないのではないか?」と荒野の警戒心を不思議がっていた。
「……あれでも……体術を仕込まれていないだけで、素質的には、一族の平均を遙かに抜きんでているんだけどな……」
 と苦笑いしつつ、荒野は、「現象を警戒しなければならない理由」を、いくつかあげる。
 最大の懸念は、現象が佐久間の技を使用できる、という事実。
 現象自身の戦闘能力がたいしたことがなくとも……伝えられている佐久間の能力が、話し半分であったとしても、監視の目をくぐり抜けて、一人、また一人……と、術者を自分の意のままに動く「傀儡」にしていけば、最終的には突出した勢力になりうる……可能性が、ある。
 次に……。
「おれ……ここに来てから、つくづく思い知らされているんだけど……。
 個人の身体能力とかが、いくら優れていようとも……社会的な影響力、ということに関していえば、もっと別の要素の方が……ずっと、大きいんじゃないかな……」

 夕食の仕度が済むと、食事をしながら、荒野は、ここ数日考えていたことを双子や茅に説明する。
 半分は、自分自身の漠然とした考えを、まとめるためでもある。
「例えば……佐久間の洗脳は個人単位でしか使えない。扇動や大衆操作にもそれなりのノウハウを持っているようだけど、そっちの方の影響力は、今ではマスメディアの方がよっぽど大きいんじゃないかな?
 佐久間以外でも……野呂や二宮、あるいは、加納でもいいけど、とにかく、数人の突出した術者がいたとしても、世の中は、あまり変わらない。
 だけど……何の能力のない一般人でも……正しい方法を使えば、自分の住んでいる社会に対して、なにがしかの影響を及ぼせる……。
 他人を巻き込んだり動かしたりするのは、突出した能力なんかじゃなくって、経済的な利害関係だったり、正論だったり、信頼関係だったり、雰囲気だったり……」
 孫子の経済力、玉木の企画が生み出す影響力や波及効果、有働の地道な働きが生み出す信頼感……などの具体的な例を挙げ、荒野は、酒見姉妹に丁寧に説明してみせる。
「おれ……そういう例をみて、考えたんだけど……。
 結局、一般人より能力的に上の一族が、いつまでも日陰者でいたのは……やはり、それなりの理由があったから、なんじゃないか……と、思うようになった。
 経済とか信頼とか、影響力とか……そういう目に見えないけど重要なものっていうのは……個人的な能力って、あんま、関係なくって……それで、世の中を動かしているのは、結局、そういう力なんだ……。
 一般人より能力的に上、の筈の一族は……実は、場合によっては、一般人より使えない。
 おれ、才賀のヤツみたいに事業計画書作成してその通りに会社立ち上げる才覚とか、玉木みたい次々と企画立ち上げて実現しちゃう行動力とか、有働君みたいに、いつ結果が出るのか分からない作業を黙々と長期間こなす能力、ないし……でも、彼らの行動は、確実に、周囲に対して影響を与えてはじめている……。
 お前ら……あいつらみたいな真似、出来るか?」
 最後には、荒野は双子に問いかけてみた。
 酒見姉妹は、顔を見合わせてから、同時に首を横に振る。
「確かに、身体能力では、一般人よりも一族の方が、ずっと強い。喧嘩したら、間違いなく一般人よりも、一族の方が勝つ。
 でもさ……それって、そんなに偉いことか?
 いや、偉い偉くない以前に、世間一般の基準からいって、喧嘩の強さなんて、さして重要な要素じゃないだろ?
 現象のヤツは、親の恨みを引き継いで、自分なりに「一族という集団」を壊そうとするらしいけど……」
 と、荒野は、続ける。
「……おれはこれから……やつとは別のベクトルで、従来の一族という集団を、無効化していくことになると思う。
 共存路線という大本は、今までと変わらないんだけど……望む者には、忍以外の生き方もできるような、受け皿を、作っていきたい。
 そのためには……今までやっているように、一般人社会の受けを良くしたり、理解して貰う努力をしていくことも大事だろうし、それに加えて、一族が、何の隠し事もする必要なく、自分たちの能力を十全に発揮できるような環境や仕事も、用意しなくてはらないし……まあ、これは、実際にやろうとしてみれば……一生かかっても、できるかできないかって、話しになってくるな……。
 それでも……」
 そういう風にしていかなくては……茅が、笑っていられる世の中にならないじゃないか……と、荒野は思う。思うのだが、その部分は、口には出さない。
「……幸い、おれは、加納だ。
 昨日、現象がいった通り、時間だけはたっぷりある……」
 実際に口に出したのは、そういう言葉だった。
 続けて、荒野は自分に言い聞かせる。
 ……幸い、おれは、そういうことをしやすいポジションに、生まれついている……。
「茅や、テン、ガク、ノリ……現象、それに、まだ全貌が分からない……人数も能力も不明の、例の悪餓鬼ども……一族と、一般人……。
 それらが、無意味にいがみ合う必要のない社会……というものを、作っていきたいと思っている。
 すっごく難しいし、時間もかかると思うけど……」
 ……まあ、まずは勉強だな……と、荒野は誰にともなく呟いた。




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彼女はくノ一! 第六話(12)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(12)

「……うっ、ひゃぁあっ!」
 夢中になってお互いの身体を貪りあっているところで、羽生の叫び声が聞こえてきて、はっと我に返った。
 布団の上で絡み合ったまま、香也とテンはびくりと身体を震わせ、慌てて身体を離す。身体を離したところで、二人とも下半身を晒した格好であり、なんとも、しまらない。
「な、なん、な……」
 羽生は、全身をがくがくと震わせていた。
「朝っぱらから、ナニをやっておるのかっー!
 特に、テンちゃんっ!」
 羽生の絶叫が、家中に木霊する。

「……むぅっ……」
 マグカップに注いだカフェオレを傾けながら、楓はむくれていた。
「テンちゃん……ひどいですぅ……」
「不覚でしたわ……」
 フレンチトーストをほおばりながら、孫子もぼやいた。
 朝食も含め、普段は和食がメインの狩野家の食卓だったが、今朝は流石に時間的な余裕がなかったので、根本の原因を作ったテンに急ぎ、パンを買ってきて貰い、その間にサラダや飲み物を用意した。
 パンは、普通のトーストとフレンチトーストを半々に用意し、各自好きな方を摘めるようにしている。
「いつもの通り、外から帰ってきて、みんなで手早く汗をながしたところで……」
「……油断しているところに、後ろからぶすり、だもんなぁ……」
 ガクも、口を尖らせる。
「でも……いくら油断しているっていっても……この全員を、いっぺんに無力化しちゃった……っていうのは……正直、すごいと思うけど……」
 ノリが、冷静に指摘する。
「最近、仁木田さんたちと絡むことが多いからさ……」
 テンが、平静な口調で答えた。
「特に、刀根のお爺さんとかは、静殺傷法の他に、医術にも明るくて、勉強になるところが多いんだ。
 あの人、効率的な壊し方をよく知る、ということは、直し方もよく知っっているということだって、口癖のようにいってるし……正面からやったら、楓おねーちゃんやガクやノリにはかなわないんだから、せめて絡め手くらいは、うまくらないと……」
「……いや……。
 朝ご飯食っている時に、そういう物騒な話し、さらりというなよ……」
 羽生が、ぼやいた。

 みんなの動きを封じておいてテンが香也といちゃついていた件については、
「……だって、今日の当番、ボクだし、みんなに邪魔されたくなかったから……」
 とかテンが弁明すると、あっさりと許された。
 こうして既成事実を積み上げていくことによって、「当番」という制度が「一時的にせよ香也をいいようにする権利」という風に意味をずらされていくのだが、香也以外の面々にとってはその方が都合がいい側面もあるのであった。
 ……香也にとっては、かなりありがた迷惑な面も、多々あるだろうが……その他の面々にとっては、香也とテンの行為は「当番だし、香也が嫌がっていない以上、しかたがない」といったところだが、テンひとりに全員が問答無用で行動の自由を奪われた、という件については、かなりの衝撃を与えているようだ……と、朝食の時のみんなの様子を観察して、羽生は、そういう印象を持った。
「……まあ……みんな、成長期だしな……」
 羽生は、口に出しては無難な感想を述べた。
 普段、一緒に生活していると、なかなか意識できないのだが……テンだけではなく……ここにいる全員が、お互いに影響を与え合いながら、急速に、成長している……。ノリの身長などの目につきやすい外見の部分だけの話しではなく、彼女たちの内面の変化は、そういう年頃だ、ということを差し引いても、やはりめざましい……と、思う……。
『で……その中心にいるのが……』
 羽生は、もぐもぐと口を動かしている香也の顔にチラリと視線を走らせる。
『うちの、こーちゃんなんだよな……』
 この場にいる中で、もっとも変化が少ないのが、この香也だろう……と、羽生は思う。
 いや、香也が変化しにくいから、彼女たちも安心して成長できるのか……。

 朝、マンション前に集合すると、飯島舞花が、朝、乱入してきた少年について、話し出した。昨日、家に来た少年が、荒野や楓たちが毎朝行うトレーニングの現場にもやってきたらしい。もちろん、その時間は香也は熟睡していたわけだが、荒野たちの話しによると、今朝もみんなにかなり手ひどいあしらいを受けた……ということだった。
 あの少年は、学校襲撃事件の実行犯、それも、主犯格だ……という話しは、以前にも聞いて知っているが、香也は、そもそもその事件については、伝聞でしか概要を知らないので、全然実感がわかない。学校襲撃事件が起こった日は、楓や孫子とちょっと凄いことになって、その後、風邪を引いて寝込んだ日……として、香也の記憶に残っている。逆に行うと、その楓や孫子とのアレの記憶が強烈に印象に残りすぎて、その前後、外界で起こったことについては、あまり意識に昇ることがない。
 そのゲンショウとかいう少年の話しでひとしきり、盛り上がっているうちに、玉木珠美が合流してきて、朝の挨拶もそこそこに、珍しく香也の方に近寄ってくる。
「……おーい、絵描きの方のこーや君……」
 また、何か頼まれるかな……と、香也は予測した。
 こうして玉木がわざわざ声をかけてくる、というのは、その呼びかけが示すとおり、「絵描き」としての香也に用がある時だ……ということを、経験上、香也は悟っている。
「……実はひとつ、お願いがあるんだけど……」
 やはり玉木は、具体的な用事があるから、声をかけてきたようだった。
「今度はね、ちょっと大きなお仕事……。
 大した金額は用意できないけど、少しは謝礼も用意できると思う……」
 そう前置きして、玉木は、「商店街のシャッターに絵を描く仕事」を、香也に持ちかけてきた。
「……もちろん、今すぐってわけではないし、ペンキや刷毛とか、必要な道具はこっちで用意する。
 それなりに時間がかかると思うし、今度の春休みでも、どうかな?」
 商店街には、現在では廃業してシャッターを閉じっぱなしにしている空店舗も多い。現役で営業している店も含めて、統一感のあるグラフィックで商店街中のシャッターを装飾したら、という話しが、出ているらしかった。
 いや、香也の能力をあてこんで、玉木が大人たちに認めさせたのかも知れないが……。
「……ん……」
 香也は、ほんの少し考えた。
 シャッターの、絵……か。
 かなり大きなものになる、な……。
 それだけ大きな絵を描いた経験は、香也も、流石にない。
 確か、順也が南米かどこかの聖堂に大きな壁画を描く仕事をしたことがあった筈だが……商店街のシャッターに描くのなら、本格的な絵画というよりも、もっと明るい色調のイラストみたいなのがいいのだろうか?
「休み中でいいのなら、いいけど……」
 結局、香也は玉木に、そう返答する。
 それなりに良い経験になるだろう……という気も、した。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(270)

第六章 「血と技」(270)

 結局その日は、最終下校時刻ギリギリまで図書室に居座り、茅や楓と合流して一緒に帰ることになった。  
「しかし……放送部も、まともな部活動しているのな……」
 玉木も、途中までは一緒だ。
「当然でしょう」
 玉木は、頷く。
「おにーさんたちではないけど、好き勝手にも動く分、普通の活動もきっちりやるし、学校への協力も惜しまない。
 でなけりゃ、脱線もさせてもらえませんよ……」
 玉木の説明によると、平常の校内放送の他に、放送部は、卒業アルバムの素材提供などに協力することで、職員の心証をよくしようとしている、という。
「……今日のも、例の勉強会について、市の教育委員だかに報告したらどうかって話しが先生方から出て、その話しを聞いたもんで、提出用の資料とりまとめを申し出た、と、こういうわけで……」
 ……プロに頼むと、それなりにお金がかかるし、うちのクルーも、おかげさんで撮影技術がかなり底上げされていますから……と、玉木は続ける。
「……生徒が自主的に行っている、ってことと、ほぼ全校規模……いや、ネットで公開されている資料関連も含めれば、もっと大きな波及効果もではじめているってことで……やはり、かなり珍しい取り組みですし、先生方も、なんか、俄然、やる気になっちゃっているようで……」
 先生方の話しだと……授業の様子だとか小テストの点数見ると、例の自主勉強会がはじまってからこの方、全校レベルで、成績の底上げがはじまっている……という。
「……だって、あれ、はじめてから……まだ、全然、日が浅いじゃないか……」
 荒野が、珍しく狼狽した声を出す。
 たしか……準備を開始してから、まだ、一ヶ月も経過していない……。
「そう、なんすけどね……」
 玉木が、頷く。
「もともと成績が良かった生徒はもちろん、それまで、あまり勉強に興味を持たなかった生徒も、何気に意欲が出てきているようで……」
 平均すると、かなり効果が出ているらしいですよ……と、玉木はいった。
「……で、こういうのは、やはり珍しい事例ということで、きちんと記録を取っておこうという声が先生方からでまして……」
 放送部も、協力している……ということらしかった。
「……茅ちゃんとか楓ちゃんとか、それに、佐久間先輩がいなければ……他の生徒たちだけでは、絶対にできないことだと思うから、記録をとっても、よそで同じことを再現できるかっていったら、これはかなり難しいとは思うけど……」
 玉木はそんな風に説明してから、荒野たちと別れた。

「……おれたちがきただけで……もう、いろいろな変化が、起こっているんだな……」
 玉木と別れた後、荒野が独り言のような口調で、呟く。
 勉強会の一件は、一族とはほぼ無関係であったが、茅という要素を欠いていたら、絶対に起こらない動きでもあった筈であり……。
 自分たちがここ土地に来たことで、確実に変化したものがある、ということをこうして実感するのは、荒野にしてみれば、かなり奇妙な感慨に襲われるのであった。
「……職員室でチラリと聞いたけど……」
 茅が、荒野に説明する。
「……市の教育関係者の間で、あの勉強会がかなり注目されている、って……。
 来週の実力試験の結果次第では、もっと注目を浴びるようになるし……何年かすれば、うちの学校が、市のモデル校に指定されるかも、知れないって……」
「……先生方も、市から給料もらっているわけだから、周辺他校の先生方と横のつながりがあるってのは想像できるけど……その、モデル校うんぬん、っていうのが、イマイチ、よくわからないんだけど……」
 荒野は、茅にそう応じた。
「簡単な話し」
 茅は、荒野に頷いてみせた。
「親の立場に、なってみればいいの。
 同じ公立校で、数百メートル引っ越せば、より成績が良くて進学に有利な学校に入れる、となれば……小さな子供のいる親は、あの学校の学区内に、引っ越すようになると思うの……」
「……ああっ……」
 荒野は、自分の額を押さえた。
「そういう……話し、なのか……」
 学校とか進学とかの話題は、荒野の中では、実はまだ真実味や真剣味を持って認識されていない。
 ようするに……荒野たちの学校の、ブランド化がはじまっている、ということだ……。
 まだまだ、せいぜい、この市周辺の、非常にローカルな場所でしか通用しない「ブランド化」だが……親の立場からしてみれば、それでもかなり重要な問題だ。
「そういう、話しなの」
 茅が、頷く。
「今のところは、噂や漠然としたイメージだけが、この周辺の地域に流布されはじめたところだけど……それでも、来年度から、新入生の人数が増えても、おかしくない状況なの。
 学校の設備は、ここ数年は生徒数の減少で、あまり気味なくらいだし、一クラスや二クラス分増えても、まだ余裕があると思うけど……」
「そういうの、何年も続いて、このあたりに引っ越してくる人が増えると……商店街を利用するお客さんも、増えますね」
 楓が、妙に生活臭のする話題を出してきた。
「それも、そうだけど……」
 荒野は、平手で口を押さえて、やけに真剣な表情を作った。
「……そうして引っ越してくる人が増えれば……土地や建物、賃貸……不動産の値段も、あがるな……」
 少し前に聞いた話しでは、孫子の会社でも潜在的な需要を掘り起こすため、商店街の商品を各家庭に配送するデリバリー・サービスをはじめる……という話しだった。確かに、普段の足に鉄道を利用しない層や、店舗の空いている時間に帰宅できない、忙しい単身者などには、便利なサービスだとは思う。
 だが、そうしたサービスの拡充や、有働が中心になって進めている不法投棄ゴミの処理などが成功し、この周辺の地域がどんどん住みやすくなっていったとしたら……。
 それら、もろもろの条件を考慮しても、この、何の特徴もない田舎町の地価が高騰するほどの影響力は、持てないとは思うが……それでも……長いスパンでみれば、周辺地域にそれなりの影響を及ぼすだろう。
「あまり深く考えてなかったけど……おれたち……実は、結構凄いことに、手をつけはじめちゃったんだな……」
 着実に荒野たちは、自分たちが住んでいる町に、影響を与えつつあるのは、確かだった……。
「……はぁ……。
 風が吹けば、桶屋が儲かるですね……」
 楓も、荒野が考えていることと同じようなことを考えたのか、妙に古くさい例えをだして感心してみせる。
 ここに来てから日が浅い酒見姉妹は、実感がわかないのか、きょとんとした表情をして、荒野たちの会話を聞いているばかりだった。
 そこで茅が、荒野たちが考えたようなことを噛み砕いて説明すると、酒見姉妹は、今度はその「意味」を理解したらしく、目を見開いて驚いてみせた。
「「……それって……す、凄いとは、思いますけど……」」
「……ああっ……」
 驚きの声を重ねる姉妹に、荒野は簡潔に応じる。
「自分たちの都合で……自分たちの存在を認めさせるため、ここまで力をいれて、周囲に影響を与えようとするのは……絶対、一族のセオリーとは違うよな……」
 今更、ではあるが……自分たちは、少なくとも精神面では……すでに従来の一族とは異なる、「新種」に成り果てているのかも、知れないな……と、荒野は思った。




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彼女はくノ一! 第六話(11)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(11)

 柔らかくて、小さくて、熱いテンの身体が、むき出しの下半身を晒して香也の上にのっかっている。ノリとガクの身長が延びはじめたのに対して、テンの身体はほぼ以前のままであり、今ではテンは、三人の中で一番幼さを残す肢体の持ち主である。テンが香也の局部を口にくわえると、テンの股間は香也の胸のあたりに位置することになる。香也は、そのテンの幼い割れ目から目が離せなくなった。朝っぱらから女性とこのような行為に及んでいる、ということと、それに加えて、自分より遙かに幼くみえるテンと不埒な行為に及んでいる、という二重の倒錯感、背徳感が香也の分身を、朝の生理現象とは別に元気にする。
「……むんふっ……。
 また、一回り大きくなったぁ……」
 香也の硬直を口に含んでいたテンが、嬉しそうな声をあげる。
「先の方、剥いちゃうね……」
 テンはそんなことをいいつつ、香也の包皮を根本に少しずらして、香也の亀頭を完全に露出させた。
「男の人って……ここ、敏感なんでしょ?」
 などといいながら、テンは、香也の鈴口を中心にして、舌の先を這わせる。
 口に含まれる感触にはそろそろ慣れを感じはじめていた香也も、これほど微細な刺激を与えられるのははじめてのことで、思わず「うっ!」とうめいて全身を震わせた。
 香也の反応に気をよくしたのか、テンは、今度は舌先を香也の亀頭の横に張り出した部分、俗にいう「カリ首」の裏側、普段は包皮に包まれている部分に這わせ、繊細な動きでチロチロと舐めだす。そんな微妙な部分を舌先で探られた経験のない香也は、声を出すまいと口唇を強く噛んで目を閉じ、身内からこみ上げてくる反応を押し殺した。
「……おにーちゃん……。
 気持ちよくなったら、いつでも出していいんだよ……。
 出せば、ここ、小さくなるんでしょ?」
 ガクはそんなことをいって、香也の顎の下にある自分の臀部を少し持ち上げ気味にし、香也に自分の陰部をみせるけるように、ゆっくりと左右に振った。
 まだ肉の薄い腿とお尻の合間にみえるテンのソコは、気のせいか筋の周辺がうっすらと光っているようにも見える。
「……んっ!
 乱暴にしなければ……そこ、さわっても、いいよ……」
 テンの秘裂から目をそらせなくなっている香也の思考を見透かしたように、テンが、香也の局部への愛撫の合間に声をかけてくる。
「ボク……おにーちゃんのモノに、なりたい……」
 事実、香也の奥底からは、目の下にあるテンのソコにむしゃぶりつきたい……という欲求がこみ上げてきている。
 それに、幼いテンにいいようにされている現状への不満も、あった。
 これだけ玩具にされているのなら……多少、やり返しても、いいのではないか……と。
 絶え間なくテンが送る刺激と本能に根ざした欲望、それに、年上の男性としてのプライドなどがないまぜとなって、ついに、香也は、両手を手の腰に回して、テンの幼い秘裂に乱暴に食らいつく。いちどテンのソコに口をつけると、それまで自制していた欲望に火がつき、香也は恍惚としてテンのソコを舐め回す。
「……やぁんっ! あっ! あぁぁぁっ!」
 香也がテンの股ぐらに顔の下半分を密着させ、テンの敏感な部分をなりふり構わず舌で舐め回すと、テンは香也の乱暴な愛撫に反応し、香也の局部から顔を離し、悲鳴とも歓声ともつかない、小さな尾を引く叫びをあげはじめる。
 香也は、テンの反応にも頓着する様子はなく、テンの陰毛をかき分けて舌を動かし、テンの裂け目の中に舌の先を割り込ませさえした。
「……ああっんっ!」
 テン賀、幼い外観に似合わない艶めいた鼻声を出す。
「おにーちゃんの、が……ボクの、中に……。
 んんっ!」
 テンは、思わず声を上げたことに対する照れ隠しをするように、香也の肉棒を深くくわえ込み、ぴちゃぴちゃと盛大に水音をたてて舐めはじめる。
 いつしか香也は、テンの喉の奥に自分のいきりたったものを押し込むように、無意識のように腰を前後に揺り動かしはじめる。テンは、苦しそうにんーんーうなりながらも、香也の分身から口を離そうとはしない。

「……みょうに、静かだな……」
 目覚ましの音によって目を醒ました羽生は、ぽつりとそんなひとりごとを呟いてから、「……よっ、と……」と、かけ声をかけて布団の中から身を起こす。
「……んー……。
 そうか……。
 台所の方から、人の気配が、しない……」
 少し考えてみて、羽生は、不自然な静けさの原因に思い当たった。
「……ジョギングだかランニングだかにいった連中が、総出で朝の支度している時間なんだけど……」
 今朝に限って、台所の方に人の気配が皆無であり、家の中はしんと静まりかえっていた。
「……何か、あったかな?」
 彼女たちの場合、突発的なトラブルも、日常茶飯事だからなー……などと思いつつ、羽生は、顔を洗うために浴室に向かう。脱衣場に、洗面所も設置されていた。
「……な、な、な……」
 そこで、洗面所に通ずるドアを開いた瞬間、羽生は絶叫していた。
「……なんじゃこりゃーっ!!」
 楓や孫子、ガク、ノリが、下着姿や半裸の状態のまま、不自然な格好で、床に転がっている。
 よくよく目を凝らしてみると、彼女らのうなじから、細長い針のようなものが生えている。
「……えっ、えっ、えっ……ええっ、とぉ……こ、こーゆーのは、素人が下手に手を出さない方が……無難、っすよねぇ……」
 羽生は、動転しながらも考えていることを口にすることで、心の平静を保とうとしている。
「……えー……この場にいないのは……テン、ちゃん……か……。
 ま、居場所は、だいたい想像つくけど……」
 羽生は脱衣場を出て香也の部屋に向かう。
「……こーちゃんっ! こっちにテンちゃん……」
 襖をがらりと開け、そこで羽生は、
「……うっ、ひゃぁあっ!」
 と声をあげ、文字通り、飛び上がった。

 そこでは、香也とテンがひとかたまりになって、シックスナインの体勢で熱心なペッティングを繰り広げているところだった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(269)

第六章 「血と技」(269)

 その日の放課後も、荒野は学校の図書室に籠もった。茅が家事一切を取り仕切る、と宣言して以来、一人で帰宅しても学校の課題くらいしか、やることがない。大抵はなにかしらのイベントが起こるから、実際には学校の課題どころではなくなる日が多かったりもするのだが、それならそれで荒野が即座に呼び出される筈なので、そうなるまではどこで待機していても同じなのだ。
 放課後の図書室には、例の自主勉強会の影響か予想外に生徒の姿が多くて、荒野の姿が特に目立つということもなく、荒野は安心して教科書やノート、プリント類を広げることが出来た。いつ呼び出されるのか予測できない以上、課題関係は出来る時に消化しておいた方がいい。最近の荒野は、先輩と約束した進学の関係だけではなく、自分自身の知的好奇心を満たすために、学習する意欲を持つようになっている。
 思い返してみれば、ある程度、身体が育ってきてからの荒野は命のやりとりを日常とする世界の住人であったわけで、ここでの生活はそれなりに波乱含みであるものの、空いている時間を自分の興味を満たすために使用しても構わない、という今のような境遇は、幼少時を除き、荒野の生涯でもはじめてといってもいい。
 静かに知識を吸収し、思索する時間と余裕がある、という現在の状況は、そう思えばかなりの贅沢だよな……と、荒野は思う。
 将来的に……それも、遠い将来ではなく、比較的近い未来に、一族や新種、それに一般人社会との関わり方について、現実的な判断力を求められる時期が来る……という、かなり確かな予感を覚えていたので、荒野は必死に参考になりそうな知識を吸収し、判断材料の拡充に務めた。
 単純に知識量の多寡の問題なら、データベースや茅たちに任せておけばいいのだが、現場で求められる判断は、もっと微妙で実際的なものであり、問題が起こってから参考になりそうな事例を慌てて調べるのようでは足元がおぼつかない。
 長期的な視野を持って事の正否を判断するには、知識と経験の両方が必須であり、まだ年若く経験に欠ける荒野にしてみれば、せめて知識でも蓄えておかないことには不安でしょうがない。
 今の荒野の肩には、茅やテン、ガク、ノリの三人組だけではなく、好んでこの土地に流入してきた一族の者の将来についても少なからずのしかかってきておる。
 茅たち新種はともかく、流入組に関しては、自分の判断でここに来たわけだから、別に荒野が責任を感じなくてもいい、という考え方もできた。
 が、成り行きとはいえ、荒野たちが一般人との共存を選択したのは事実であり、その事実がなければ流入組もここには来なかったであろう、と考えると、やはり荒野としては、後悔しないためにも出来るだけのこのとをしておきたい、と考えてしまうのであった。
 確かに、以前、竜斎が指摘したように、これまでにも一般人と一族が公然と共存することを夢見て、しかるべき実験をしてきた者がいたことは、想像に難くない。しかし、その「成功例」は、荒野が知る限り、皆無であるようであった。

 そして、歴史をひもとけばひもとくほど、荒野は、「人間という者は、なくてもいいカテゴリを設定し、差別をしたがる動物だ」ということを思い知らされた。また、歴史についての知識が増せば増すほど、有働が前々から指摘しているとおり、「差別をしない人間はいない」というのは、どうやら人間という生物についての、普遍的な事実であるらしい……と、思えてくる。
 だとすれば、荒野が目指すべきところは、「抜き難く存在する差別意識を、出来るだけ無害なものにする」ための公算になるだろう。孫子や玉木が進めている、地元への貢献や経済的な影響力を持つ存在になる、という働きかけも、実際には、共存のための大きな布石になる……と、荒野は思う。何故なら……たとえ、蔑視する相手であろうとも、自分たちにとって有益な存在、自分たちを豊かにする存在を表だって排斥するわけにはいかないであろうから。
 一度そうした構造を作ってしまえば、あとは差別意識がヒステリーな暴発をしないように気をつける、くらいしか、気をつけるべきことがない……ともいえる。
 そこまで考えて、荒野は……表だって動いているのが、孫子にせよ玉木にせよ、まだ年端もいかない子供だから、周囲の住人たちも鷹揚に構えているのかも知れないな……と、思った。
 孫子の会社にせよ、玉木と有働が主導するボランティアや商店街活性化のイベントであるにせよ、「どうせ子供のやることだから」と失敗するのを見越して放置されている、という面は多分に、あるのだ。現在のところ、大きな失敗をしてはいないが……もし、玉木たちが法的にも責任を負うことが可能な成人であったらなら、商店街の人たちも何か裏があるのではないか、と、話しを持ちかけた時点で警戒を強めたであろうし、仮に地元に大きな損害を及ぼすようなことがあったら、刑事的にはともかく、民事的な賠償問題は、避けて通れなかっただろう。
 今のところは、ついこの間の竜斎の一件のように、かなり危ない場面もありながらも、何とか切り抜けてているが……やはり……。
「……綱渡りもいいところだよなぁ……」
 課題のプリントを広げながら思索に沈んでいた荒野は、我知れず小声でそう呟いていた。

「……おーっ。
 今日は、こんなところにいたかぁ……」
 しばらく、荒野がそんなことを考えていると、肩を叩きながらそんな声をかけてくる者がいた。
 振り返ると、玉木珠美が立っていた。
「お前こそ……こんなところに、何の用だ?」
 荒野は、小声で問い返す。
 荒野の中では、「玉木」と「図書室」がイメージ的に、ストレートに結びつかないのであった。
「ああ。
 こっちはあれ、撮影」
 玉木はそういって背後を指さし、放送部備品のハンディカムを持った放送部員たちを示す。荒野と目が合うと、顔見知りの放送部員たちは、黙礼した。
「……自主勉強会の様子とかも記録して映像資料として残しておこう、ってことになってね、こうして放課後の校内でカメラ持って回っているんだけど……。
 みてのとおり、カメラ向けると、たいがいの生徒さんは逃げちゃってさぁ……」
 事実、放送部員たちが図書室内にいる生徒たちにカメラを向けると、女生徒たちはきゃーきゃー声を上げながらカメラの前から逃げまどい、男子生徒もレンズの前に手をかざして、放送部員たちに直談判とかしている。
 別に悪用されるわけではなくとも、どうも、撮影されるということ自体に、抵抗があるようだった。
「……学校のアーカイブに残すくらいしか使い道のない映像なんだけど、どうにもうまい具合に協力者が捕まりませんで……」
 玉木は、荒野の顔を見ながらにこやかな表情で、そういい、わざとらしくもみ手をした。
「……つまり、おれにモデルになれ、と……」
「そうそう……。
 流石はカッコいいおにーさん、話しがはやい……」
 荒野は静かにため息をついた。
「特別なことは、何もしないぞ。
 このままでいいんなら、勝手に撮れ……」
 荒野はそういって、肩を竦める。
 どのみち、今、荒野の前の机の上には、教科書やプリント類が広がっている。
 それに、図書室内でいつまでも音を立てさせておくのも、抵抗があった。
「はいはい、勝手に撮影させていただきますです……」
 玉木は、そういって放送部員たちに合図をする。

 約束通り、荒野は特別なことは何もせず、思考に沈んでいる間に手が止まっていた分を取り返すように、プリントの問題に取り組みはじめた。




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彼女はくノ一! 第六話(10)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(10)

 香也が帰宅しても、現象、梢、舎人はまだ居間に滞在していた。野呂平三の姿は見えない。荒野と茅も、マンションに帰ったようだった。
 相変わらず、羽生とノリが現象の手元をみながらあれこれと指導をしており、梢と舎人は、その様子を見守っている。
 テン、ガク、楓、孫子の四人は、それぞれにノートパソコンを広げて、テンはガクと、楓は孫子と、なにやら香也には理解できない難解な用語を大量に交えて打ち合わせらしきものをしている。
「あっ。
 香也様……」
 香也が居間に入ると、孫子が声をかけてきた。他の少女たちも何かをいいたそうな顔をしていたが、例の当番制とやらの手前、口を噤んでいるらしい。
「お風呂になさいますか? それとも、先に勉強の方を……」
「……んー……。
 お風呂……」
 孫子の問いかけに、香也は即答した。
 この場に住人の全員がいるし、現象たちがいる以上、この前みたいに全員で乱入することもないだろう。
 そう晩、香也は、久々に安心してゆっくりと湯に浸かることができた。

 風呂から上がってパジャマ姿で居間に戻ると、現象たちの姿はなかった。香也の姿をみると、羽生が「さて、お風呂に……」といいながら腰をあげ、テン、ガク、ノリの三人も「一緒にはいるー」といって羽生についていく。
 孫子が、
「では、今日の日課もさっさと済ませてしまいましょう……」
 とかいって、香也に勉強道具を持ってくるようにいう。
 楓がパソコンのキーをタイプしながら炬燵に居座っていることもあり、香也は安心して孫子の指示に従った。美術準備室で孫子にされたことを考慮すると、今、孫子と二人きりになると、どこまでいいようにされるのかわからない……という不安が、香也にはある。
 居間で炬燵にあたりながら、孫子に指導されて一時間強の勉強を終えるのと前後して、入浴していた羽生たちが戻ってくる。香也の勉強が一区切りしたところで、羽生たちと入れ替わるようにして孫子と楓も風呂場に向かった。
「……彼、どう?」
 香也は、風呂上がりの羽生に現象のことを尋ねてみた。特に、現象という少年そのものには、香也は正直、あまり興味はないのだが、絵に興味を持ちはじめている、という一点だけが、気にかかる。
「初心者としては、あんなもんだろ……」
 羽生の返答は、素っ気なかったが的確だった。
「覚えが早くて、見たものを忠実に移そうとする素直さはある。
 ただ……あのセンスはないなぁ……。
 特に、色彩関係は……」
 羽生がそういうと、そばで聞いていたノリが、ぷっ、と吹き出して、
「目の前にあるものの写生とかは、わりと器用にこなすけど……記憶に頼って描くと、どうしてあんな変な色を使うようになるんだろう……」
 とか、いった。
「触れ込みでは、あの人も完璧な記憶力がある筈なんだけど……」
 ガクが、首を傾げながらコメントした。
「記憶力に欠陥がなければ……やっぱり、センスの問題だと思うな……。
 彼の中では、ああいう色をしたのがカッコいいんだよ、きっと……。
 だって、写生はしっかりできるんだから……きれいな絵を描こうとリキむと、かえって変な出来になる罠」
 ようするに、今日、現象のそばで見ていた人の意見を総合すると、現象の絵は典型的な「下手の横好き」らしかった。
 ……まあ、あの人が、今後、自分に大きく関わってくることは、まずないだろう……と、香也は思い、それらの話しを聞き流す。
 香也の意識によれば、現象はどちらかというと荒野の客であり、今後、自分と関わりを持つ可能性は、そんなに多くないだろう……との、予想をした。
 この予想は、大きく外れることになるのだが……この時の香也は、当然のことながら、そんな未来図はまるで予測していない。

 その夜はプレハブに出向いて絵筆を取る気にもなれず、しばらく居間でみんなと談笑しながら適当にスケッチブックに落書きをしただけで、早々に眠りについた。
 放課後、孫子にフェラで一発抜かれたり、明日樹が昨日のアレ以来、何気に積極的になってきていることを除けば、まあまあ平穏な一日だった。

 翌朝、香也は下腹部に異様な感覚を感知して目覚めた。
 薄くを目をあけて自分の腹部に目線を向けると、布団が不自然な形に膨らんでいる。反射的に、一気に掛け布団をはぎ取ると、パジャマのズボンを下着ごとずりさげて香也の陰茎に顔を近付けているテンと、目があった。
 香也と目が合うと、テンは素早く身を翻し、香也の上に覆いかぶさる。音もなく香也の上に重なったテンは、遠慮もなにもなく顔を近付けてきた。
「……おにーちゃーん」
 香也の上に乗っているのにも関わらず、テンの重みはあまり感じないなぁ……などと、のんびり考えているうちに、テンが口唇で香也の口を塞いで、硬くした舌を香也の口の中に割り込ませてきた。
 しばらく、テンは香也の口の中を舌で探りながら、朝の生理現象で硬直している香也の分身を躊躇することなく手で弄びはじめる。
「……んっふっふっ……」
 数分間、長々とそうした後でようやく顔を離すと、テンは、含み笑いをしながら、香也に自分の身体を押しつけてくる。
「もーにんぐ、きっす……」
 テンの身体は、軽くて、小さくて、柔らかい。
「……おにーちゃんの、ここ……。
 見に来たら、もっこりと大きく盛り上がってたよ……」
 手で、香也のそこをまさぐりながら、テンは、再び香也の口唇を奪った。舌で香也の口の中を蹂躙しながら、テンは、若干、乱暴な動きで、硬直した香也のモノの形を確かめるように、握ったりさすったりする。
「……おにーちゃん……。
 孫子おねーちゃんに、お口でして貰ったでしょう……」
 次に口を離した時、テンは頬を染めていた。目が潤んで声もかすれ気味になっている。
 ……異様に鼻が利くガクが身内にいる限り、香也には、プライバシーというのがないのも同然だった。
「……んっふっ……こんなに……大きくしちゃって……」
 そんなことをいいながら、ガクは、ホットパンツの布地越しに股間を香也の膨らんでいる部分に押しつけてくる。
「男の人、大変だね……。
 今日は、ボクがお世話係りだから……おにーちゃんのここ、小さくしてあげるね……。
 まだ少し、時間があるし……」
 そういうと、テンは、素早く動いて頭を香也の股間の方に入れ替えて、覆い被さった。
「……今は、あんまり時間ないからお口だけだけど……帰ってきたら、最後まで、ちゃんとしてね……。
 まだ、おにーちゃんのものになっていないの、ボクだけなんだから……」
 とかいいながら、テンは、少し腰を浮かせて自分の下半身から下着ごとパンツ引き抜き、自分の股間を香也の顎のあたりに押しつけて、香也の硬直したモノを口に含む。
 香也からみて顎の下に、テンの幼い、襞あまりはみ出ていない、シンプルな股間のラインが丸見えになっている。陰毛も薄めで、テンのそこは至近距離で香也の目にさらされていた。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(268)

第六章 「血と技」(268)

「……何だったんだ、今朝の子は……」
 登校時、飯島舞花が荒野に尋ねる。
「いや、見ている分には、面白いけど……」
 舞花のいう「あの子」とは、いうまでもなく佐久間現象のことだ。
「確かに、見ているだけなら面白いかも知れないけど……」
 荒野が、珍しく困った顔をする。
「あれが……この間、パソコン実習室に殴り込んできた張本人なんだ……」
「……へ?」
 舞花の目が、点になった。
「あの子……今朝も来たの?」
 明日樹が、荒野に確認する。明日樹は、昨夜のうちに現象に遭遇している。
「……来たんだ」
 荒野は、頷いた。
「そんで、みんなに、こてんぱんに、やられた……」
「……ああ……」
 明日樹が、ひどく納得のいった表情になる。
「なんか……よく、想像できそうな……」
「何?
 学校を襲ったやつが来たんですか?」
 あまり一族関係の事柄には感心を持たない大樹までもが、口を挟んでくる。
「それ……危ないやつっすか?」
「……思想的には危ないかも知れないけど、実力的には、見ていて可哀想になってくるから……」
 荒野は、深々とため息をついた。
「……放置して置いても、実害はない」
「あれは……」
 孫子までもが、現象をそう評する。
「典型的な、頭でっかち……。
 気概と実力とが、見事なまでにアンバランスで、他者の助けがない状態では、何にもなせない者の、典型ですわね……」
「……基本的な能力だけみるなら、それなりなんだかがなぁ……」
 荒野が、呟く。
 筋力や反射神経、スタミナなどは、並の術者よりもかるかに上……テン、ガク、ノリに匹敵するレベルなのではないか……と、荒野は思う。
「ただ……その効率的な使い方を、誰も教えてくれなかったようで……やつを育てたお袋さんとやらは、荒事の心得がなかったらしい……」
 そういって荒野は「そう考えると……野放しにするのは、やはり危険か……」と、現象のことを思い直す。
 体術の心得のない一般人相手なら、力任せの現象のやり方でも、十分な脅威になりうる。
 昨夜の話しでは、現象にはもはや、そんなことをする意図はなさそうだが……本人の自己申告を、安易に鵜呑みにするわけにもいくまい。
 今朝の現象の様子は……どんなに身体能力に優れていても、しかるべき修練を積んでいない一族が、いかに脆い存在であるのか、証明していたようなものだ。
 そんなことを考えながら、
「……まっ。
 一族もピンキリっていうか……いろいろなのがいるっていうことだよ……」
 荒野はそう結論づける。

 現象の登場、という椿事に見回れた一夜があけ、登校すれば、学校にはいつもと変わらない日常がある。例えば一時限目の古典の授業など、教師が老齢でもごもごと発音が不明瞭で、いっていることがよく聞き取れず、生徒の間でも「退屈で、眠気を催すのナンバーワン」という評判をとったりしている先生だったが、荒野にしてみれば、その退屈さ自体が有り難いと思った。
 これだけ次から次へと厄介な人事に出くわす生活を送っていると、平凡さとか退屈さ、というのが、心底、愛おしく思えてくる。
 ことに、ここ数日は、現象の出現や他の一族による干渉などとは他に、茅、シルヴィ、静流、酒見姉妹などの女性関係についても考慮し、それなりの配慮を払う必要が生じている。そんあこともあって荒野の気が休まる時間は、ほとんど昼間、学校に居る間だけといっても過言ではなく、荒野は、以前にもまして真剣に学業に取り組むようになっていた。
 一種の逃避であることは荒野自身も自覚してはいたが、非建設的な方向性の逃避行動ではない分、いくらかはマシ……とも、思っている。気を入れて時間を割けば、それだけ、学習内容が身に付き、成績があがるわけで、悪いことではないよな……などと、他人事のように思っていた。
 それに、日常会話や読み書きに不自由しないほどには日本語を理解している荒野も、当人の自覚的には他の文化圏で育った異邦人であり、日本史や現国、古典など、「この国」に関する新しい知見に触れる機会にあたれば、それなりにモチベーションをあげるための材料にもなるのであった。
 そんなわけで荒野は、このところ、昼休みなどに空いた時間があれば、図書館などによって古い文芸書をぱらぱらとめくったり、歴史全集を一巻から順に目を通すようになっている。
 文芸書については、内容に興味がある、というよりも、旧かな遣いなどの表記法に興味があり、ことによると現代かな遣いよりもこっちの方が、日本語を表記するには合理的なのではないか? と思ったし、歴史全集については、今までは常に「今、現在」の問題……というより、軋轢の中に身を投じるばかりだった荒野が、そもそもそうした軋轢が何故発生したのか、という根本の原因に目を向けるだけの精神的な余裕ができはじめたことを意味する。
 これまで荒野が携わってきた一族関係の仕事は、大半がやはり金銭的なトラブルに関係した仕事だったわけだが、それ以外にも民族や宗教がらみの紛争に関わることも多く、そうした問題について、この平和な国で、今までより距離をとって考察してみるのも、荒野にとっては十分に刺激的なことだった。
 また、昨夜、現象が「自分たちの遺伝子を選択的に一般人に移植していく」とかいうアイデアを出していたわけで、もちろん、そんな大規模な計画の準備は一石一鳥に完遂できるものでもなく、何年だか何十年単位の長い時間をかけて準備しなければ成功もおぼつかないので、今すぐどうこう……ということはないのだが……それにしても、そのようなアイデアが、他ならぬ「実験体の一人」である現象の口から出てくる現在の状況、というのを考慮すると……やはり、それなりにマクロな視点から様々な事物を検証する必要性が、今後、でてくるのではないか……と、思った。
 もちろん、今の荒野は、出自はともかくとして、実質的には一介の若造であり、一族と一般人社会との関わり方について、何事かの判断をするような大物ではない。
 しかし、このままいけばいずれは加納本家を継ぐことは確実であり、その時になって慌てて考えはじめるよりは、今のうちから様々な知識を吸収し、判断材料を増やしておくのに越したことはない……と、荒野は、考えている。というより、今後の荒野の生活が今ほど落ち着いたものになる可能性は極端に低く、知識を収拾するのにも思索を重ねるのにも、今の「学生」という身分は、きわめて都合が良いものだった。
 一族と一般人、それに茅や三人組、現象などの「新種」たちの行く末について、荒野がいくばかの選択権を有しているのは現状は否定できるものではなく、だとすれば、荷が勝ちすぎるのを承知で、精一杯考えるだけ考えて、自分なりの選択を示して行かなければならない……と、荒野は考える。

 加納本家の出であること、預けられた茅と正面から向き合っていること、なりゆきでつきあっているテン、ガク、ノリの三人や、流入組の一族についても、それなりに面倒をみていること……などを考慮すればわかる通り、荒野という少年は、なんだかんだいいながらも、真面目で誠実な性格を有していた。
 目の前に大小の山積みになっている現状は否定できないのであるが、それにしても、ここに来るまで荒野が抱えてきた問題は、例外なく自分や他人の生死に関わるものだっただけに、現在のように予測が出来ないアクシデントが頻発する状況においても、荒野には、まだ、その突拍子もなさを楽しむ精神的な余裕があった。




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彼女はくノ一! 第六話(9)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(9)

「……ええっとぉ……」
 楓が、助けを求めるように周囲を見渡す。
「……これは、一体……」
「昼間、プレハブで絵を見ていたのですが……」
 梢が、推測を口にする。
「どうやら……思っていた以上に、感銘を受けていたようで……」
「感動した、とか、そういうことではない」
 現象は、香也の目をまともに見据えていう。
「正直、絵の善し悪しなぞ、ぼくにはわからない。
 加納が以前、いっていた通りだと感じた。それだけだ。
 一族や、それにぼく自身もそうだが、人を傷つけたり足を引っ張るような真似ばかりしていた。
 だけど、ここに、自分の意志で黙々と何かを創り続けいた人間がいた。一族のやることは、引き算だが、貴様がしてきたことは足し算だ。
 なんの見返りも評価もなしに、加納の言葉を借りれば、世界を豊かにしてきたやつがいる。
 その事実を確認できたことが、嬉しい……」
 現象は一気にまくしたてながら、ぶんぶんと香也の手を握りしめて上下に振り回す。
 香也の方は、露骨に迷惑そうな顔をして現象から顔を逸らし、「……んー……」と唸っていた。
 しばらくそうしていた後、流石に辟易したのか、
「……あの……そんなに、絵を描くのが偉かったら……自分でも、やれば?」
 とか、いいだす。
「紙も筆記用具も、そこいらに転がっているし……」
 香也にしてみれば、あんまり大仰に褒められても照れくさいだけだったし、それ以上にまともに相手をするのが面倒くさい。現象の反応は、一見、褒めているようではあるが、その実、香也の絵をしっかりと見てはいないのではないか……と、感じた。
「……そーだな……。
 ほれ、紙」
 羽生は、香也の言葉を受けて、現象にちょうど持っていたスケッチブックと鉛筆を手渡す。
「あと、鉛筆もあるし、筆とか絵の具欲しかったら、すぐにでも持ってくるから……」
 その場にいた全員が、現象に注目していた。
「……い、今すぐ……か?」
 現象は、露骨に狼狽した様子で、誰にともなく尋ね返す。
「いや、よかったら、やれば……ってことなんだけど……。
 だって、絵を描くことは、素晴らしいことなんでしょ?
 だったっら、うだうだいわないで、自分でどこどこやってみ……」
 羽生が、多少意地が悪い口調になって、いう。
「……んー……。
 やってみれば、別に、難しいことでもないし……」
 香也は羽生ほどの悪意もなく、あくまで普段の通りの口調でしゃべっている。
「別に、そんなに構える必要はないし……。
 そこのノリちゃんだって、ついこの間描きはじめて、もうスケッチブック何冊分か描き尽くしているし……」
 香也がそういうと、ノリは、どたどたと一度居間から出ていき、すぐに数冊のスケッチブックを抱えて帰ってくる。
「……そう。
 こんだけ描いた……」
 そういって、ぱらぱらとスケッチブックの中身が現象に見えるように、開いてみせる。
 あくまで無邪気な口調だった。
「……ということで、今までの経験の有無とか関係ないから……」
 羽生は、笑いながら現象の肩にぽんぽんと手を置いた。
「……他の新種にできて、こっちでは出来ない、ということになると……恥、ですよ」
 梢が、さりげなく現象を追いつめる。
「別に、難しいことはないと思うの……」
 茅も、口を挟んだ。
「視覚情報を座標として変換すれば、平面上に正確なパラメータを図示することは……」
「佐久間の能力も、個人差があります」
 梢が、茅に向かって説明した。
「見た目や質感から、距離やサイズ、質量をいいあてる能力の持ち主は、佐久間の中でも希です」
「……じゃあ……」
 ノリが、楓に尋ねる。
「このおにーちゃんの場合……そういうのは、一般人並なの?」
「今までの試験の際、ごまかしがなければ……」
 梢が、答える。
「わかった」
 ノリが、頷いた。
「そこの、目つきの悪いおにーちゃん。
 絵、描きたい?
 うちのおにーちゃんみたいに……」
「……おっ……おぅっ……」
 現象が、戸惑いつつも、頷く。
「大丈夫。
 誰でもはじめは初心者だから……。
 遠近法って知っている?」
 ノリは、現象が羽生に渡されたスケッチブックに描線を走らせ、今までの香也に教えられた技法をひとつひとつ噛み砕いて説明しはじめる。
 現象は、真剣な顔をしてノリの説明を聞いていた。

「……わたし、そろそろ帰ります。
 あんまり遅くなっても……」
 少ししてから、頃合いをみて、明日樹が立ち上がる。すると、香也もいつものように外出の用意をしだした。明日樹を送っていくのは、香也の役割と決まっていた。
 そのころになっても、現象の左右にノリと羽生がとりついて、あれこれと絵の描き方を指導している。
 ……慣れないうちは、下手にアドバイスするよりも、自由にやらせて絵を描く、という行為に慣れさせたほうがいいんだけど……と、香也は思ったが、なかなか自分の手を動かそうとしない現象のようなタイプは、あれくらい周りがせっついた方がいいのか、とも、思う。

「……なんか……また、変わった子が来たね……」
 帰り道、明日樹は、香也に話しかける。
 学校襲撃の件を伝聞でしか知らない明日樹と香也は、何故、荒野があれほど現象に対して露骨に警戒するそぶりをみせるのか、いまいちしっかりと実感できない。
 今日の様子をみる限り、現象は、無意味に偉そうな態度、反応が読めないオーバーなリアクション……等々、明日樹の言葉を借りれば「変わった子」、もっとぶっちゃけた表現を使えば、「変なやつ」以外の何者でもない。
 知り合いに一人くらいいると賑やかかも知れないが、自分からはあまりお近づきにはなりたくないタイプだな……というのが、現象に対する香也の評価だった。もっとも、香也の場合、現象に限らずたいていの人付き合いを「面倒くさい」と思ってしまうタイプなのであるが……。
「まあ……また、女の子が同居、とかいうパターンじゃなくって、よかったわ……」
 香也が何もいわないので、明日樹は会話の方向性を変える。
 そして、夜道をみわたし、前後に人がいないのを確認してから、香也の耳に口を寄せた。
「……今日の、準備室での、才賀さん……」
 頬と耳にかかる、明日樹の息づかいが、くすぐったくて、香也は背筋を震わせた。
「……あんなこと……しょっちゅう、してもらっているの?」
「……い、いや……」
 香也は、慌てて首を振る。
「……本当?」
 顔を近付けてきた明日樹が、至近距離から上目遣いで香也を見上げた。
 その表情に、香也は何故だかぞくぞくするものを感じる。
「ほ……本当……」
 香也は、かすれた声で答えると、明日樹は、不意に背伸びして、香也の頬に口をつけた。
「……信じてあげる」
 明日樹は、香也から目をそらして、自宅の方に足早に進み出した。
「うち、もうすぐそこだし、今日はここまででいいから……。
 また、明日……」
 香也が自分の頬に手をあてて呆然と立ち尽くす間に、明日樹は去っていった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(267)

第六章 「血と技」(267)

 翌朝、確実に約束したというわけでもないのに、現象と梢は河川敷に姿を現した。舎人の姿も、二人の後ろに控えている。
 ……意外に、扱いやすいやつなのかもな……とか、現象に対する印象を、荒野は改める。少なくとも現象が、こちらが挑発的な言辞を弄すればそれにのっかってくる単純さを持ち合わせているらしいのは、荒野にとってはいい材料だった。
「……誰かと組み合い、やってみる?
 なんなら、おれでもいいけど?」
 荒野が二人に水を向けると、梢は掌を身体の前で振って、
「……さ、佐久間は、みなさんほど頑丈にできていませんから……。
 見学だけで、結構です……」
 と、拒絶した。
 噂通り、佐久間が「最弱」だとも荒野自身は思っていないのだが、だからといって梢を無理に引き出すつもりもない。
「……お前は、どうする?」
 荒野は、軽く現象を睨んで、故意に現象の気に障るような語調でいった。
「挑発なんぞしなくても、相手をしてやる……」
 胸の前で腕を組んだ現象が、傲然といいはなつ。
「お前とはやりあったことがあるし、最強の弟子も昨日、みた。
 そうだな。
 野呂の直系がいるそうだが……」
「……は、はい」
 不意に現象の背から、静流の声があがったので、現象は、ぴくりと全身を震わせた。
 ……どうやら、静流の接近に本気で気づかなかったらしい……と、荒野は判断する。
 現象は、実戦経験が足りず、緊張感が不足している、と。
「……い、いつでも、いいですけど……」
 口調こそ、控えめだが……。
『静流さん……自信、ありそうだな……』
 その時の静流の表情を、荒野はそう読んだ。
「……だ、そうだ……」
 荒野は、現象の顔をみて、呟く。
「う、うるさいっ!」
 少し狼狽え気味に叫び、現象は背後にいる静流に向かって振り返り……そこで、分裂した。
「……くらえっ!」
 何体もの現象が、至近距離から一度に静流に襲いかかり……そこで、宙高く投げ飛ばされた。
「……あ、あの……」
 どさり、と、現象の身体が地面に落っこちてから、静流が指先でサングラスの縁を叩きながら、声をかける。
「わ、わたし……これ、なんで……幻術は、効きにくいのです……。
 それと、お、お師匠様の護身術は、実用的なのです……」
「……佐久間の技の、無駄遣いだな……これは……」
 荒野は、そう感想を述べた。
 梢は、「……とても、見ていられない」とばかりに、掌で自分の顔を覆っている。
「……あいつ……自覚がないだけで、根本的なところが抜けているんじゃないのか?」
 荒野は、梢に向かってそう声をかけた。
「……いわないでください……」
 梢は、顔を伏せながら、押し殺した声を出す。
「やはり、あれは……佐久間の恥部、です……」
 荒野は……投げ飛ばされた現象よりも、梢に同情した。
「……ま、まだまだっ!」
 たいしたダメージもなかったのか、現象はすぐに起きあがる。
 そして、懲りずに、また分裂した。
「……視覚以外……聴覚、触角も……」
 五人ほどに増えた現象が、そんなことを喚く。
 が……。
「……うわぁっ!」
 現象の倍以上に増えた静流が、五人の現象を取り囲んで、白い杖を振りかぶっていた。 
 ぶん、と宙を斬る音がして、現象が吹き飛ぶ。
「仮想敵の戦力評価は基本中の基本……それ以前の、死活問題なんだけど……」
 荒野は、もはや呆れ果てた口調で、そう呟く。
「……あいつ……。
 一族を相手にするっていうことがどういうことか……本格的に、わかっていないんじゃあ……」
「そういうな、荒野……」
 舎人が、解説を加える。
「素質はともかく、経歴からいったら……お前さんほど実戦慣れしているわけ、ないだろ……」
「……子供の頃は、母親につれられての逃亡生活、それをすぎたら、記憶と能力を封じられて一般人家庭に預けられていたわけで……」
 梢も、ゆっくりと首を左右に振る。
「……そんなんで、若ほど的確な判断力持ってたら、それこそ化けもんです……」
 そういう梢は、佐久間の知力を必ずしも過大評価していないらしかった。知識の量や記憶力は、必ずしも、状況に適した判断力に貢献するとは限らない……ということを、肌で知っている。
 やはり、とっさの際、もっとも頼りになるのは、長い時間をかけて身体で積み上げてきた、経験値なのであった。
「ま……悪餓鬼どもが捨て駒にしても惜しくはない人材、と判断するだけのことはあるってことか……」
 荒野も、頷く。それから、梢に確認した。
「あいつ、鍛えちゃって、いいの?
 わりと増長するタイプだと思うけど……」
 現象を、多少なりとも「使える」ようにすると、一番負担が増えるのは、監視役の梢になる筈だった。
「……他のみなさんも、助けてくださるようですし……佐久間の直系だけあのていたらくでは、肩身が狭いのも事実ですから……」
 好きにしごいてください……と、梢は明言した。
「……テンっ! ガクっ! ノリっ!」
 荒野は、三人を呼んだ。
「お前らにとっては退屈だと思うが……一人づつ、こいつの相手をして、身の程を教えてやってくれっ!」
 二度目に現象を吹き飛ばした後、静流は現象に背を向けて、孫子との組み手をはじめていた。その態度が、静流がもはや現象に興味を失った、という事実を物語っている。
「……本当に、退屈そう……」
 などといいながらも、三人は荒野の呼びかけに素直に従って、集まってくる。
「どんくらい、やっちゃっていいの?」
 ガクが、荒野に尋ねた。
「……打ち身程度で、勘弁してやれ……」
 現象も、佐久間の長にやられたとかいう傷が癒えきっていない状態だった。寝込んだりするまで痛めつけるのは、さすがにやばい。
 今の段階では、「実戦」においては、現象の方法論は通用しない……ということを、身体で理解してもらえばいい。
「……いや……一、二週間くらい、寝込んで貰えると……こっちも楽なんですが……」
 とか、梢がぶつくさいっていたが、荒野はあえて無視した。
 テン、ガク、ノリの三人は、円陣を組んでじゃんけんをはじめる。どうやらそれで、順番を決めているらしい。
 そのころになって、静流によってまともに吹き飛ばされた現象が、ごほごほせき込みながら、ようやく立ち上がった。
 どうやら、まともに地面に背中を打ちつけ、肺の中の空気を一気に吐き出してしまったらしい。
 ……受け身もまともにとれないのか、こいつは……と、荒野は思った。
 筋力や反射神経などは、そこそこあるにしても、体術関係の修練はまるで受けてこなかったらしい。
 以前の時も、荒野の頭に血が昇っていなかったら、瞬殺していたことだろう……。
「……一番、ノリ、いっきまーすっ!」
 ノリが、片手をあげてぶんぶん、と振る。
 次の瞬間、立ち上がったばかりの現象の目前に出現し、胸ぐらを掴み……きれいなモーションで、現象を背中に担ぎ、地面に叩きつけていた。
 ごふっ!
 と、現象が再び肺の中の空気を吐き出す。
「……きれいな一本背負い……」
 梢が、呟いた。
「あのこ、柔道の経験とか……」
「単なる、見よう見真似でしょう……」
 荒野は、即座に断言する。
 おそらく……組みしやすい相手と判断して、三人は、現象に派手な技をしかけてくるのではないか……と、現象は思った。
「……二番、テン、いきまぁーすっ!」
 テンは、地面に転がっている現象のそばに近づき、手をさしのべて現象を立ち上がらせた。
 現象が立ち上がると、
「……fight!」
 と、叫んで、両手の拳を握りしめる。
 ……ああ。やっぱり、遊んでいやがる……と、荒野は思った。
 三人の力なら、本気で拳をふるえば、拳の骨が砕ける。だから、手によって打撃をくわえる場合、掌底を使うはずだった。
 つまり、拳を握る、ということは、それだけ力をセーブしている、ということを意味した。
 しかし、現象は、ろくなガードもできず、額と顎に一発づつ、拳を食らって、膝をついた。
 きれいな、ワンツーパンチ、だった。
 三人目のガクは、現象が回復するのを待ってから、悠々と現象のバックをとり、
「……今度こそ、荒神投げっー!」
 と叫びつつ、力任せに高々と現象を真上に放り投げた。

「……すまん。
 あいつ、現象のアレがきっかけで、入院しているんだった……」
 事後、荒野はそういって梢に詫びた。
「いえ。いいんです。
 これには、いい薬でしょう……」
 梢は、そう答えて、にっこりと笑ってみせた。
 案外……本気でそう思っているのかも知れない……と、荒野が思わず納得してしまう笑顔だった。

 気を失った現象は、舎人に背負われて帰っていき、それから二、三日、荒野たちの前に姿を現さなかった。




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彼女はくノ一! 第六話(8)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(8)

 テン、ガク、ノリの三人組、それに楓は、現象の出現に特に慌てるということもなく、比較的平静に受け入れているようだった。思い返してみれば、以前の学校襲撃の件でも、実際に現象と交戦したのは荒野一人であり、楓は現象捕縛後の尋問時に居合わせただけ、テンとガクにいたっては、ガクの負傷と入院騒ぎで現象どころではなかったわけで、「敵対していた」という実感が、あまりないのかも知れなかった。
 そして、現象はといえば、楓と荒神の稽古風景を見学して以来、何やら考えに沈んでいる様子でおとなしくなった。
 そのおかげで、その日の夕食は、さほど険悪な雰囲気になることもなく、和やかにはじまり終わった。現象が黙り込んだ分、三人組の好奇心は梢に向かい、何くれと佐久間の技について質問をしていた。特にテンは、果松体がどーの、脳電流のすきゃんがこーの、と荒野にもよく意味がわからない専門的な用語を並べ立てて梢を困らせていた。
「……いや、実際にやるのはともかく……理論的なことは、ちょっと、わかりかねます……」
 と、梢は言葉を濁していた。
 実際に術を行使したり、術の使い方を教えるのに、必ずしも、その術がどのような原理で効果を発揮するのか、理解している必要はないらしい……と、梢の反応をみて、荒野はそう予測する。
 もう一人、いつもとわからないのは、孫子だった。二宮舎人と野呂平三を、さっそく自分の会社に勧誘している。舎人と平三は即答を避けていたものの、孫子がいう、「会社に登録している一族関係者全員で現象の監視を手伝う」という条件は彼らにとっても魅力的な筈であり、しばらく条件を勘案する時間をおいてから、結局は承諾するのではないか、と、荒野はみていた。
 楓と茅は、本当にいつもと変わらない様子だった。
 不意のお客が珍しいことではない、というのを考慮しても、この二人の平然とした振る舞いは少し異常なのではないか、と、荒野にしてみても、思う。
 茅は現象の出現にたいして何を考えているのか、荒野も伺い知れない部分が大きかったが、楓に関しては、おそらく「……何も考えていないのだろうな……」と、そう予測する。
 新顔の人たちが誰一人、茅のメイド服についてつっこまないのが荒野としては幸いだった。

 食事が終わり、茅が紅茶を配りはじめると、ノリがスケッチブックを出してきて、羽生に「マンガ絵の描き方」を尋ねる。ノリは、写実的なデッサンはかなり練習してきたが、ディフォルメの効いたいわゆる「マンガ絵」は練習したことがない。また、この家にある羽生の蔵書はそれなりに漁ってはいるものの、それらのマンガの画風は、作者や作風により大きく変化する。この家に住むようになってはじめてそうした文化と触れるようになったノリにとって、そうした雑多な画風から統一性のある法則を摘出し、自分の絵に反映させる、というのはどうにも困難な事業に思えたので、そうしたことに詳しい羽生に質問してみよう、ということになった……ということ、らしい。
「……いや、そんな……難しく考えること、ないと思うけど……」
 羽生はそういいて、こめかみを指で掻く。
「そういうのは、あれ……難しく考えるより、自分の好きな作品とかキャラ、模写したりして、だな。
 自然に自分の作風ができていくもんだと思うけど……」
 キャラ萌えとかそういう次元とは無関係にマンガ絵を描けるようになりたい、というノリの意図は、羽生の感性では少し……いや、かなり異質なものだった。
「……そうだっ! 絵だっ!」
 ノリと羽生がスケッチブックを広げた途端、それまでおとなしくしていた現象が、騒ぎはじめた。
「庭にあった膨大な絵、あれを描いたのは、女、お前かっ!」
 梢が立ち上がって、現象の後頭部を平手でしたたかに叩いた。
「……口の聞き方に気をつけるっ!」
「……あ、いや……」
 羽生は、突如興奮しだした現象に少し気圧されたものの、できるだけ平静な声で答えた。
「庭にある絵は、全部……そこのこーちゃんが描いたもんだな……」
 現象は、羽生が指さす先を目線でたどり、ずずずっ……と、のん気に紅茶を啜っている香也をじっとみつめた。
「……こいつ……が?」
 それまで香也のことなどまるで視野にいれていなかった現象は、震える声で確認する。
「この……ぬぼーっとした、目の細い餓鬼が……あんなにいっぱい……あんな、絵を……」
「……いや、うちのこーちゃん……。
 確かにぬぼーっとしているし、目が細いけど……」
 羽生は、苦笑いをする。
「君と同い年のうちのこーちゃんが、あそこの絵をぜーんぶ描いたってのは、事実だし……」
「そこの三白眼……」
 自分が話題の中心になているのにも気づかぬ風で、ぼーっとしているままの香也の背に、孫子が立って現象を睨んでいる。
「あまり、香也様のことを侮辱すると、ただではおきませんわよ……」
「……そんなことは、どうでもいいっ!」
 現象は、孫子の存在など意に介した様子もなく香也との距離を詰め……。
「本当に、あれは、貴様が描いたのか?」
 香也の胸ぐらを掴もうとして……。
「乱暴は、駄目なのです……」
 香也の胸元に延ばした手首を、楓に掴まれた。
 楓は、ぎりぎりと力を込めて、現象の手首を握りしめる。
 現象が、苦痛に顔を歪める。
「……んー……」
 ここにいたって、ようやく、香也がのんびりと現象の問いに答えた。
「そう、だけど。
 あそこに置いてあるのは、全部、ぼくの絵だけど……」
「……お前、みたいなのが……あれを、全部か……」
 現象は、手首を掴んだ楓の手を振り払い、虚脱した様子でその場にぺたんと座り込む。
「お前……おれと同い年で……あんなに……」
「……別に、そんなにたいしたことでもないし……」
 香也は手で羽生に合図し、スケッチブックと鉛筆を受け取る。
「……ほら」
 その場で、しゃっ、しゃっ、しゃしゃ……とスケッチブックに鉛筆を走らせ、ごく簡単な描線で、目の前にいる現象の似顔絵を描いてみせる。
「簡単……」
 一分にも満たない短時間で仕上げた香也は、描いたばかり絵を現象の目前にかざしてみせる。
「だから、量だけあっても……ぜんぜん、たいしたことない……」
 現象の目は、完全に点になっていた。
「……お、お、お……お前……」
 現象が次の言葉を引き出すまで、たっぷり三分以上の時間がかかった。
「おれより……一族なんかより、全然、凄いぞっ!
 貴様はっ!」
 現象は、興奮した様子で、香也の手をとってぶんぶんと振り回しはじめる。
 周囲の人々は、現象の予想外の反応に、すっかりフリーズしていた。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(266)

第六章 「血と技」(266)

「静流様も、こちらにいらっしゃるようで……」
 野呂平三がいうと、そのすぐ後に、
「それに、ぼくもいるしぃ……」
 という荒神の声が、荒野のすぐ後ろから聞こえた。
「……なにぃ?」
 慌てて振り返る荒野の背中に、
「……こぉぉやくぅぅぅんっ……」
 荒神が抱きついてくる。
 ……相変わらず、滅茶苦茶な……と、荒野は思った。
 荒野だけではない。この場には、現象や梢、舎人と平三がいる。一族の中でもそこそこの手練れ、といっていい人材がひしめいている中で、その誰にも気取られることなく、荒野の背後に忍び寄ることなど、荒神には造作もないことだった。
 突如出現した荒神に、しばらくあっけにとられていた二宮舎人、佐久間梢、野呂平三が、弾かれたように炬燵から出て、畳の上に平伏する。
 それなりに、自分の術に自信を持っていただろうから……彼らも、度肝を抜かれただろうな……と、荒野は予測し、荒神のような規格外品に頭を下げる彼らに同情した。
 一人、現象だけが、荒神と荒野をみて目を見開き、口をパクパクと開閉している。
「……ありゃ? 荒神さん、久しぶり……。
 ……ご飯、食べてくでしょ?
 荒神さん以外のみなさんも……」
 羽生の気の抜けた声が、居間に響いた。
 それがきっかけになって、凍り付いたその場が再び動き出す。
 ちょうどその時、メイド服の茅に先導されて、茶器の入った箱を持った楓が入場してきた。
 荒神がさっそく楓に声をかけ、いつもの稽古をはじめることを告げる。
 楓が弾かれたように茶器を台所に運び込み、一度自室に戻って、すぐに装備を整えて居間に帰ってきた。一時は自分の体重に匹敵する投擲武器を身につけて荒神との稽古に望んでいた楓だが、最近では荒神の動きに少しは対応できるようになってきたのか、以前より身につける投擲武器の数が減ってきている。これは、投擲武器によって荒神の牽制をする頻度が確実に減ってきている、ということを意味し、つまり、楓は、着実に「強く」なってきている、ということでもある。
 外に出ていく楓と荒神、それに、テン、ガク、ノリに茅が、その後を追っていく。茅も、見ているだけで、幾分かのコツは自分の技として吸収できるらしいので、こういう好ガードは見逃すわけにも行かないのだろう。そうした事情は、テンにしても同様の筈だった。
 楓が荒神に稽古をつけてもらっているだけで、それなりの波及効果があるな……と、荒野は思う。
「一度、見ていた方がいいぞ……。
 自分が、井の中の蛙だと思い知らされるから……」
 現象にも、そういってやった。
 現象は……現在の自分の能力が、どれほど限定されたものであるのか、一度しっかり認識する必要がある……というのは、荒野の本音だ。
 現象に続いて、梢、舎人、平三が外に出ていく。
現象以外のものは、噂に聞く「最強とその弟子」がどの程度のものか、自分の目で確かめたいのだろう……と、荒野は思った。
 見学するのはいいけど……自信喪失しなけりゃ、いいけど……とも、思ったが。
 着替えた香也が居間にきたので、羽生に言われて、荒野はちゃぶ台を出すの手伝った。孫子と明日樹は、台所にいって羽生の手伝いをしている。
 孫子はともかく、樋口もすっかりこの家の常連だよな……と、荒野は思った。

 数分後、燃え尽きた楓が三人組に担がれて戻ると、荒神以外の面子は総じて顔色を無くしていた。
 すっかり、毒気を抜かれた様子だった。
「……ぶざけるなっ!」
 なんだ、あれはっ!」
 これが、現象。
「格が違いを見せつけられたからって、キレないでください……」
 これが、梢。
「まあ……あれが、一族の頂点とその弟子、ってこったな……。
 しかしまあ……あの子、可愛い顔して、本当に最強の弟子なんだなぁ……」
 これが、舎人。
「……感服つかまつりました」
 これが、平三。
 反応にもそれぞれ、人柄が出ている。
 舎人が楓に対して、「本当に、六主家とは無関係なのか?」といった疑問を呈し、荒野が「遠隔遺伝とかまでは保証できないけど、一般人の孤児」だと説明する。
 実際には、現代ではDNA鑑定である程度の走査はできるので、解析の結果、六主家に近いパターンが楓の遺伝子に認められていれば、荒野の耳にもその情報が入ってくる筈であり、故に舎人の疑問は、即座に否定することができた。
 舎人にしてそういわしめるほど実力を楓がみせたことは確かであり、現象などは見学した中で一番、ショックを受けている様子だった。
『……一般人の楓に、あれをやられたんじゃあ……』
「佐久間本家直系」を自認し、拠り所としている現象は、かなりの心理的なダメージを受けていることだろう……と、荒野は想像する。
 血筋が、現象が思っていたほど、大きな比重を持たない……と、証明されたようなものだから、血統に対して過大な幻想を抱いている現象にしてみれば、心穏やかではいられない筈だった。
 それに追い打ちをかけるように、荒神が、「先天的な資質だけに頼った戦い方は、獣なみだ」というような意味のことをいっている。ようは、「慢心せずもっと技をみがけ」という、荒神らしからぬ正論を吐いているわけだが……これも、現象にしてみれば、自分が信じていることを根元から否定されているようなものだろう。
 このような言葉が、一族の優勢な要素を一身に集結した存在である荒神の口から吐かれたのであるから、現象にしてみればなおさら動揺の根拠となるのであろう。
 顔色をなくして震えている現象に、荒野は、
「……他のやつらの実力も確認したかったら、明日の早朝、河原に見に来い」
 と誘いをかけてみた。
 現象が来るかどうかはわからないが、河原に集まる連中と現象を組み合わせてみれば、またひとつ進展があるのではないか……と、荒野は思う。
 茅も楓も孫子も、それに、テン、ガク、ノリの三人も、このところ、お互いに技を学び合い、短期間で急速に実戦的な戦闘能力を高めている。これだけ多種多様な競争相手が身近に存在する環境であれば、そうなるのはむしろ必然的ともいえたが、その中に現象という新しい要素をつっこんだら、どのような化学反応を起こすのか、荒野にも興味があった。
 
 三人組によって風呂場にかつぎ込まれた楓が、パジャマ姿で帰ってくるころには、食事の用意ができていた。
 作り置きの総菜と今しがた作った料理を並べた食卓は、特に豪華というわけではないが、品数が多く、量も十分に全員にいきわたるだけ、あった。荒野にとっては、特に後者の要素が重要だった。
 賑やかな食事が終わると、例によって茅が全員に紅茶をいれてくれた。
 それ以前の段階でかなり度肝を抜かれていたせいか、荒野にとって幸いなことに、新参組の中で、茅のメイド服につっこみをいれた者はいなかった。
「……つまり、お二人は、現象の監視以外、特にやることはないわけですわね?」
 孫子は、舎人と平三を早速口説いていた。
「では、佐久間の二人は学生という身分があるからいいとして、残りの二人は是非、うちでお働きなさい。監視の仕事なら、うちに登録している一族の関係者全員に手配します。
 二人とも、ワードやエクセルくらいは操作できますでしょう?
 この土地でしばらく居住するつもりなら、偽装でもなんでも最低限の身分保証は必要でしょうし、この二人が学校に通うようになれば、加納たちの目の届くところにくるわけで、昼間の時間、お二人の身体は空く筈です……」
 こいつも、自分のペースを崩さないよな……と、荒野は思った。




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彼女はくノ一! 第六話(7)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(7)

「ああっ! 師匠っ!」
 メイド服の茅に先導されて茶器を抱えて戻ってきた楓が、荒野の背中に張り付いている荒神の姿を認めて声をあげる。学校で「二宮先生」と顔を合わせるのは日常茶飯事だが、この家で「荒神」と遭遇するのは、久々のこととなる。
「今日は客人も多いようだから、いつもよりも張り切っていこう。
 すぐに用意をしなさい」
 落ち着いた様子で、荒野を羽交い締めにしながら荒神が告げると、楓は、
「……はっ!」
 と短く返答をして、台所に駆け込んでいき、いくらもしないうちに着替えて居間にもどってくる。着替えてきた楓は、身体の各所に投擲武器のホルダーを据え付けた、「戦闘仕様」だった。
「師匠、お願いしますっ!」
 居間に入った楓が、がばっと荒神に向かって平伏する。
「んっ」
 鷹揚に頷く荒神。
 台所にいたテン、ガク、ノリの三人も、楓の稽古を見学しようとエプロン姿のまま台所から出てきた。
「ああ……」
 荒野は、現象の顔をみて、いった。
「一度、見ていた方がいいぞ……。
 自分が、井の中の蛙だと思い知らされるから……」
 現象が無言のまま外に出ていく荒神、楓の後を追い、テン、ガク、ノリ、梢、二宮舎人、野呂平三がそれに続く。メイド服の茅も、最後尻についていった。
「……な、何がはじまるの?」
 樋口明日樹が、動揺した声を出した。
「稽古」
 荒野は、簡潔に答える。
「でも……樋口がいっても、何にもみえないから、行くだけ無駄だと思う」
「……そういうもんなの?」
 明日樹は、荒野に問い返した。
「そういうもんなの」
 荒野は、頷く。
「そういや……才賀はみなくてもいいのか?」
「見なくとも、内容は予測ができますから」
 孫子は、立ち上がって台所へ向かった。
「こっちの手が、足りないでしょうし……」
「あっ。わたしも手伝います……」
 明日樹も、孫子の後に続いた。 
「……んー……」
 入れ替わりに、私服に着替えた香也が、居間に戻ってきた。
「お客さんたち、帰ったの?」
「いや、またすぐに戻ってくると思う」
 荒野は、答える。
「五分かせいぜい十分もすれば、顔色なくして帰ってくるよ……」
「……こーちゃんと、カッコいい方のこーや君。
 人数多くなってきたから、ちゃぶ台だしておいて……」
 台所から、羽生が声をかけた。

 荒野のその言葉通り、五分もしないうちに、グロッキー状態の楓がテン、ガク、ノリに担がれて来た。その後には、涼しい顔をした荒神、顔からすっかり血の気が引いた現象、梢、舎人、平三が続く。
 楓をかついだ三人はそのまま風呂場に直行し、残りは炬燵とかちゃぶ台の周りに適当に腰掛けた。
「……ぶざけるなっ!」
 座り込んでからしばらくして、現象がいきり立ってそんなことをわめいた。
「なんだ、あれはっ!」
「格が違いを見せつけられたからって、キレないでください……」
 梢が、現象を窘める。
「まあ……あれが、一族の頂点とその弟子、ってこったな……」
 舎人が、ゆっくりと首を横に振る。 
「しかしまあ……あの子、可愛い顔して、本当に最強の弟子なんだなぁ……」
「……感服つかまつりました」
 平三が、短く評する。
「ぼくの雑種ちゃんは、一戦ごとに強くなっていくからねぇ……」
 にこやかにそういう荒神は、出ていったままで息ひとつ乱していない。
「……鍛え甲斐があるよ、うん……。
 もう少しで今のこぉぉやくぅぅぅんレベルでまで、行くかなぁ……」
 ……楓が本当にそこまでいけば、鍛錬の相手ができるな……と、荒野は思う。
「おい、荒野……」 
 舎人が、荒野に声をかけた。
「あの子、本当に……六主家の筋とかじゃないのか?」
「さあ?」
 荒野は、肩を竦めた。
「……記録では、一般人の孤児ってことになってたけど……遠隔遺伝とかだったら、それこそ調べようがないし……。
 年齢的には、荒神の隠し子であっても不思議はないんだけど……」
「ああ。
 その可能性だけはない」
 荒神は、あっさりと荒野の冗談を否定した。
「ぼく、種なしだから……」
 何気に吐かれた一言が、一族の関係者に衝撃を与えた。
「ま……マジで?」
 荒野でさえ、目を見開いて荒神に問いかえす。
「こんなことで、嘘をつく必要ないよ」
 荒神は、あくまでいつもの通りだった。
「先代があちこちに種をばらまいてくれたんで、本家の血筋が絶える心配もないし……ぼくが種なしでも、今更、誰も困らないと思うけど……」
 荒神は、「ひょっとしたら、あの子もぼくの兄弟かも知れないねぇ……」などといって笑い飛ばした。
 ……笑えない冗談だ、と、荒野は思った。
 楓のDNA調査くらいしている筈だから、実際に六主家の血が濃いようなら、荒野にもその旨、知らされている筈であり、従って、荒神がいうような可能性は皆無である。
「六主家と無縁の生まれで……あそこまで、いける……だと……」
 荒野と荒神の態度から、楓が本当に一族とは無関係の血筋だと判断した現象が、なわなわと全身を震わせていた。
 ……佐久間本家の直系であることをアイデンティティの基幹として認識しているこいつなら、確かに楓みたいな存在は、認めたくないだろうな……と、荒野は思った。
「もって生まれた筋力とか反射神経とか……」
 荒神は、淡々とした口調で解説する。
「……そんなものに頼りきったやり方は、獣でもできる。
 そんなものに頼らずとも、十分な成果をだすための、一族の技、なのではないかね?」
 ……あの子は、自分で限界を設けていないから、まだまだ延びるよぉ……と、荒神は続けた。
 ……おそらく、荒野や、この場にいる一族の関係者全員に聞かせるために、あえて言ったのだろう……と、荒野は思い、現象に対しては、
「……お前……どんどん逆らえないやつが増えていくな……」
 と、そういった。
「……他のやつらの実力も確認したかったら、明日の早朝、河原に見に来い」




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(265)

第六章 「血と技」(265)

「ほい、そこまでっ!」
 二宮舎人が、ぱん、と掌を打ち鳴らした。
「熱くなるな、パイラン……。
 らしくないぞ……」
「……その呼び方は、やめてください……」
 荒野はそういって小さなため息をつき、炬燵の上に乗り出していた上半身を引き戻す。
「パイラン、って……かのうこうやのこと?」
 ガクが、舎人に向かって尋ねる。
「ああ。東南アジアの一部で、そう呼ばれてた……」
 舎人が答える。
「現象も、荒野も……普段は冷静な方なのに、二人で話しはじめると、ヒートアップしていく傾向があるな……」
 などと続けて、「ふふっ……」と、含み笑いをする。
「なんだよ、舎人さん……。
 その、意味ありげな笑い……」
 荒野が、憮然とした表情で、舎人にいう。
「いや……二人とも、若いな……と、思ってな……」
 舎人が、微笑みながら答えた。
「未来だとか理想だとか自分語りだとかを熱くやるってのは……若いうちにしかできねーぞ……。
 まあ、今のうちにしっかりやっとけや……」
 舎人がそういって大仰な動作で、肩を竦める。
 羽生が、「……そういわれてみれば、そうだな……」とか呟いて、「わはははっ」と軽い笑い声を立てる。
 荒野と現象は、急に気恥ずかしくなって、あらぬ方向に視線を逸らした。
「……まあ、熱い話しもいいけど、まずは目の前のケーキ食ってな。
 カッコいいこーや君がせっかく持ってきたもんだし、マンドゴドラのケーキは本当にうまいんだから……」
 続けて羽生がそういったので、荒野とテン、ガク、ノリは、一心不乱に目の前のケーキを食べはじめる。佐久間梢も、一口食べて、「あっ。おいしい……」と呟いた。
「そっか……現象君も梢ちゃんも、うちのこーちゃんと同じ学年か……。
 ほんじゃあ、春から二年生ってわけだな……」
「……長老の世話ってことで、小さな空き家に入ることになりました」

「食事とかは? ここいらへん、まともな飲食店少ないんで、自炊できないと長期的にはつらくなると思うけど……」
「簡単なものなら、おれでも出来ますけど……」
「……あっ。わたしも、一通りは……」
 佐久間梢も、小さく手を挙げた。
 それからしばらくは、この周辺のお店情報とか、現象たちはどこに住むのか、などのあまり深刻ではない会話が、羽生と舎人、梢の間で続く。
 荒野と現象は、憮然とした表情のまま、黙々とケーキを平らげていく。荒野の場合、不機嫌な表情をしていてさえ、ケーキを口に入れた途端に相好が崩れるので、羽生は笑いを堪えるのに苦労した。

 そうこうするうちに、香也たちが学校から帰ってきた。
「……あっーっ!
 なんでなんでっ!
 こんなところでマンドゴドラのケーキ食べているんですかっ!」
「……楓。
 こいつらが、茅たちに佐久間の技を伝授してくれるそうだ。
 別に丁重に扱う必要はないが、あまり乱暴なこともしないように……」
 自分以外の誰かが取り乱したことで、かえって冷静になれるのか、平静な声で荒野がそう説明する。
「……いえ。この現象に関しては、何か粗相がありましたら、遠慮なくしばきたおしてくれても構いませんけど……」
「そういうわけだ、雑種……。
 お前等の手助けをしてやるから、せいぜいありがたく思え……」
 これが、現象と梢の、楓たちへの挨拶だった。
「梢とお呼びください。これでも、佐久間の末端です。
 この現象の監視役と、それに皆さんへの技の教授をお手伝いに来ました……」
 梢が、楓や孫子にそんな挨拶をしている。この家の住人についても、事前に情報を渡されていたのだろう。
「……一応、おれもな……その、監視役ってやつ……。
 一応、おれもな……その、監視役ってやつ……」
 舎人も、梢に続いて片手をあげた。楓とは初対面ではなし、それで意味が通じる、ということなのか、それとも、これから長い付き合いになるから、詳しい説明は必要ないと判断したのか。
「……ご免」
 ちょうどその時、玄関の方で来意を告げる声がして、立っていた楓が出迎えに行って、すぐにしょぼくれた感じのサラリーマン風の男を連れて来た。舎人と同年配に見えたが、ねずみ色のスーツ姿で、覇気がない印象を与える男は、「野呂の末端、平三」と名乗った。やはり、現象の監視役、らしい。今まで姿を現さなかったのは、距離を置いても現象をロストしない自信があったからだろう。一見して地味な外観の人ほど堅実な仕事をする、というのは、一族の中では常識のようなものだった。仮にも、現象のような難物相手に野呂から派遣されてきた人物を軽視するほど、荒野は迂闊ではなかったので、
「監視対象とは、距離を置く……というのは、それなりの見識ではありますが……佐久間は、現象に与える影響も考慮して、今回の人選をしていると思います。ここで、現象の一派としっかり合流していた方が、後々やりやすくなると思いますよ」
 と丁重に声をかけ、招き入れる。
「それから、香也君たちも、いつまでも突っ立ってないで……」
 と続けると、茅が楓を伴って着替えに帰り、香也も着替えてくるといって自室に向かった。
 羽生が「夕食の仕度を」とかいいながら腰をあげ、三人組がその後に続く。
 その後、
 茅が楓を伴ってマンションに行く、茶器一式を持って帰ってくる、つまり、あのメイド服姿で帰ってくるつもりだ……ということで、「その時」の現象や舎人の反応を想像すると荒野は少し憂鬱になったが、茅に止めろといっても無駄であろうことも、今までの経験からいって自明であり、荒野はそっとため息をついた。
 孫子と明日樹が、羽生たちが抜けて空いた箇所に入ってくる。
「ふん。
 こいつらが……このぼくが本気になった時も、取り押さえられる実力の持ち主だといいがな……」
 現象が、居並ぶ人々を見渡して、見下したようなことをいった。
「おれ一人にノックアウトされたやつが、何をいうか……。
 ……以前とは違い、ここいら、今は一族の溜まり場だから……お前くらい簡単にあしらえる人たちが、ごろごろいるぞ……」
 荒野は以前、どつき合いした時のことを思い返し、現象は、体術的には、三人組と互角ぐらいかな……と、思う。少し前の現象なら三人一組とだいたい互角程度、と。ただし、あれから三人もいろいろな技を覚え、成長しているから、今なら、一対一でもなんとかなるかも知れない。
 あくまで現象の方が、あれからあまり成長していないければ、という仮定に立てば、の話しだが。




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彼女はくノ一! 第六話(6)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(6)

「……そういや……今日は、酒見たちは?」
「現象が来ているというから、今日は断ったの。
 あの二人がこの場にいると、また騒ぎそうだから……」
「……あー。
 それで、正解か……あいつらも、単純だしな……。
 後で落ち着いてから説明した方が、面倒がなさそうだ……」
 楓の焦燥をよそに、荒野と茅はのんびりとそんな話しをしている。
「……ちょっ!
 か、加納様っ!
 ……だから……何で、ここに、こいつがっ……」
 誰も鎮火しようとしないので、騒ぎ続ける楓。
「静まれ、雑種……」
 現象が、静かな口調で楓にいう。
「このぼくが、お前らの一派に佐久間の技を伝授してやろうというのだ。せいぜい、光栄に思え……」
「……なるほど……そういうこと……」
 孫子が、頷いた。
「佐久間から、茅たちの家庭教師を出して貰うという話しはありましたが……まさか、この者が派遣されてこようとは……。
 加納……あなた……他の一族から、便利な問題児の更生係だと思われているのではなくて……」
「……あの……」
 現象の隣にいた少女が、遠慮がちに片手をあげる。
「加納様に、そこまでお願いする気は……一応、わたしが現象の更生係ということになっているんですが……」
「……あなたは?」
 孫子が、その少女に視線を向けて、尋ねる。
「梢とお呼びください。これでも、佐久間の末端です。
 この現象の監視役と、それに皆さんへの技の教授をお手伝いに来ました……」
「……一応、おれもな……その、監視役ってやつ……」
 梢と現象の両脇を挟むようにして座っていたごつい男も、片手をあげる。
「二宮の末端、舎人だ。
 佐久間本家のご依頼でね……」
 孫子、香也、明日樹を除き、その場にいた大方の者は、舎人の顔を知っていた。
「あと、いっておくと……佐久間本家は、現象を完全に野放しにするつもりもないようだ……。
 この間、大きな騒動を招いた張本人ってこともあるし、野呂からも誰か専任の監視役がつくとか、聞いている……」
「……ご免」
 玄関の方で、声がした。
 まだ居間の入り口で立っていた楓が、玄関に向かう。

「……ええっと……お客さん、です……」
 スーツ姿の、サラリーマン風の男性が、楓の後に立っている。
 その男は、その場で手をついて平伏した。
「……現象殿監視の役、佐久間本家より仰せつかった野呂の末端、平三と申します。
 それがし、常人よりも耳が利きます故、遠方よりすでに監視の任についておりましたが、この地に来て加納の若にご挨拶をせぬのも非礼と思い、この場に参上した次第……」
「入ってください、平三さん」
 荒野が、声をかける。
「監視対象とは、距離を置く……というのは、それなりの見識ではありますが……佐久間は、現象に与える影響も考慮して、今回の人選をしていると思います。ここで、現象の一派としっかり合流していた方が、後々やりやすくなると思いますよ。
 それから、香也君たちも、いつまでも突っ立ってないで……」
 荒野が手招きすると、平三と名乗った男は、恐縮しながら炬燵に近づいた。
「……あ。わたし、そろそろお夕飯の仕度……」
 それを機に羽生が食べ終えたケーキの皿の上にティーカップを重ねて立ち上がると、テン、ガク、ノリも「お手伝いするー」とかいいながら、羽生の後に続いた。
「……着替えてくるの。
 楓も、荷物持ってくるの手伝って……」
 茅が、玄関の方に歩き出し、楓が、「あっ、はい……」とかいいながら、茅の後を追いかける。
「……んー……。
 着替えて、くる……」
 香也は自室に向かい、孫子は制服のまま、炬燵の空いた席に足を入れた。明日樹も、少し躊躇ってから、孫子の隣に座る。
「……良かったな、現象。
 お前さんも立派なVIP扱いだ……六主家のうち、半数から直々に注目されるなんて、滅多にないことだぞ……」
「ふん」
 現象は、荒野の言葉を鼻で嗤った。
「こいつらが……このぼくが本気になった時も、取り押さえられる実力の持ち主だといいがな……」
「おれ一人にノックアウトされたやつが、何をいうか……」
 荒野も、そういう現象を、嗤う。
「……以前とは違い、ここいら、今は一族の溜まり場だから……お前くらい簡単にあしらえる人たちが、ごろごろいるぞ……」
「静流様も、こちらにいらっしゃるようで……」
 炬燵に入りながら、野呂平三がいう。
「それに、ぼくもいるしぃ……」
 いつの間にか、荒野のすぐ後に荒神が立っていた。
「……なにぃ?」
 と、荒野が振り返るよりも早く、
「……こぉぉやくぅぅぅんっ……」
 荒神は、荒野の背中に抱きついている。
 突如出現した荒神に、しばらく呆然としていた二宮舎人、佐久間梢、野呂平三が、弾かれたように炬燵から出て、畳の上に平伏する。彼ら、並の術者にしてみれば、「最強」二宮荒神は、殿上人どころかその名の通り、「神」にも等しい存在だった。
「……ありゃ? 荒神さん、久しぶり……」
 荒神の声を聞きつけた羽生が、顔だけを出して挨拶する。最近の荒神は、数日に一度、深夜に帰って来て数時間だけ滞在して外出する、というパターンを繰り返しているので、この家の住人が荒神と遭遇する頻度は極端に少ない。
「……ご飯、食べてくでしょ?
 荒神さん以外のみなさんも……」
 羽生の気の抜けた声が、居間に響いた。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(264)

第六章 「血と技」(264)

「悪役っていえば……一族の仕事ってのは、たいがい悪役的なんだがな……」
 荒野は、そうぼやいた。一族が正義の味方などではないことは、荒野の経験からいっても確かなことだ。
「善悪なんて、相対的なものだ」
 現象は、うっそりと返す。
「その悪役的な一族の仕事に膨大な報酬を支払うやつらがいる、ということは……それだけ、ニーズがある……必要とされている、ということだ。お前ら一族にも、お前らを傭うやつらにも、それなりの理というものがある、ということだろう……。
 だが、お前らは、ぼくたちの存在を否定し、抹消した。
 その事実は取り消せないし、ぼくも忘れることはできない……」
「……だから、一族を目の敵にするってか?」
 荒野は、ゆっくりと首を左右に振った。
「気持ちとしては、分からないこともないが……それは、ドグマだ……。それも、あまり意味がない……。
 一口に一族といっても……内実は、多様で……」
「分かっているさ……」
 現象は、うっすらと笑う。
「白と黒、正と邪、正義と悪で割り切れるほど、一族もこの世の中も単純ではないってことくらい。これでも、ぼくは人並み以上の記憶力と情報処理能力があるんだ……。
 この世は一面のグレー・ゾーンで、明るいか暗いかの違い、多少の濃淡があるだけ……。
 でもな……」
 ぐらり、と、荒野の視界が、揺れる。
「……えっ?」
「なに?!」
「おっ……女の人の……顔?」
 そんな声が、聞こえる。
 荒野が見ているものを、その場にいた全員がみているようだ。
 痩せこけ、頬の削げた女の顔が、荒野の視界を埋め尽くしている。
「……何だ……これは……」
 荒野は、出来るだけ冷静な声を出すように、務めたが……それが成功したかのどうか、自分では判断できない。
「……強制共振ですっ!」
 佐久間梢の声が聞こえる。
「でも……こんな……一度に、多人数にヴィジョンを送り込むなんてっ!」
 荒野の視界を占領した痩せた女が、微かに口を動かす。声も出せないほど、衰弱しているらしい。しかし、荒野は、女がいっている言葉を「知って」いる。何度も繰り返し、聞かされたからだ。もちろん、荒野自身はこの女とは面識がない。女の言葉を繰り返し聞かされ、「知って」いるのは……この像を実際にみた、現象だ。その現象が記憶している情報が、部分的にその場にいた荒野たちに流れ込んでくる。それで、女がいっていることが、容易に予測できる。
 ……あなたは、現象。佐久間現象。佐久間本家の血を引くもの。あなたの父と、多くの同胞が、一族に殺された。あなたは、六主家本家の血を引く者。同時に、抵抗することも出来ずに、無力なまま皆殺しにされた幼い同胞たちの無念を晴らす者……。
 狂っている……と、その女の像をみて、荒野は判断する。
 同時に、その女の鬼気迫る「目」に射すくめられ、女の妄執に引きづり込まれそうにもなる。
 ……こんなのを……幼い頃から、四六時中、吹き込まれていたら……。
 と、思い、荒野は戦慄した。
 つまりは……現象という人格の根源は、そうして形成されたのだ。
 佐久間の時期当主としての自負と、一族全体に対する呪詛を……本来なら相反する筈の二つの妄執を……鏖戦により、「壊れた」女は、生まれた時から現象に吹き込んでいたのだ……。
「……この強制共振は……」
 どこか遠い場所から、現象の声から聞こえる。
「自分のヴィジョンを、無理矢理、他者に見せる……佐久間の、上級技だ……。
 ぼくの母は、これが得意でねぇ……。
 時折……いいや、頻繁に、か……錯乱すると……あの襲撃の時の記憶を、無理矢理ぼくに見せるんだ……。
 悲鳴、怒号、断末魔の叫び……赤ん坊の泣き声、銃声、爆発音……それらが、ぼくの子守歌だった……」
 現象の声はむしろ、楽しげだった。
 リラックスした様子で、歌うような節回しで言葉を続ける。
「……わかっている、わかっているさ……。
 錯乱し、フラッシュバックで断続的に理性を失うようになった母に押しつけられた妄執、妄想……歪めて伝えられた世界像……。
 幸か不幸か……ぼくは、佐久間だった。
 伝えられた妄執を丸呑みに信じるには、頭が良すぎた……。
 わかっている、わかっている……。
 一族全体が敵である、なんて妄執は……母がぼくに伝えたものは……狂人特有の、被害妄想に過ぎないってことくらいは、すぐに気づいたさ。ぼくは、知力に秀でた佐久間なんだ。
 だけど……しかたないじゃないか……母がぼくに残してくれたのは、この妄執だけなんだ……なんとか折り合いをつけて、できるところまでやらないと……仕方ないじゃないか……」
 荒野は、深呼吸をして、一喝した。
「……止めろっ!」
 唐突に、痩せた女のぎらぎらと光る眼のヴィジョンが消え、元の通りの「狩野家の居間」が「見える」ようになった。
「……悪趣味なもん、見せやがって……」
 荒野は、現象を睨む。
「ぼくは、お前が嫌いだ……。
 加納荒野」
 現象が、うっそりという。
「加納の後継ぎとしての名望も、一族としての出自も……何にも悩むことなく、自分のものとして認識できる育ち方をした、お前が嫌いだ。
 何事も悩むことなく、誰からも慕われ、頼りにされ……ぼくが待たないもの全てを、生まれながらにして持っている、お前が嫌いだ。
 お前は……」
 ……ぼくとは、違いすぎるんだよ……と、現象は呟いた。
「……だったら、変えりゃあいいじゃねーか……」
 ぎり、と、荒野は奥歯を噛みしめ、腹の底から低い声を出す。
「四の五のいわずに、自分の力で、実力で……欲しいものを、何でも取ればいいじゃねーかっ!
 そんぐらいの力は当然、あるんだろぉっ!
 ええっ!
 自称、佐久間の後継ぎさんようっ!」
 荒野が、吠えた。




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